順子

僕が大学に入学してすぐの時期に好きになった女の子の話
7
テツヲ @shiratetsu18

大学に入って初めて好きになった女の子は深い緑色のジャケットを着て掲示板の前に立ち、両ポケットに手を突っこんで履修関係の通達を見ていた。背後の気配などお構いなしで見入ってる感じがよかったのかも知れない。僕にはそういう一心不乱な面がない。彼女は片方の脚のふくらはぎに包帯を巻いていた。

2011-12-08 15:05:28
テツヲ @shiratetsu18

掲示板を見つめる彼女の視線の先が僕と同じ学科の掲示物ような気がして胸が躍った。まだまだ4月の初旬だと言えるような時期だったと思う。初めての1人暮らし、初めての都会、初めての自由。あの頃は何も憂いがなく、雨の日の記憶がない。当然雨の降る日もあったろうに、うららかな日和だけの記憶が。

2011-12-08 17:32:37
テツヲ @shiratetsu18

僕の学んだ学部・学科は男女比が1:3という感じで、ただでさえ女の子が多い上に、とりわけ高等部からの内部進学組の女の子たちは都会っ子ぽくてセンスがよくて、いい匂いがしていた。物怖じもなく「ここ、座っていい?」なんて隣の席に座って話しかけてきたりして、僕はカリフォールニア気分だった。

2011-12-08 17:42:40
テツヲ @shiratetsu18

そんなカリフォールニアな毎日に雨など降るか?降らぬのだ。女の子たちはほんとうに可愛らしくて美しくて。思えば、今こうして電車の中でツイートしていても頬が緩むのに、あの日以来僕は大教室でのオリエンテーションで溢れかえる女の子たちの中に緑色のジャケットを、長い黒い髪を探してばかりいた。

2011-12-08 17:59:44
テツヲ @shiratetsu18

教員を目指したり、心理学の専修者を目指す人たちが集まる僕の学科の学生の中では僕もわりと粗野で尖っていたりした方だろうと思うけど、彼女は僕でさえ神妙に座ってた必修の授業に平気で20分も遅れてきては舌をペロっと出しながら教室に入ってくるような子だった。もう夢中になってしまうパターン。

2011-12-08 18:18:03
テツヲ @shiratetsu18

彼女にも何人かの女友達がいて、遅れてきた彼女に手招きをする。「じゅんちゃん!こっち!」へぇ…じゅんちゃんていうのか…じゅんこだろうな…純子かな、淳子?順子?こちらは多少なりともある同級生からの言い寄りにも応じずに彼女の仕草を見つめ名前を想像してるのに、彼女は僕を知らないわけで…。

2011-12-08 20:41:12
テツヲ @shiratetsu18

彼女と同じ学科だということもわかり、隣のクラスだということもわかった。「順子」だということも、世田谷にある学校の女子学生寮の寮生だということも。学科の必修の授業は必ずいるわけだ!と思い気を遣った身なりで出ると彼女は出席してなかったり…。と、思うと学食にはいてみたりなんなのあの子。

2011-12-08 20:49:03
テツヲ @shiratetsu18

寮生だよな?って事は地方出身だよな?で、なんで学食で他の学部の男たちと一緒にメシ食ってんの?まだ履修もサークルも決めてない時期になんで男友だちがいるんだよ…。こうなるともうダメで、魅了されてしまった方の負けである。いつも彼女の姿を探した。スラリとした脚にはまだ包帯が巻かれていた。

2011-12-08 20:56:02
テツヲ @shiratetsu18

奇跡は起きる。起こそうとすれば起きるのだ。履修登録とともに教科書が販売される時期、僕は彼女とできるだけ同じ授業を受けたいと思っていたが、彼女の第二外国語も何の教科の教職をとるのかもわからぬまま訪れた教科書売場の前に、緑色のジャケットのポケットに両手を突っこんだ彼女が立っていた…。

2011-12-08 21:11:16
テツヲ @shiratetsu18

教科書の値段表をじっと見つめる彼女。僕は彼女の隣に立って同じように値段表をじっと見つめた。いやなに、僕も同じ学科だし買う教科書のいくつかは同じなんだし何もやましいことは…と思っていたら彼女がこっちを向いて言った。「教育(学科)の人ですか?」きた!キタ!期せずして!いや、期してた!

2011-12-08 21:19:31
テツヲ @shiratetsu18

「ん…?そうだけど?」精一杯の平静を装ったその言葉はちょっと裏返った。ほっとけ。彼女が聞く。「この教育の枠んとこの教科は、全部買わないかんと?」出たよ…方言…福岡か?どこまでシビれさせんだこの子…。ワザとか!魅了上手か!前歯が可愛いな…。なんてことを2秒ぐらいの間に色々と考えた。

2011-12-08 21:32:14
テツヲ @shiratetsu18

「あぁ…それはね、全部買う必要はなくてさ…」平気で方言を使う彼女に対して、「さー」の使い所もよくわかってないクセに標準語で喋ろうとする僕の小物感が満開この上ない。そもそも彼女は初対面だと思って喋ってるけど、僕はちょっと気味悪いぐらいあなたの事を知ってますよ、順子さん!てなもんで。

2011-12-08 21:41:21
テツヲ @shiratetsu18

言えなかった。「寮生でQ組の順子ちゃんだよね?順番の順の順子ちゃん」とは言えなかった。偶然に、さりげなーく知りあった風を装った。素直に「前からすっごく気になってて、今もあなたがいるのが見えたから寄ってったのよー!」と言えばいいものを、それをしないズルさが未だにイヤになる時がある。

2011-12-08 21:57:32
テツヲ @shiratetsu18

「とにかく、履修関係さっぱりわかってないよね?(笑)」と、購買のそばの談話スペースに誘って2人きりで話をした。たくさん。色んなことを。時間が経つのも忘れて。見とれて。灰皿が僕の吸ったタバコの色で一杯になるまで、たくさん話した。彼女が寮生であることも名前も、僕の知ってた通りだった。

2011-12-08 22:45:35
テツヲ @shiratetsu18

彼女は何でも話してくれた。福岡の女子高から推薦入学で進学したこと。推薦だから2年間は学校寮に入寮しなければならないこと。サザンオールスターズと一緒の音楽サークルに入りたかったけど、見に行ったらつまんなそうだったこと。その時に先輩が送ってくれたバイクのマフラーで脚を火傷したこと…。

2011-12-08 22:52:24
テツヲ @shiratetsu18

それからというもの、僕はいつも彼女と一緒にいた。授業でも、学食でも、彼女の方から近寄ってきて隣に座ってくれた。彼女は僕をどう思っていたのだろうか。教科書売場で偶然仲良くなった人。奇遇にも同じ県の生まれだった人。学校の、学部の、学科の、他の人たちとはちょっとだけ違う匂いを感じる人。

2011-12-09 02:21:55
テツヲ @shiratetsu18

なぜ早々と「僕は前から順子のことを気に入ってて、クラスも名前も人から聞いたりして知ってたんだよ。こうやって仲良くなれてすっごくうれしい」と言えなかったのか。火傷のことを聞いた時も「初めて見た時から気になってたんだよ、大丈夫?」と言えなかったのだろうか。今もねっとりとまとわりつく。

2011-12-09 02:32:27
テツヲ @shiratetsu18

彼女は僕を「シライシ」と呼び捨てで呼んでいた。学園ドラマか。内田有紀の初期か。悶えるわ。遠くに僕を見つけると、指先2本の敬礼のポーズで、「オッス!」という口の動きをしたりして。春が終わろうとして、彼女も緑色のジャケットを着なくなった頃、「シライシは好きな人おると?」と聞いてきた。

2011-12-09 02:44:58
テツヲ @shiratetsu18

しまった!と思った。これはダメだと思った。そうなる事を期待していたし嬉しいのだけど、それを彼女の方から切り出させちゃダメだと思った。嘘をつかず、飾らず、作為のない彼女にどんどん引き込まれていったのは自分だろ。そもそも近づいたのは自分だろ!緑色のジャケット姿に見惚れたのは自分だろ!

2011-12-09 02:56:42
テツヲ @shiratetsu18

「俺が好きなのは順子だよ?わかってるクセに」なんて言っただろうか。違うだろ。今までに至る経緯をぶちまけろよ、バカ!「俺は順子が知らないずっと前から、順子の事が好きだったんだよ」だろ。知りあった事が作為的だったと知られるのが怖かったのか。彼女は実は男性とのつき合いにも疎い子だった。

2011-12-09 03:33:49
テツヲ @shiratetsu18

今でこそ当時の僕の意気地のなさをこうして悔いてはいるが、その時は嬉しさの方が強くてこれらの思いはチラとかすめた程度だったのかもしれない。僕らは前にも増して一緒にいた。彼女は僕の友人の誰からも好かれた。当たり前だ。そういう子だったのだ。高等部上がりの女の子たちからは冷遇されたけど。

2011-12-09 03:41:19
テツヲ @shiratetsu18

電話を敷いた。毎晩話した。寮の電話の1台はいつも順ちゃんが使ってると言われていたらしい。厚木住まいの僕。世田谷住まいの彼女。電話代も嵩んだが、とにかく触れていたかった。大好きだった。寮の門限をいつも恨めしく思っていた。夜の校舎窓ガラス壊してまわった。壊すかボケ。それ程熱烈だった。

2011-12-09 04:09:52
テツヲ @shiratetsu18

ある日彼女が紙切れをヒラヒラさせながら近づいてきた。「何それ?」「ジャジャーン!」なんてやりとりしながら見せた紙には「外泊届」と書いていた。既に外泊先としてクラスの女友達の名前と電話番号が記されていて。「!!でかした!クヌッ!クヌッ!」なんて感じでヘッドロックして喜んだ。アホだ。

2011-12-09 04:19:52
テツヲ @shiratetsu18

その頃になってもまだ彼女は僕を苗字で呼んでいた。「ねぇ、シライシの部屋にジャッチあると?」「は?」「ジャッチ!寝巻き!」福岡の子はジャージをジャッチと言うらしい。改めて悶え死んだ。ジャッチて!寝巻きて!そうか、シャワー浴びたらジャージを貸して?ってことか。何度も何度も悶え死んだ。

2011-12-09 04:26:00
テツヲ @shiratetsu18

彼女が僕の部屋に来るのは初めてではなかった。僕は本厚木駅から学校までのちょうど中間地点にあたる場所にある学生ハイツに住んでいて、住人はみな同じ大学の学生だった。1人暮らしだけど門限も規律もない学生寮のようで、住人はみな仲がよく、昼も夜もドアを開けっ放して行き来をし合うような仲間。

2011-12-09 10:14:55
1 ・・ 4 次へ