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2011/10/30 蜀漢の軍制に関する議論

@Jominian 氏と @sweets_street 氏による対談。諸葛亮と姜維が目指した軍制のあり方はどのような相違があったのか、に関する議論。
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お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian こんな時間まで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。とても楽しかったです

2011-10-30 05:40:33
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 彼は上司の意を理解して動いて結果を出せることには才能があったけど、自分が上司になることはできなかった人物だったんだろうと思っています

2011-10-30 05:39:56
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 華々しい武功がないのも求められた役割を理解して自律的に行動できる人物であったからこそだと思います。軍の一員として諸葛亮の軍略を達成することに専心していたがゆえでしょう。評価の高さは任を果たしたから

2011-10-30 05:38:08
Jominian @Jominian

いかんな。さすがに眠い。寝よう

2011-10-30 05:36:19
Jominian @Jominian

@sweets_street 彼はいまいち分かりませんね。護軍や監軍はともかく、前軍師が何を意味していたのか?ただ、諸葛亮の軍組織が、彼に引き継げるものでなかったのは確かでしょう。そして彼は引き継げると勘違いしていた。

2011-10-30 05:35:38
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian つまり、自分が何を求められているかを知っていて、間違いなく役割を果たすことができる堅実な軍人ですね。子午谷急襲策も幕僚として諸葛亮の要求を満たす意見を求められて作成した試案でしょう。人間性に問題があっても、いたずらに功名を求めて危険を冒すことはなかった人物です

2011-10-30 05:34:37
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 魏延に関して言えば、彼は巷間で言われる功名心の強い豪傑タイプではなかったと思っています。彼の経歴を見ると、一番乗りで敵に斬り込んで陣を落とし将を斬るのではなく、与えられた役割を理解し、時には孤独な判断を強いられるポジションに居ます

2011-10-30 05:29:44
Jominian @Jominian

@sweets_street そんなところでしょうね。神経たる監軍や護軍と、頭脳である諸葛亮が最も重要だったのだと思います。恐らく魏延は、そうしたシステムが理解できず、勘違いをしたのだろうと思います。

2011-10-30 05:26:07
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 廖化などは護軍や監軍の監督下で目の前の戦いに集中して始めて活かすことに出来る人材だったのでしょう。だから将軍。費禕や鄧芝は諸葛亮の意志を理解できる高度な頭脳があったから護軍や監軍として用いられ、その能力ゆえに後に国家の軍政の柱になり得たのでしょうね

2011-10-30 05:20:56
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 護軍や監軍は総司令部の代理人ですので、総司令部の軍令を周知して徹底させることが仕事ですね。総司令部がどういう考えで指令を出したかを説明し、現状とすりあわせて目標を達成できるよう将軍達をとりまとめること。参謀の本来の仕事です

2011-10-30 05:17:21
Jominian @Jominian

@sweets_street 諸葛亮とて、離れた場所で諸葛亮の意思を体現する事のできる人間を多くは集められなかったと思います。一定のレベルまでそれができる人間が、護軍や監軍となった。指揮官たちは自分の意思で動いているようで、その実、護軍や監軍に誘導され、諸葛亮の意思で動いていた

2011-10-30 05:15:08
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 僕は漠然と「軍令の徹底」であると思っています。末端までが諸葛亮の意志を理解して、彼のいない場所でも諸葛亮が戦略を練るのと同じ視点で行動できるようにすることですね

2011-10-30 05:11:04
Jominian @Jominian

@sweets_street ふむ。個人的には、諸葛亮の場合は、護軍、監軍に求められるものがもっと大きいように思えます。

2011-10-30 05:09:03
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian なかなか面白い話なので、できそうならぜひとも

2011-10-30 05:07:47
Jominian @Jominian

この流れはトゥギャった方が良いのか?

2011-10-30 05:05:44
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian これは合肥で護軍薛悌が果たした役割です。彼が曹操の指令書を見せて、張遼が指令書に沿った作戦を立て、指令書を根拠として他の二将の協力を取りつけたから、作戦指針の提示と指揮権の統一がなされてあの勝利があったわけです

2011-10-30 05:03:34
Jominian @Jominian

@sweets_street 私自身も、姜維の真意、その深淵の底までは辿り着いていません。私の息が持つ間に到達できれば良いですが。

2011-10-30 05:03:18
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 姜維も絶対に勝つ気で戦ってるんだとは思います。勝利を追求するための戦略は非常に合理的です。しかし、その勝利で何を達成しようとしていたのかはイマイチ見えてこないです

2011-10-30 05:00:41
Jominian @Jominian

@sweets_street おお!そこには思いが及ばなかったです。諸葛亮の軍を構成する、最も重要なものが何なのか、掘り起こせそうですね。

2011-10-30 04:59:18
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian これが諸葛亮の軍なら、廖化が理解できなくても、理解できる監軍や護軍が監督にあたって、「これこれこういうことだから、将軍の皆さんは何があっても鄧艾を動けないようにしてください」と周知できるんですけどね

2011-10-30 04:57:07
Jominian @Jominian

@sweets_street ええ、その通りだと思います。ですがそれは、百年二百年続くものを動かすには適さない。姜維と諸葛亮は、根本からして、目的からして違うのかもしれません。

2011-10-30 04:56:21
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 一人で判断すれば意見集約の手間がいらない分早く動けますし、自分の視界内で出した成果だけを積み上げる方式を徹底すれば、一つの目標に集中しやすいですし、自分の才能を十全に生かせるんです。歴史家や世の経営者には否定される意見でしょうけどね

2011-10-30 04:53:39
Jominian @Jominian

@sweets_street いなかったんでしょうね。「鄧艾を白水に拘束しろ」という命令だけでは廖化は理解できなかったのでしょう。河川の戦術に及ぼす影響、彼我の戦力差等から、ただ川を挟んで対峙しても意味が無いという事まで考えが及ばなかった。グルーシーみたいなのしかいなかったのです

2011-10-30 04:53:07
お菓子っ子 @sweets_street

@Jominian 姜維がいない時にどう動くかということですね。目の前の敵を破る、あるいは防ぐ。ここまではできても、姜維の指示の意味を理解して自律的に行動できる人材はいなかったんじゃないかと

2011-10-30 04:48:23
Jominian @Jominian

@sweets_street ドラッカーにはめちゃくちゃ批判されそうですけどね

2011-10-30 04:48:17
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