2012年2月23日

死刑制度について考える。

僕はもともと死刑は容認してます。 でも光市母子殺害事件でたくさん考え事しました。 それを残しておきたいと思います。
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ひげお @Higeow

どうなるかな…?なんかドキドキするよ…

2012-02-20 15:01:26
ひげお @Higeow

個人の感覚としては死刑だろって思ってしまうけど、法律によって与えられる「罰」の目的がどう位置づけられるかによって変わってしまうよね。

2012-02-20 13:00:00
ひげお @Higeow

僕は個人のためでなく、社会のために法律があると思ってるから、その…

2012-02-20 15:02:02
ひげお @Higeow

光市母子殺害事件 死刑判決

2012-02-20 15:03:35
ひげお @Higeow

うん。なんだろう。死んでほしいと思っていたんだな、僕は。

2012-02-20 15:05:18
ひげお @Higeow

死刑判決のツイッターでの感想を見てると、「死刑反対派」の行動が目立ってそういう人が多いのかとも思っていたが、案外そうでもないのかなぁなんて思った。

2012-02-20 15:29:11
ひげお @Higeow

ふしぎなもんだな…外国から着実に死刑が消えつつあるが、この国ではそれでも死刑を祝う人が多いんだな。

2012-02-20 15:30:09
ひげお @Higeow

うん。うん。なんだろう。ね。人の死を喜んでいる社会があって、その一端を担うのは僕。

2012-02-20 15:13:12

死刑反対派と賛成派の間では何が違うか?①罰とはなんのためにあるか

ひげお @Higeow

死刑反対の方と、今死刑を望む人たちとの間で異なっているのは「罰の目的」でしょう。罰とはいったい何のためにあるのだろうか?それを個人の更生のためだと思えば、死刑なんていらないよね。

2012-02-20 13:01:05
ひげお @Higeow

もし死刑反対思想が罰が個人の更生のためという側面を強く持つという考えから派生したものであることが確かならば、この「更生」を重要視させるようにしたのは一体何だろうね。僕は「人権」とか「個人主義」がかなり関わっていると思うんだけど。

2012-02-20 13:03:30
ひげお @Higeow

僕は「人権」という考えが道徳において妙なウェイトを占めているのが気になるんだ。なんでもかんでも「権利」って言葉つければ、大切なもののような気になってしまったりする。「人権」だって考える隙もなく完璧に保証された権利だとは思ってない。僕は十分に考察すべき概念だと思うよ。

2012-02-20 13:05:18
ひげお @Higeow

本当にずるいよな、「考えなくても人であればわかる。」みたいな価値観は。人であればわかるならなんでわかるのか考えたくなっちゃうだろうが!

2012-02-20 13:16:27

僕が考えている法律の役割と意味

ひげお @Higeow

@plamizo_pechita それ疑問だったんですが、刑事事件法廷ってなんのための場所なんでしょうか?刑事事件で言い渡される「刑」とはなんのためにあるんですか?(・ω・)

2012-02-20 15:33:52
ぺち太 @plamizo_pechita

@Higeow あいまいな記憶なんで不確かなんですが、刑は犯罪の抑止力のためにあるんだったはずです。悪いことしたら罰があるからやめとこ…っていう風にするためです。ただ犯罪に対する抑止力に「個人の報復」を許しちゃうと社会としての収集がつかなくなるので、「国家」として刑罰を与えます

2012-02-20 15:36:20
ひげお @Higeow

僕、法律憲法…さらには道徳みたいなルールをいっしょくたに考えててね。同じと考えてるわけじゃなくて、ルーツは一緒だと考えているんだけど。

2012-02-20 15:36:52
ひげお @Higeow

法律が「社会と自分との契約」であると定義すると、「生きているだけで害悪となる存在」と烙印を押されたものが社会権力で死刑になるのは至極当然のように思われる。

2012-02-20 15:42:24
ひげお @Higeow

あ、定義不足だな、社会的な害悪になる存在という風に定義しないと、ただの嫌われ者が死刑になっちゃうよ

2012-02-20 15:42:55
ひげお @Higeow

法律は人工的な淘汰だと僕は考えてるよ。淘汰って言っても実際に罪を犯した人がすぐ死ぬかって言うとそうじゃないんだけど、自然界がやってる自然淘汰をできるだけソフトな感じで再現したのが法律であるような印象を受けてる。

2012-02-20 15:45:32
ひげお @Higeow

法律に反したものは「罰」を受けるから数が減るっていうのは。自然淘汰において間違った選択、あるいは進化をしたものは数が減る(消滅する)のと似ている。というか法律はその自然淘汰がかけてしまう無駄なコストを削減した人工物であると。

2012-02-20 15:46:49
ひげお @Higeow

というと、ちょっと飛躍しすぎかな…うーん

2012-02-20 15:48:51
ひげお @Higeow

あんまり簡約化しすぎるとわかんなくなっちゃいそう。とりあえず契約って分かりやすい概念から行けば、「死刑」があることで社会が救われる部分があるかぎりは死刑が存在していてもいいんじゃない?

2012-02-20 15:50:29
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コメント

シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月23日
冤罪は「人違い」「そもそも犯罪がない」だけではないと考えています。紀藤弁護士も「程度問題の冤罪」という言葉を使われています。ご参考になれば。http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2004/12/post_1.html (最下段)
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月24日
なお、死刑の抑止力については、「その国で」死刑廃止前後の、廃止前に死刑相当だった犯罪の発生を観察すべきです(ちなみに、増えたというデータはないはずですが) 。死刑のある現在の日本と、死刑を廃止した欧州の国で比較するのは正しくありません。しつこくてすみません。ぜひ考えていただければ幸いです。
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ひげお @Higeow 2012年2月24日
ご意見ありがとうございます。(1)冤罪について、失念しておりました。冤罪の程度問題についてはあまり熟考できておりません。ですが、今僕が前提としているのは「冤罪の可能性がない(又は極めて低い)」という条件ですから、この考察ではその「程度の冤罪」も含め冤罪としていただき、条件から除外させていただきます。
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ひげお @Higeow 2012年2月24日
(2)死刑の抑止力について 僕は死刑の抑止力について、あまり重要視していませんでした。しかし、僕が「増える可能性はある」と言ったのは軽率だったかもしれません。また、いくつか死刑の抑止力について探してみましたがほぼ「抑止力なし」と言ったものが多いのですが、いくつか「抑止力あり」や「統計学的根拠となるのか」「日本に適用できるか」といった懐疑的な意見も見られたため、このような危うい点で死刑の是非を決めるつもりはありません。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月25日
死刑に抑止力についていえば、兄弟を殺された某氏が「人殺しをしても反省のポーズさえ見せないクズを殺して自分が死ぬのは釣り合わない」と復讐を止めた話がある。「冤罪の可能性はゼロではないから死刑廃止すべし」が通るなら、「抑止の可能性はゼロではないから死刑存置すべし」も通るはずだろう。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月25日
“人権の観点から、他者が命を絶つという死刑制度には反対”の人が、なぜ「人権の観点から、他者が社会的生命を絶つという終身刑制度には反対」といわないのははかなり不思議。人権を考えれば「生物学的に生きているだけでは駄目、自由と平等を享受しながら生きていなくては」となるだろうに。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月27日
↑(1)抑止力があるかどうか不明なのであれば、国家が人を殺してはいけません。(2)私も含め、死刑も絶対的終身刑にも反対している人は少なくないです。ただすでに無期懲役は事実上絶対的終身刑化しています。@silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月27日
@cinnabonapple 「抑止力が存在したケース」を提示したはずなのに“抑止力があるかどうか不明”とは? 意見が雑すぎて反論が上がりすぎて絞ることすらできません。(1)は国以外なら殺してOK? それとも国は自由をいくら奪ってもよいが命だけ守れば良い、ということ? そもそも、「なぜ」そうなんです? 理由がない主張では人は納得しようがありませんが。(続く)
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月27日
(続き)(2)については「人権の観点から、他者が社会的生命を絶つという終身刑制度には反対」は首肯できるということですか? そうなら“無期懲役は事実上絶対的終身刑化してい”る以上、あなたは「死刑も終身刑も、無期懲役もみな反対である。何百何千人惨殺しても、最大で数年レベルの懲役にとどめるべき」といっているわけですか?
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
もしかして、「抑止の可能性はゼロではないから」は、「抑止力がある」と読むのですか。だとすると、「冤罪の可能性がゼロでないから」は、「冤罪がある」と読むことになりますね。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「冤罪で死刑があっては絶対にいけない」ことで意見の一致がもしも見られないのだとしたらこれ以上の議論は無意味ですが、「冤罪がある」までは意見が一致したのは素晴らしいと思いました。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
冤罪で国家が国民を殺してはいけませんから、冤罪がある以上死刑はできない、という結論になるはずです。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
(二度と出られない)絶対的終身刑には反対ですよ。「無期懲役は事実上絶対的終身刑化している」ことについては、この運用には批判的ですが、法律上は仮釈放の可能性が残されていますね。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「いつか出られる」が希望をつなぎ、更生に貢献すると考えています。だから「無期懲役にも反対」なのではなく、「二度と出られない」という希望をなくす刑に反対なのです。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
死刑を廃止すれば、「どんな酷い犯罪であっても犯人は相対的終身刑に処するべき」が結論。無期懲役は事実上絶対的終身刑化しているのですから、軽すぎるという批判は当たりません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
※「国以外なら殺してOK?」「国は自由をいくらでも奪ってよい(略)?」は答えるまでもなく誰でもわかります。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
私の主張を存置派のtogetterで展開するのは失礼と考え、死刑に反対する理由を展開していませんのでご覧になりたければtwilogでどうぞ。(まとめていただいても構いませんが。) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
(ここの21時32分ごろからです。無理にご覧くださいとは申しませんが。)http://twilog.org/cinnabonapple/date-120224 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
@cinnabonapple “冤罪で国家が国民を殺してはいけませんから、冤罪がある以上死刑はできない”なぜ論理的におかしいことをいうんでしょう? 冤罪だったら殺しも懲役も罰金も駄目です。懲役刑や罰金刑も禁止しますか? しかもこの理屈なら冤罪の可能性がない場合は死刑でもいい(冤罪可能性がある場合だけ死刑を禁ずればいい)ということになるはず。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“「いつか出られる」が希望をつなぎ、更生に貢献すると考えています”“「二度と出られない」という希望をなくす刑に反対”では病気や年齢の関係で、余命が刑期を下回ることが充分予想される際には刑期短縮がされるのでしょうか。病気もちや年寄りの犯罪はそれ以外よりも軽くなるべき、ということでしょうか?????
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
失礼しました。「死刑は質的に他の刑と異なる」という前提を共有できていなかったのでしたね。罰金はともかく、確かに懲役刑も取り返しはつきません。ただ死刑は(続く) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
ただ死刑は、無罪を叫ぶことすらできなくなる(死人に口なし)上、命という基本的人権の土台そのものを奪う刑であり、金銭的に補償できる質のものではありません。だから死刑だけはダメ、となるのです。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“死刑を廃止すれば、「どんな酷い犯罪であっても犯人は相対的終身刑に処するべき」が結論”それは「刑を重くするのは懲役期間の延長のみで可能」「娑婆に出る可能性がなければ更正はなく、かつ犯罪者は更正しなければならない」と考える場合だけですねえ。どちらもまったく首肯できないので「~が結論」といわれても「え?」としか…
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
もちろんおっしゃることはその通りで、だから(大文字言葉ですが)刑法の謙抑性とか、推定無罪の原則とか、刑事裁判においては疑わしきは被告人の利益にとか、刑罰を科すにはハードルがある。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
無期懲役では「アケチ君」だの「これは罪でしょうか」だの余裕ぶっこいていた人間が、死刑で「二度と出られない」をちらつかされてようやく更正の原動力となる「反省」を見せ始めた例を我々は知っているし、ご褒美がないと実行されないものを「更正」といわれても。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
刑の重さは、懲役の場合刑期の長さで違います。「出る可能性がなければ更生はなく」は屁理屈だなぁ。刑罰の 意味をどう捉えるかによりましょうが、私は社会に戻るための更生の機会と捉えます。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“死刑は、無罪を叫ぶことすらできなくなる(死人に口なし)上、命という基本的人権の土台そのものを奪う刑であり、金銭的に補償できる質のものではありません。だから死刑だけはダメ”冤罪はありえないケースは問題ありませんし、命の絶対性を言うなら「殺人罪は他の犯罪とは決定的絶対的に異なる犯罪であり、それらとは完全に別次元の刑を持ってあたらねばならない」ということもできますが?
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
重複コメントですが、冤罪は「人違い」「犯罪がなかった」だけでなく、「罪名違い」「責任能力の評価が不当」「違法な取り調べ」「有利な証拠の不採用」などで罪が重すぎる場合を含むと考えます。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“刑の重さは、懲役の場合刑期の長さで違います”私は「単なる懲役よりも重い刑」の存在を排除しないので、「懲役の場合」と限定された話をされても困ります。“私は社会に戻るための更生の機会と捉えます”では更正の機会が機能しなかった(更正しなかった)場合は刑期を随時延長するような仕組みが必須のはずですが?
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
このような(程度問題を含む)冤罪は、人が捜査し裁判する以上、防ぐことはできません。したがって、「冤罪はありえないケースは問題ありません」は前提を欠きます。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「単なる懲役よりも重い刑の存在を排除」するかしないかの見解が異なるから話しているのではないですか?あなたの言い方でしたら、私は死刑を含めた話をされては困ります、ということになります。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“冤罪は「人違い」「犯罪がなかった」だけでなく、「罪名違い」「責任能力の評価が不当」「違法な取り調べ」「有利な証拠の不採用」などで罪が重すぎる場合を含むと考えます”繰り返しになりますが「ではそれらがクリアされればOKですね?」であって、それは「適用基準の精査」の範疇でしかなく「禁止の理由」にはなりません。「冤罪の可能性を充分考慮しても総体として死刑という評価を下回ることはない」という犯罪の可能性はあります。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“あなたの言い方でしたら、私は死刑を含めた話をされては困ります、ということになります” ?????????? 別に死刑を排除してもかまいませんよ。まさか死刑だけが「単なる懲役よりも重い刑」でもないでしょう。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
まず「更生したかどうか」に関係なく、有期刑ならそれで終わりです。刑法が人権制約の法規であることから当然に導かれます。(私は刑が更生に資するものであるべきと主張しています。)  @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“(程度問題を含む)冤罪は、人が捜査し裁判する以上、防ぐことはできません。したがって、「冤罪はありえないケースは問題ありません」は前提を欠きます”池田小や秋葉原のように多数の直接的観測があり、被害の大きさからして「冤罪を考慮しても(現状での)死刑判定は回避できない」というケースは当然ありえます。「前提を欠く」とか根拠のないことを言われましても…
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
また、無期懲役の場合は(もちろん有期刑でもあるのですが)仮釈放の認否において更生したかどうか判断がなされるわけですから、反省や悔悟が見られなければ認められない、となりますね。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
https://twitter.com/#!/silver_fishes いいえ、刑事裁判における証拠の評価は検察側と弁護側で割れることは珍しくないでしょう?人の判断が介在する以上、程度問題の冤罪は絶対に防げません。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
あなたが個人的に“私は刑が更生に資するものであるべきと主張”するのは判りますが、刑罰とは「更生に資」しなくても“「更生したかどうか」に関係なく、有期刑ならそれで終わり”であり、“刑が更生に資するものであるべき”というものではない、という話ですね。申し訳ありませんが、根拠でも必要な選択肢でもないあなたの個人的な「きもち」については私にはどうしようもありません。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“無期懲役の場合は(もちろん有期刑でもあるのですが)”普通に考えたら、無期なのか有期なのかはっきりしろ(笑)という感じですね。いい加減このあたりの言葉の正確性というか、実態とのすりあわせをちゃんとしたほうがいいと思うんですが、法関係者は面倒に感じないのかなあ。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
https://twitter.com/#!/silver_fishes TLを拝見して、苦痛を与える刑を許容しているようにお見受けしました。憲法は残虐な刑を禁止していますし、現状ない刑まで話を拡げるのはまたにしませんか。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「被害の大きさからして『冤罪を考慮しても(現状での)死刑判定は回避できない』」これは、「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰することなかれ」という近代国家の原則に反します。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
仮釈放は有期刑にも無期刑にもあるわけです。ただ、とりわけ無期懲役刑の仮釈放に関して、死刑廃止の議論とからめて大きく問題として取り上げられているのが現状かと。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“刑事裁判における証拠の評価は検察側と弁護側で割れることは珍しくないでしょう?人の判断が介在する以上、程度問題の冤罪は絶対に防げません”NO。評価が検察側と弁護側で割れない証拠というものはありえますし、「絶対に防げない」とは一般的な可能性の問題で、「この件に関しては下限で見積もっても死刑基準を超えている」というケースは存在しえます。これ、何度か繰り返さないとご理解いただけませんか?
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
最初に@したのが私ですので、長々とその後の批判にお答えしてきましたが、逆に私の提示した批判には説得的にお答えいただいていないと感じます。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
https://twitter.com/#!/silver_fishes 死刑「制度」のお話ではないのですか?「たぶん大丈夫な例外があるから、大丈夫じゃないケースがあっても死刑制度維持」というご主張ですか? @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“これは、「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰することなかれ」という近代国家の原則に反します” ????? 極端な例えですが、日中の大通りで犯人が10人殺しており、程度問題の冤罪を考慮しても6人は確実に自由意志で殺害していることが明らかで、かつ責任能力についてどの精神医も問題がないと判断した、というケースはどうですか。これはもう永山基準の解釈問題ではなく、「どう考えても死刑基準はクリアしている」でしかなく、「無辜を罰する」とかいうネゴトの入る余地はありませんけれど。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
物的証拠評価については評価が割れないというケースはあるやも知れません。情状の証拠に対しては評価が割れるでしょ?「弁護人ご意見は」「死刑が相当です」ってことはないでしょ?  @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“「たぶん大丈夫な例外があるから、大丈夫じゃないケースがあっても死刑制度維持」というご主張ですか?”「たぶん大丈夫な例外」の話は一切していないのですが、どこを読んでいるのしょうか…? それに、全然違います。「死刑を排除すべきケースがあっても、そうでないケースがある以上『全てにおいて死刑を排除すべき(死刑を廃止せよ)』とは論理的にいえない」という話です。無期懲役に冤罪があるからといって無期懲役廃すべし、といえないのと同じです。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
あなたは個別ケースについて「死刑の適否」を論じています。私は制度上冤罪が防げないと主張し、死刑「制度」の存否を問うています。現在の基準で死刑相当かどうかは死刑「制度」論ではありません。(続) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
現行制度で「死刑基準クリアした事件についてどうか」と聞かれるのであれば、その前に、「人違いの冤罪の可能性が濃厚なのに死刑が執行された人がいる」ことについてご意見を伺いたいです。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“情状の証拠に対しては評価が割れるでしょ?「弁護人ご意見は」「死刑が相当です」ってことはない”「情状酌量しても関係のない人間を何人も惨殺したことは揺るがない」というケースはありうるし、弁護人についていえば「刑を引き下げることが目的」のお仕事をしているわけですから、そりゃ何がどうなっても「現状の最高刑」を認めるわけがない。それは「冤罪の可能性がなくても原理的にそう言う」ので、そこを考慮しても仕方がありませんねえ。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「死刑を排除すべきケースがあっても、そうでないケースがある以上『全てにおいて死刑を排除すべき(死刑を廃止せよ)』とは論理的にいえない」←違います。より強い人権制約はしてはならないのです。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
刑罰が国家による刑罰権の行使であって、人権の制約であることは共有していますか?刑罰権の行使の「是非」が問われる、つまり検察官の立証こそが裁かれるのが大原則(ちょっと青いですが)。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「冤罪の可能性がなくても原理的にそう言う」←ここでは「原理」なのですね。原理的に冤罪は防げないのに、例外ケースを持ち出して強度の人権侵害をしてもよいのだ、とはいきません。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“あなたは個別ケースについて~ご意見を伺いたいです”それは「死刑」を「懲役」に変えても文章が成立します。「人違いの冤罪の可能性が濃厚なのに懲役が執行された人がいる」というように。<制度上冤罪が防げないから懲役「制度」の存否を問うています、現在の基準で(どの)懲役が相当かは懲役「制度」論ではありません、懲役制度否定すべし>が論理として成立しない以上、同じ論理で「死刑制度否定すべし」をいうことも認められない、というだけのことです。冤罪なんか駄目に決まっているじゃないですか。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“刑罰が国家による刑罰権の行使であって、人権の制約であることは共有していますか?”もちろんそうですよ。刑罰とは権利の制約以外の何者でもない。国家は、だから罰金刑で財産権を制約し、懲役刑で自由を制約します。それを認めておいて、死刑による生命権制約だけは認めない、というのはおかしいという話です。命だけは別格なのだ、ということなら「命を奪った罪だけは別格なのだ」も否定不能であることは言をまちません。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
繰り返しになりますが、死刑は国家が刑罰権を行使して被告人の生命を奪う刑で、取り返しのつかなさが他の刑と質的に異なります。(一応、懲役刑なら刑事補償で...ということですよね。) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
人違いの冤罪で死刑が執行された疑いの濃厚な人について、懲役とすり替えてしまわれましたね。残念です。「冤罪で懲役」だってダメに決まってますが、死刑の不可逆性は懲役と質において異なります。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“原理的に冤罪は防げない”もう一度いいますが、それは一般論的に言えば、という話です。先にあげたようなケースで、どこに冤罪が混じるような「原理」があるんでしょう? “ここでは「原理」なのですね”そりゃそうです。弁護団の仕事はこの場合「真実に含まれる弁護可能性を言うこと」ではなく「無罪含む減刑のために行動すること」であって、内心嘘だと判っていようが言うだけは言う(そうしないと仕事のやりようがない)んですから。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“「冤罪で懲役」だってダメに決まってますが、死刑の不可逆性は懲役と質において異なります”異なるとしても、それは連続的に繋がっています。懲役刑の間に獄死すれば、懲役刑だって不可逆な効果が発揮されるんですから。「死刑は特殊な不可逆性を持つので駄目」を言うためには、少なくとも「死期が見えたら可逆性確保のために残り刑期の如何に関わらず釈放する。でないと不可逆性がある」という制度が不可欠です。もちろん、「可逆性がある必要がないケース」については前述の通りです。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「命だけは別格なのだ」はちょっと違います。刑罰が人権制約だと合意できてるなら、罰金刑はともかく、強制的に自由や生命を奪う人権制約は、必要最小限度でなければならないことも合意できますね。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“繰り返しになりますが、死刑は国家が刑罰権を行使して被告人の生命を奪う刑で、取り返しのつかなさが他の刑と質的に異なります”繰り返しになりますが、「死刑相当の罪は人が暴力を行使して被害者の生命を奪う罪で、取り返しのつかなさが他の罪と質的に異なります」し、さらに繰り返しになりますが、冤罪はないことがはっきりするようなケースでは「取り返す」必要そのものが発生しません。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
私ももう一度言います。制度について論じているときに、その制度に含まれる問題についてその点が問題にならないケースを持ち出し、「問題にならないケースがあるからよいのだ」では議論になりません。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“強制的に自由や生命を奪う人権制約は、必要最小限度でなければならないことも合意できますね” もちろん。“自由や生命を奪う人権制約は、必要最小限度でなければならない”こそ「人権制約の適否」であって、「人権制約の存否」では全くありません。合意が得られて幸いです。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
冤罪に「罪名違い」「責任能力の評価が不当」「違法な取り調べ」「有利な証拠の不採用」「など」で刑が重すぎる場合を含み、人が捜査・審判する以上、冤罪は「原理的に」防げません。制度論ですよ。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「懲役刑の間に獄死すれば、懲役刑だって不可逆な効果が発揮される」←これは屁理屈と言います。獄死は別の問題がありますけども、国家が生命を奪う刑を科すことを認めたわけではありません。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“制度について論じているときに、その制度に含まれる問題についてその点が問題にならないケースを持ち出し、「問題にならないケースがあるからよいのだ」では議論になりません”なりません、なわけがありません。懲役制度に問題は含まれませんか。裁判制度に問題は含まれませんか。法治制度に問題は含まれませんか。含まれる、といって各制度の存在を否定する人はいないでしょう。「問題が起こらないように制度を運用すべし」でいいわけであり、「問題を起こさずに制度運用することはなにをどうやっても完全完璧に不可能」でないかぎり、論理的に選
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
被害者の生命に不可逆性が認められる、それはその通り。刑罰を科す場面では、人権制約の主体は国家です。殺人罪ですら懲役5年が刑の下限ですね。刑法の謙抑性から、命なら命で、とはならない。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「冤罪がないことがはっきりするケース」←再三申し上げていますが、これだけ冤罪の定義や人が捜査・判断することに言及しても合意できないのはここなのですね。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
03:06のコメントですが、「○○制度に問題が含まれるか」ではなく、「その制度に含まれる当該問題点を含まないケース」です。つまり「死刑制度で冤罪が問題になっているが冤罪でないケース」です。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“冤罪に「罪名違い」「責任能力の評価が不当」「違法な取り調べ」「有利な証拠の不採用」「など」で刑が重すぎる場合を含み、人が捜査・審判する以上、冤罪は「原理的に」防げません”…??? ですから、「罪名違いの可能性はなく」「責任能力はあり」「合法な取り調べ下で」「有利な証拠も特になく」刑を可能な限り軽く見積もっても死刑は免れない、というケースなら「人が捜査・審判する以上」だろうがなんだろうが「冤罪があっても死刑であること自体は否定不能」もありうる、といっているんですけど。冤罪可能性と誤審を考えると「死刑でない
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
ですから、懲役制度に問題は含まれないか、裁判制度に問題は含まれないか、法治制度に問題は含まれないか...は論点ではありません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「問題が起こらないように制度を運用すべし」でいいわけであり→もう一度お尋ねします。人違い濃厚で死刑執行されてしまったケースがありますが、こういうミスはたまにあってもいいのですかね? @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“「冤罪がないことがはっきりするケース」←再三申し上げていますが、これだけ冤罪の定義や人が捜査・判断することに言及しても合意できないのはここなのですね”「冤罪を考えても死刑相当なのは変わらないケース」ももちろんそうですよ。「人が捜査・判断する」だろうと「捜査するまでもなく犯罪内容が明らかなケース」はあると何度もいっていますし、判断についても「少なく見積もっても死刑なのは確実」という場合はどうだ、と繰り返し言っています。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
例えば被疑者被告人本人が反省すればするほど、傷害致死が殺人罪になったりといった罪名違いが起こります。本人の法的知識に期待できず、捜査→裁判の過程で人の判断が入り誤りが起こります。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
でですね、何度言ってもここは合意不可か、冤罪の可能性を十分考慮し刑を可能な限り軽く見積もっても死刑相当の犯罪が仮にあるとして、そういう例外があるから欠陥※後述のある制度を存続でいいと? @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“もう一度お尋ねします。人違い濃厚で死刑執行されてしまったケースがありますが、こういうミスはたまにあってもいいのですかね?”??????? あっていいわけがないでしょう。人違い濃厚なら死刑があっても死刑にしてはいけない、というのを人に言われないと理解できないのでしょうか…。そしてもちろん、人違いの可能性は人間が捜査・判断していることを考えても絶対確実に一片たりともありえない、というケースがあることは既に述べたとおりです。訊きますが、秋葉通り魔や池田小事件で人違いの可能性は「原理的」に防げないですか?
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
※でまた戻るわけですが、制度に欠陥があることをもってその制度を廃止すべきと言っているのに、欠陥があっても正しく運用・適用できる例外があるからその制度でいいのだ、では、(続く) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
その欠陥にひっかかる事件があることを評価しているとは言えません。そういう例外について運用を誤ることがないと言っているだけで、制度が必ず正しく運用されることを担保しません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
死刑制度がある前提に乗せられていますが、冤罪を防げない(←合意できてない)以上、また、国家の刑罰権の行使は抑制的でなければならない(←合意できてる)以上、死刑だけは不可であるという結論。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“そういう例外があるから欠陥※後述のある制度を存続でいいと?”もちろん。例外にのみ適用する(=「基準の精査」)、ということでいいでしょう。こちらが言っているのは「問題は存在する」ということでは「死刑を無闇に執行する」は否定できても「死刑という選択肢を排除する」は導けない、ということです。かつ繰り返し、「欠陥がある」のは死刑制度ではなく「個人」「法制度」「裁判制度」です。それを混同しても仕方がありません。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「人が捜査・判断する」だろうと「捜査するまでもなく犯罪内容が明らかなケース」はある←えっとこれは客観的に判断が可能な構成要件に限定されませんか?主観や責任能力、情状は無理。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
人違い死刑執行があってはならないとのお返事、大変安堵しました。実際にそういうケースがあったわけで、運用面でも問題があるわけですね。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“冤罪を防げない(←合意できてない)以上、また、国家の刑罰権の行使は抑制的でなければならない(←合意できてる)以上、死刑だけは不可であるという結論”冤罪の可能性は相応にあり、国家の刑罰権の行使は抑制的でなければならない以上、死刑に限らず充分に運用せよ。死刑はさらに冤罪可能性を含めても問題のない場合のみ選択せよ、で構わない、という結論ですね。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“人違い死刑執行があってはならないとのお返事、大変安堵しました。実際にそういうケースがあったわけで、運用面でも問題があるわけですね”はい。人違い執行はありえないというケースがあったわけで、運用面での問題が起こりえない状況(秋葉通り魔や池田小事件が象徴的)が存在することも合意できるかと思います。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
池田小や秋葉原事件は記憶では現行犯逮捕だったのでは?現行犯でかつ誰がやったか明らかなケースでは、「人違い」の冤罪はまず起こらないと考えられますね。現行犯で逮捕状が不要なのと同じ理由です。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
すごい論点のすり替えですね。「人違いでない死刑執行」と「人違い死刑執行」を同列に並べて比較はできません。国家が人の生命を奪う以上、人違いでない死刑があれば人違いがあってもいいわけない。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「欠陥がある」のは死刑制度ではなく「個人」「法制度」「裁判制度」です。←違います。全部欠陥はあります。ただ死刑が他の刑と不可逆性において質的に異なるため、死刑の欠陥だけは許されない。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“これは客観的に判断が可能な構成要件に限定されませんか?主観や責任能力、情状は無理”「白~黒はグラデーションであって、はっきり測定しきれるものではない」というのは「どのポイントでもレベルを有意に測定できない」ということではないでしょう。責任能力判断も「健常者を毎回正常と診断できず、異常者も毎回異常と診断できない」のであればそれは「精神鑑定は科学的手法ではなく判断材料となりえない」であって、また別の話(適否の問題)です。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
結局、国家が誤って生命を奪うことを(a)絶対にゼロでなければならないから制度的に誤りがゼロになるよう担保する、(b)誤らないようなケースにのみ適用するから誤りは起こらない、の違いでしたね。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「適否の問題」に矮小化はできません。制度そのものに欠陥(冤罪で死刑)があるのに、その欠陥が顕れないケースにだけ適用するのだから問題ない、ですか。適否を判断するのは人間ではないですか? @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“国家が人の生命を奪う以上、人違いでない死刑があれば人違いがあってもいいわけない”すごい論点のすり替えですね。私は「人違いは死刑に限らずどの刑罰でもあってはならないし、(重い刑罰なら特に)『人違いの発生可能性』を織り込んだ上でなお問題ないケースでだけ執行すればよい」とずっと言っているのですが…。「人違いがあってもいい」と主張している人はどこにもいないですよ????
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
グラデーションのあるものには(証拠の多くはどの面を重要視するかによって評価がわかれ得る)、人の判断が大きく介在します。そういった証拠を使って裁判やってるわけですよ。冤罪は防げません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
それは、あなたの冤罪が「人違い」だけだからではありませんか?たまたま冤罪疑い濃厚で執行されたケースが、「人違い」タイプだっただけで、どのタイプの冤罪でもダメです。冤罪は防げません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
ごめんなさい、まさかの4時なのでこれでいったん失礼します。おつきあいありがとうございました。 @silver_fishes
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“適否を判断するのは人間ではないですか?”そうですよ。だからそこを織り込んでやれ・織り込んで問題がありそうならやるな、でそこ(「疑わしきは被告人の利益に」)を徹底すればよく、死刑は存在そのものを否定するけど懲役刑は取り返せるから存在自体はあってもいい(被告人の損害が出るのは制度の欠陥上仕方ないけど取り返せる「かも」だからOKだよね)、とは口が裂けても言えない、という話です。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“人の判断が大きく介在します。そういった証拠を使って裁判やってるわけですよ。冤罪は防げません”ですから「人の判断でもこれ以下はねえな」というレベルはあるのであり、そのレベルで裁判はやるべきです。冤罪の可能性を考えても「この量刑は確実につく」という状況はあります(というか、そうでないのに刑なんか科しちゃいかんだろう)。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
“それは、あなたの冤罪が「人違い」だけだからではありませんか?”とほほ。今まで何を読んでいたのか…。永山基準をどう適用したって死刑がつくこと自体はどうにも回避しようがない、「量刑認定レベル上下での冤罪」を考えて盛りに盛っても死刑なのは揺るぎようがない、というケースなら「死刑」で構わないでしょう。揺るぐ、というなら止めればいいだけです。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月28日
で、揺るぐ揺るがない、執行するしない、というのはどこまで行っても理屈としては「適否」の問題であって「存否」ではないでしょ、といってるだけなんだけどなあ。
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ひげお @Higeow 2012年2月28日
.@silver_fishes @cinnabonapple 二人のご意見大変興味深く読ませていただきました。僕自身このコメント欄を読んで、ハッとしたことがあるので、それはまたトゥギャのほうに追加させていただきます。ところで、これはただの提案なんですが、せっかく面白い議論なので僕なんかのトゥギャのコメント欄より、新しくお二方の議論のトゥギャを作ったらいかがでしょう?面白いトゥギャになると思います。
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ひげお @Higeow 2012年2月28日
コメント欄を読んで考えたことと自分の考えのまとめを新しく入れました。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
https://twitter.com/#!/silver_fishes/status/174376545559904256 「冤罪が考えられなければ死刑執行をやめる必要がない」はおかしいと何度も言ってます。@silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
私は「あることを是としてやめる必要があるか」ではなく、「死刑を行ってはならない」と考えます。何度も言いますが、あなたは死刑の適用場面の話しかしていません。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「適否」「存否」にこだわっていらっしゃいますが、適用時の不都合が制度の根本的な欠陥なのだから、適用時の不都合を理由に制度の存否の話になります。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
あなたは「どんなに軽く見積もっても死刑というケースにのみ死刑を適用するから冤罪は起こらない」説。制度で縛らず、適用者(裁判官、今なら一審の裁判員も)の判断に委ねているだけです。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
人である警察・検察が捜査し、人である裁判官・裁判員が裁判をする以上、絶対に誤判は防げません。あなたの適用時の新基準をどうやって確実に適用させるのか、担保できません。@silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「誤認逮捕も懲役も死刑も取り返しはつかないのに死刑だけ廃止せよはおかしい」について。では「誤認逮捕も懲役も取り返しつかないから死刑が取り返しつかないのは仕方ない」ですか? @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
でも国家によって命を奪われ、名誉回復も謝罪や補償を受けることも生きている間にできない、しかもそもそも無罪を叫ぶこともできなくなる。この取り返しのつかなさ・不可逆性は他の刑と質が違います。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
(一般にそう言われている!はあまり言いたくないですが、死刑の不可逆性は一般に認められる概念だと思いますが...これが合意できないのでは「見解の違いです」で終わっちゃいそうで...) @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
結論は最初と変わらないですね。「人は誤る。捜査・裁判に人の判断が介在する以上、誤判のおそれ・冤罪は排除できない。取り返しのつかなさが他の刑と決定的に異なる死刑だけは廃止すべき。」です。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「適用時に謙抑的に適用するから冤罪はない」説は、前科なし同一機会で二人死亡させた少年事件で死刑確定し(反対意見あり)、また冤罪濃厚の死刑執行があったわけで、人の判断に委ねるのは危うい。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
私は全体の厳罰化(法改正も裁判の結果も)そのものに反対です。「取り返しのつかなさ」とも関係しますが、出られる希望が更生(反省・悔悟)につながると信じていますから。また反対されそうですが。 @silver_fishes
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
念のためですが、「冤罪の可能性があるから死刑反対」にここでは主として焦点を絞りましたが、抑止力もないと思います(以前も書いたかも)。その一つの例が「死刑になりたかった」犯罪の存在です。
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シナボン нет войны @cinnabonapple 2012年2月28日
「冤罪で死刑になった人数」vs「再犯で殺害された人の人数」を比較し後者が多ければ死刑を維持すべきという主張について。比較問題ではありません。「国が誤って刑罰権を行使し、人を殺してはいけない」のです。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
“私は「あることを是としてやめる必要があるか」ではなく、「死刑を行ってはならない」と考えます。(略)あなたは死刑の適用場面の話しかしていません”「冤罪が考えられるので死刑執行をやめる必要がある」は適用の話であって、そこからは「冤罪が考えられないので死刑執行をやめる必要がない」しか導けない、という論理の問題ですねえ。“私は~考えます”はあなたの気持ちの問題です。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
“人である警察・検察が捜査し、人である裁判官・裁判員が裁判をする以上、絶対に誤判は防げません”再三そのように仰るので確認したいと思いますが、例えば「学校に男が乱入。多数に目撃されながら、教師・生徒を計20人殺害。犯行は事前の計画に基づいて行われており、凶器や計画資料など物的証拠も存在」というケース(というのは充分ありうると思いますが)はどのような「死刑ではない可能性」があるのしょうか。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
あなたのいう「人間がやるんだから誤りはある」というのは、どのくらいのレベルの話を言っているのかお教えください。それは「捜査による推測には限界がある」とかいう話なのか、「世界が5分前にできた可能性は排除できない」「いま見えている世界は胡蝶の夢である可能性が排除できない」というレベルの話なのか。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
“では「誤認逮捕も懲役も取り返しつかないから死刑が取り返しつかないのは仕方ない」ですか?”正直質問の意味が判りません。誤認逮捕も冤罪懲役も冤罪死刑も取り返しがつかないのは私が仕方ない仕方あると思うのに関わらず「取り返しできない」に決まっているわけですが…。“名誉回復も謝罪や補償を受けることも生きている間にできない”は懲役でも起こりうる、というのはいうまでもありません。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
“取り返しのつかなさが他の刑と決定的に異なる死刑だけは廃止”とは「冤罪の長期懲役で獄死しようと、死ぬまでに無罪を叫ぶことはできたんだからましだろう。死刑と違って起こっても仕方ない」「冤罪の懲役で何十年無駄にしても、娑婆に出られさえすれば取り返しできる『かも知れない』から死刑と違って起こっても仕方ない」と何が違うんでしょうか。「国が誤って刑罰権を行使し人を殺すのはまずいが、監禁するのはましだからやっても仕方ない」のですか。
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
“私は全体の厳罰化(法改正も裁判の結果も)そのものに反対です。(略)出られる希望が更生(反省・悔悟)につながると信じています”ご自分で書いているので理解しておられるでしょうが、あなたの「信仰」についてはなんとも申し上げようがありません。ただし“出られる希望が更生(反省・悔悟)につながる”とはすなわち「出られた後には更生(反省・悔悟)につながったものは消滅する」ということです。それを更正と呼ぶのか、という気はしますが。抑止力なり「死刑になりたかった」犯罪なりについては、「楽な死刑」では当然そうなる、という話
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紙魚 @silver_fishes 2012年2月29日
さらに言えば“出られる希望が更生(反省・悔悟)につながる”が完全に正しいとしても、そこから導けるのは「出所可能性は絶対に確保せよ(適宜刑期短縮もせよ)」であって“全体の厳罰化(法改正も裁判の結果も)そのものに反対”ではありません。あなたがなぜ単純な論理を無視して厳罰化反対(=罰はとにかく軽くせよ)を基点に論ずるかは判りませんが、あなた以外の人間はそこまで犯罪者に加担する必要はないと思います。
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ポポイ @popoi 2012年6月21日
人殺しが好きな人にはかないませんな。
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