リスク評価とリスク管理

学問の自由・独立を議論していたようだ。それを私がリスク学の話かと思いこんで口を挟んでしまった。でも、平川さんに教えてもらえて、私はよかった。
心理 風評被害 デマ四天王 デマ 群馬大学 被災者差別 早川由紀夫 反原発カルト
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flurry @flurry
学問の自由やら独立やらは重要だと思うけど。でも、「政治から独立したリスク評価」「リスク評価はリスク管理と異なる」みたいな物言いには懐疑的だし、学問の独立とは別の次元じゃないのそれ、みたいな。
flurry @flurry
ちなみに「政治から独立したリスク評価」「リスク評価はリスク管理と異なる」は、唐木英明氏と早川由紀夫氏(そして、おそらくは菊池誠氏も)の意見が一致する恐るべき一点であり。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
欧米のリスクガバナンス論では「リスク評価とリスク管理はseparate but interactive」が90年代以降の常識。唐木さんらの主張は時代遅れ。RT @flurry: ちなみに「政治から独立したリスク評価」「リスク評価はリスク管理と異なる」は、唐木英明氏と早川由紀夫氏
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)まず「区別すべき」は、リスク評価の科学的判断の結果が政治的思惑で左右されてはならないし、逆に社会がすべき価値判断を科学者が科学の「客観性」の名の下に行ってはならない(「踏み越え」をしてはならない)という意味。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)他方、そもそもリスク評価で何を優先的に対象とし、どういう種類の証拠を集め、どういう基準で不確実性評価含めて判断するかには、多分にリスク管理側の意向(リスク管理の方法の選択肢とかコストとか)や社会的価値判断が含まれうるので、そういうリスク評価の前提についてはオープンにする。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)つまり、リスク管理側が、科学者、官僚だけでなく、利害関係者、外部の専門家、一般市民に開かれた協議を行い、リスク評価の前提を決めて、それに従ってリスク評価を行うということ。これを業界用語では「リスク評価方針(risk assessment policy)」といいます。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hirakawah どんな文脈かしれないけど、separate but interactiveに同意します。あたりまえのことだとおもいます。いまの日本は、リスク評価とリスク管理が区別して認識されていない超初歩レベルにあります。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
.@HayakawaYukio 実際、リスク評価とリスク管理の考え方には何段階かありまして、その点で日本は仰る通り超初歩レベルです(一部例外はありますが)。第一段階は「リスク評価(科学)の結果によってリスク管理(政策)が決められる」という超素朴な段階。(つづきます)
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hirakawah そして、「リスク評価は科学だけでやる」「リスク管理は科学によるリスク評価も使うが、判断材料としてはほんの一部にすぎない。ちいさい」と本郷哲学シンポで言った唐木さんは、いまの時代にマッチしたとてもスマートな発言をしたと思った。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)第二段階は「評価は管理から独立して客観的に科学だけでやる。管理は評価結果と他の社会的・技術的要因を総合判断して決定する」というもの。第三段階はさっきも書きましたが、「評価の前提(リスク評価方針)についてオープンに協議する」が加わります。@HayakawaYukio
flurry @flurry
平川氏と早川氏とのやりとりが始まりそうであり。なにか質問するにしても後回しがよかろう。そして、だれかtogetterしてくれるであろう(おそらくは早川氏本人が)
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hirakawah はい、いまの日本で第三段階を一足飛びに目指すのはむずかしいので、当面は第二段階を目指そうと私は主張してます。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)"Separate but interactive"はこの第三段階を指してのことです。これにあてはめると、日本は評価と管理が不分明で下手すると第一段階以前です。これに対し2001年の国内BSE発生による食品安全行政の改革で第二段階に進みました。@HayakawaYukio
kentarotakahashi @kentarotakahash
平川先生の講義を聞いている。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
(続)その意味で、唐木さんはまさにこの現状の状況=第二段階の考え方を表明されているわけです。ただし、実をいうと現在の食品安全行政が下敷きにしているコーデックス委員会の「リスクアナリシス(リスク分析)」の考え方そのものは第三段階なのです。@HayakawaYukio
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hirakawah いや、ぼくがゆってるのは学説とか政府方針とかでなくて、一般庶民レベルです。一般庶民レベルは第一段階も行ってないとさっきいったん書いて消しました。そういうレベルです。わかりやすくいかないと、普及できない。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
確かにまずはそこからではあるのですよね。ただ、「現実」はそのモデルの限界を露呈していて、同時に第三段階まで含めて対応しないといけない状況でもあるかなと思っています。RT @HayakawaYukio: @自分 いまの日本… (cont) http://t.co/X1ZgqGGj
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
.@HayakawaYukio 「目前のリスクに対して庶民としてどう対処すべきか」という個人のリスク管理行動に関しては分りやすくストレートな情報提供・説明がやはり大事だと思います。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
.@HayakawaYukio ただその一方で、そうした情報の背後にある科学的判断がどういう「前提」で作られたものなのかにも、3/11以降、人々の注意は向き始めています。「前提」にはたとえば「どういう測定条件?検出限界」という技術的なものもあれば社会的・政治的なものもあります。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hirakawah その点は、専門家である平川さんの意見に従います。私のリスク学の知識は10年前に集中して獲得したものです。10年前に私が仕込んだ知識ですら、この日本でまったく周知されていないのをみて、がっくりしたのが実情です。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
.@HayakawaYukio なので、「リスク評価は科学だけでやる」というだけでは、「科学=客観的で価値中立的」という装いの下に、科学者が暗黙裡にもっている(もしくは行政が意図的に滑り込ませた)前提を覆い隠しているのではないかという疑いが生じ、信頼性を損ねる可能性があります。
flurry @flurry
平川氏は「A国では199X年ごろに第○段階から第△段階に移行したが、一方でB国は……」のように 語っているのだけど。そのような歴史的進展、変遷というストーリーを疑ってみることは(当然)必要だなあ的な。
flurry @flurry
段階論の危うさとでもいうか。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
.@HayakawaYukio その点で、「まずは第二段階として科学的エビデンスは重視しようよ」といいつつ、その背後にある前提に配慮する第三段階も同時にやらねばならないという大変面倒なことをやらねばならないのが現状なのだと思っています。実はこれ、3/11以前からの問題なのですが。
flurry @flurry
ちなみに平川氏の方のツイートしか読んでません。
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コメント

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2011年12月2日
flurryさんの問題意識は素朴だな、が正直な感想だ。切れば血が出る生身の人間いまそこで、助けを求めてのた打ち回っている感覚がないんだろな。ま、それも無理ないだろ。こういうのは経験だから。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2011年12月2日
匿名者との議論は、あるレベル以上にはけっして進まない。多くを期待するのは無理。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2011年12月2日
あららちゃんはいつものとおり。せいぜい学問しておくれ。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2011年12月2日
伊豆大島1986での注目は、鈴木俊一・東京都知事の「嵐の前の静けさではない」発言と、予知連に出席した国土庁・荒井の「これなら読めます」発言だ。
kentarotakahashi @kentarotakahash 2011年12月2日
平川さんの話は分かりやすいな。今朝、ツイートしたこれと合わせて読むと、いろいろ興味深い。「御用学者の踏み越え問題と社会的犠牲者問題について」 http://togetter.com/li/221751
3号(本業きっこbot) @kikko_not_bot_R 2011年12月3日
福一被災の際にヨウ素補給しようとしてイソジン飲もうとした青プリン先生が「一般庶民レベル」って仰られても・・・。絶句。
discoder_x @discoder_x 2011年12月4日
理系人間にとって恐らく一番分かりやすい第三段階の説明は、評価主体→管理主体の→はデータの流れ 逆は制御の流れ というもの。
discoder_x @discoder_x 2011年12月5日
三段階モデルは、評価-管理の構造に対する認識の発展段階をいうものであって、評価-管理の構造そのものの変遷を述べているのではない(管理から評価への影響は常に存在した)。もちろん、この両者の間にも別のレベルでのinteractが存在する。
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