ゲーム批評を論じてみた

ちょっと必要にかられたのでまとめてみました。 追記:えーなんかブクマされたので補足説明しておくと、文中、4章でどーこーと書いてるのは、 http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html 収録の『わはーでもわかるノベルゲーム入門』のことです。 続きを読む
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oyomot @oyomot

だって「エロゲー」などと「ゲーム」の名前がついて売られてるんだから、ゲームとゆー領域と無関係のふりをするわけにもいかないのである。「セカンドノベル」は、ゲームソフトのコーナーに売られてるのだ。

2011-11-04 17:58:27
oyomot @oyomot

「読むだけなんだからゲームとはいえない」とゆー言い分は、スマホのアプリその他の「とてもゲームとはいえない」ようなコンテンツ群が「ゲーム」として受け取られている中では、大した言い訳にはなりえない。

2011-11-04 18:00:58
oyomot @oyomot

むしろ、「ゲームじゃない」とゆって身を捩じらせて避けてみせるほど、実質として世の「ゲーム」の領域に接し交わり混ざってるところがジワジワと「これはゲームじゃない」はずの領域を侵食してく。「これはゲームじゃない」は、否定の身振りによって「ゲーム」の侵食を受け入れてく所作なのである

2011-11-04 18:04:07
oyomot @oyomot

そうでなく、とてもゲームとはいえないのに、ゲームの領域と交わってしまっていることを引き受けないと、語り口をなくす。おいらが無駄に絡まなくても、今木さんは沈黙してくしかなかったのである

2011-11-04 18:07:03
oyomot @oyomot

んで、一見して、いかにもゲームとしての要素であるようなものを、とりあえず扱う。そうすることで、こんどは逆に、「ゲーム」の領域に侵攻してく窓口が見えてきたりする。みんなが「これはゲームだ」と言ってるけど、いや、こんなん全然ゲームじゃないっしょ、よく見てよ、と言えたりする

2011-11-04 18:11:06
oyomot @oyomot

ダライアスだろうとドラクエだろうとパックマンだろうとボドゲのカタンだろうと戦術シムだろうと、そこに「ゲームじゃない」ところは、当然ながらある。そして、「ゲームじゃない」ところが、そのコンテンツ・作品の価値や意味に深く重要に関わってたりする。そうやって「ゲーム」を解体していける

2011-11-04 18:13:59
oyomot @oyomot

「ノベルゲーム」は、そうやって、「ゲーム」を解体するための切り札になりえた、時期が、ほんのちょっぴり、一瞬だけ、あった。

2011-11-04 18:15:37
oyomot @oyomot

そういうふうに位置づけしてくことで、モバゲーだろうがグリーだろうがスマホアプリだろうが、「ゲーム」という得体の知れない領域について、切り込める。そうじゃないと、惑星開発の人みたいにゲーム特集つって年表作って、はてさて、今のモバゲーグリーな状況に、どんだけ食らいつく武器たりえてる?

2011-11-04 18:19:48
oyomot @oyomot

まあ、無理に「今」「現代」を扱わなくてもいいのだが、「今」「現代」を扱わないのなら、エロゲを文芸評論する意味が、正直、ようわからんのである。んで、「今」「現代」に食いつくためにやるんなら、そゆ「ゲーム」との対決をやらんと、仕方あるまい、という

2011-11-04 18:24:44
oyomot @oyomot

そんなんで、今回、坂上の人が「ビジュアルノベル」という単語をセレクトしちゃったことについては、わりかし、懐疑的。おそらく、そろそろ「美少女ゲーム」と言い募るには美少女がコンテンツの中心じゃないような最近の作品に何とか対応していきたいんだろうけども

2011-11-04 18:33:55
oyomot @oyomot

いや、村上の人が決めたのかな? あのへん、普段は全然読んだことないんですけども

2011-11-04 18:36:02
oyomot @oyomot

「本」と「読書」とか、「劇」と「観劇」とかゆー、「ブツについて語る」のと「体験について語る」のとで、体験を語るしかないんだ、とゆーて、映画体験、とゆーふうにもっていくのって、それなりに勉強しないとなんないじゃないですか

2011-11-07 09:11:42
oyomot @oyomot

なんだけども、「ゲーム語り」は、素人が感想を述べるレベルから「体験語り」が優位性をもつと見なされる、とゆーのが、およそ見込みうるわけです。

2011-11-07 09:14:30
oyomot @oyomot

そのへんについて、プレイ時間の長さとか、「あなただけの冒険」であるとか、繰り返して上達することを要求されるスタイルであるとか、様々な理由が思いつくわけですが、ただ、そのへんは、やっぱり後付けで。総トータルとして「ゲーム」とゆー何かであるから、と。

2011-11-07 09:19:31
oyomot @oyomot

名前もしくは販売スタイルもしくはとある領域の範囲において、「ゲーム」とゆー単語に関わって、体験優位で語られうる何かだから、「ゲーム」なんです。

2011-11-07 09:21:36
oyomot @oyomot

映画体験を語ることで、視聴者の個なりなんなりを浮き上がらせていって、監督さんや各スタッフの個を浮き上がらせていって、とゆーことをやろうとすると、おそらく機能しない。体験を語っても、その語りを押し付ける先がないんです

2011-11-07 09:28:45
oyomot @oyomot

みんなが、ゲームについて、個人の体験に尽きるようなものだと思っているので、それについて個人の体験を深めて語っても、他の誰かに届く前にシャットアウトされちゃう。それで仕方ないんだ、と思うしかない。なんでかつーたら、ゲームってそういうものだから、と

2011-11-07 09:33:13
oyomot @oyomot

体験語りでプレイヤー個人を浮き上がらせることは、そうなると、道筋として違うんじゃないか、とゆーことなのです

2011-11-07 09:34:48
oyomot @oyomot

ゲームの体験のなかに、個人はいない。とすると、個人がいないのに、監督さんや各スタッフとゆー個人を見出せるはずもない。だから、ゲームって言っちゃダメなんだけど。けども、ゲームと呼びたくなる部分が、あったりするでしょ。選択肢があったり、戦闘があったり、なんか

2011-11-07 09:39:01
oyomot @oyomot

そこについて、我慢して、ゲームっていわないようにしよう、と。だから、シナリオなり台詞なりだけ抜き出しちゃうと、それ以外のところを「ゲーム」に無責任に押し付けちゃうから、それは拙いでしょう、と

2011-11-07 09:41:05
oyomot @oyomot

パラメータ数値もまたテクストでしょう、と。無限のパターンがあったりするかもしれませんが。

2011-11-07 09:42:17
oyomot @oyomot

しかし、世間でゲームと呼ばれてるものに対して、すべからくゲームじゃないと述べるための方法って何かつーと、「ゲーム」と「ゲームじゃない」を都合よく切り分けさせないようにする

2011-11-07 09:51:37
oyomot @oyomot

それには、「全部についてゲーム」とやんないことには、体験を壁にして引きこもる何かに対して、切り口すら見込めないじゃないかと。だから、やるべきことは、世間で「映画体験」「読書体験」ていう語りをやる「体験」のところを、「ゲーム」と書く。

2011-11-07 09:52:55