「彼は生まれつき、顔がビデオカメラだった。望んで生まれたわけじゃやないのに。それでも赤ん坊の頃はよかった。ビデオカメラの顔をした赤ん坊を、ビデオカメラで両親が撮るという、やや妙な構図にはなっていたが。そして両親は知らなかった……。」
2012-02-29 11:17:48「赤ん坊を撮ると同時に、自分たちの一部始終も撮られていたということに。赤ん坊はすくすく育ち、少年になった。両親はふと、少年の顔の横にあるejectというボタンを押してみた。すると、中からビデオテープが出てきたのだ。両親はビデオテープを再生してみた。」
2012-02-29 11:17:59「そこに写っていたのは……、自分たちの姿だった。アホな表情で子をあやす自分たち……、そして、日常……。いたたまれなくなった両親は、彼にキャップをかぶせた。これでもう安心。穏やかな日々が戻った。しかし、少年は成長し、反抗期になった。」
2012-02-29 11:18:11「少年はついに両親の反対を押し切り、キャップを外してしまった。俺は自由だ! 少年は自由を謳歌する為、街へ飛び出した! 少年はエスカレータに乗ったなりに取り押さえられた。何故!? そんなに堂々と盗撮してるんじゃない! と、罵声を浴びせられた。」
2012-02-29 11:18:21「誤解だ、誤解、俺は顔がビデオカメラなだけで、盗撮なんてしていない! トイレに入っても、書店に入ってもがっちりと警備員にマークされた。どうしてだ! ただ、顔がビデオカメラだというだけで! 少年は気分転換に映画でも見ようとチケットを買った。」
2012-02-29 11:18:29「もぎりのお姉さんが、あからさまに訝しんでジロジロと見ていた。俺の顔に何かついてるかい? 軽口を叩いて中に入る。映画が終わったら、ちょっと声をかけてみようかな……、などと思いつつ、映画を堪能して外に出ると少年を待っていたのは……、」
2012-02-29 11:18:47「もぎりのお姉さんではなく、警察官だった。少年を連行しようとする警察官。誤解だ! 盗撮なんてしていないってば! ほら見ろ! 顔の横のランプ、消えてただろ!? ついてなかっただろ! 映画を楽しんでいただけだ!」
2012-02-29 11:18:58「少年は訴えるが、警察官は有無をいわさず連行した。少年は絶望した。ただ素顔いただけでこれだ……。俺の人生……、もうダメだ……。希望なんてない……。そうさ……、もういい……、一生キャップをはめた人生をおくればいいんだ……。」
2012-02-29 11:19:12「結婚だってできないさ……、夜の生活だって、撮らないで! とかいて拒否されるんだ……。絶望の中、少年の取り調べが始まる。どうせ俺の話なんてまともに聞いてくれるわけがない。だが……。分かるぞ、お前の気持ちは、よく分かる。取調官はそういった。」
2012-02-29 11:19:22「少年は驚いて顔を上げた。そこには――、顔がパトランプの警察官がいた。まばゆく輝く回転灯! 見つめ合う二人(どこが目かは第三者には分からなかった)。言葉はいらない。黙って座っているだけで通じ合う心と心。」
2012-02-29 11:19:33「少年はなぜかパトランプの警察官を録画してしまっていた。理由は自分でも分からなかった。それでいいんだ。顔の横のランプが光ってるのを見て、パトランプの警察官はうなずいた。それでいいんだ。私は光る、お前は撮る、それが自分らしくあるということだ。」
2012-02-29 11:19:40「撮っていいんだ……! 少年の心は感動に打ち震えた。俺の顔がビデオカメラなのは……、撮るためだった……! とめどなく涙が溢れた。レンズごしに見える警察官の姿が、曇ってよく撮れなかった……。」
2012-02-29 11:19:48「そして少年は青年へと成長した、今日も撮りまくっている。そして、パトランプの警察官は今日も青年を追いかけている。二人の表情は、なぜか生き生きとしている。そうだ、人生は、楽しまなければならないのだ。NO MORE 映画泥棒。」
2012-02-29 11:19:57