作家・高橋源一郎さん「午前0時の小説ラジオ」・「あの日」からぼくが考えてきた「正しさ」について

東日本大震災以来、高橋さんが考えてきた「正しさ」についての連続ツイート。
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予告編

高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・本日の予告編① 一月半ぶりぐらいでしょうか。小説ラジオを今晩やる予定です。

2012-03-03 22:30:31
高橋源一郎 @takagengen

「本日の予告編」②・「「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について」という本を出しました。この本には、去年の3月11日から1月1日までに書いたツイートと、その間に書いたものの多く(長いものはその冒頭)を載せています。ぼくは去年、ずっと震災と原発のことを書いていたようでした。

2012-03-03 22:33:04
高橋源一郎 @takagengen

予告編③ ツイートは本にしないと決め、そのことはずっとここでもいってきました。けれど、この300日ほどの間のことは残したいと思ったのでした。だから、それ以外の期間のツイートは載っていません。これからも本にはしないつもりです。

2012-03-03 22:35:16
高橋源一郎 @takagengen

予告編④ 振り返ると、ぼくはその間ずっと、「正しさ」とはなにかと考えてきました。できるだけ厳密に、できるだけ自分勝手ではなく、でも、できるだけ素早く、考えたいと思ったのでした。そのことを考えることは、ぼくたちがものを考える時、もっとも大切なことのように思えたのでした。

2012-03-03 22:37:04
高橋源一郎 @takagengen

予告編⑤ この一年考えていた「正しさ」について、それからそのあと、考えきた「正しさ」について、ぼくたちを悩ませている「正しさ」について、これまでとってきたメモを見ながら、できたら、何日か続けて、ツイートしてみたいと思っています。聴いてくださると嬉しいです。では、午前0時に。

2012-03-03 22:39:48

ここから本編

高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「あの日」からぼくが考えてきた「正しさ」について① ハンナ・アーレントという、とても優れた、ユダヤ人の女性哲学者が、ナチスドイツの強制収容所の所長で、「人道に対する罪」に問われた、アイヒマンの裁判を傍聴した記録が残っている。有名な本だ。

2012-03-04 00:00:02
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」② そこで、アーレントは、アイヒマンを厳しく批判している。もちろん、アイヒマンは、あらゆるところから非難されたのだ。人類の敵。殺人鬼。けれど、アーレントの批判はもっとも深いところからされたのだった。アイヒマンは「仕方なかったんだ」と答える。「命令に従っただけだ」と。

2012-03-04 00:02:23
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」③ アーレントは、その、大きな罪を犯した人間の「小ささ」に衝撃を受ける。彼は自らの意志で進んで罪を犯したのではないのかもしれない。だからこそ、その怠慢の故に、罪を犯す意志の不在の故にこそ裁かれねばならない、とアーレントは考えた。「悪の陳腐さ」こそが悲劇の原因なのだと。

2012-03-04 00:05:50
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」④ そして、アイヒマンを弾劾したその刃で、なすすべもなく虐殺に加担してしまった者、消極的に関わらざるをえなかった者、犯罪を見逃した者、抵抗などできないと座りこんだ者の罪を問う。そして、その苛烈な追及は、積極的に抵抗することを選ばなかったユダヤ人同胞にまで及んだのである。

2012-03-04 00:08:20
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑤ ぼくは、アーレントを読みながら、彼女のいうことが全く「正しい」と思いながら、どうしても、諸手をあげて賛成することができなかった。彼女の峻厳な「正しさ」、ついには犯罪に対して無知であることさえ罪になる、その清浄な空気の世界では、ぼくは生きられないと感じたのだ。

2012-03-04 00:10:11
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑥ 彼女の理想とする世界で生きられる住人は、いったいどのくらいいるのだろう。彼女が厳しく責める「悪」の反対側にしか「善」がないとしたら、その「善」の世界は、あまりにも息苦しいのではないか。ぼくは、そう感じたのだ。

2012-03-04 00:11:42
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑦ どのような状況にあっても、人間的な叡知と倫理を失わない者だけが「正しい」なら、「正しく」ありつづけることができる人間はほとんどいなくなってしまうだろう。これが、アーレントのような、高潔で、論理と倫理を究めようとする人間がいう「正しさ」に対する、ぼくの不満だ。

2012-03-04 00:13:59
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑧ 「正しさ」への不安は、まだある。一つは、「正しさ」を原理的に究めようすると、そこに至る者などいなくなってしまうかもしれないことだ。それはすでに述べた。だが、そこにたどり着かなくとも、もっと手前で、ぼくたは、大きな問題にぶつかるのである。

2012-03-04 00:16:20
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑨ とりわけ、「あの日」以来、ぼくたちは、二つの「正しさ」の前で選択を迫られることが多くなったように思える。あなたは「原発推進」派ですか、「反原発」派ですか? 低レベルの放射線は危険だと思いますか、思いませんか? 増税は必要ですか? TPPに反対? 賛成?

2012-03-04 00:19:25
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑩ しかし、正解は、ほんとうに、その二つのどちらかなんだろうか。そして、いやいや、そのどちらかの答を選ぶと、それに反対する人たちから、「この資料を知らないのか?」とか「こんなことも知らないのか?」と罵られなければならないのはなぜなんだろうか。

2012-03-04 00:21:07
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑪ 無理矢理回答を迫ること、その回答者に、専門家なみの知識を要求すること、自分の意見だけが「正しい」と考えること、その結果として、自分の意見の反対者は、無知で愚妹な人間か「悪」であると考えること、「悪」であるから排除して当然と考えること。おかしいじゃん、どれも。

2012-03-04 00:23:31
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑫ それらがどれも不自由に感じられたら、不自然に思えたら、そういうことじゃないんじゃないかなあとつぶやきたくなったら、そんなことよりもっと大切なことがあるじゃんといいたくなるのなら、そういう、自分の直感、内側の声に耳をかたむけたい。それをこそ、大事にしたい。

2012-03-04 00:25:38
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑬ うん。こうやって、ぼくがいっていることも、すごくマジメすぎる感じがするな。というか、息苦しいな。「正しさ」を求めることは怖い、というぼくの言い方も、なんだかちょっと不自由な感じがするんだ。人は、なにかを否定しようとすると、たいてい、その否定するものに似てくるんだ。

2012-03-04 00:27:41
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑭ この間、「吉本隆明が語る親鸞」という本を読んだ。吉本さんが、親鸞というお坊さん(が語ったこと)について語っている。千年近くも前の人が言ったことなのに、いま、目の前でしゃべっているように、強く説得される。ほんとに不思議だ。ぼくも仏教のことなんか、ほとんど知らないのに。

2012-03-04 00:30:12
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑮ 親鸞が生きていたのは、戦乱と飢饉と震災の続いた時代だった。いまと同じような、というかいまよりずっとひどい時代だった。その頃、優れた僧侶は、文学者でもあり、哲学者でもあり、同時に社会の改革者でもあった。苦しむ一般民衆の中に入りこんで、その中で行動し、考え、共に悩んだ。

2012-03-04 00:32:33
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑯ 親鸞のことばでいちばん有名なのは「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」だろう。善人だって浄土に救われるのだから、悪人の方が救われやすいに決まってる、と親鸞はいう。でも、これ、どういう意味なんだろうか。悪いことをした方がいいってことなんだろうか。

2012-03-04 00:34:48
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑰ 実際に、親鸞のことばをそんな風にとって「悪いことをいくらやったっていいんだ、どうせ救われるんだから」といった弟子もいた。まさか、そんなバカなことをいうわけがないよね。親鸞の意図は、もっとずっと別のところにあったんだと思う。もっとずっと、深い意図が。

2012-03-04 00:36:47
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑱ 親鸞は別のところで、弟子に「おまえはおれの言うことならなんでも信じるか」といった。弟子は「はい」と答えた。すると親鸞は「それなら、おまえは人を1000人殺して見ろ」といった。弟子は「いや、いくらあなたの仰せでも、わたしには人を一人殺す器量もありません」と答えた。

2012-03-04 00:38:45