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2011年11月26日

日米関係史

1985年~の日米関係
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孫崎 享 @magosaki_ukeru

歴史4:円高を誘導をする仕組みを作れば日本輸出できない。1990年半ば頃から対米輸出全く伸びず。(3)野党に政権握らせば、米国の政策に楯突く勢力は消滅する。その役割を村山政権(94-96.日米安全保障関係の緊密化増進)と現民主党政権が担う(党への工作。マスコミ利用)。

2011-11-26 10:39:08
孫崎 享 @magosaki_ukeru

日米・歴史3:その意味においては、竹下が”狡猾な外交術“とよんだ、ライバル政党間での”一種の任務分担ができていた“のである。」シャラーの前提で米にとって望ましいシナリオ(1)竹下退陣(マスコミ利用で低人気創出)、(2):対米輸出が出来ない仕組み。つねに円高誘導。日銀、大蔵の中に

2011-11-26 10:38:53
孫崎 享 @magosaki_ukeru

日米・歴史2:強い圧力。この時期83―86年蔵相、1987年―89年首相は竹下登。米国学者シャラーは次の評価。“竹下登は、冷戦の間ずっと”自民党は、社会党の批判を招くおそれがあることを理由にして、国際的な役割を果たすようにというアメリカの不愉快な要求を避けてきた“と述べている。

2011-11-26 10:38:34
孫崎 享 @magosaki_ukeru

日米関係史を検証してみよう。1985年以降、米国内に日本脅威論。セオドア・ホワイトは、日本は「アメリカ産業の解体」を狙って「史上もっともはなばなしい貿易攻勢」をかけており、日本の蔵相は通商攻勢という誘導ミサイルの発射台を通産省に提供していると非難。この時に円高、米国際購入などの

2011-11-26 10:38:15

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