ゲーム業界のタレント性と都市伝説

割と過激です。モロに批判してますが文学部哲学科の人間じゃないし、数冊読んで単語拾っただけの滅茶苦茶なニワカです。言葉の使い方を間違ってたらごめんなさい。
ゲーム ゲームハード 評論 就活 ゲーム業界
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竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
吉本隆明ってすごいことに1989年には3D映像について哲学していたことなんだよね。ゲーム評論家(?)として井上さんが先頭に立ってるわけだから情けなくてしょうがない。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
ラノベが認められたのって東さんとか大塚さんとかその他諸々の人が一生懸命哲学して文学から認められた経緯があるし、アニメもその一部として機能している部分もあるからもはや無視はできない存在にもなって来てるのに、ゲームには残念ながら評論家たる人は井上さんぐらいしか知らない
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
新さん、小野さん、平林さんと色々なゲームジャーナリストがいるけれども、あくまでジャーナリストとしての立ち位置。評論家ではないし、いきなり神話作用とか、脱構築とか、社会構造とか、ポスト植民地主義とか電波発言をする人たちじゃない
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
で、結局なんでそうなっちゃったのって、金儲けしか考えなかったからじゃないの? そもそもアタリ~FC世代のバカ売れ層を見たFC~SFC世代が今のトップなわけで、時代と共に売り上げが減っていく劣等感を抱いてる世代なんだよね。しかも、売れるってことがそもそもの価値だった。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
タモリとかタケシとかサンマとか所ジョージとかの有名タレントのゲームがやたら多かったのも、タレントの名前を出せば売れるって話だし。そういうのを見て育った新卒SFC開発者はどんな幻想を見るかと言うと、クリエイターはかっこいいとか、金持ちとか、思わざるを得ないよね。

補足
共同幻想の成立の過程としては、

1.ゲームを作るとなぜか売れる(自己幻想)
2.ゲームを作れば売れるらしい(対幻想)
3.ゲームを作れば売れる(共同幻想)

ゲーム業界の民俗と言えば、90年代前半だとタレントゲーム、90年代中盤から後半だと旧スクウェアとかSCEの都市伝説辺りになるんじゃなかろうか。
アタリでゲーム作ったらなぜか売れて(1)、弾けたときの凋落からタレントゲーム辺りへの移りかけ(2)で対幻想にまで成長したんじゃないかな。
やがてロックマンとかカービィとかマリオシリーズ、さらにはFFやドラクエを経て作れば売れるって価値観が固まってきた(3)んじゃないかと。

考え方は簡単で、憑き物筋の話を引用すると、
1.なんか滅茶苦茶運のいい奴がいる
2.あいつの家を見に行ったとき何か見た
3.あいつの家には憑き物がいる
みたいな関係でゲーム業界民俗も憑き物筋関連の民俗と同一視できる。

竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
今でも大手企業は金持ちで安定出来るって幻想があるけど、やっぱりそれと同じこと。30代後半に差し掛かった世代(刃の柱にいる人たち)がなぜ神々しく扱われているかって、FC~SFC世代の価値観を引きずっているからだし、その幻想を引きずったまま、ゲーム業界をリードしてしまったから。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
そこでソーシャルなんだけど、なぜここまで馬鹿みたいに成長しているのに、10年後には会社ごとないとか、風営法を適用すべきとかありえないことを言っちゃうのか。それってただ単に今の時代についていけない(過去の栄光からの)劣等感が一番の原因じゃないのと。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
なんかそれだと誹謗中傷っぽくなってしまうので補足すると、約15年前に培ってきた作り手としての共同幻想が受け手に通用しなくなってきた、その上、外部からの参入でクリエイター個人が浴びていた脚光が一部を除いて全く通用しなくなってきた

補足
未だに通用してるのはゲームハード連中とゲーム業界志望者(クリエイター志望者)ぐらいかな。
志望者ってなんか微妙だけど、要はゲームを作るのではなく、ゲームに憧れている人たちの話。
ちなみに僕はそこらへんどうでもよくなってる。
ニートになれそうならどこでもいいよ……。

ゲームハードはどうしてこうなってるのかはまるで謎。
あそこだけなんで尖ってるのかわからん。

竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
結局、ゲーム業界はゲームではなくタレントを作っていた。旧スクウェアやSCEの都市伝説なんかまさにそれ。都市伝説がなけりゃ、共同幻想は生まれない。巻き込まれたのはPS2以降の世代で未だにゲーム業界はそのタレント性の共同幻想を引きずってるんじゃないかと思う。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
そういう意味でゲーム業界は金儲けに走ってる。走るとは、無策って意味。感性に従ってなんとなく作っていたのが運良くバカ売れし続けたので経験則からその通りにやってるだけ。ゲーム制作の中に経営学はないし、ビジネスモデルも存在しない。だから哲学も入れようとしない。経験則から外れるから

補足
CEDECでGREEとかモバゲーが金儲けの話しかしなかった、とか言う人が多い辺り、ゲーム業界は経営学とかビジモデとか受け入れられないんだなって。
感性で物を作ってるので結局はそういう学術的なことを全く受け入れない体質が出来上がってる。
某シェーダの講演とか明らかに出力結果の出来を重視しているところもその文脈に近いなと。

ケータイプロジェクトだと売れるか売れないか、ビジモデの完成度を激しく追及されたんだけどな……。

竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
たぶん、ちょうど僕らの世代で超厄年危機を迎えて帳消しになりそうだけど、肝心の評論家がいないんじゃ駄目じゃん……。誰がゲームを認めさせるのよ……。
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
ラノベを読むと頭悪くなるって過去に言われてたけど、その認識が無くなったのってラノベやアニメが高度な文化で最も知的でお金を生み出す文化として証明したからなんだよね。だからゲーム脳を科学的に証明するとかアホなことをやるより、ゲームがいかに高度な文化の証であると証明しなきゃなって
竹渕瑛一 @GRGSIBERIA
ちなみに、漫画が今、児童ポルノとして取り上げられているけれども、予想としては漫画ポルノというか二次元がいかに高度で洗練された文化であるか証明する手段を使って主張そのものを無効化すると思う。漫画もそうして認められてきたわけだし。歴史は繰り返す

当たり前だけど、科学的に正しい、ってことは哲学的に正しくない。
いくらデータを持ち寄って結果が正しいと言ったところで、それは相手の論に立っていないのだから相手からすれば正しくない。
だから、科学的に正しいことを正しくないと言うには、科学的に正しくないことを証明する。
それと同じように、フェミニズム(たぶん)的に相手の言っていることが正しくないことを証明するのが最も当たり前のことだし手っ取り早い。
ゲーム脳関連の話題で科学データ持ち出すのは、アメリカ人にロシア語で喋るようなもの。相手が理解できない以上、一生通じ合うことはない。

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