魔王×勇者は第二の「嫌韓流」か
- crowserpent
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じゃあたかがファンタジーに青筋立ててみようか。このスレにある考え方がいかにも啓蒙主義的だというのは正しいだろう。じゃあ全否定すりゃそれでいいのか?
2010-05-13 23:45:49で、明らかにこの魔王はアナクロニズム(時代錯誤、遅れてるという意味ではなく進みすぎているという意味でも使う)だが、それは創作において何か問題か? アナクロニズムは立派な手法だろう。
2010-05-13 23:47:13で、このスレの場合、この魔王の言ってることはこの魔王のまなんだ経済学やら地政学?やらをこの魔王の今いる世界の状況に当てはめたときに見えてくるビジョンであって、別に神の定めた現実ではない。FF11の場合は、神が定めた絶対の事実だからなあと。
2010-05-14 00:11:02インターネットの恩恵にあずかり科学文明やら資本主義経済やらの恩恵で生産されたキットカットをかじりながらオルタナティブを説いてもね。ディズニーランドでコーラ飲みながらアメリカを呪ってなんの意味がある? その足で現地飛んでカーゴカルトをどうにかしてこいよ。
2010-05-14 00:17:34実は勇者が殺戮者、というのはまあ、昔からある。ぱっと思いつくとこで言えば海のトリトン。ただ、そこで勇者が告発されるために必要なのは、異族は平和に暮らしていた、だけのはずだ。
2010-05-14 01:48:30そしてまおゆうに関しては、ともよちゃんはいいこと言ってるなー。そうそう。そんなもん今に始まった話かよと。映画だろうが文学だろうが演劇だろうが似たようなことを「俺達」はやってきたんだよと。ちょーど「映画表現における植民地主義と人種差別」読んでた。
2010-05-14 01:54:49なんだろう。二次創作でああいう対話編が単発であがっていたりするけど、それって原作キャラはこんなこといわねーだろギャハハみたいなシュールさをみんな楽しんでいたと思っていたのだが、結構ガチで内容にウケていたひとが多かったということなのだろうか。
2010-05-14 17:01:32一応いっておくけど、まおゆう参考文献としては「十万年の世界経済史」がお薦め。前提状況なくして社会の劇的革新はない、というお話。あの話の中では革新は「必要だった」し「受容されるもの」だった、それゆえに種を撒くだけでああいうふうにありえたと云うことはもっと周知されるべき。
2010-05-15 02:09:30まおゆうについてのともよちゃんの分析は大体において慧眼というに値する。とはいえ、評価についてはそこまで辛辣でなくてもいいと思う。まあゲーム的なフレームとか想像力とかを肯定するか否定するかでかなりこの辺りのスタンスは変わるので、なんとも微妙ではあるが。
2010-05-15 08:15:29ともよちゃんの指摘している問題点は俺のフィールドであるエロゲにおいても通用すると云うかヲタカル全般に通用する問題だと思うんだが、それでなおヲタの情動を動かすことができてしまうと云う効能が厳然としてある以上、致命的な問題点にはなり得ない。
2010-05-15 08:22:01ゲーム的でステレオタイプで記号的であるからこそ、既存のフレームやプロトコルを最大限に利用しているからこそ、ああいう物語を「組む」ことができる、というか、それらを利用せずに事物の迫真性を追求し総合的な描写を行っていこうとするとたぶんそこに受容の困難が立ち現れる。
2010-05-15 08:25:40ヲタ的想像力のフレームとプロトコルをまんべんなく利用していることで、テーマとかプロットの受容のハードルを思い切り下げてるわけ。んなもん美学的には最低のジャンクだ、と云えないでもないのだが、あれをとりまく文化圏や想定読者において、美学は重要な問題ではない。
2010-05-15 08:27:56重要なのはメッセージを「届ける」こと、そしてそのための「速度」。それを得るために、あの作品は徹底的な効率化がされている。それがどこまで意図されたものなのか、あるいは基盤とする文化の反映なのかはわからないが、とにかくそういうものとして「評価」はされるべきだろう。八百屋には肉はない。
2010-05-15 08:30:55内容については「単純な弁証法的歴史観」とか「近代的」とか「世界が平坦すぎる」とかいう批判もあるけど、設定もろくにないところから始めたらそりゃ既存の想像力フレームとあいまってそういう「単純さ」は露呈されるだろうし、そもそも根源的メッセージを伝えるために構築された方便でしかない。
2010-05-15 08:35:17