カテゴリー機能は終了いたしました。まとめ作成時にはタグをご活用ください。
33
なしお @nasio
http://d.hatena.ne.jp/ke_ta/20091128/1259393620 これの『プレイヤーキャラクター試論』が気になるなあ。ラノベに興味ないから買っても他に見るとこないという問題があるけど。
なしお @nasio
>私たちはゲームをプレイしている際、主人公に感情移入、あるいは同一化しているのだとよく言います。しかしそれは自明なことでしょうか? これは良い問い。まあ、エロゲやギャルゲで云われている感情移入や同一化は、最早もともとの(精神分析とか心理学)と離れた個別用語になってるけど
なしお @nasio
以前「おれつば」の時に書いたあれを読み直した。荒いけど方向性はあってるでしょうね。主人公とプレイヤーの関係は常にプレイヤーの「主体(主体化)」を間に挟む。
なしお @nasio
たとえば「ときメモ」も、プレイヤーと主人公は「イコール」で語られることは多いけど、正確には「もし自分がそういう立場(高校一年で、幼なじみに藤崎詩織がいて…etc)だったら」という存在が主人公でしょう。いわば自分のシミュラークルですね。
なしお @nasio
ある意味では「ドラクエ」も同じだと思うんだよね。「人は、誰かになれる」というのⅦだったかⅧだったかのキャッチコピーだったけど、つまりそういうこと。堀井雄二さん自身インタビューで、「自分でない誰かになるのが人間にとって最も面白いこと」と語っていたし(たしかⅦ発売前後に)。
なしお @nasio
エロゲにおけるヒロイン/主人公の「トラウマ」というのは、継続可能性の担保(表現)なのじゃないか――とか思ったり。卵が先か鶏が先か(それを見越してトラウマを入れたのか、トラウマを入れた結果としてそうなったのか)は知りませんが。
なしお @nasio
トラウマを結節点に分かち難く結び付いてしまえば、簡単に別れるという想像力が枯渇する。20時間に及ぶ恋愛模様を見せられた上に、「エンディングの一ヵ月後にこの二人は別れましたー」ではさすがに虚しすぎるしね。あとはまあ、所有願望的な問題もあるけれど。
なしお @nasio
最近やった中で一番ヤバかったのが「夏空カナタ」で、あれのヒロイン、主人公と別れること不可能だろっていうか別れたら生きてけないだろー、と想像できるような役目をヒロインのトラウマ・問題における主人公の存在にあてていた。こりゃ別れる想像不可能だねー、と。
なしお @nasio
「同級生」的な『攻略』ジャンルは、そもそも落とすことが目的なんだからED後はどうでもいいんだけど(「ときメモ」も然り、だけど「伝説の樹」と「ちょくちょくデートしながら三年間も告白しなかった」という時間の重さが未来の可能性も担保した(自分から告白システムは早々に廃れたしね))
なしお @nasio
しかし、たまーに、ルートが無いキャラに対して「ファンディスクで○○が救われることを希望」みたいな感想を見るんだけどね、これ凄いこと言ってるよねー。「救われる」っておま。シナリオが無いキャラは救われてなくて不幸なのかー(つーか救われるのはお前だろーって話ですが
なしお @nasio
@hachimasa や、そんな深い道理がなく、単純に「主人公によって”のみ”ヒロインは救われるのだ!」という理念がアプリオリって、故に動物的に反応してるように見えるんすよ。ボクが穿ちすぎかもしれないけど。まあ一言で云えば、言葉や感情に「無頓着」って話なんですかねー。
なしお @nasio
んー、あと鏡像的他者が救われるというのは、単純に自分が救われることに結び付かない、むしろ逆ももたらす。鏡像段階論にしろナルシシズムにしろ、鏡の対手は常にイコールではなくて。鏡の向こうが完全であり自分は欠けている、あるいは鏡の向こうも優れているけど自分の方がより優れている。
なしお @nasio
@catfist なるほど、アイドルグループで一人だけソロデビューしてない子がいて可哀そうですみたいな心地ですか。少し得心です。
なしお @nasio
しかしそうは思い切れない俺は単純に奴等を仮想的化してるのだろう。たとえばKanon問題なんかも、それを唱えるプレイヤーどもが「救われない誰かがいるという罪悪感を敢えて引き受けることによって享楽している」可能性に対し全く無自覚なことに憤りを覚えているように。それとて俺の妄言である。
なしお @nasio
あーと、なんか補足。享楽的に(かつ挑発的に)読めば、Kanon問題がどうこうーとか言い出すプレイヤーは、「敢えて罪悪感に耽ることで”「罪悪感・犠牲の上に成り立っている幸福」という快楽”を享受している」つうことです。
なしお @nasio
別の世界(=別のルート)を知らない主人公に犠牲の上での幸福という罪悪感は存在しませんから、これは主人公のあずかり知らぬところで、それでいて”その結果は”プレイヤーが主体的に選び取ったものではない(たとえば栞が助かってあゆが目覚めてというような選択肢がない)
なしお @nasio
=究極的には自分もあずかり知らぬところであり、つまり本来存在しない、「ふと与えられた」裏側に見え隠れする、犠牲の上での幸福という罪悪と不幸を愉しんでいる(率先して現在の幸福量や他世界の不幸量を増減させそれに沈溺する)、という可能性、あるいは享楽の入り込むすきま。
なしお @nasio
「アンジェのヘッドドレス問題が解決しないのはキモチワルイ」問題は、つまるところ、エロゲにおいて相関項を持った機能体としてコード化されてる<<ヒロインのトラウマ描写>>というところから脱線しているからでもあるでしょう。
なしお @nasio
たとえば主人公がピストルを拾えば、相関項としてピストルを使ったり悩んだ末に捨てたりする場面が要請される――読者は当然”それがあって然るべきだ”と考える。翻れば当たり前であって、ピストル拾ったのに主人公が何事もなくその後を送っててピストル拾ったこと完全にスルーされたらヘンだよね。
なしお @nasio
ヒロインのトラウマもそれと同じで、何らかの問題が提示されれば、それの決着(それは解消に限らず)が当然期待されるワケです。ヒロインがいきなり癇癪起こしたりとか、約束破りまくったりとか、いつも何故か右側に居るなんてことをすれば、相関項としての決着が要請され、期待されるワケで。
なしお @nasio
ヒロインはトラウマやらを解消して救われなくてはならない主義(主人公・プレイヤーに「最適化」される(調教と言い換えれる))、というだけではなく(ワケではなく)、単純に、電車に乗ったのに降りた様子が無い、とでもいうような、物語的な据わりの悪さとも言えるでしょう。
なしお @nasio
で、「春原の問題が解決されないのに誰も気にしない」のは、エロゲにおいては、友達キャラ=男キャラの問題が解決(決着)という相関項を基本的に用意していないからであり、対してヒロインがその逆なのは、解決(決着)の相関項が基本的に用意されてるから。(=コード化)
なしお @nasio
「罪悪感を愉しむ」という話で。レイプファンタジーって、その視点が決定的に欠けてるよね。罪悪感を消すために反省の身振りをしているんじゃなくて、より強い罪悪感を得る為に反省の身振りをしている、と読むこともできる。こっちの方が快楽が強いので、実際それでもおかしくないんじゃないかなーと。
astazapote @astazapote
エロゲーやらなくなって久しいけど、 2009 年の時点でまだこんな切々たる訴えが必要になるほど斯界は不相変なんでしょうか。
残りを読む(198)

コメント

oyomot @oyomot 2012年6月17日
いつも知らない間に言及されてるのだが、いつも俺が望む方向には展開していないとゆートラップ。「Kanon」についていえば「シナリオ展開によって月宮あゆはとっくの昔に死んでいて出てきたのは幽霊である場合と、生霊である場合の二通りがある、のかもしれない」というプレイ当初の「俺の読解」が、彼らの言う「助かる/助からない」論争では最初から考慮の対象外となるという、「議論の前提の設定によって視界から外される側」であるがゆえの俺の立場というのは、どこにもないのである。こういうのを阻害されてるっていうんだよ。
oyomot @oyomot 2012年6月17日
複数に分岐したシナリオを多重的に読み込むというのは別にありだが、「問題」をしかめつらしく設定することで、他の読み方を排除し限定するのが気に食わないわけである。逆に言えばヒロイン一人のシナリオだけに読み筋を限定されなければならないというのも存外な話だ。
oyomot @oyomot 2012年6月17日
悪意だかなんだか知らんが、とりあえず「MyMerryMaybe」プレイしてからな。たぶん単体としての「悪意」はあれが行き着くところまで行き着いてる。(作ってる方も思いついちゃったはいいけど、もてあましてる)
oyomot @oyomot 2012年6月17日
行き着くところ、この先に至るかもしれないもの、後からくるもの、かつてあったもの、いまあるかもしれないものへの可能性に対する配慮の話である。