組織化された非効率と改革についての考察

安定した社会における組織化・仕組み化された非効率とそれに挑む改革の構図を考察しています。改革とは、人間対人間ではなく、人間対組織の構図になっていることを論じています。
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猪瀬直樹 【作家・参議院議員、日本維新の会 参議院幹事長】 @inosenaoki

最近、橋下府知事 @t_ishin へのバッシングが増えてきた。日本独特のムラ的な平衡感覚が滲み出てきたが、出る杭である尖った男を潰してはいけない。出る杭を失った後で、その損失に気づいても遅い。

2011-10-27 03:06:54

【安定した社会における組織の特性と非効率の増大】

長野テル @naganoteru

安定した社会が継続すると、組織化、仕組化を通じて非効率が増大する。ところが、非効率が過大になると社会がそのコストを負いきれなくなる。その段階を変革期という。変革期には、それを推し進めるための強力なリーダーシップが必要になる@inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 03:48:35

【変革とエスタブリシュメント】

長野テル @naganoteru

変革は痛みを伴う。非効率が大きければ大きいほど痛みは大きくなり、同時に抵抗も大きくなる。今の日本では、非効率はもっぱら強大なエスタブリシュメントの中に存在しているため、改革に対する抵抗は、エスタブリシュメントの強い力を背景にす@inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 03:54:59
長野テル @naganoteru

橋下バッシングは、改革が本質的に自らの利得を減じることに感付いたエスタブリシュメントの各構成要素が共鳴しはじめたからではないかと思う。民主主義の下、これに対抗するには、市民が自らのリーダーを信じることが絶対条件なのではないかと思う。 @inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 03:59:09

【組織の暴走と霞ヶ関改革】

長野テル @naganoteru

組織は、適切な規模を超えると、人的コントロールが不能になり、組織目標を自己目的化して暴走を始め。長引くデフレ不況下で起きた未曾有の大災害に対して国が有効に機能しないのは、組織が省を単位とし、国益総体を目的とした機関を持たないから@inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 04:04:42
長野テル @naganoteru

この現状に対して霞ヶ関の内部改革は望むべくもなく、政治による霞ヶ関改革もまた、組織が適正規模を大きく逸脱する中、非常に困難。これを踏まえると、組織が都道府県を単位とする地方への権限委譲以外に、国全体の改革は不可能なのではないかと思われる。 @inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 04:10:10

【地方改革と国の改革】

長野テル @naganoteru

なので、橋下さんらの地方の動きは、地方のみならず国全体の改革への動きの一環として捉えなければならない。そこへの抵抗は国レベルのエスタブリシュメントをも背景にする可能性があるのだけど、それでもなお市民はリーダーを信じることができるかどうか。 @inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 04:19:26

【改革の対立構図】

長野テル @naganoteru

本質的な対立構図は、人間対人間ではなく、人間対組織。組織を批判することで支持を得ようとする改革者と、人間を批判することで支持を減じようとする組織の戦い。人間であるリーダーを信じられない限り、人間が組織に勝利することはないと思う@inosenaoki @t_ishin

2011-10-27 04:24:29

【改革におけるマクロとミクロ】

長野テル @naganoteru

改革にまつわる議論でぼくが違和感を持つのは、それがいきなり具体政策の話になってしまうこと。改革とは非効率をエスタブリシュメントという形で内在した社会的背景を前提に考えるべきものなので、議論はもっと大きなところから始めなきゃいけないと思う。

2011-10-27 04:32:27

【改革におけるリーダーシップ】

長野テル @naganoteru

リーダーシップには、政策と実行があって、政策には大きな方針=ビジョンと具体政策があって、実行には、順に人物、実行力、マネジメント力がある。トップ選びは、これらの要素のうち、より大きな部分に重点を置くべき。ミクロの政策論の前に政策の方針を問うのは当然のことだと思う。

2011-10-27 04:39:42