子安先生②

2012/02/06~02/08 麦と兵隊 沖縄問題
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子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

「犠牲のシステム」とは原型的には靖国的国家のシステムである。戦争とは大量の国民的犠牲者を不可避として遂行される国家的行為である。その犠牲者によって国家の名誉は保たれ、国家は持続する。それゆえ犠牲者は国家の名によって英霊として祀られる。これが原型的な「犠牲のシステム」である。

2012-01-30 09:44:55
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

だがこの「犠牲のシステム」は、原爆をもって幕を閉じたあの戦争と、ヴェトナム戦争からイラク戦争にいたる国家の名誉とは無縁な戦争によって砕かれてしまった。21世紀とはそういう時代だ。福島も沖縄もこの21世紀的現代の問題である。にもかかわらず高橋氏は「犠牲のシステム」を再構成する。

2012-01-30 10:00:08
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

「このシステムでは、或る者たちの利益が、他の者たちの生活(生命、健康、財産など)を犠牲にして生み出され、維持される。犠牲にする者の利益は、犠牲にされる者の犠牲なしには生み出されない。この犠牲は通常隠されているか、共同体的犠牲として美化され、正当化される。」

2012-01-30 10:07:55
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

高橋氏は犠牲者なしにはありえない国家的政策・事業の遂行として福島・沖縄をとらえ、その問題を新たな「犠牲のシステム」として再構成した。そこでは、犠牲の関係は少数の犠牲者とその犠牲によって利益を享受する多数者との関係として組み直された。

2012-01-30 10:27:54
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

靖国的システムにおける犠牲の関係は近代国家のあり方そのものに理由をもつ政治的関係である。では新たな「犠牲のシステム」における犠牲の関係は何に基づくのか。高橋氏は福島・沖縄システムにおける犠牲の関係を差別を含んだ植民地主義的な関係としてとらえていく。

2012-01-30 10:55:07
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

新たな犠牲の関係は、「意識的であるより無意識的であるゆえ一層厄介である」と高橋氏はいう。福島・沖縄問題の「犠牲のシステム」としての再構成は、新たな『犠牲のシステム」を構成しながら、福島・沖縄を「犠牲のシステム」における差別の、植民地主義の問題にしてしまうことだ。

2012-01-30 11:05:35
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

福島の原発問題を、沖縄の基地問題をわれわれの意識の問題にしてはならない。これらを徹底的に国際的にも政治問題化しながら、福島の、沖縄の、そしてわれわれそれぞれの自立のあり方を求めること、それしかないではないか。

2012-01-30 11:26:42
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

平田篤胤に未定稿の著述『本教外篇』がある。これは篤胤による天主教教書の学習ノートというべきもので、数種の天主教教書からの抜き書きや翻案的な訳出からなる。これは独自な性格をもった篤胤の神道神学形成の由来を端的に語る重要な資料である。

2012-02-05 11:02:50
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

篤胤の神道神学の独自性は、記紀神話における始まりの神を天地の創造神・主宰神としてとらえ直し、その根元性を明確化すること。もう一つは篤胤の神学は顕世(見える世界)と幽世(見えない世界)の二元的世界を構成し、幽世を死後霊魂の世界とし、この幽世をめぐって救済論を展開していくこと。

2012-02-05 11:11:20
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

幽世を治める神として幽冥の大神(大国主命)が立てられ、生前報われなかった人びとに幽世における真の幸福を与える。この篤胤の独自的な神道神学の形成に、天主教教書の学習が大きな意味をもったことは明らかである。だが近代の神道学は篤胤における天主教教理の受容を認めようとしなかった。

2012-02-05 11:19:42
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

近代日本は『古事記』を絶対視して、そこから天照大御神ー天皇の道という天皇制神学を構成していった宣長の学を正統化して、篤胤の学を異端とした。篤胤は狂信的な学者とされた。だが狂信的であるのは、宣長であったかもしれない。彼はひたすら『古事記』テキストとその神話を信じたのだから。

2012-02-05 11:25:55
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

篤胤は記紀とその神代巻を信仰しない。彼はそれらを超えた〈原神話〉を見ていた。ナショナルなレベルを超える〈原神話〉を求める篤胤が、天主教教書を見出し、それを学ぼうとしたのは自然である。彼はこの〈原神話〉を「古史」として記述し、その内容を注釈的に解説する『古史伝』を書いていった。

2012-02-05 11:33:22
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

だが宣長の『古事記伝』が不滅の学問的業績として称えられるのに対して、『古史伝』について語るものはほとんどない。宣長を正統とし、篤胤を異端としてきたのは近代の神道学だけではない。国文学・国史学・倫理学・政治学もそうである。私はいま『本教外篇』の現代語訳をしている。

2012-02-05 11:40:22
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

昨年の3月以降、中国でチベットの自由などを訴えて焼身自殺をはかったものは、少なくとも20名に達すると報じられている。この痛ましい事態について、無力である自分を恥じながら、せめてもオーセルさんの言葉を伝えたい。オーセルさんはチベット出身の文学者である。

2012-02-10 20:40:39
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

なぜ焼身自殺するのかと、共産党の代弁者だけではなく、チベットに同情を寄せる人びとからも発せられる疑いに対してオーセルさんはいう。「でもチベット人は生命を粗末にするほど理性を失った愚か者ではありません。チベット人は焼身自殺で脅迫するというゲームなどしてはいません。(続)

2012-02-10 20:50:03
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

そうではなく、僧侶尼僧を絶望のどん底に突き落とし、身を烈火で焼き焦がすようにさせたのは、まさに中国の暴政なのです。耳を澄まし聞いて下さい、世界よ、燃えさかる火炎に包まれたチベット人が何を叫んでいるかのかを。チベットに自由を!ダライ・ラマ法王の帰還を!この願いはぜいたくですか。」

2012-02-10 21:05:06
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

オーセルさんは『殺劫—チベットの文化大革命』(劉燕子訳、集広舎)の著者である。パスポートも奪われ、世界にチベット問題を訴えることもできない。中国は余傑氏を国外に追放し、オーセルさんを国内に閉じ込める。http://t.co/EJJqoAAm

2012-02-10 21:16:07
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

1.「自分の足を虐待しつつ進軍を続けているのだ。足は踏み立てられぬほど痛い。歯を喰いしばって歩いて行く。歩いて行けばどこまでも歩ける。爪はつぶれて抜けてしまう。自分の足のようではなくなる。それでも歩けるのだ。」『麦と兵隊』

2012-02-16 21:57:56
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

2.火野葦平『麦と兵隊』からの引用は、兵隊の足についての箇所になってしまう。中国大陸の戦争に従事する兵隊であることを代表的に示すのは、果てしない進軍であり、それに耐えていく兵隊であり、そしてその足であるからだ。兵隊であることは、自分の足を虐待しつつ進軍に黙々として耐えることだ。

2012-02-16 22:04:41
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

3.なぜ彼らは耐えるのか、皇国日本の兵隊であるからである。それ以外の答えはない。1938年、中国大陸の戦争に従事する兵隊であることとは、皇国の兵隊であることである。皇国の兵隊であるとは、果てしない進軍に黙々として耐えることである。

2012-02-16 22:09:33
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

4.昭和の日中戦争の時期からすでに70余年を隔てた今、あらためて『麦と兵隊』『土と兵隊』を読むとき、昭和日本とは中国大陸という果てしない戦野で自分の足を虐待しつつ、黙々として進軍に耐えることができた100万をこえる兵隊をもちえた国家をいうのではないか、と思われるのだ。

2012-02-16 22:18:22
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

5.小林秀雄がこの事変を、「歴史始まって以来の大戦争」「全く新しい性質の事件」(『文学2』)といったのは、泥濘の中を黙々と進軍する100万の兵士によって、近代民族主義国家日本が始めてそこに実証されていることをいったのだろう。

2012-02-16 22:29:01
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

6.日中戦争とは民族主義国家日本の軍隊のほとんど総力を投入した最初の、そしてその最後を導く戦争であった。

2012-02-16 22:32:01
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

1.火野葦平の『麦と兵隊』論をやっと書き上げた。火野は作家であることを自己否定し、〈ただの兵隊〉であることにこだわり、中国の戦野でひたすら進軍し、疲労し、食べ、糞をし、殺し、殺される〈ただの兵隊〉を書いて国民的作家になった。

2012-02-22 22:22:18
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu

2.この火野の転化と小林秀雄の昭和10年代における批評活動の転化は重なり合う。彼は新しいイデオロギーを否定し、当たり前の顔をした〈常識〉の健全性、〈智恵〉の確かさをいっていく。小林の〈常識〉人も、火野の〈ただの兵隊〉も黙って己れの運命にしたがうのである。

2012-02-22 22:28:53