日本神話語り 上巻

こんばんわ藤四郎です。 連日TLにお邪魔している、胤義様の神話の読み聞かせをまとました。 古事記の区切りに合わせ、天地開闢~海幸山幸まで。 続きを読む
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三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

さて、今日も神話を子供らに語るぞ! 昨日はどこまで話したかな?

2012-02-28 22:57:04
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

そう、アマテラス大神の孫ニニギ命が下界に降りてきて、サクヤ姫を娶ってややを作ったが「本当にオレの子?」発言をして怒らせたんだなw で、サクヤ姫は潔白を証明するために、炎の中で産んでみせたのだ。その時に火神三柱が生まれた。

2012-02-28 23:02:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

長男の火照命は釣りが得意なので海幸彦と呼ばれ、三男の火遠理命は狩りやなめこ採取が得意なので山幸彦と呼ばれた。ちなみに次男は火須勢理命と言うが、ハッキリ言って空気だ。ある日、山幸彦が兄に「たまには僕の狩り道具と兄上の釣り道具交換してみない?」と持ちかけた。当然拒否った

2012-02-28 23:07:05

神話の兄弟は複数産まれても、焦点が置かれるのは一番上と一番下というお約束です。

三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

しかし山幸彦があまりにしつこいので、兄は「一回だけだぞ」と言って交換したのだ。しかし、神にも得手不得手というものがある。山幸彦は釣りをしてみたが一匹も釣れずに、とうとう釣り針を失くしてしまった。当然兄は激怒した。山幸彦が自分の剣を砕いて釣り針を沢山作っても許してくれなかった。

2012-02-28 23:12:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

……よくある兄弟喧嘩だな。山幸彦は兄に「元々の釣り針じゃないと許さん」と言われ、海に探しに来たんだが、海は広すぎて途方にくれて、泣いてしまったのだ。すると塩椎神という潮の神がやってきて、泣いている理由を尋ねた。山幸彦が事情を話すと「オッケィ☆任せて☆」と籠の小舟を作った。

2012-02-28 23:17:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

えっとね、えっとね~、実はね、この船乗ったら、塩椎が押してあげるんだけど☆あっこれ言っちゃダメだった!えっとね☆それはいいや、あのね、これで鱗だらけの宮殿に行けるんだ☆ペロッ☆そこの綿津見って神様の娘がきっと助けてくれるよ☆桂の木の上で待ってればオッケー☆バイバーイ☆

2012-02-28 23:22:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

ちなみに塩椎神の別名は鹽土老翁。ジジィだそしてオレは少なくとも三十路オーバーのゴリマッチョだ。 ……続きを話すぞ。山幸彦が綿津見の宮殿に着くと、言われた通り桂の木に登って待った。すると、綿津見の娘、豊玉姫の侍女が水を汲みに来た。ふと見上げると……木の上にイケメンが!!

2012-02-28 23:27:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

「その水……下さい」侍女は器にすくって差し出したが、山幸彦は水を飲まず首飾りの玉を器に沈め、返した。玉は器に張り付いて剥がれない。仕方なく侍女はそれをそのまま豊玉姫に渡し、豊玉姫は誰かいる事に気づいた。さすが男子力に定評のある天つ神の息子……二昔前のトレンディドラマのようだ。

2012-02-28 23:32:05
ヤマトタケルbot @ymatotakeru_bot

天津神の男子力はいとどこの世のものならずゆゆし…【倭建命】

2012-02-28 23:42:08
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

豊玉姫が桂の木を見上げると、そこに居たのはイケメン! 二人は見つめ合い、恋に落ちた。……大国主とスセリ姫の出会いにも似てるが、豊玉姫はまずキチンと父に報告した。綿津見は自ら出向いて山幸彦と対面する。そして山幸彦を気に入り結婚させた。恋仲の相手はまず親へ報告するのだぞ、娘よ。

2012-02-28 23:37:05

素戔嗚尊と大国主の話は、大国主が結婚するための通過儀礼というのが定説ですが、結婚するために試練が必要ならば、邇邇芸命と木花咲耶姫、山幸彦と豊玉姫命にも試練があっても良いはずじゃないかなぁ、と個人的には思います。

結局、親に報告する前に結婚しちゃダメだよって事じゃないでしょうか?

でも……胤義様のご息女は確か……

三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

オレの娘の歳? 三歳だよ!! 数えでな!! それはともかく……山幸彦と豊玉姫が結婚して三年……山幸彦はようやく当初の目的を思い出した! 「ヤッヴェ、兄貴の釣り針の事忘れてたww」 事情を話すと、綿津見は海の魚たちを呼び集め、釣り針を見なかったか? と尋ねた

2012-02-28 23:42:05

胤義様のお子様たちは

承久の乱当時
胤連様が18歳、兼義様が16歳。
豊王丸こと義有様が11歳。
以上3名が同母兄弟であると、佐野本系図に書かれています。

承久記慈光寺本には
三浦に残してきた子は「9歳・7歳.5歳」とあります。
するとこの三人は佐野本系図の『某』『高義』『胤康』の三名と思われます。……側室の子でしょうね。

と、いう事は流布本にもある3歳の子はお嬢ちゃまで、胤連様方と同母で当時京にいたと思われます。

ちなみにある本では、胤義様の側室は和田義盛殿の弟、義茂殿の娘とありますが、裏付けの史料は現在鋭意調査中です。

三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

すると魚たちは口々に「鯛が喉が痛いと言ってる」と報告した。赤鯛の口を調べると海幸彦の釣り針が刺さっていたので、これを取り、清めてから山幸彦にこう言って渡した。「兄に渡す時に『このちはおぼち、すすぢ、まぢち、うるぢ』と唱えて後向きになって渡しなさい。

2012-02-28 23:47:06
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

そして兄が低地に住むのなら高地に。高地に住むのなら低地に住みなさい。……三年で兄を貧しくしてやろう」と言って海水を干上がらせる珠と、満たす珠を一組渡した。……いったいどんな話し方をしたというのだ。何故綿津見は兄にこんな仕打ちをしようと思ったのだろう……

2012-02-28 23:52:04
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

でもまぁ、兄は海幸彦と言われるくらい釣りが得意……綿津見は魚たちの王……。もしかしたら常々腹立たしく思っていたのかもしれんな。そして弟を利用して……まぁ歴史上、よくある話だ。 で、綿津見は山幸彦を地上に送る役を魚たちから探し、一日で送れると言ったサメに送らせた。

2012-02-28 23:57:05

……胤義様も、朝廷側に利用された、という見方もありますよね。

本人は絶対にそう思ってはないでしょうけど。

三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

山幸彦はこの時のサメに礼として自分の小刀を結んでやり佐比持彦という神名を与えてやった。そして綿津見に言われた通り、兄に『このちはおぼち、すすぢ、まぢち、うるぢ』と唱えながら後ろ向きに渡した。兄には--おそらく山幸彦にも意味が解らなかったようだが……これは呪詛の言葉なのだ。

2012-02-29 22:57:05

佐比持神は、サメそのものの名前となります。
刃のように鋭い歯を持っているという意味です。

三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

漢字で書くと、『此の鉤は淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤』鉤は釣り針の事だが、淤煩は欝状態、須須はスサノオの「須佐」と同じ荒ぶるという意味。は言わずもがな、宇流は愚かという意味だ。釣り針に悪い意味の名を四つも与えたのだ。

2012-02-29 23:02:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

そして兄が高地に田を作った時、山幸彦は低地に作る。すると山幸彦の義父、綿津見の力で高地の水がなくなり、低地に水が潤った。なので兄が低地に田を作ると、山幸彦は高地に田を作った。すると今度は逆に低地に水がなくなり、高地が潤った。

2012-02-29 23:07:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

こんな状態がいつまでも続くと兄は徐々に貧しくなり、欝になり、心が荒れて、山幸彦を攻めて来た。山幸彦は宝玉を使って津波を起こし、兄共々攻め来る輩を溺れさせたのだ! しかし……何だかんだ言って同母兄弟。山幸彦はすかさずもう一つの宝玉で潮を鎮め助けてやった。

2012-02-29 23:12:06
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

よくよく考えれば津波も山幸彦のせいなのだが、度重なる不幸で考えも足りなくなってしまったのだろう。。助けてもらったと勘違いした兄は「あなたに仕えます!」と言ってしまうのだ。これは昼も夜も朝廷を守護した「隼人」の起源で、隼人舞は兄の溺れている様子だと言われている。

2012-02-29 23:17:05
三浦平九郎判官胤義 @bot_miura9

隼人は、まぁオレらの時代にはもう居なくなっているが、平安初期頃まではいたのだ。でも滅んだのではない。ざっくり説明すると朝廷に従わぬ九州の原住人を熊襲朝廷に仕えた者を隼人と読んで区別した。仕えるということは婚姻も結んでいるだろう。血が混じってしまえば隼人も大和もない、という事だ。

2012-02-29 23:22:05
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