ナイト・エニグマティック・ナイト #1
■RADIO塊NS■ HEAVEN SHALL BURN - Black Tears (OFFICIAL VIDEO) http://t.co/9HwEhPu8 ■盆栽■貴方?筒■
2011-10-16 16:19:34キョート・リパブリック。アッパーガイオン・シティ。アラクニッドが戯れに引く花札タロットの図柄は、逆位置のドラゴン。 1
2011-10-16 16:35:20憂鬱な曇天に支配された夕暮れ刻。「五十歩百歩」……「禅」……暗いキョート山脈に大きな漢字でコトワザが浮かび上がり、緑やピンクの極太ビームが上空の黒雲を貫き始めた。電子基盤のように規則正しく張り巡らされたガイオンの路地に、ネオンやライトの血液が循環する。 2
2011-10-16 16:48:01重要文化財キョート城の上に華々しいファイアワークが咲いた。観光客らは足を止め、幾星霜の年月の重みを感じて心を奪われる。「美しい」とリキシャーに座した旅行者が呟き、オイランの胸を静かに揉む。日本国から独立を果たしたキョート・リパブリックは、財源のほぼ全てを観光業に依存していた。 3
2011-10-16 16:58:07……ネオン電飾を埋め込まれた死骸のような街だ。と、教室の窓から見慣れ過ぎた風景に向かって一瞥をくれながら、ナブナガ・レイジは心の中で吐き捨てた。……俺たちは死骸を見世物にして食い繋いでいるんだ、と。そしてまたひとつ、暗い妄想に満たされたゴシック・ハイクをノートにしたためた。 4
2011-10-16 17:05:56ここはアッパーガイオンに建つ進学校、シノノメ・ハイスクール。数学、ディヴェート、墨絵、帝王学、歴史……観光庁や企業の幹部になることを嘱望されている彼らには、それに相応しい高品質な教育プログラムと環境が用意されている。そして長かった一日も、ようやく終わりを迎えようとしていた。 5
2011-10-16 17:17:57「エー、つまりこうして、当時最強のウォーロードであった武田信玄がセキバハラで戦うことになりまして……」ネンブツめいた歴史教諭の声が教室に響く。生徒らは皆、背筋をピンと伸ばし教師の方向を向いているが、彼らの目元はサイバーサングラスで隠されており、実際何を見ているのか解らない。 6
2011-10-16 17:30:05しかし、一番奥の暗い席に座るナブナガ・レイジだけは、何をしているのか一目瞭然だ。授業など聞かず、ぶつぶつと呟きながら、机の上のノートにミンチョ体でハイクを書き連ねているのだ。前近代の夜の闇から生まれ出でたかの如き、暗く攻撃的なハイクを。 7
2011-10-16 17:40:59「エー、まあ武田信玄は死んだわけですが、彼の下で戦ったハタモトの名前を4名挙げよ。ポイント倍点倍点で32点!!エー、順番的にこれはナブナガ=サン。……ナブナガ=サン?」教師が問いかけるも、レイジは反応しない。生徒らは皆、無言で正面を見ている。次の生徒が答え、8点獲得した。 8
2011-10-16 17:47:56その間にも、クラスの8割が参加するIRC部屋では、レイジに対する冷笑が匿名で続いている。 ///彼、一年前まではまともだったのに…… ///進学どころか卒業も危うい ///インガオホー ///倍点チャンスも逃すなんて…… ///関わるなよ、チャンネルに入ってきたらkickだ 9
2011-10-16 18:01:10くだらねえ世界だ、とレイジは心の中で吐き捨てながらスズリをすった。まだセカンドフレーズが思いつかない。筆がノート上を当て所も無く彷徨い、文字ではない何か……意味の無いランダムな、網の目のようなパターンを描き出していく。それから、鎖で繋がれたひとつ眼、ひとつ眼、ひとつ眼……。 10
2011-10-16 18:14:47「提案ですが、トリュフ豚という言葉を禁止してはどうかしらと思います。誰かを傷つける可能性があります」女生徒が発言した。いつの間にか授業は終わりクラス会が始まっている。レイジはむろん聞く耳を持たない。「ソメヨ=サン、誰かが実際そのような酷い悪口を言われたのですか」と担任教師。 11
2011-10-16 19:36:48「いえ、でも言われたらきっと傷つくと思います。禁止にすべきです」ソメヨはぴしゃりと言った。ソメヨの家は学年内でも特に経済力が高く、しかも彼女はマイコチア部だ。「ソメヨサンスゴーイ!」「正義的!」「カワイイ!」「賛成!」誰もが当然の如く賛成する。 12
2011-10-16 20:37:12何たる政治的アトモスフィアか!だがこれも、アッパー・ガイオンではチャメシ・インシデントだ。クラス会は将来に向けた演習である。組織の中でいかに立ち振る舞うべきかを、ここで叩き込まれるのだ。レイジも1年前までは参加していた。父親がカロウシして以降は、全てが馬鹿馬鹿しくなった。 13
2011-10-16 21:16:51俺は何を描いているんだろう。と、レイジは思った。ノート一杯に広がった網の目、無数に浮かぶ監視の目……。その中に影のような小さい人型をひとつ描き加え終えたとき、レイジは己の無意識の霊感と鋭い感性に恐怖した。これは殺伐都市ガイオンのメタファーなのだと、彼は気付いたからだ。 14
2011-10-16 21:25:40「するとこの鎖に繋がれし無数の眼は、煉獄で灼かれるべき愚かな……!」昂揚したレイジは、口元の笑みを掌で隠しながら、思わず立ち上がる。クラス会の途中であることも忘れて。生徒たちが無表情で彼を見た。途中から声に出していたようだ。レイジは咳払いして着席した。(((…お前達だ))) 15
2011-10-16 21:41:29レイジは無言でスズリを擦る。生徒たちもまた無言で正面に向き直り、クラス会が再開した。IRCで何を言われているのか解らない。それがまたレイジには腹立たしかった。腰に吊ったカタナであの馬鹿ども全員をカイシャクしてやりたいくらいだ、と考えた。しかし、実際彼にそんな力は無い。 16
2011-10-16 21:53:36腰のカタナは、レイジの妄想の産物ではない。ブシドを重点するガイオン・シノノメ・ハイスクールの生徒は皆、男女共に、制服の上から帯刀を義務付けられている。イミテイション・カタナではあるが。彼らはその姿でアッパーガイオンの美観を向上させ、観光客を愉しませる役割を果たしているのだ。 17
2011-10-16 22:00:18ゼンめいた鐘の音が校舎に鳴り響く。解放の時だ。下校が始まる。レイジも嫌世感に溢れた溜息と共に、席を立った。「今夜は家でスシ・パーティーです」「クラブに寄っていきます」……同級生らの着飾った笑い声を背に、レイジは校内ハイク・コンペティションの結果が張り出された廊下へ向かった。 18
2011-10-16 22:10:56(((優秀賞は…)))野心的なレイジの目はむろん、一番上に張られた作品へと向かう。「キョート城の上に/鶴が飛んでいた」……ブッダシット!吐気を催すほど陳腐で低脳な作品が、その座に君臨しているではないか。アメフト部の誰かだろう。賄賂か何かを使ったに違いない。レイジは憤慨した。 19
2011-10-16 22:21:58(((何かの間違いだ、俺の作品はどこに!)))ナブナガ・レイジは全作品を目で追う。選外の一番隅……暗い影が落ちる場所に、彼の作品が人目を避けるように貼られていた。「五重塔の/バイオ柳の下に/女のユーレイゴス」……ポエット!幽玄な美しさすら漂う、陰鬱かつ幻想的なハイクよ! 20
2011-10-16 22:47:12「何故俺の作品が選外ですか!?」レイジは近くにいたハイク担当教諭に詰め寄る。レイジの作品はむろん荒削りではあるが、少なくともあの優秀作品よりは優れているはずだ。返答に困る担当教諭。「おいおい、みっともない真似はやめろよ、フリーク」背後から自信に満ちた声。アメフト部のイダだ! 21
2011-10-16 23:04:42「僕の優秀作品に嫉妬したか?」イダは血色の良い肌に教科書どおりの笑みを浮かべた。紫外線アレルギーを持ち、少しでも気を抜くと肌が荒れるレイジは、ジョックスを見るだけで劣等感を覚え感情的になる。彼は頭ひとつ背丈の違うイダの前に立ち、罵倒した。「あの低脳な優秀作品はお前のか?!」 22
2011-10-16 23:17:23