フィジシャン、ヒール・ユアセルフ #3
「ニンジャ?」ヤモトが瞬きした。「そりゃ感じるだろうがよ!」ケンワ・タイは面倒そうに言った。「俺もニンジャだ。わかるだろ」ヘドロの塊めいたローブの男は、フードの影から目を光らせた。ザクロが頷いた。「……そうね」ケンワは言う「憑いてるニンジャ野郎はキヨミ・ニンジャだとよ。全く」 1
2011-11-13 14:44:21「治療を……ニンジャで……ジツ?」ザクロが眉間に皺を寄せた。「へっ!自分以外のニンジャを見たのはお前らが初めてだよ!ニンジャらしい格好してねえな。俺もこんなナリだがよ……クソッ」ヘドロの塊は足を引きずり、ザクロに近づいた。そして汁が滴る腕を伸ばし、断り無しに彼の下顎を掴んだ。 2
2011-11-13 14:56:44「オゴッ!」「ビョウキじゃねえよこれは」ケンワ・タイはヘドロめいたフードの下からザクロを睨んだ。いまだその顔は影に隠れ、明らかでない。「ここんところの騒ぎとは無関係か、お前ら?オオヌギの貧乏人どもとは、ちっと違うナリをしてやがるしな」「騒ぎ?」ケンワは答えず、腕に力を込める。 3
2011-11-13 15:03:36ぬらぬらした不気味な腕に血管が浮き上がり、小刻みに震え出す。「……!」ザクロは冷や汗を垂らし、祈るように目を閉じた。ヤモトは緊張してそれを見守る……そして、おお、ゴウランガ!一瞬の出来事である。土気色だったザクロの顔に見る間に血色が戻ったのだ!彼は不思議そうに目を見開いた。 4
2011-11-13 15:08:42「……信じらんない……ねえ本当にイイの。すごいわ!元気ってイイわ!」ザクロは己の頬に手を当て、ヤモトを振り返った。「ちょっと!アータも何か……何か調子悪いとこ無いの?肩こりとか!」「え……無いよ!」「何が肩こりだバカめ!」ケンワが叱責した。「ノロイは取り除いたぞ、デッカいの」 5
2011-11-13 15:14:18「ノロイ?」ザクロは一瞬考え、「アイツか!ブラッドカースとかいう奴!そのまんまじゃない!あの血ゲロ野郎!シツレイしちゃう!」「心当たり有りか。後ろ暗い人生送ってやがるな」ケンワが辛辣に言った。「お前、明後日ぐらいには死んでたぜ。ま、もう全部取り除いたから勝手に安心でもしてろ」 6
2011-11-13 15:21:44「ちょっと怖がらせるのやめてよ!とにかく礼を言うわ、ケンワ=サン」ザクロはオジギした。「幾ら振り込めばイイの?」「要らねえよ、そんなもん」ケンワ・タイは心底面倒そうに言い捨て、座り込んだ。ヘドロめいたローブが腐った床に拡がった。その裾からはじくじくと濁った水が染み出ている。 7
2011-11-13 15:26:32この濁り水がまさか、「沼……?」問いがヤモトの口をついて出た。ケンワ・タイはフードの中から上目遣いにヤモトを睨んだ。「そうだよ……俺が、このクソ忌々しい沼だ。俺が水源さ。このジツの副産物よ」「そんな!」ザクロが済まなそうに顔をしかめた。「ヤメロ!」ケンワが本気の怒声を上げた。 8
2011-11-13 15:32:45「治ったんだから、とっとと出ていけ。邪魔だ」ケンワ・タイが素っ気なく言った。ザクロとヤモトは顔を見合わせた。「ねえ、ところで、ここ最近、ひどい伝染病だかを治したって、子供達が」ザクロが言った。ケンワは面倒そうに舌打ちしたが、会話を拒みはしなかった。「そうだ。ヒドい有様だった」 9
2011-11-13 15:37:20ケンワは言う「タマ・リバーが汚された。もともとお世辞にも綺麗と言える水じゃねえが、このオオヌギの生活用水はだいたいそこから引っ張って濾過して使う。そこが、やられた」「やられた?まるで人為的な何かが……」「そりゃそうだろ。バカ言うんじゃねえ」ケンワはぴしゃりと言った。 10
2011-11-13 15:50:15「川は汚ねえ七色になって、オオヌギ全体が腐れ病の臭いで一杯よ。魚が白い腹を見せて浮いてな。俺もビョウキで実際死にかけた。その夢枕にキヨミ・ニンジャだ。癒しの手がどうこう……迷惑な話だぜ全く……」「じゃあ、ここの人たちを……」「そうだよ。全部やってやった。ふざけるな、だ」 11
2011-11-13 15:56:43「で、治せば治すほどに、今のこの、これ?」ザクロは表の沼地を見やった。「ああそうだ。まったく難儀だぜ。ま、汚ねえが所詮は泥水よ。毒はねえから、安心して泳いで帰りな」「アータは大丈夫なの?治してもらっておいてこんな話はアレだけど」「知らねえよ」ケンワは面倒そうに答えた。 12
2011-11-13 17:30:15「こんな力が何の代償も無しに際限なく使えるわけがねえんだよ。甘くねえんだ、この世はインガオホーだ……さあ!帰れ!」 13
2011-11-13 17:56:49(そんな力が何の代償も無しに際限なく使えるわけが無いが……)フジキドは沈思し、サブロ老人が淹れたチャを飲んだ。「念のため言っときますと、そのチャの水はオオヌギの水じゃねえですから。安心してくださいよ」「いえ、そんな」フジキドは奥ゆかしくサブロ老人にオジギした。 15
2011-11-13 18:04:49「随分と使い込みましたか」サブロ老人は黒漆塗りの盆に様々な金属具を乗せて現れ、それらをフジキドの隣に置いた。「半年かそこら……一年は経っていませんね?どれもまるでイクサを何度もくぐり抜けた大業物ですよ」「……ドーモ」「私にとって、鍛えた道具は子供達だ。こんな嬉しい事はない」 16
2011-11-13 18:16:31「……」フジキドは鉤つきロープを手にとり、バランスを確かめた。金具には美しい焼き色のグラデーションがついており、非常な強靭さを感じさせる。この巻き上げ機構を備えたフックロープに、今まで何度命を救われたことだろう。今回もサブロ老人のワザマエは奥ゆかしく、素晴らしいものだった。 17
2011-11-13 18:34:30サブロ老人の「子供達」という言葉にフジキドは心を痛めた。それはアイロニーめいていた。サブロ老人は目の前で実の息子を失っているのだから。腕の中の息子を看取るのはどんな心境であろう、どれだけ残酷なことだろう。爆発によって否応無しに全てを奪われた自分と比べて、それは幸か。不幸か。 18
2011-11-13 18:42:35サブロ老人はかつて、両親と兄弟をニンジャに殺されたと告白した事があった。そして後には成人した息子までも失った。度重なる悲劇にさらされながら、彼はしかし、まるで節くれだった杖のごとく、感情を抑制し、このドウグ社のたった一人の職人として腕を振るい続ける。 19
2011-11-13 19:11:50「そしてこれを」彼が差し出したのは湾曲した楔の塊。床に撒いて敵の足を破壊する非人道武器、マキビシだ。スリケンはその場その場で調達できるがマキビシはそうはゆかぬ。強力な武器だがそれゆえ使う機会は限られる。サブロ老人は武器の使い途を訊きはしない。彼は詮索しない。 20
2011-11-13 19:23:04「そしてこれを」サブロ老人は見事な質感の金属手甲(ブレーサー)を差し出す「貴方が持ち来ったものを参考に、より粘りのある、強い合金で作りました。カタナを受けつけず、ヤワな武器なら……この部分は単なる飾りでは無い……これを使って逆に壊す事もできる」サブロの目は暗く輝いた。 21
2011-11-13 19:40:15「素晴らしい仕事です」フジキドはオジギし、その場でブレーサーを装着した。まるでナラクニンジャが血で精製した暗黒の装甲めいて、フジキドの体に馴染む。生まれた時から身につけていたようなしなやかな感触だ。今後のイクサは今まで以上にサツバツとするだろう。きっとこの道具が助けとなる。 22
2011-11-13 19:56:59「いつも前金で助かります」サブロ老人はオジギを返した。「どうか頑張ってください。どうか」「……」フジキドは老職人の謎めいた目を見返し、やがて頷いた。「サブロ=サンも体に気をつけて」フジキドは言った「……川の汚染の件。どうも気になるのです」 23
2011-11-13 20:47:00「大丈夫です。見ての通り老骨ですが、ケンワ=サンの助けもありまして、まったく元気です」サブロは笑う。「あの人がこのオオヌギを実際助けたのです。この町にまともな医療機関を利用できるカネモチなどいないのですから」サブロは先ほどの話を繰り返した。 24
2011-11-13 20:55:03