『アマデウスの恋とクリスマス』自家製牛タンのスモークとシュークルートのアンサンブル クリスマス仕立て 〜マリア・オッティーリエの思い〜 オッティーリエは、ザルツブルグ宮廷のパン職人の娘でした。宮廷で働くモーツァルトの父の同僚の娘ということもあり、(つづく
2011-12-23 23:25:24続)二人は幼い頃から仲がよく、淡い恋を抱いていました。牛タンのスモークは、モーツァルトが大好きな食べ物の一つでした。モーツァルトは彼女の父が焼いた黒パンと牛タンを食べながら、幼い恋の行方に夢をふくらませていたことでしょう。
2011-12-23 23:25:32「アイントプフスープ」 〜ベーズレとの戯れ〜 アイントプフスープは、ポトフとミネストローネの原型のような素朴なスープで、当時よく食べられていました。ベーズレは、モーツァルトの父レオポルドの弟の娘で、開放的で行動力のあるかわいい女性でした。(つづく
2011-12-23 23:30:40続)年はモーツァルトより2歳若く才女でもあったようです。二人で仲良くフォルテピアノ(ピアノの前身)を弾いていたと、記録にあります。演奏の後、一緒にこのス—プを飲んでいたかも知れませんね。
2011-12-23 23:30:47「虹鱒のムニエル ケッパーソース」 〜アロイジア への恋歌〜 1777年モーツァルトはマインハイムで就職に失敗し挫折、その時に出会ったのが16歳のアロイジアでした。アロイジアと結婚を考えていたモーツァルトは、彼女をイタリアに連れて行き、プリマドンナに育て上げたかったようです。→
2011-12-23 23:36:25続)モーツァルトは、父のレオポルトにお金を出してくれるよう懇願しましたが、二人を別れさせたかった父は「お金が必要なら、パリでお金を稼いでからイタリアに行けばいい」と、モーツァルトをパリに仕向けました。(つづく
2011-12-23 23:37:06続)アロイジアのことを思いながら、モーツァルトは大好きな鱒のムニエルをパリで一人で食べていたのではないでしょうか! /これは大変美味しかったわ。
2011-12-23 23:37:45「霧島ポークのウィーン風」 〜妻コンスタンツェの愛〜 モーツァルトが最も好んで食べたのがウィナーシュニッツェル(ウィーン風ブタのカツレツ)です。妻コンスタンツェが作ったものを毎日食べるほど大好きだったそうです。(つづく
2011-12-23 23:44:47続)モーツァルトには毒殺説がありますが、その中の一つに、妻コンスタンツェがこのウィナーシュニッツェルにシアンを少しずつ降りかけて殺したというものがあります。遊び呆けていたモーツァルトを自分一人のものにしたかったから、だそうです。
2011-12-23 23:45:03続)なんとも哀しく切ない愛の話ですね。しかし、妻コンスタンツェにそんなに愛されていたということは、やはりモーツァルトは幸せな人であったかもしれません。/ええ〜、そうかな〜 いや、なんとなく...w
2011-12-23 23:45:37「クリスマスデザート」チョコレートは当時としては貴重な嗜好品です。モーツァルトが食べたかどうかはわかりませんが、アロイジアとイタリアに行きたかった思いを込め、テラミスにチョコレートの音符を添えました。(つづく
2011-12-23 23:48:41続)そして、気高き妻コンスタンツェのエレガントなさまをカシスのムースに託し、二つを並べ、、モーツァルトの恋のデザートとしました。/ん〜、美味しくも複雑な味でしたw
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