ディフュージョン・アキュミュレイション・リボーン・ディストラクション #1
第二部「キョート殺伐都市」より:「ディフュージョン・アキュミュレイション・リボーン・ディストラクション」#1
2011-11-27 15:28:14「あれは、ええと、いつだったかな。よく覚えてないんだ。その時俺は、なんてこたない、買い物に行くんだか、遊びに行くんだか、駅に向かって歩いていたのさ。で、その前を、初老のサラリマンが歩いてたんだよね。まあ、それで、普通に歩くじゃないですか。駅まで。その途中だよね。」 1
2011-11-27 15:33:26「いきなりだった。そのサラリマンが、ウーッ!て。苦しみだして、ぶっ倒れたんだ。それで俺は……何だろうね、ああいう時のアトモスフィアっていうか、一瞬の機運に乗り遅れた気まずさっていうか……俺はさ、助けなかったんだ。そう、俺は助けなかった。駆け寄って介抱したり……しなかったんだ」 2
2011-11-27 15:42:18「いや、ほったらかして通り過ぎたってわけじゃない。俺は助けなかった……まず、そのサラリマンを見下ろした。ガタガタ震えていて、転倒のせいだろうな、膝は擦りむけ、額から血を出して、心臓を押さえてた。次の瞬間、後ろから一人、おれを追い越して駆けて来て、サラリマンのもとに屈み込んだ」 3
2011-11-27 15:46:31「『大丈夫ですか!何か、持病ですか?クスリは有りますか?』って、その、若い女の子はさ、サラリマンに呼びかけて……それで……いや、誰も、だからってさ、俺のことを咎めたり……そういう目で見たって事じゃない。実際、そのまま歩き去って行く奴らもいたんだ。でも俺も、同じことさ、結局」 4
2011-11-27 15:49:36「俺は何ていうか……タイミングを失して、突っ立って見下ろしていた。女の子が『救急車呼ばないと』って言った、俺は懐の通信機を探ろうとした、でも見物人の一人が……その時は結構いたんだ……うん、見物人の一人が進み出て、救急車にコールを始めた。俺は『大丈夫ですか』って、やっと訊いた」 5
2011-11-27 15:53:26「サラリマンが青い顔で……大丈夫です、大丈夫です、って答えた。俺は、うん、俺はそれでさ……まあ、それだけだよ、待ち合わせに……遅れないように……誰も咎めなかったし、何も滞っちゃいなかった、だから……だけどさ……」 6
2011-11-27 15:57:37……カタオキは……シルバーキーは目を開いた。コンクリート天井。身を起こした。首に包帯が巻かれている。痛みは無い。壁には「安らぎ」と書かれたショドーが掛かり、棚にはフクスケとコケシが置かれていた。「フクスケ。……やれやれ」バシダのクリニック。処置が済んだと考えていいのだろうか。 7
2011-11-27 16:10:13窓が無いので時間の経過もわからぬ。「動いていいの?」独り言のように呟いた。個室の外に聞こえただろうか。ニンジャスレイヤーは近くにいるはずだ。あの男にとってのギブはこれで終わり。後はテイクだ。ハイ、サヨナラ、とはまさか行くまい。そもそもシルバーキー自身そんなマネをする気はない。 8
2011-11-27 16:14:41「起きていいのかなァ?」シルバーキーは呼びかけた。返事は無い。彼は肩をすくめ、ベッドから降りた。個室出入り口の「新撰組」とミンチョ書きされたノレンをくぐり、廊下へ出た。真っ暗だ。「あ……ヤバイ?」シルバーキーは呟いた。振り返る。ノレンは……部屋はもう無い。彼は闇の中にいた。 9
2011-11-27 16:20:41「ハイハイ、夢ね」彼は頭上の闇を見上げた。四角い金色の立方体がゆっくりと回転している。見慣れた光景だ。「夢ではない」女の声。シルバーキーは驚いて声の方向へ向き直った。カラスめいた黒い髪、白い肌の、美しい女が彼を見ていた。鎖骨のあたりから下は炎めいて揺らぎ、霞んで見えない。 10
2011-11-27 16:26:05「ド、ドーモ。シルバーキーです」彼はうろたえて反射的にオジギした。女は答えた。「ドーモ。シルバーキー=サン。バーバヤガです」途端に、女の背後に、朽ちた石の階段がせり上がる。全部でそれは2248段あり、一番上のトリイ・ゲートを始めとして、数百段ごとに踊り場とトリイが存在する。 11
2011-11-27 16:29:32「ナニコレ!?」シルバーキーは後ずさった。バーバヤガと名乗った美しい女は腕を組み、小首を傾げて、値踏みするようにシルバーキーを見た。「それで貴方は今回、何段上るつもり?」「え?」シルバーキーは途方の無い階段を見た。「いや……ちょっと話が」 12
2011-11-27 16:42:37「貴方は大それた事をしようとしている」女はじっとシルバーキーを見た。「だが、挑戦者の出現は実際喜ばしい」「挑戦……ああ……ええと……」「あまり解ってはいないのだろうね」女は瞬きひとつせずにシルバーキーを見ている。「だが達成するだけの力を貴方は持っている。多分ね」 13
2011-11-27 16:52:25「多分……」「そう、"多分"」バーバヤガは言った。「貴方が心の準備も無しにいきなりあそこに飛び込むハメになるのは、私もさすがにね……見てられないと思ったからね」女は無感情である。「そりゃどうも」シルバーキーは肩を竦めた。「俺はそのう……ニンジャスレイヤー=サンのさ」 14
2011-11-27 16:58:54「そう、ニンジャスレイヤー=サンの」女は引き継いだ。「ニンジャソウルを解き放とうってわけよね」「そう、それ」シルバーキーは答えた。「物知りだね。あンた神様か何か?やっぱ、俺の夢かな?」「夢では無い」 15
2011-11-27 17:01:57「ナラク・ニンジャは、貴方の想像よりもずっと」「ずっと?」「この試みは、心せねば、0100101101010001」「001010111110010」 「000101011」……。 16
2011-11-27 17:17:20「ウオオオッ!」シルバーキーは飛びすさり、背後の壁に激突した。「大丈夫か」ニンジャスレイヤーがシルバーキーを見た。「お、オーケイ、オーケイ。ノープロブレム。ノープロブレム。たまにあるんだ、その、フィードバックつうか」シルバーキーは鼻血を拭い、ナンシーの寝顔を見下ろした。 17
2011-11-27 17:22:31「大丈夫なのか」ニンジャスレイヤーは眉根を寄せた。「大丈夫だ!ナンシー=サンには傷ひとつつけちゃいねえから」「それもあるが、オヌシがだ」ニンジャスレイヤーは言う、「何故オヌシは私に力を貸す?」「いきなり何だよ!」シルバーキーは両手をひろげた。「ビジネス!」 18
2011-11-27 17:28:36「……」ニンジャスレイヤーは無言だ。納得していないのだ。「何だよ何だよ、今更」シルバーキーは言った。「信用してくれねぇかな……」「信用はしている」「じゃあ、いいじゃないかよ。ホラ、今はナンシー=サンの話だろッて」「……」 19
2011-11-27 17:33:07ここはノビドメ・シェードの裏通りにある偽装コフィンホテル施設の一画……運び屋デッドムーンが用意したシェルターであり、ナンシーはこの地下玄室に、フートンに包まれ、永い眠りから醒めずにいる。覚醒は24時間に数度、十数分に過ぎず、ほとんど夢遊病めいて流動食を取り、また眠りにつく。 20
2011-11-27 18:01:28それは彼女が慢性的に服用したザゼン・ドリンクの痛ましい副作用であった。ソウカイヤとの長い戦いが彼女に強いた極度のハッキング・ストレス、拉致監禁による消耗……様々な要因が、無理を重ねた彼女の精神を、この昏睡状態へと追い込んだのである。21
2011-11-27 18:07:59彼女の状態は、ニンジャスレイヤーがネオサイタマを発つ直前よりも……そして彼が悲観的に想像していたよりもなお悪化していた。キョートにおいても時折ネットワークに姿を現し、ガンドーやニンジャスレイヤーを助けてきた彼女の帰るべき肉体は、今や檻めいて彼女の自由を奪う重荷と化していた。22
2011-11-27 18:19:27