デス・フロム・アバブ・セキバハラ #1
ブーンブブーンブブブンブンブーン……ザリザリとしたギター音が、数マイル先の錆び果てたスピーカーから吐き出され、バトルフィールド・セキバハラの乾いた風に乗って運ばれてくる。ガサガサと鳴る一本松の枝葉。砂煙。上空を旋回する2羽のバイオハゲタカ。照り付ける灼熱の太陽。蝿の羽音……。 1
2011-11-05 22:24:06ガイオン・シティの遥か東、見捨てられた禁断の地、セキバハラ。日本との国境地帯に位置するこの広大で不吉な古戦場跡に住む者は無く、落武者のデヴィルを恐れ強盗団ですら寄り付かない。重金属酸性雨は滅多に降らないが、その代わり大西部めいた狂った気候が、そこを渡る者たちを責め苛むのだ。 2
2011-11-05 22:31:19ここはセキバハラのさらに奥地。無線LANすらも届かないディスコミュニケーションの荒野。四方を黄土色のキャニオンに囲まれた盆地。ここではかつて、エド戦争で最も激しい戦いが起こり、サムライやダイミョやオクガタが大勢死んだ。あの東の崖を、武田信玄率いる騎馬武者軍団が駆け下りたのだ。 3
2011-11-05 22:40:26盆地の中心部には小高い丘……環状列石が乱杭歯のごとく並ぶ、鎮魂の丘がある。岩の数々にはナワが巻かれ、ノロイボードなどが立てられているが、長く放置されていたらしく、文字はもはや判然としない。そして……おお、ナムサン!丘の頂上に立つ鋼鉄製の磔台に磔にされた男を、我々は知っている! 4
2011-11-05 22:52:42大の字で磔にされたその男の名は……ニンジャスレイヤー!ぼろぼろの赤黒ニンジャ装束は砂埃にまみれ、「忍」「殺」の文字が彫られた鋼鉄メンポには、干乾びたジャムを思わせる血の跡。長き復讐の戦いによって疲れ果てたフジキド・ケンジの両の眼は、いま、安らかに閉じられていた。 5
2011-11-05 23:18:24新鮮な死体の眼は、卵よりも美味い。用心深い2羽のバイオハゲタカは、数時間の旋回の後、ようやく磔台の上へと降下してきた。熱された金属部を避け、所々ニンジャ装束が破れたフジキドの腕に飛び乗る。獲物はぴくりとも動かない。 6
2011-11-05 23:37:07ゲーゲーと鳴きながら、バイオハゲタカはニンジャスレイヤーの肩へと飛び跳ねるように歩み寄った。そして鋭いくちばしの先を、閉じられた眼へと……!おお、ナムアミダブツ!フジキド・ケンジは妻子のオブツダンすらない異郷の地で屍へと変わり、その死体を食い荒らされてしまうというのか!? 7
2011-11-05 23:45:02「イヤーッ!」突如、死んでいたはずのニンジャスレイヤーの両の目が大きく開く。「「ゲーッ!?」」不意を突かれ失禁するバイオハゲタカ!そして反射的に後方へと飛びのく。この好機を見逃すニンジャスレイヤーではない。手枷に固定された両手が、猛禽どもの両首を掴み粉砕した!ナムアミダブツ! 8
2011-11-05 23:51:57「スゥーッ!ハァーッ!」両手に血の滴るバイオハゲタカの首を握ったまま、ニンジャスレイヤーは素早い呼吸を開始する。心臓が力強く拍動し、ゾンビーめいた顔色に血の気が戻り始めた。彼はカロリー消費を抑えるためにチャドー呼吸を深め、数十分に1回の呼吸とし、冬眠状態に入っていたのだ。 9
2011-11-05 23:58:50だがフジキドはメンポを付けたままなので、ハゲタカの血を啜ることもままならない。ブッダ!何たる無慈悲な刑罰であろうか。空腹と乾き、そしてギラギラと輝く太陽が、体力と精神力をじわじわと奪う。「ヌゥーッ……」フジキドはうめく。サワタリめいた狂気がすぐそこに待ち構えている気がした。 10
2011-11-06 00:24:16パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ……ひっ乾いたサイバー馬の蹄音が、キャニオンのふもとから近づいてくる。全部で13頭。また今日も、あの連中がやってきたのだ。身動きの取れないフジキドは、両の目に復讐の炎を燃やし、射すくめるような鋭い眼光で敵を見据えた。 11
2011-11-06 00:33:20サイバー馬から降り立ったのは、2人のニンジャと、黒いスーツにサングラスをかけた11人のクローンヤクザ。一者は、赤橙のニンジャ装束。フジキドを破った恐るべきバリキ・ジツの使い手、イグゾーションである。もう一者は、処刑人頭巾を被ったアデプト・ニンジャ、エクスキューショナーだ。 12
2011-11-06 00:44:16「ハッハハハ!まだ生きていたか、ニンジャスレイヤー=サン!」イグゾーションは慇懃な拍手を馬上から送った。フジキドは手首のスナップでハゲタカの首を投げつけるが、彼はこれを易々とかわす。反射的に、エクスキューショナーがサスマタでフジキドの脇腹を突く!「イヤーッ!」「グワーッ!」 13
2011-11-06 00:51:59「やめたまえ」イグゾーションは眉をぴくりと動かし、野蛮人でも見るように露骨に不快な顔を作る。「ハイ!とんだ粗相を!」エクスキューショナーは素早くドゲザして後ろに下がった。「わかったかな、ニンジャスレイヤー=サン、私は君に敬意を表しているんだ。早く答えてほしい。気が狂う前に」 14
2011-11-06 00:59:39「オヌシに答えることなど……何も無い。ニンジャ殺すべし……ただそれだけだ……」フジキドは乾いた喉で答える。太陽にさらされ続けたゴムホースのように、ひゅうひゅうとした声で。「なるほど、精神力の面でも相当な強靭さとみえる。どうやら本腰を入れてインタビューする必要があるな」 15
2011-11-06 01:06:17イグゾーションが指示を出すと、クローンヤクザたちはサイバー馬の背中にある取っ手に手をかけた。馬の体に継目が入り、脇腹部分にインプラントされたサイバネ冷蔵庫が開く。中から旨そうなオーガニックスシとショーユを取り出すと、ヤクザとニンジャたちは磔台の前に正座してこれを食し始めた! 16
2011-11-06 01:12:01「ヌウウウーッ!」脂の乗ったトロを見せ付けられ、身をよじるニンジャスレイヤー。だが強化ナノカーボンチューブ製の枷は、彼の手足を磔台から逃そうとしない。「どうだろう、ニンジャスレイヤー=サン。答える気になったかな?何故君は考古学者のウミノを……いや、三種の神器を探していた?」 17
2011-11-06 01:15:41ニンジャスレイヤーは答えない。イグゾーションは続ける「…君はダークニンジャという男を知っているね?…ああ、その目を見れば解るさ、君と彼に何らかの関係があることをね。私の見立てだと、彼もこそこそと三種の神器を探している…のではないか?ロードからそんな命令は下されていないのに」 18
2011-11-06 01:21:38イグゾーションは高貴な家の出を思わせる完璧な礼儀作法で、チャを飲み干した。「……君の目的は、なんなんだ?全ニンジャを殺すだと?なのに何故、三種の神器とやらを探す?ダークニンジャとどんな関係にあるんだ?」「……」ニンジャスレイヤーは頑として答えない。 19
2011-11-06 01:27:35スシを食し終えると、乗り手たちは再び馬に跨る。「また明日、スシを持って来てあげよう」イグゾーションが磔台を指差して言った「私の見立てではおそらく、君のニンジャ耐久力も明日で尽きる。だてにバリキ・ジツを使っているわけではない。私は見極めが巧いからね。そして君は……孤立無援だ」 20
2011-11-06 01:44:45イグゾーションは不敵な高笑いを残して丘を駆け下り、十二人の乗り手を率いてキャニオンの彼方へと消え去った。おお、ブッダ!何たる卑劣な攻撃手段であろうか!この真綿で首を絞めるような精神攻撃が、何日間も続けられているのだ。そしてフジキドの肉体と精神は、実際限界へと近づいていた。 21
2011-11-06 01:49:57フジキドは再び、灼熱の太陽と自らの空腹感という敵に向かい合わねばならなくなった。新しい猛禽が上空で旋回を始めた。ニンジャとて食わねば死ぬ。そして死んだら終わりである。(((おのれ…このような所で、死ぬわけには…!)))その視界がマンゲキョめいて回転し始める。アブナイ! 22
2011-11-06 01:59:08だが皮肉にもイグゾーションが言い放った通り、彼は実際孤立無援なのである。彼は誰にも助けを求めぬ孤独な復讐の戦士であり、しかもここは無線LANすらない非情の荒野!誰が彼を助けようというのか!?それを誰よりもよく知るニンジャスレイヤーは、ただ己の精神力だけにすがろうとしていた。 23
2011-11-06 02:03:55マンゲキョめいてリボルバー回転する視界……真ん中にぼんやりとした視界がひとつ、その周りに6つの視界がぐるぐると回る…。スシ、テンプラ、ソバなどが出現し、今は亡き妻子、フユコとトチノキがいる温かい食卓の光景がいくつも視界に浮かび始めた。彼のニューロンは狂気の手前にあったのだ。 24
2011-11-06 02:08:20