2012年1月10日

茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの「何歳になっても同じだよ。新しいことに感動する限り」の連続ツイート

脳科学者・茂木健一郎さんの1月10日の連続ツイート。 本日は、昨日「そうだなあ」と考えていたことについて!
19
茂木健一郎 @kenichiromogi

しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!

2012-01-10 06:05:34
茂木健一郎 @kenichiromogi

「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 本日は、昨日「そうだよなあ」と考えていたことについて!

2012-01-10 06:53:36
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(1)昨日、歩いていてふと思ったこと。ぼくは、相手が何歳だろうと、あまり違った人間だと考えていないなあと、逆に言えば、年齢差ということをほとんど人間関係を考える上での参照にしていないことになる。なんでだろう、と思いながらコンビニに入って、ああそうかと思った。

2012-01-10 06:55:23
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(2)つまり、それは新しいことに向き合うという点において。何歳になっても、自分が知らないこと、経験していないことに向き合っている時に、人は同じ雰囲気をかもし出す。その新鮮なる断面において、あまり何歳だからどうのということは関係ないんだなと思う。

2012-01-10 06:56:25
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(3)思うに、性別にせよ、年齢にせよ、あるいは「世代論」というやつにせよ、人が人をこうだと決めつけたり、あるいは区別したりするのは、その人が「出来上がった」人だと思うからだろう。しかし、変化という差分において人をとらえれば、みんな同じ人のはずだ。

2012-01-10 06:57:14
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(4)たとえば、社会的地位が高くて偉い人の前に立つと緊張するけれども、それはその人が出来上がった人だと思うからで、一緒にいちごパフェを食べたりして(なぜいちごパフェなのかわからないけど)「ああ、これはおいしいね」と新鮮な感動を共有する時には同じ人になっている。

2012-01-10 06:58:16
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(5)一緒に旅行するともうその通りで、どんな年齢の人でも、境遇の人でも、初めてのびっくりに接すると、「全くねえ」などと目を白黒させて驚いている。その新鮮な命の流れにおいては、年齢も性別も年代も地位も名誉もなにもかも関係がないんだなあと思う。

2012-01-10 06:59:23
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(6)逆に言えば、人間を、もう出来上がった固定したものとして考えるときに、区別も別扱いも何もかも始まるのだろう。もともと血液型人間学には科学的根拠は何にもないが、O型はこうだ、と決めつけて、変化の躍動に注目しないことで、人は別々のホルダーに入れられていく。

2012-01-10 07:00:33
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(7)ぼくがケンブリッジ大学でお世話になったホラス・バーロー教授は偉い人だけど、一度面白いことがあった。京都で、たまたま一緒にパチンコ屋に入ったら、大当たりしてしまった。「ケン、こんなに玉どうするんだ!」と大喜びするホラスの顔。あのとき、同じだなあ、と思ったな。

2012-01-10 07:01:44
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(8)変化において、みんな平等。ただ、自分はこうだと決めつけたりするのはもったいないし、あるいは、他人がこうだと決めつける人ももったいない。いるよね。決めつけて、説教する人。本当は、一番損をしているのは自分の可能性なんだけどね。

2012-01-10 07:02:39
茂木健一郎 @kenichiromogi

なあ(9)コンビニで買い物を済ませて出る頃には、ぼくの心は決まっていた。そうだよ。新しいことに出会って感動して、変化するということについては、人間みんな平等。だから、年齢も、性別も、国籍も、年代も、地位も、名誉も関係なく、これからも人間はみな同じと思うことにしよう。

2012-01-10 07:03:47
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、「何歳になっても同じだよ。新しいことに感動する限り」の連続ツイートでした。

2012-01-10 07:04:05

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?