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寛文地震(1662年)の話

最近、琵琶湖で地震の前兆じゃないかと疑われてる現象が起きてるんだけど、琵琶湖周辺で過去に起きた地震を調べると、原発銀座、若狭湾に被害を及ぼした寛文地震(1662年)ってのがあったりするのねって話

Qul■iQul■i @knj961
琵琶湖 湖底の泥の噴出が増加。大地震などの地殻変動の前兆現象を懸念。 http://t.co/gr4BfFBv 琵琶湖周辺の巨大地震の例として、1662年に京都から近江(現・滋賀県)、若狭(福井県南西部)までに甚大な被害をもたらした寛文地震があり、その際福井県美浜町の海岸が隆起。
Qul■iQul■i @knj961
福井県美浜町の海岸が隆起した話は、この論文(http://t.co/UyEgZtZi)が詳しい。「三方郡の内、丹生浦より早瀬まで五~六里ばかりの間、大海の磯辺が八十間、早瀬浦は沖ヘ百三十間干上り、」という古文書の記録があり、美浜湾の海岸部が東西幅約7kmの区間で隆起したと。
Qul■iQul■i @knj961
古文書中の丹生浦(https://t.co/HjrXpTCT)。美浜原発の目の前だったりする。http://t.co/buAtAQgc
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Qul■iQul■i @knj961
この記事(http://t.co/gr4BfFBv)では寛文地震の原因となったと推定される三方・花折断層帯の隣の琵琶湖西岸断層帯を懸念している。
Qul■iQul■i @knj961
琵琶湖西岸断層帯の地震発生確率は30年以内に1%~3%。我が国の主な活断層の中では高いグループに属すると評価されている。http://t.co/Yjo7ykRJ
天正大地震(1586年)と津波の話

「兼見卿記」、「フロイス日本史」の津波記述から行われた保安院の調査

Qul■iQul■i @knj961
津波の古記録については、天正大地震(1586年)のものを2011/12に保安院が発表(http://t.co/2zdgrlTs)し、大きな津波の痕跡は見当たらなかったとしている。が、色々つっこみがあり(http://t.co/WUKfeLFQ のP24~)追加調査を行う予定。
Qul■iQul■i @knj961
つっこみは例えば「寛文地震で、久々子湖では3m隆起し、水深が6mから3mと浅くなっており、湖の水の半分が抜けるというイベントが起きていると思われ、堆積環境が大きく変わった可能性も否定できないので、追加調査の実施が必要と思う。」(http://t.co/WUKfeLFQ のp24)
Qul■iQul■i @knj961
「丹後、若州、越州浦辺波を打ち上げ在家悉く押し流され、人死ぬ事数知らず云々」(兼見卿記)http://t.co/2zdgrlTs
Qul■iQul■i @knj961
「若狭国には(略)長浜と称する(略)町があった。その地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が、遠くから恐るべきうねりを発しながら猛烈な勢いで押し寄せてその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに破壊」(フロイス日本史)http://t.co/2zdgrlTs
Qul■iQul■i @knj961
天正大地震で若狭湾へ津波が襲来(http://t.co/2zdgrlTs)って話は、琵琶湖沿岸の長浜の一部が水没した話と混同し、京都付近でそんな噂が流布した可能性もありそうだけど、「数日間揺れ動いた後」(フロイス日本史)ってことは天正大地震の余震時って可能性もあるんじゃないかな。
Qul■iQul■i @knj961
フロイスは琵琶湖沿岸の長浜の一部が水没した話に触れた上で、若狭湾へ津波が襲来した話を記載している。http://t.co/2zdgrlTs

若狭湾沿い「三方郡西田村誌」に残された「大津波で全滅したクルビ村(くるみ浦)」の記録

Qul■iQul■i @knj961
天正大地震(1586年)と若狭湾の津波に関連して、「三方郡西田村誌」に「大津波でクルビ村(くるみ浦)が全滅」と記述があり(http://t.co/ctziReLP)、中世とも江戸時代とも推測されている。関西電力も取り上げて記事にしてたり。http://t.co/f2exPORJ
Qul■iQul■i @knj961
若狭湾沿い「三方郡西田村誌」の「クルビ村」の項に「小川の裏の山を越した日本海岸を血の裏といい、そこには以前クルビという村があったが、ある晩村人が出漁中に大津波が押し寄せて、神社と寺と民家1軒だけを残して全滅した」と。http://t.co/ctziReLP
Qul■iQul■i @knj961
その後、敦賀短大の外岡教授が「クルビ村(くるみ浦)全滅は天正地震の津波原因でない」との説を出した。http://t.co/tfXBjbXN 外岡教授は「一つの可能性として、くるみ浦の滅亡には別の理由があって、近い年代に起きた天正の大津波が原因と伝えられたとも考えられる」と説明。
Qul■iQul■i @knj961
ただ、別の関係史料に基づき、天正地震と同時期に複数の地震があったとの見方もあるため、「広い範囲で津波の痕跡を調べるボーリング調査し、確かめることができればありがたい」と話している。http://t.co/tfXBjbXN
Qul■iQul■i @knj961
この若狭湾沿いにあったという「クルビ村(くるみ浦)が大津波で全滅した」話。関西電力の天正大地震の津波調査では全く触れられていない。調査の過程で西田村誌を調査したことは明記されているんだが。http://t.co/RPjvbD0S のp18とp20。
Qul■iQul■i @knj961
自分とこの HP でも紹介してるのにね。「くるみ浦(美浜町)昔、大津波で滅んだ村 戦後の一時入植」 - 関西電力 http://t.co/f2exPORJ

関電などによる追加調査

Qul■iQul■i @knj961
天正地震の津波痕跡、若狭湾で見つからず 関電など (魚拓)http://t.co/xIKM17dz 天正年間(1573~1592年)の津波堆積物の有無を調査したが痕跡が見つからなかったと保安院に報告。過去約1万年前までさかのぼった調査結果は10月ごろに公表。
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コメント

Qul■iQul■i @knj961 2012年2月22日
若狭湾沿い「三方郡西田村誌」に残された「大津波で全滅したクルビ村(くるみ浦)」の記録を追記。
Flying Zebra @f_zebra 2012年2月22日
天正地震による津波について、関西電力の報告を読みました。http://www.kepco.co.jp/pressre/2011/pdf/1221_2j_02.pdf 追加の調査が必要というコメントはもっともだし、計画もされていますが、現時点でも大規模な津波はなかったと考えるのが妥当だと思います。
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月23日
@f_zebra コメントありがとうございます!正直僕も別件で寛文地震を調べるまでは、大規模な津波はなかったという結論は妥当だろうと考えてました。地震・津波に関する意見聴取会での「寛文地震で、(略)湖の水の半分が抜けるというイベントが起きていると思われ、堆積環境が大きく変わった可能性も否定できないので、追加調査の実施が必要と思う。」(http://www.nisa.meti.go.jp/shingikai/800/26/010/10-1.pdf のp24)という指摘は傾聴に値すると思います。
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月23日
@f_zebra また、外岡教授の説では否定されてはいるものの、西田村誌を調査しながら「クルビ村(くるみ浦)が大津波で全滅した」という伝承に全く触れないのは、調査姿勢としていかがなものかと。否定が難しい材料は出さないのでは?という疑念を持ちました。
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月23日
渡島大島津波(寛保津波、1741年)の話を追記
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月23日
大宝地震(701年)の話を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月24日
若狭湾沿いの地域に伝わる地震と津波の話(年代不詳)を追記。
Flying Zebra @f_zebra 2012年2月27日
個人的には、工学技術も統計も未熟だった時代の記録というのは災害の有無は確認できても、その規模を定量的に判断するには無理があると思います。重視すべきはやはりボーリング調査で、現在行われている追加調査の結果(今年中に出る)を待って判断したいと思います。可能性は低いと思いますが。
Qul■iQul■i @knj961 2012年2月28日
@f_zebra おっしゃる通りだと思います。ボーリング調査で結論を出すのが妥当だと思います。
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月2日
福井市越廼地区(城有町、八ツ俣町付近)に残る津波の伝承を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月2日
伝承の大津波、科学的に検証 福井県内専門家が共同研究を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月2日
@sitesirius コメントありがとうございます!「Kansai Electric Power Company」で「kepco」みたいです。http://ja.wikipedia.org/wiki/KEPCO
CAVU @cavu311 2012年3月7日
浦底断層って,本当に敦賀原発の直近(というか直下)を通っているんですね…。 http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/chishitsu/chishitsu002/presentation.pdf
CAVU @cavu311 2012年3月7日
@knj961 あと,ご存じかもしれませんが,原子力学会のサイトにあった産総研杉山さんの発表(?)資料が,いろいろ参考になりそうだと思いました。各地の原発と活断層調査の話が載ってました。 http://www.aesj.or.jp/information/0527-1450sugiyama.pdf
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月7日
@geophysics コメントありがとうございます!おっとマジすか。杉山さんの資料は見てないです。ありがとうございます。
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月7日
「関連記事」を「若狭湾付近の活断層について」に変更。
Qul■iQul■i @knj961 2012年3月7日
「敦賀原発の敷地を通る「浦底―柳ケ瀬山断層帯」(浦底断層)の評価について」を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年4月25日
敦賀原発の原子炉の下などを通る破砕帯の話を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年7月6日
「天正大地震(1586年)と津波の話」に「関電などによる追加調査」を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年7月6日
「福井市越廼地区(城有町、八ツ俣町付近)に残る津波の伝承(年代諸説有)」に「敦賀原発近くの猪ヶ池から津波痕の可能性がある砂の層が発見された話」を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2012年7月18日
番外編(若狭湾じゃないけど近く):『室町時代に丹後半島の西側で大津波って古文書が』からの『海から20kmくらいの荒塩神社まで津波が来た』話を追記。
Qul■iQul■i @knj961 2015年5月20日
「福井県高浜町の海岸から約500m内陸で14~16世紀頃の津波痕跡とみられる堆積物を福井大の山本博文教授らが発見」を追記。
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