「麒麟はきた」麒麟がくる二次創作
- Tobiishisan
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麒麟はきた。 百間はあろうかという長い首をめぐらし、その巨大な口から吐かれた炎は瞬く間に京の町中に広がった。 禍々しく濁った蘭茶色の毛を逆立たせ、ぎょろりと真っ赤な眼で睨まれるだけで雑兵がばたばたと斃れていく。
2020-12-15 14:26:58さらにいつの間にかどこからか湧いて出た悪鬼の類が、炎から逃れる民衆を次々と手にかけていた。 京の町は、半刻もかからぬ内に地獄と化した。
2020-12-15 14:26:59こんな、こんな筈では。 特異点たる魔王信長と高僧が建立した本能寺を燃やし、触媒とする事で麒麟を召喚する。 その儀式は成功した。 成功した筈だった。
2020-12-15 14:26:59「何故だ!」 煌々と燃え盛る本能寺の上空で、ぼりぼりと兵を鎧ごと咀嚼している麒麟に向かって、十兵衛は叫ぶ。 とうの麒麟は、口の端に臓物を滴らせながら答える。 「我は穏やかな世に現れる」 「我は穏やかな世を望む」
2020-12-15 14:26:59「だが」 「ここは」 「少し、騒がしい」 「騒がしすぎる」 「騒がしいのならば」 「静かにさせねば」 「誰もいなくなれば」 「静かになる」 「そうであろう?」 そう言って、麒麟が哄笑する
2020-12-15 14:27:00「殿、お下がりください!」 唖然とする十兵衛の背中を家臣が引いた。 その家臣の背後から、胸にずぶりと刃が通る。 いつの間にか十兵衛の周りには悪鬼が溢れていた。 地獄の底から響く狒々の様な笑い声を背に、十兵衛は刀を抜いた。
2020-12-15 14:27:00ーーーーーーーーーーーー 門柱に背中を預けうずくまっていた十兵衛はゆっくりと目を開いた。 全身に創を負い手当てもろくに出来ず、血は止まる事流れ続けている。 その手に持つ槍は途中から折れ、兜も今は無く憔悴しきった顔を露わにしていた。
2020-12-15 17:20:50遠くから、人のモノではない下卑た声と共に足音が、近づいてくる。 ─地面に落ちた血を辿られたか。 闇から現れた敵の数は二十、返り血の量から其奴らが幾人もの人間を殺めている事は明白だった。
2020-12-15 17:20:51刀は既に無いが、ゆっくりと立ち上がる。 せめてあと三匹は道連れにする そう、決意を込めて柄だけとなった槍を構える 弱り切った獲物の最後の抵抗に鬼どもが笑う。
2020-12-15 17:20:51その時、一陣の風が吹いた。 風が鬼どもを撫でると、端から鬼たちが斃れていく。 異常に気付いた別の鬼が何事か喚く。
2020-12-15 17:20:52風ではない。 どこからか現れた一人の洋装の剣士が、軽やかな足捌きで鬼の近くを通る度に、その鬼の胴体から首が離れて宙を舞った。 剣捌きが早くて追い切れない。 数回瞬きをする間であったろうか。 目の前には全ての鬼が倒れ伏し、周囲に大きな血溜まりを作りつつあった。
2020-12-15 17:20:52その血溜まりを避ける様に、一つも呼吸を乱す事無く剣士が立っていた。 剣士がこちらへ近づいてくる。 あれだけの鬼を切ったというのに返り血一つ浴びていない。
2020-12-15 17:20:52剣士が十兵衛の前に立つ。 その距離二間程。 闇で見えなかった剣士の顔を間近に捉え、十兵衛の表情が驚愕のまま固まる
2020-12-15 17:20:53かつて麒麟がくる世を共に語り、この方ならば、と信じた。 ─我らの出会いがもっと早ければ。 ─何故守れなかったのか。何故自分は側におらなんだ。 悔やまない日は無かった。
2020-12-15 17:20:53そして剣士は、まるでこちらの事など知らぬかの様に無表情で告げた。 「問おう、其方が余の主人か?」 その声は彼がかつて十三代将軍であった頃のままで。
2020-12-15 17:20:54混乱した十兵衛は、自身の手の甲に赤い痣が浮き上がっている事に気付かなかった。 その痣が、よく見れば二つ引両の形をしている事も。
2020-12-15 17:20:54人間を糸に例えるならば。 この世は数多の機織りで織られた反物に似ておる。 使われる糸は同じでも織りや染めが異なれば仕上がる柄や色、肌触りは全く違う。 その種々の反物はお互い関わる事無く仕立てられ、やがて朽ちる。
2021-01-26 23:04:49ーーーーーーーーーーーーーーーー 麒麟は惑うた。 自身の身体の上を一匹の猿が登る、いや、駆けてくる。
2021-01-26 23:09:53哀れにも燃え尽きていく猿どもの叫びを聴こうと焼き払った寺院に腰を落ち着け、周りには悪鬼を数多配置していたにも関わらず、それらを突破した猿はまず後ろ足に取り付き、我が首を目指して駆けてくる。
2021-01-26 23:09:54一息に噛み砕いてくれようか、と首を擡げた瞬間、どぅっと雷に似た音と共に何処からか発射された鉛玉が麒麟の額を打つ。
2021-01-26 23:09:54またか。 先ほどから別の猿が鉄砲をこちらに射かけてくる。 焼け落ちた瓦礫の山を隠れ蓑に一発毎に射点を変えるのか、猿の姿はようとして見えず。 鉛玉ごときでは我が膚は貫けぬが、動きの気を逸らされるのは面白くなかった。
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