Togetter/min.tを安心してお使い頂くためのガイドラインを公開しました。

戦中の鉱山事情と石川山のウラン

まとめました。
11
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

旧動燃資料を読んでいつも思うのは、戦中の理研グループによる石川山のウラン鉱調査、試掘、サマルスキー石数トンを確保という一連のネタがまるっきり無いことにされているんですよね。GHQがらみで資料をすべて廃棄あるいは没収というのはしょうがないにしても、なぜなのでしょう?

2011-10-10 19:14:40
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

例えば、日本のウラン資源には、日本で最初のウラン鉱物の発見が菊池安による苗木のフェルグソン石の発見(明治27年)で、その後はウランの用途が窯業用着色剤に限られていたことから本格的な探鉱はなされず、国内にウラン鉱床の存在は知られていなかった、とあります。んで次に来るのは人形峠です。

2011-10-10 19:17:49
原田 実 @gishigaku

石川山採掘の目的がウランだったという根拠は当時旧制中学生だった人物が「そう思った」という証言しかないんですよ。郷土史家にもウラン目的というのに否定的な人がいますしhttp://t.co/ORzQMise @fluor_doublet

2011-10-10 19:29:03
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@gishigaku 理研グループが石川で旗を振っていること、山形でウラン質量分離工場が稼動していたこと、サマルスキー石を拾わせたことで、もう充分な状況証拠では?量は取るに足らない量ですが。現実に終戦時にはGHQがそのウラン鉱物の貯鉱をすべて持っていったわけです。

2011-10-10 19:47:51
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@gishigaku もうちょっとはっきりしたところでは、第8陸軍技術研究所も、理研希元素工業とともに石川にあったのですが、「希元素トその用途」として、ウラン235原子破壊エネルギーの利用として、ウラン・サマルスキー石、石川石、フェルグソン石を掘ったという記述があります。

2011-10-10 20:01:52
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

福島の石川山の話はきちんとした情報が流れていないので、軽くまとめます。もともとは明治から大正期に大規模に掘った珪石と長石の鉱山です。んで、そこから放射性鉱物が出るというのは大正のはじめぐらいに森先生の研究で明らかになりました。昭和初期には珪長石の鉱山のほうは下火だったそうです。

2011-10-10 20:22:07
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

戦中に理研グループが陸軍を通して石川町に話を通し、希元素鉱物の選鉱場を作ったのです。これが理研希元素工業扶桑第806工場。石川山でみんなに拾わせたのは、明治期からのズリにチョボチョボと混じっていたサマルスキー石(ウランの鉱石)、コロンバイト(ニオブの鉱石)、ジルコン、緑柱石です。

2011-10-10 20:27:27
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

実際にはとてもじゃないが原子爆弾を作るには石川山のウラン量は足らず、朝鮮半島およびマレーの砂鉱も持ち込んで、理研工場で選鉱させたそうです。工場の歴史がいろいろ複雑なんですが、第八陸軍技術研究所が先で、その設備を受けたのが理研。

2011-10-10 20:32:29
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

鉱区は帝国鉱業開発が持っていた部分が多く、一部は理研に買い取られたようです。んで、石川町で選鉱したウラン鉱石をどこかで酸処理して山形の質量分離の試験場で研究試験していたようなのですが、この流れがはっきりしません。

2011-10-10 20:34:36
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

だから、石川町でウランを掘った→〇、石川のウランは原子爆弾を作るのに充分か→×、山形で質量分離ができていたか→?という状況のようです。ドイツ、朝鮮半島、マレーの貨物船が片っ端から沈められていた時勢ですので、あと10年戦争を続けても原爆はできなかったでしょう。ないものはないのです

2011-10-10 20:42:28
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

しかし、日本の物理学の研究の流れとして、理研仁科グループが核分裂の研究をし、飯盛グループが石川山でウランの鉱床探査および鉱石鉱物を集めたのは多くの記録が残っているのです。で、話を元に戻すと、旧動燃がそれらの研究を無かったものにしている理由がよくわからないのです。資料逸散が理由?

2011-10-10 20:47:36
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

まだ、昭和29年とかの資料なら、GHQがらみで書けないってのはわかります。でも、1994年の公開資料でそれは無いんじゃないかと。

2011-10-10 20:51:08
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

それとも、日本ではじめてウラン鉱床の探鉱と試掘をやったのは、動燃が初めてなんだぜ!って言いたかったのかしら。

2011-10-10 20:53:07
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

動燃目線では石川山のウラン探鉱は黒歴史扱い。鉱量が少なすぎるというのもあるんですが、ほとんど相手にせず、探査計画にもほとんど入っていませんし、文献引用すら充分にされていません。

2011-10-10 20:59:13
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

あるいは、「日本の大規模ウラン鉱床は堆積性のものしかありえねぇ!」って作業仮説を動燃の開発機軸としてとらえたか、ですね。

2011-10-10 21:00:47
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet 「理研のはウラン<だけ>じゃないから」てことなのでは?

2011-10-10 20:54:04
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@GoITO それはあるでしょうね。現実には、ベリル、ジルコンとコロンバイトは、出鉱まで至っていたんでしょうか?

2011-10-10 20:56:45
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet どうなんでしょうね。出鉱せず溜めておかれたんじゃないでしょうか。終戦の日、現場事務所にベリルが一斗缶に何本もあったという話を故・青柳隆二氏から聞いたことがあります。そのうちの何本かが現在、青柳コレクションとして地調に収められているものです。

2011-10-10 22:10:14
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@GoITO その線はありますよね。しかし、工場を作ったにもかかわらず、まるっきり選鉱・出鉱の実績が無いというのは、陸軍や理研のメンツ的にありなのかな?と思うようになってきました。

2011-10-10 22:13:59
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet そのへんがよくわからないのですが、戦中の鉱山で実は出鉱実績なしと言われているところって結構ありますよね。夏梅鉱山の紅砒ニッケル鉱とか。意外に頓着されていなかったんじゃないかという気もします。

2011-10-10 22:17:10
伊藤 剛 @GoITO

夏梅鉱山って帝国鉱発でよかったっけか。ニッケルだから海軍がらみ?

2011-10-10 22:18:10
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@GoITO 徴兵逃れで、軍需金属の試掘ばっかりやってる臭いもありますよね。群馬南部のニッケル鉱山などはその可能性が高そうです。

2011-10-10 22:26:41
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet 徴兵というか、徴発逃れですね。関西だと呉服屋さんや宝石屋さんなど不要不急の業種とされたお店が「ウチはマンガン山をやっとります」というので試掘したり鉱業権を買ったりした鉱山があったそうです(田中宇『マンガンぱらだいす』より)。

2011-10-10 22:30:41
山猫だぶ㌠ @fluor_doublet

@GoITO なるほど・・・。石川山は陸軍のキモイリですから、たぶんそれはまずいんじゃないかと思うんですよね。

2011-10-10 22:33:28
伊藤 剛 @GoITO

@fluor_doublet 徴発逃れの話と、出鉱実績なしでも良しとすると話は、別のものですよね。石川山の場合、少なくとも理研のインテリの一部は、戦争の行く末や原爆開発の現実性を「わかって」やってたんじゃないかと思います。現場にいた青柳先生の話からの類推です。

2011-10-10 22:39:29
残りを読む(15)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?