目を覆わんばかりの惨状の中、奇跡的に生き延び、取り上げられた赤子は桃太郎と名付けられましたが、彼は最初から背負っていたのかもしれません。桃より赤い、鮮血の色をした残酷なる運命をーー。「桃太郎〜The Legend of Bloody Peach〜」
2011-12-07 09:16:53「なるほど鬼退治か! どこもかしこも鬼だらけだ。なあ桃太郎さんよ、村を滅ぼしたって奴らをぶちのめして、それからどうする? 次の獲物を探すか? それとも、都であぐらを掻いてるお偉いさんの首をやるか? その時、お前さんが鬼扱いされない保証がどこにある?」
2011-12-07 09:29:15「よせ」《犬》が静かに言った。「前金は受け取った。俺たちは仕事をこなす。それだけだ」「忠義深いことで」今しがた、軽口と共に研ぎ終えたばかりの鋼の爪を両手に嵌め、《猿》は口の端を歪める。「まあ、考えておけよ坊主! 夜目の利かん奴は早死にするぜ」
2011-12-07 09:38:55桃太郎は、返す言葉を持たず、ただ項垂れていた。彼を育てた老女は、反政府レジスタンス組織の基地が滅ぼされた時に虜囚となり、そのまま敵の妻ーーという名の態のいい奴隷にされていた女だ。彼を連れて逃げた後に聞かせてくれた昔語りは、酸鼻を極めたものであった。
2011-12-07 10:17:14だが、しかし、寝物語に聞かせられた栄光ある組織の物語はどうであったか? 時が経つにつれ、老女の語りには陶酔が交じり、彼は徐々に疑問を抱くようになった。奇襲、爆撃、略奪、そこにおそらく正義はあったろう。しかし、幼い彼の夢には、襲われ逃げ惑う人々の姿が炎のようにちらついた。
2011-12-07 10:23:24そして、貧しいながらも平和な村を襲った悪夢。鬼と憎んできた彼らにもまた別の--彼らには後光のように輝いて見える、何か拠って立つものがあるのではないか?(桃太郎は、それを正義とは呼びたくはなかった) そして、この世には、また無数の鬼が--。
2011-12-07 10:29:10「まだ起きていたのか」低い声がした。《犬》だ。勘の鋭い彼は、いつも夜の見張り番に立つ。桃太郎は、男の穏やかな人となりに、短い付き合いながらも信頼できるものを感じ取っていた。「《猿》のことは気にするな。あいつは土台悲観に過ぎる」「いえ……」
2011-12-07 10:37:44「《犬》さんは、ずっとこの仕事をしているんですか?」男の目が小さく瞬いた。焚き火の音だけが沈黙の中に爆ぜる。ややあって、彼は口を開いた。「昔、俺は盗人をしていた。盗人の使い走りだ。鼻が利いたもので、花咲という爺さんに重宝がられていた。殺しはなかったが……まあ悪党の下の下だ」
2011-12-07 10:44:17彼が目端をつけた屋敷を一味が襲い、財宝を掠め取る、そういった暮らしを続けてきたのだという。「だが、ある時仲間に嵌められた。俺がお宝だと思い、勇んで知らせたものはただのゴミ屑だった。爺さんは斬られ、一味はバラバラになった。そして俺は--何年もかけて裏切り者を探し出し、殺した」
2011-12-07 10:49:52再び、炎の音。男は、肩を竦めた。「俺は、お前の敵討ちを責めようとは思わん……。だが、その後のことはよく考えておけよ。俺の人生は、もう何も残ってはおらん、灰だ」お前はそうはなるなと、目が語る。「一度枯れた木に花は咲かん。覚えておくがいい」
2011-12-07 10:55:54「《猿》も、あれで哀れな男だ。軍で多少出世したはいいが、奴の部隊が天竺まで飛ばされた。仲間が幾人も斃れ、ようやく手に入れた手柄は部隊長殿が独り占めだと、酒が入るといつも喋り散らす。愚痴をこぼす相手が増えて嬉しいのさ。聞き流しておけ」
2011-12-07 11:04:17「君だけは、何も言わないよね。僕の敵討ちのこと」「……」黒曜石のような瞳は、彼を射竦めるようだった。「いや、何か言ってほしいってわけじゃなくて……。ううん、そうだ。僕は聞きたいんだ。君が何を考えてるのか。もし良ければ、聞かせてくれない、かな」「銃は口を利かないわ」
2011-12-07 11:30:48