なっとちゃまの「チェルノブイリ事故後の日本」
- kei_sadalsuud
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七沢潔さんのチェルノブイリ食糧汚染を読んでまずビックリしたのが何度もツイートしましたが、この厚生省発表の暫定基準値を超えた輸入食品のリスト。 http://t.co/I8kvjJ4a 私は原発事故以前は輸入食品の放射能について考えた事はありませんでした。
2012-01-06 21:33:03えーと、まず国内の当時の粉ミルクについて。出典は科学技術庁の第28回環境放射能調査研究成果論文抄録集です。スキムミルクは料理で使うもの、ドライミルクが赤ちゃんのものかと思います。
2012-01-06 21:47:08明治スキムミルク製造年月日85.6.29は4.1bq/kg、86.6.26は11bq。森永スキムミルク85.4.2は0.96、86.6.4は0.89。明治ドライミルク85.5.18は0.78、86.7.3は0.24。森永ドライミルク85.5.7は0.34、86.7.3は0.37。
2012-01-06 21:56:41科学技術庁の論文抄録集によると、国内の牛乳は事故後、それまでの12倍の汚染度に跳ね上がっている。一年間で大分減衰したが、87年でも事故以前より高い。88.2農林水産省畜産試験場の調査ではヨウ素131は呼吸器を通じて牛の体内に入り、セシウム137は牧草から取り込まれる事が多かった。
2012-01-09 19:02:27チェルノブイリ事故前の88.3~4の国産牛乳は0.092bq/L、事故後の5~6月が1.1bq、一年経った87.4~6には0.13bq。 http://t.co/s6lDW8sA
2012-01-09 19:07:06チェルノブイリ事故後に国内のお茶に含まれていたセシウム。静岡で150bq/kg、京都で78bq/kg。出典は科学技術庁環境放射能調査研究成果論文抄録集。 http://t.co/b3qPiU1v
2012-01-07 00:14:38チェルノブイリ事故後、食品に関しては規制値があったが高汚染されていたトナカイの角やソ連産ドライフラワー、薬の原料となる物は当時検疫の対象となっていなかった。小学生の理科教材として市販されていた園芸用苗床から4242bq/kgのセシウムが検出。フィンランドから輸入された原材料は苔。
2012-01-07 00:22:43チェルノブイリ事故後から二年経った88年の日本産干し椎茸57bq/kg。セシウム134の量から逆算すると、およそ34bqがチェルノブイリの影響で、残りの23bqは60年代の核実験での残留値。京都大学原子炉実験所、今中哲二博士達の測定データ。日本生協連の自主検査では76.3のものも
2012-01-07 00:31:59日本人の体内セシウム137総量。放医研内山正史博士の論文。大気圏核実験時代からチェルノ事故を挟んだ1987.5まで約20人の放医研で働く成人男子のデータ。事故以前の86.2には、平均22bq、下は4bq上は40bqと極めて個人差が大きい。 http://t.co/bU01vr37
2012-01-07 00:45:01この時平均値は過去十年での最低レベルにまで下がっていた。核実験の影響がようやく薄れてきた矢先の事故だった。事故後五月下旬には平均値は30bqに上昇、一年後87.5には平均60bqに。上下に散らばっていたそれぞれの数値も平均値に近づいた。この現象について内山博士は
2012-01-07 00:49:04チェルノブイリ事故直後の86.4月から5/22まで科学技術庁が全国でサンプリングした放射性物質降下量を示すデータ。セシウム137を指標にすると汚染度が高いのは秋田、能登半島、山陰等日本海沿岸が多い。ジェット気流にのった放射能雲が日本列島の山脈にぶつかり日本海側に多く雨を降らせた。
2012-01-09 00:53:59汚染度においては最も高い所で1㎡あたり150bqとして、欧州のホットスポットと比較して二百分の一以下、平均比較で百分の一以下と言われる。だがこの調査は32都道府県で行われたにすぎず、各県内の細かいホットスポットが調べられている訳ではない。
2012-01-09 01:00:47京都大学工学部の学者グループが86.5に全国の松葉の汚染分布図を作った。科学技術庁が測定しなかった宮崎県で、111bq/kg以上の汚染が発見されている。この例が象徴する様に、チェルノブイリ事故後、日本政府がとった対応策は必ずしも充分でなかったと市民団体は批判を続けている。
2012-01-09 01:05:31ふーん、チェルノ事故後、政府は時期尚早に安全宣言を出してたんだ。86.4.29に科学技術庁長官を本部長とする放射能対策本部が作られて、国民には雨水の濾過後の飲用、生野菜の消費規制、野菜の洗浄等の注意勧告、一時輸入規制後、6/6には安全宣言を出して、その後お茶の汚染が発覚したのね。
2012-01-09 01:22:29前もこの本何回か読んでるのに、読んだの事故直後だったから「どの食品がやばいのか」て事を拾うのに必死だったな。あんまりこういうとこ印象に無いや。
2012-01-09 01:24:00当時の放射能対策本部の記述について気になる点。「87.5に原子力安全委員会から出された事故報告書によれば~」で始まる文章で前ツイートの国民への注意、勧告と、牛乳、乳製品、野菜、果実、穀物等の東欧諸国からの輸入の一時禁止、肉類の輸入規制をするなどの措置が「とられたことになっている」
2012-01-09 17:23:09となっている。「とられたことになっている」という事は、書類上ではそういう事をした事になっているけれど、国民に対する周知は徹底されていなかったという事の様に受け取れる。実際に私の元には「当時はそんなこと何も知りませんでした」という声が届いている。インターネットもない時代の話なので、
2012-01-09 17:27:05放射能対策本部発足の一ヶ月後の6/6、環境放射能の測定と、輸入食品対策を除いては事実上の安全宣言を発し、注意事項を解除している。この安全宣言をめぐっては学者グループや市民団体から反論が聞かれた。実際に半減期の長いセシウムは様々な動植物に取り込まれ、6/6以降も食料汚染は続いた。
2012-01-09 17:35:1688.7.18放送のNHKおはようジャーナルのなかで、厚生省の審議官が「一キロあたり370bq以下の輸入食品の汚染地も公表する事を検討中」とインタビューに答えたらしいけど、これは実現されたのだろうか。早ければこの年の暮れにも実現すると書いてあるけど。
2012-01-09 17:40:0686.11の輸入食品検査開始。当初、一年間の暫定措置と考えていた厚生省も、二年後の88.5には放射能検疫施設を拡大、長期化する輸入食品の検疫態勢を強化している。割合のんびりしていた厚生省が本腰を入れ出したのは背景があった。汚染実態を知った主婦や消費者団体からの問い合わせや
2012-01-09 17:52:41厳密な検査の注文が増えたからだ。「人体への影響がはっきりわからない放射能を子供達に食べさせたくない」そう思う主婦達の願望は全国に広まり、勉強会などの輪が広がった。88.4.23に日比谷公園で行われた「原発止めよう!東京行動88」には反原発運動史上空前の二万人(主催者発表)の参加者
2012-01-09 17:57:24