茸話 - Togetter

【キノコ 2】そのざわめきから大きく、という程でもないが輪の中に居るとはいい難い場所に、誰が見ても軽そうなリュックサックを背負って彼はひっそりと佇んでいた。榎茸だ。彼は白い顔を益々白くさせながら、憂鬱そうにただひたすら地面を見ていた。それを気に掛ける者も居ない。 #茸話

2011-11-12 17:35:15

【キノコ 3】アイツまたおやつが買えなかったんだな。顔を見れば分かる。去年もそうやって他の茸たちに苛められていたから。 300円を稼ぐのに、何部の新聞を配ればいいのかさえ知らない茸たちに、榎茸の気持ちは理解できないだろう。 #茸話

2011-11-12 17:41:28

【キノコ4】彼はいつだって心を固く閉ざして、全ての事を諦めてしまったかのような遠い目をしていた。しかし、そういった男に惹かれる女というのは存在していて、彼の陰りのある表情が彼女たちにはミステリアスに映るらしい。僕の妹がそうだ。 #茸話

2011-11-12 17:42:19

【キノコ5】それを口に出すことは、僕たち子どもにはできないことだけど、妹の、榎茸を見上げる時の濡れたような眼差しは、僕をとても不安にする。明らかに僕たちには早すぎる目付きだ。 #茸話

2011-11-12 17:43:18

【キノコ6】榎茸と一緒になっても幸せになれないのが分かっているのに、その感情を許すことを、僕にはできなかった。 #茸話

2011-11-12 17:44:11

【キノコ7】僕のうちだって兄弟は多いからそんなに裕福ではない。たまたま、本当にたまたま両親がとても健康で働き者だったから食べるのに困らなかっただけだ。何かひとつ掛け違えれば僕だって榎茸のように朝夕新聞配達をしなくてはいけなかったのかもしれないんだ。　#茸話

2011-11-12 18:54:31

【キノコ8】それでもというか、だからこそ妹には榎茸に近寄って欲しくなかった。榎茸をからかう茸たちにうんざりしてるのに、僕は妹が榎茸の風下にいかないよう細心の注意をはらっていた。とん、と背中に軽い衝撃。「あ、ご、ごめんなさい」なめこだ。僕らの間に薄い糸が一本のびた。　#茸話

2011-11-12 18:54:56

【キノコ9】「あ…」特に何か思って出た声ではなかった。ただ驚いただけだった。それでもなめこを恐縮させるには充分だったようで、糸を引いた箇所を気にして手を延ばしかけては引っ込めている。何事か嗅ぎつけた女子達が、爪先立って覗いては、忍び笑いしながら追い抜いて行く。#茸話

2011-11-12 23:46:14

【キノコ10】可愛くて人気者のマッシュルームまで、綺麗な眉をひそめながらクスクス笑っているのが見えた。早くこの場を抜け出したくて、気にしないから行こう、と声をかけようとした時、「そこ、何騒いでるの？」と飄々とした声が聞こえた。松茸先輩だ。なめこが更に俯いたような気がした。#茸話

2011-11-12 23:46:23

【キノコ 11】「なんでもありません。」僕は松茸先輩の優しさの影に見え隠れする、優雅な振る舞いと嘲笑にも似た笑顔が得意ではなかった。松茸先輩を見ていると「たかが庶民」という自分の立場を思い知らされる気さえした。僕は榎茸に神経を集中しながら、不自然になめこと向き合った。 #茸話

2011-11-13 00:12:54

【キノコ 12】僕はこんな事は何でもないという顔で、僕に伸びた薄く光りをおびた細い線を指で絡め取った。「ご、ごめんなさ」俯いたまま最後が聞き取れない程か細い声でなめこがもう一度言葉を発した時、僕の目の端が捉えたものは、榎茸に近付こうと歩みを進めようとしている妹だった。 #茸話

2011-11-13 00:27:33

【キノコ13】「あっ」僕が引き止めようとした、その瞬間、妹の前に立ちはだかったのはブナピーの妹だった。彼女と妹は同じクラスで、背格好が似ていることから双子のようだとよく言われた。但し、ブナピーの兄弟はみんな、色が白く、病茸のようだった。 #茸話

2011-11-13 14:58:52

【キノコ14】彼女の兄であるブナピーは、僕と同じクラスだったけど、神経質そうな口ぶりが苦手で、できるだけ関わらないようにしていた。そういえば、榎茸とブナピーは何となく気が合うのか、たまに一緒にいるのを見掛けた。 #茸話

2011-11-13 14:59:21

【キノコ15】妹の困惑した顔とは裏腹に、ブナピーの妹は、満面の笑みで天気の話なんかを始めている。「あ、あの…」なめこのおどおどした声で我に返った。「あ、いや、何でもない。大丈夫だよ。僕は気にしてないから。」それを聞くと、なめこが小さな体を、微かに震わせた。 #茸話

2011-11-13 15:00:09

【キノコ16】「みんな整列ー！」ぱんぱんと手をはたいて担任が声をはりあげた。「お。いたいた。行こうぜ。しめじ」椎茸が駆け寄りざまに僕の肩をたたき抱いた。「あ。おじゃましちゃった？」ひひっと悪げなく僕となめこを見比べて笑う。「ばぁか」なめこの脇をこづいた。 #茸話

2011-11-13 15:42:19

【キノコ17】「なめこさんもいこ」椎茸はいいやつだ。なめこも肩の力が抜けたように頷き、僕らよりちょっと距離をとったまま歩き出した。「果物はおやつにはいらない、でいいんだよね？」エリンギがパンパンのリュックを担ぎなおしながら舞茸に聞いている横を通り抜ける。#茸話

2011-11-13 15:42:31

【キノコ18】市内の小さな山に登る遠足で一体何を詰め込んできたのだろう。椎茸とエリンギはさほど背は変わらないけど、がっしりとした横幅のある椎茸にくらべ、エリンギはやせてこそいないがすらりとしたスタイルだった。#茸話

2011-11-13 15:42:41

【キノコ19】舞茸はダンス部に所属していて、小柄ながらエリンギに輪をかけたプロポーションの持ち主だ。二人が並んで歩く様はとても絵になる。たとえ会話のネタが果物からバナナ、そしてあらぬ方向へと展開しているとしても。#茸話

2011-11-14 16:49:52

【キノコ20】広場に出ると、並んだ順にグループが出来始めていた。後から来たせいで、エリンギ、舞茸、えのき、ブナピー、松茸先輩、そして椎茸と僕となめこという派手だか地味だかよくわからない組み合わせが出来た。これからこの8人で行動することになる。紅一点のなめこを気の毒に思った。#茸話

2011-11-14 16:49:58

【キノコ 21】広場から歩き出した僕たちは他愛ない話で盛り上がり、はしゃぐ。時々担任の怒鳴り声が聞こえたがそんなのはお構いなしだ。目指す小さな山の頂まで2時間くらいか。椎茸と話しながら後ろを静かについて来るなめこを時々振り返り、前を歩く榎茸から目を離さないよう注意した。 #茸話

2011-11-14 18:50:21

【キノコ 22】松茸先輩、舞茸、エリンギ、ブナピーに紛れ込み妹が榎茸に近付く事のないよう、僕は細心の注意を払っていた。いや、ちょっと待てよ。さっきまで妹と一緒だったブナピーの妹はどうした？僕は少し早足で妹の傍に寄り周りを確かめた。…やはり居ない。迷子になるとは考え難い。 #茸話

2011-11-14 18:50:41

【キノコ 23】「キャー！」後ろの方から女子の悲鳴が聞こえた。一瞬、僕たちは、からくり人形みたいに不自然な動きで立ち止まり、互いをキョロキョロと見渡した。なめこが不安げに眉をひそめる。「どうした！」最初に走り出したのは松茸先輩で、すぐに僕たちも後を追った。#茸話

2011-11-16 21:31:02