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チラ見時点での呟き
まとめ 「不幸」の烙印を押さないで 「もしも、自分が障害のある子を授かったら」――そんな視点から読んでいただきたい乙武洋匡による連続ツイートまとめ。 164369 pv 3339 40 users 496
九曜 @navagraha_
あー。あの、障碍児を産むことにもっと大らかにって感じのやつ。精神/発達/知的障碍者が障碍児を産み育てるってのはやはり安易に決断できることではないと思うし、スペックと環境によっては断念というのも選択肢にならざるを得ないと思う。ってこれ、「**ちゃん係」の話で書いたことと一緒だな。
九曜 @navagraha_
例えば乙武氏を「ニュータイプ障碍者、あるべき姿」と捉えすぎると、多分ちょっと危ないよね。彼は「身体障碍・知能正常・ある意味外向的」という一タイプの一個体なわけで。どんなに発言力があろうと好かれていようと、「障碍者全体の代名詞」にはなり得ない。それは本人の魅力とは関係なく。
九曜 @navagraha_
障碍を持った誰もが「うまくいくとあんな風になる」訳ではないし、あんな感じになるのが「正しい」「望ましい」という訳でもない。彼は彼の人生を生きているだけ。障碍がその大きな要素であるにせよ。例えば私と彼は障碍種が違い、性格が違う。ベースの違うカクテルのように、そう簡単には似ない。
九曜 @navagraha_
乙武さんくらい有名になってしまうともう、障碍ということについて立ち止まって考えることなしにフォロワーになってる人も多かろうなあ、とか。どちらかというと「見る人側のカジュアルさ」によって色んな面倒が起きてるような気もする。消費構造は意味を全くだめにしてしまうことがある。
九曜 @navagraha_
「受容」って「まったく気にしないで好きにやる」ことじゃないしね。
翌日ちゃんと読み直してみて、考えたこと
九曜 @navagraha_
さて。素面で再読するか、乙武氏のこのまとめから。 // Togetter: 「不幸」の烙印を押さないで http://t.co/DVcTaddP
新刊『四肢奮迅』@乙武義足プロジェクト @h_ototake
1.身体障害者本人が、みずからの障害をどう捉えるか。それは、親の態度が大きく影響するのではないかというのが、僕の持論。「こんな体に生んでしまって申し訳ない」と考える親のもとに生まれれば、きっと当人も「自分は不幸の身に生まれたのだ」と十字架を背負わされたかのような心持ちになる...
新刊『四肢奮迅』@乙武義足プロジェクト @h_ototake
8.そこで、僕が何らかの役割を果たせたらと思っている。「乙武さんみたいに、幸せそうに生きている人もいるな」――お腹のなかの子に身体障害があるとわかっても、僕の生きる姿から「産む」決断をしてくださる方が、少しでも増えるように。僕がメディアに登場する理由の多くは、そこにある。
九曜 @navagraha_
まとめの中から特にこの二つをここに引用(公式RTだけど)するのは、この両ポストには「身体障害者」という明確な記述があるため。多分乙武氏ご自身が身体障碍者であるために、彼の中では「障碍者」のイメージが身体障碍に大きく寄っているのではないかと思う。
九曜 @navagraha_
だから、このまとめを「障碍者全体を取り扱った意見」として読むことは多分、ちょっと間違っているのだと思う。乙武氏ご自身がどう考えて「障碍者」「身体障碍者」という二つの語をほぼ一体として用いているのか真意は窺い知れないが。まあ、多分前ツイートで書いたような理由だろうと推測するのみ。
新刊『四肢奮迅』@乙武義足プロジェクト @h_ototake
2.逆に「別に指なんて何本だっていいわよ」という、おおらかな親のもとに生まれたら、おそらくみずからの境遇に悲観することなく、障害重たい十字架と感じることなく生きていけるのではないか。少なくとも、僕はそういう親のもとに生まれ、みずからの障害をとくに悲観することなく生きてきた。
九曜 @navagraha_
指なんて何本だっていいかも知れないが、双つの身体がくっついてたらそれはやはり「どうでもよい」ことではなかろうし、「代謝酵素なんか無くたっていいのよ」と言い切ることも難しい。やはり彼の意見は、「身体外形の先天性奇形+知能正常」というカテゴリ内限定のものとして読むのが順当だと思う。
九曜 @navagraha_
そういう意識で読めば、彼の言うことは時に配慮に欠けるかもしれないが、「彼というタイプの障碍者について」の話としては「まあそうなんだろうな」という感じになる。かえって、「あの乙武さんがこう言ってるのよ!こういう風なのが素敵で正しい!」と話を「増幅」させてしまう周囲に問題があろう。
九曜 @navagraha_
で、あと少しだけ気になったのは、「羊水検査」のこと。
新刊『四肢奮迅』@乙武義足プロジェクト @h_ototake
7.と、僕がいくら言ったところで、やっぱり子どもを生み、育てていくのは親だ。その親が、羊水検査をした結果、「やはり、障害者としての人生は不幸にちがいない。だから、私たちは中絶する」という決断を下したならば、何も言うことはできない。口をはさむべきことじゃない。
九曜 @navagraha_
羊水検査で分かるのは、身体障碍というより、遺伝性疾患とか染色体異常、代謝疾患なんだよねえ。このへんでやっぱり、「身体奇形という障碍」と「先天性障碍全般」がナチュラルに混用されている感がある。まあ、出生前診断全般の代名詞として「羊水検査」という語が使われてるのかも知れないけど。
九曜 @navagraha_
身体奇形はエコー(超音波検査)の方がよく見ることができるだろう。最早中絶が許可されないような週数まで進めば、「胎児の体内の奇形」まで見える事だってあると聞いたような聞かないような。一方でダウン症のリスクとかもエコーで引っ掛けられたりする。エコー凄いぞ。余談です。
九曜 @navagraha_
まあ結局何が言いたいかというと、乙武氏はすごい有名人でプレゼンスが大きい「障碍者」だけれども、そのhalo(後光)に惑わされずに彼の属性というものを考えれば、彼の使う「障碍者/障碍」という語は殆ど全て「身体障碍のみ」と置き換えて読むことで無用な混乱を避けられるんじゃないか、と。
九曜 @navagraha_
ある意味では、彼をロールモデルとして見過ぎる周囲の状況が、彼を分かりにくくしていると思う。原典(彼の言葉)通り「障碍者=障碍者全般」と解釈して、彼とは全くタイプの違う障碍者にもそれを適用しようとする「考え無しな自称賛同者」が、事態をめんどくさくしていると思う。
九曜 @navagraha_
当然ながら、障碍には種類がある。同じ障碍種の中ですら状況が違い環境が違いニーズが違う。全てに有効なJOKERワードは存在しないと考えた方が安全だ。だけど、そういったことを「想像」する前に、「尊敬するあの人が言っているから」と表面的に飛びついてしまうことがある。この意識が危険。
九曜 @navagraha_
何事にも、「吟味の作法」が必要。自分の責任で考えることが必要。多分。
九曜 @navagraha_
昨夜もチラッと書いたけど、「やや濃いめの発達障碍者で二次障碍もうっすら慢性化してます」という人が、障碍児をハッピーに育て抜く未来を最も確からしいものとして想像できるかどうか。長じた子供の幸不幸以前に、早い段階で共倒れて死ぬ可能性も私なら考える。ていうか、殺すかもしれない。
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コメント

九曜 @navagraha_ 2011年10月10日
一番大事なツイート http://twitter.com/navagraha_/status/123224521099587584 が抜けていたので追加。
九曜 @navagraha_ 2011年10月10日
ツイートの抜けをもう一つ見つけたので http://twitter.com/navagraha_/status/122944104215748608 を追加。どうも検索がうまく行かないことが多いみたい。
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