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沼崎一郎@Ichy_Numa先生を中心とするヘイトスピーチと社会と人権に関する対話

主に自分用のまとめです 一連のTWは文脈のために完全に時系列で並んでいない箇所があります もし引用されるのを望まれないなら連絡いただければ対処します
政治
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沼崎一郎 @Ichy_Numa
バッシングを行う人は、バッシングの対象を知ってはいないし、知る気もない。ただ、その対象は、自分の信じるものを全て否定するものだと勝手に決め付けているだけだ。だから、その対象をひたすら攻撃しないと、自己否定になってしまうという強迫観念に囚われている。フェミ・バッシャーは、その典型。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
「お前らは、俺たちを全否定しているのだろう」と決めつけてくる相手に対して、どんなに論理的に「そんなことはない」と言っても無駄である。相手の主張に反駁すればするほど、相手は「やっぱり俺たちを全否定している」という思い込みを強化するのだから。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
バッシャーたちの主張を受け入れれば、彼らが正しいことになってしまうし、その主張を論駁すれば、敵対者であることを証明してしまう。つまり、どうしようもない。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
多数派のヘイトスピーチ(=暴力)を放置したら、言論の自由とは、強者の横暴でしかなくなる。 @han_org
沼崎一郎 @Ichy_Numa
言論の自由とは、少数者・弱者の発言を、多数者・強者が攻撃してはならないというルールである。ヘイトスピーチは、立派な攻撃だ。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
皮肉なことに、民主主義が浸透した社会では、国家が強権的に少数者の言論を弾圧する必要はなく、多数派のなかの一部の過激派が、その任を担う。それは一部の過激派の犯行であるが、結果として、多数派の特権的地位を強化することになる。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
良くも悪くも、コミュニティによる「お世話」(時には余計な)がなくなって、何でも「~活」が必要となった。そして、「~活」ができないのは自己責任という怖い社会が出現した。
archangel @OveloadUnit
@Ichy_Numa 生活(生きるための活動)をしなくてはならなくなったんですね。
@usoki
@Ichy_Numa 湯浅誠氏がこのままだと「生活」も使われるようになるだろう、と。「ボーっとして戦略的に動かないと生きられないよ」と言われる社会。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
まさに、まさに。 RT @usoki 湯浅誠氏がこのままだと「生活」も使われるようになるだろう、と。「ボーっとして戦略的に動かないと生きられないよ」と言われる社会。 @cavsoulnote
沼崎一郎 @Ichy_Numa
「怒り」は関係ありません。特定の集団に対し、脅威と恐怖を感じさせる言葉がヘイトスピーチです。 RT @YHP100108: マジョリティがマイノリティに怒りを持って発せられた言葉と、マイノリティがマジョリティに怒りを持って発せられた言葉。どちらもヘイトスピーチですか?
沼崎一郎 @Ichy_Numa
ヘイトスピーチが実際に脅威と恐怖を感じさせるのは、同時に、少数ではあれ、しばしば生命の危険を伴う身体的攻撃が行われているからである。物理的な暴力が現実に行使されているから、言葉の暴力が脅威となり、恐怖を呼び起こすのである。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
セクハラ、痴漢、強姦が日常的に行われているから、言葉だけでも、女性を蔑視し、攻撃するぞと脅すヘイトスピーチは、現実味を持った恐怖感を与え、女性にとって脅威となる。単なる言葉の問題ではないのだ。他のマイノリティについても、同じである。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
ヘイトスピーチが暴力となり、脅威となるのは、背景に「恐怖の不平等」があるからだ。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
「俺のほうこそ被害者だ」というのは、加害者の常套句である。聞き飽きた。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
「どっちもどっちだ」というのも加害者の常套句である。聞き飽きた。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
本当の被害者は、いつも「自分が悪かったのではないか」と自分を責め、「だから攻撃されるのではないか」と怯えている。DV被害者がそう。セクハラ被害者もそう。虐待されてる子どももそう。だから、「あなたは悪くない」「あなたの責任ではない」「攻撃する奴のほうが悪い」と伝え続ける。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
一般論ですよw。もしも、あなたが誰かに「むかつく」と感じたら、それはあなたが自分のほうが上位・優位のはずなのに、下位・劣位のはずのものが逆らったと思うからです。自分のほうが下で弱いと思っていたら、「むかつく」前に「恐怖」を感じます。
芦原省一 @BeneVerba
マジョリティはマジョリティであるがゆえに恐怖を感じずに済む。だからヘイトスピーチに鈍感になる。そういうことでしょうか。 RT @Ichy_Numa ヘイトスピーチが暴力となり、脅威となるのは、背景に「恐怖の不平等」があるからだ。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
そうです。 RT @BeneVerba: マジョリティはマジョリティであるがゆえに恐怖を感じずに済む。だからヘイトスピーチに鈍感になる。そういうことでしょうか。 RT @Ichy_Numa ヘイトスピーチが暴力となり、脅威となるのは、背景に「恐怖の不平等」があるからだ。
芦原省一 @BeneVerba
マジョリティにその「恐怖の不平等」を伝達するための回路が欠けていると感じます。 RT @Ichy_Numa そうです。 RT @BeneVerba: マジョリティはマジョリティであるがゆえに恐怖を感じずに済む。だからヘイトスピーチに鈍感になる。そういうことでしょうか。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
回路を遮断する力を持つからこそ、マジョリティなのです。だから困る。 RT @BeneVerba: マジョリティにその「恐怖の不平等」を伝達するための回路が欠けていると感じます。
芦原省一 @BeneVerba
難しい問題です。例えば、メディアはそうした問題を取り上げませんが、その取捨選択自体が権力なわけですね。取り上げられても、マジョリティは「そんなの自分たちに関係ない」と言えてしまう。 RT @Ichy_Numa 回路を遮断する力を持つからこそ、マジョリティなのです。だから困る。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
そうです。つまり、構造的な問題です。個人の善意や悪意を超えた。 RT @BeneVerba: 難しい問題です。例えば、メディアはそうした問題を取り上げませんが、その取捨選択自体が権力なわけですね。取り上げられても、マジョリティは「そんなの自分たちに関係ない」と言えてしまう。
ととろ @lmototoro
@Ichy_Numa 小・中学生のいじめにも、独自の背景があるながらも似たような事がいえるのではないでしょうか
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