東大寺修二会(お水取り)について 2012

昨年(2011年)投稿したものを少し修正し、纏めてみました。 お水取りが終わると、関西にも春がやってきます。
東大寺 奈良 二月堂 お水取り 修二会 奈良時代
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  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-15 22:30:55
    1、3月1日から本行が始まる「東大寺修二会(しゅにえ)」。「お水取り」とも呼ばれるこの行は、「別火(べっか)」と呼ばれる前行が来週20日から始まります。参籠する年は満行まで投稿することも出来ませんが、今年は留守居役なので、この間も適宜書いておきます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-15 22:34:02
    2、「お水取り」は正式には「修二会(しゅにえ)」といい、これは「(旧暦の)二月に厳修する法会(ほうえ・法要)」を意味します。盧舎那仏(大仏さま)が造られた天平勝宝4年(752)に始まり、今年まで一度も途絶えることなく続き、今年1261回目をむかえます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-15 22:38:02
    3、修二会を創始されたのは実忠和尚(じっちゅうかしょう)。東大寺の初代別当(べっとう・代表者)である良弁(ろうべん)僧正の高弟(弟子)で、その像は良弁僧正のそれと共に、二月堂の向かいにある東大寺開山堂に祀られています(毎年12月16日のみ開扉)。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-16 22:30:01
    4、「お水取り」と聞くと、二月堂の舞台で打ち振られるお松明のことを思われる方が多いでしょう。しかしこれは修二会の中心行事ではありません。この法要は正しくは「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と呼ばれ、本尊の十一面観音に対して罪を懺悔する法会です。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-16 22:34:03
    5、「十一面悔過法要」で懺悔(さんげ)される罪は、いわゆる社会的な犯罪だけではなく、人々が日常的に犯している様々な過ちを指します。昔の人々は天災や疫病、様々な争いを「国家の病い」とし、それらは人々の悪い行いによって起こるのだと考えていました。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-16 22:38:04
    6、人々が犯した全ての罪を、僧侶が代わって(代表して)観音に懺悔する。つまり、まず謝って「国家の病い」を取り除き、その上で天下泰平や国家安穏、五穀豊穣や万民豊楽を祈願し、全ての生き物の幸せを願うという法要が「十一面観音悔過法要」です。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-17 22:30:02
    7、二月堂の本尊・十一面観音は、堂内に大小2体がお祀りされています。2体はそれぞれ厨子(ずし・戸棚のような箱)に納められ、僧侶は厨子が置かれた須弥壇の周りで悔過を行います。2体は共に絶対秘仏で、東大寺の僧侶も直接目にすることは許されません。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-17 22:34:01
    8、修二会に参籠(さんろう)する僧侶を「練行衆(れんぎょうしゅう)」と呼びます。毎年、良弁僧正の命日である12月16日に、東大寺とその末寺の僧侶の中から11名が選ばれ、翌2月20日から3月15日までの間、自坊を離れて(自宅に帰らず)行に専念します。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-17 22:38:00
    9、2月20日から末日までは「別火(べっか)」と呼ばれ、文字通り世間と火を別にし、精進料理はもちろんのこと、その食事の火も火打ち石で起こしたものを用います。お祓いなども通じて身心を浄化し、期間後半からは紙衣(かみこ・和紙で作られた衣)を着用します。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-18 22:30:02
    10、別火は大仏殿の西側、戒壇院別火坊で行われますが、2月末日には二月堂下の参籠宿所(さんろうしゅくしょ)に移動し、1日深夜から本行が始まります。7日までを上七日(じょうひちにち)、8日から14日を下七日(げひちにち)と呼び、15日昼に満行となります。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-18 22:34:01
    11、修二会の二週間の本行中は、毎日6回の行が行われます。順に日中(にっちゅう)・日没(にちもつ)・初夜(しょや)・半夜(はんや)・後夜(ごや)・晨朝(じんじょう)といい、総じて「六時の行法(ろくじのぎょうぼう)」と呼ばれます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-18 22:38:00
    12、本行中の昼食は、二月堂下の参籠宿所の向かいにある食堂(じきどう)で作法としていただきます。食事の後は六時の行法が全て終わる深夜まで、食事はもちろん水一滴も取ることは許されませんが、全ての行が終われば「ゴボウ」と呼ばれる茶粥を食することが出来ます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-19 22:30:01
    13、一日の本行のうち、日中と日没は食堂作法の後、登廊(のぼりろう・二月堂に向かって左側の屋根付き階段)を昇って二月堂北側(左側)の出仕口から中に入り、堂内で法要を行います。終了後は同じルートを通って宿所に戻り、仮眠を取って夜の行に備えます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-19 22:34:00
    14、期間中の午後7時。鐘の音を合図に、二月堂の登廊を松明が順番に上がっていきます。実はこれは夜の法要のために上堂する練行衆の足元を照らす道明かりです。童子(どうじ)と呼ばれる係の者が持ち、練行衆はその後に続いて、北側の出仕口から堂内に入ります。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-19 22:38:01
    15、練行衆が堂内に入り、道明かりとしての役目を終えた松明は向きを変え、二月堂の正面へ。舞台の上で打ち振られるのは、実はその火を小さくしているのです。松明が終わって練行衆が堂内に揃うと、初夜から晨朝までの行法が始まり、深夜まで続けられます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-20 22:30:01
    16、堂内での行法は、上七日は大観音を、下七日は小観音をそれぞれ本尊として行います。悔過では節(ふし)のついた声明(しょうみょう)が唱えられ、繰り返される内にそれは「南無観自在菩薩」から「南無観自在」、最後には「南無観(なむかん)」となり連呼されます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-20 22:34:01
    17、声明の前後には、厨子が安置されている須弥壇の周りを廻る「行道(ぎょうどう)」や、板に身体を打ち付けて悔過を表す「五体投地(ごたいとうち)」など様々な行法の形態がとられ、更に大導師の祈願作法や咒師による「四王勧請(しおうかんじょう)」も行われます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-21 22:26:01
    18、実忠和尚はある時、兜率天(とそつてん)で行われている仏たちの修行を見、その伝授を願います。しかし天界の一日は人間界の四百年に当たり、とても修めることは出来ないとの言葉を受け、「では走ってでも行おう」と考えました。これが「走りの行法」の始まりです。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-21 22:30:02
    19、修二会は多くの人々の協力によって、奈良時代から一度も途切れることなく続けられてきました。その菩提を弔うため、聖武天皇以下の歴代功労者の名前を読み上げる「過去帳」では、伝説に基づき「青衣の女人(しょうえのにょにん)」という言葉も読み上げられます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-21 22:34:01
    20、奈良時代から続く東大寺修二会には、神道の要素も色々なところに見受けられます。毎夜読み上げられる「神名帳(じんみょうちょう)」もそのひとつ。修二会が無事に進むよう、全国の神々の名前を読み上げます。修二会の別名「お水取り」もこの神名帳に由来します。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-21 22:38:00
    21、神名帳にある若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん)は釣り好きの神様。名前が読み上げられたのに気付かず、他の神様より遅れて二月堂にやって来られます。「遅れたお詫びに若狭から水を送る」と言われると、二月堂下の大地が裂け、水が湧き出し井戸となりました。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-21 22:42:01
    22、遠敷明神が献じた若狭井から水を汲み、二月堂本尊に供える「お水取り」。修二会全体の名称のように思われていますが、実際は12日深夜(13日午前1時半頃)に行われる秘法で、井戸自体も閼伽井屋(あかいや)と呼ばれる建物の中にあり、見ることは出来ません。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-22 22:30:00
    23、最後の3日間に行われる「達陀(だったん)」。名前の由来はサンスクリット語の音写語に対応すると考えられ、「焼き尽くす」を意味する言葉「ダッタ」から派生したものだろうと思われます。人々の煩悩を焼き尽くすように、堂内で松明が打ち振り引き廻されます。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-22 22:34:01
    24、東大寺はその長い歴史の中で、治承4年(1180)の平重衡と永禄10年(1567)の三好・松永のそれぞれの兵火によって、その伽藍の大半が灰燼に帰し、僧侶らも多数亡くなりました。そうした危機の時でも、修二会だけは途切れず続けられてきました。 #nara #shunie
  • 森本 公穣 @東大寺 @kojomrmt 2012-02-22 22:38:00
    25、「不退の行法(ふたいのぎょうほう)」。修二会のことを東大寺ではこう呼びます。時代は移り変わっても、国家の安寧や全ての生き物の幸せを願うという行法の趣旨は変わることはありません。皆さま方もそれぞれの地で、同じ祈りを捧げて下されば幸いです。 #nara #shunie

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