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masuda minoru @mimimasumasu
基地問題をめぐる沖縄県民の主張ウゼーとか言う声に最近よく遭遇します。そこで再掲:植民地支配下にあった人の怒りとはどういうものか。仏領マルティニク出身の作家エメ・セゼールの言葉(Aimé Césaire, Discourse on Colonialism)が大変わかりやすい。
masuda minoru @mimimasumasu
「彼ら〔フランス人〕は私に対して、進歩、「成果」、病弊の治癒、生活水準の改善などを語る。私が語っているのはその本質を喪失させられた社会、足蹴にされた文化、損なわれた制度、収奪された土地、打ち砕かれた宗教、破壊された偉大なる芸術的創造物、かき消されたすばらしい可能性についてなのだ」
masuda minoru @mimimasumasu
「彼らは私に対して、統計、道路総延長、運河、鉄道といった事実を投げかける...私が語っているのは、自らの神々から、自らの土地から、自らの習慣から、自らの生活から、そう、生活から、ダンスや知恵から、引き離された何百万もの人々についてなのだ...」
masuda minoru @mimimasumasu
「私が語っているのは、狡猾なやり方で恐怖を植え込まれ、劣等感をたたき込まれ、身震いし、ひざまずき、絶望し、従僕のように振る舞うことを教え込まれた何百万という人々についてなのだ。」
masuda minoru @mimimasumasu
内なる植民地を抱え込むということは、こういう怒りと末永く同居するということだということ。

コメント

にゃむ太 @nyamn 2011年12月9日
RT @mimimasumasu: 「私が語っているのは、狡猾なやり方で恐怖を植え込まれ、劣等感をたたき込まれ、身震いし、ひざまずき、絶望し、従僕のように振る舞うことを教え込まれた何百万という人々についてなのだ。」
Kontan_Bigcat @Kontan_Bigcat 2013年12月29日
エメ・セゼールの言葉にはひとつの嘘もないと思うけれど、同化政策が進んだ優雅な観光地マルティニークと、誇り高い独立を果たしたはずの最貧国ハイチの姿を見比べてしまうと、複雑な思いがします。
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