2012年3月4日

作家・高橋源一郎さん「午前0時の小説ラジオ」・「あの日」からぼくが考えてきた「正しさ」について

東日本大震災以来、高橋さんが考えてきた「正しさ」についての連続ツイート。
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予告編

高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・本日の予告編① 一月半ぶりぐらいでしょうか。小説ラジオを今晩やる予定です。

2012-03-03 22:30:31
高橋源一郎 @takagengen

「本日の予告編」②・「「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について」という本を出しました。この本には、去年の3月11日から1月1日までに書いたツイートと、その間に書いたものの多く(長いものはその冒頭)を載せています。ぼくは去年、ずっと震災と原発のことを書いていたようでした。

2012-03-03 22:33:04
高橋源一郎 @takagengen

予告編③ ツイートは本にしないと決め、そのことはずっとここでもいってきました。けれど、この300日ほどの間のことは残したいと思ったのでした。だから、それ以外の期間のツイートは載っていません。これからも本にはしないつもりです。

2012-03-03 22:35:16
高橋源一郎 @takagengen

予告編④ 振り返ると、ぼくはその間ずっと、「正しさ」とはなにかと考えてきました。できるだけ厳密に、できるだけ自分勝手ではなく、でも、できるだけ素早く、考えたいと思ったのでした。そのことを考えることは、ぼくたちがものを考える時、もっとも大切なことのように思えたのでした。

2012-03-03 22:37:04
高橋源一郎 @takagengen

予告編⑤ この一年考えていた「正しさ」について、それからそのあと、考えきた「正しさ」について、ぼくたちを悩ませている「正しさ」について、これまでとってきたメモを見ながら、できたら、何日か続けて、ツイートしてみたいと思っています。聴いてくださると嬉しいです。では、午前0時に。

2012-03-03 22:39:48

ここから本編

高橋源一郎 @takagengen

「午前0時の小説ラジオ」・「あの日」からぼくが考えてきた「正しさ」について① ハンナ・アーレントという、とても優れた、ユダヤ人の女性哲学者が、ナチスドイツの強制収容所の所長で、「人道に対する罪」に問われた、アイヒマンの裁判を傍聴した記録が残っている。有名な本だ。

2012-03-04 00:00:02
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」② そこで、アーレントは、アイヒマンを厳しく批判している。もちろん、アイヒマンは、あらゆるところから非難されたのだ。人類の敵。殺人鬼。けれど、アーレントの批判はもっとも深いところからされたのだった。アイヒマンは「仕方なかったんだ」と答える。「命令に従っただけだ」と。

2012-03-04 00:02:23
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」③ アーレントは、その、大きな罪を犯した人間の「小ささ」に衝撃を受ける。彼は自らの意志で進んで罪を犯したのではないのかもしれない。だからこそ、その怠慢の故に、罪を犯す意志の不在の故にこそ裁かれねばならない、とアーレントは考えた。「悪の陳腐さ」こそが悲劇の原因なのだと。

2012-03-04 00:05:50
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」④ そして、アイヒマンを弾劾したその刃で、なすすべもなく虐殺に加担してしまった者、消極的に関わらざるをえなかった者、犯罪を見逃した者、抵抗などできないと座りこんだ者の罪を問う。そして、その苛烈な追及は、積極的に抵抗することを選ばなかったユダヤ人同胞にまで及んだのである。

2012-03-04 00:08:20
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑤ ぼくは、アーレントを読みながら、彼女のいうことが全く「正しい」と思いながら、どうしても、諸手をあげて賛成することができなかった。彼女の峻厳な「正しさ」、ついには犯罪に対して無知であることさえ罪になる、その清浄な空気の世界では、ぼくは生きられないと感じたのだ。

2012-03-04 00:10:11
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑥ 彼女の理想とする世界で生きられる住人は、いったいどのくらいいるのだろう。彼女が厳しく責める「悪」の反対側にしか「善」がないとしたら、その「善」の世界は、あまりにも息苦しいのではないか。ぼくは、そう感じたのだ。

2012-03-04 00:11:42
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑦ どのような状況にあっても、人間的な叡知と倫理を失わない者だけが「正しい」なら、「正しく」ありつづけることができる人間はほとんどいなくなってしまうだろう。これが、アーレントのような、高潔で、論理と倫理を究めようとする人間がいう「正しさ」に対する、ぼくの不満だ。

2012-03-04 00:13:59
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑧ 「正しさ」への不安は、まだある。一つは、「正しさ」を原理的に究めようすると、そこに至る者などいなくなってしまうかもしれないことだ。それはすでに述べた。だが、そこにたどり着かなくとも、もっと手前で、ぼくたは、大きな問題にぶつかるのである。

2012-03-04 00:16:20
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑨ とりわけ、「あの日」以来、ぼくたちは、二つの「正しさ」の前で選択を迫られることが多くなったように思える。あなたは「原発推進」派ですか、「反原発」派ですか? 低レベルの放射線は危険だと思いますか、思いませんか? 増税は必要ですか? TPPに反対? 賛成?

2012-03-04 00:19:25
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑩ しかし、正解は、ほんとうに、その二つのどちらかなんだろうか。そして、いやいや、そのどちらかの答を選ぶと、それに反対する人たちから、「この資料を知らないのか?」とか「こんなことも知らないのか?」と罵られなければならないのはなぜなんだろうか。

2012-03-04 00:21:07
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑪ 無理矢理回答を迫ること、その回答者に、専門家なみの知識を要求すること、自分の意見だけが「正しい」と考えること、その結果として、自分の意見の反対者は、無知で愚妹な人間か「悪」であると考えること、「悪」であるから排除して当然と考えること。おかしいじゃん、どれも。

2012-03-04 00:23:31
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑫ それらがどれも不自由に感じられたら、不自然に思えたら、そういうことじゃないんじゃないかなあとつぶやきたくなったら、そんなことよりもっと大切なことがあるじゃんといいたくなるのなら、そういう、自分の直感、内側の声に耳をかたむけたい。それをこそ、大事にしたい。

2012-03-04 00:25:38
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑬ うん。こうやって、ぼくがいっていることも、すごくマジメすぎる感じがするな。というか、息苦しいな。「正しさ」を求めることは怖い、というぼくの言い方も、なんだかちょっと不自由な感じがするんだ。人は、なにかを否定しようとすると、たいてい、その否定するものに似てくるんだ。

2012-03-04 00:27:41
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑭ この間、「吉本隆明が語る親鸞」という本を読んだ。吉本さんが、親鸞というお坊さん(が語ったこと)について語っている。千年近くも前の人が言ったことなのに、いま、目の前でしゃべっているように、強く説得される。ほんとに不思議だ。ぼくも仏教のことなんか、ほとんど知らないのに。

2012-03-04 00:30:12
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑮ 親鸞が生きていたのは、戦乱と飢饉と震災の続いた時代だった。いまと同じような、というかいまよりずっとひどい時代だった。その頃、優れた僧侶は、文学者でもあり、哲学者でもあり、同時に社会の改革者でもあった。苦しむ一般民衆の中に入りこんで、その中で行動し、考え、共に悩んだ。

2012-03-04 00:32:33
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑯ 親鸞のことばでいちばん有名なのは「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」だろう。善人だって浄土に救われるのだから、悪人の方が救われやすいに決まってる、と親鸞はいう。でも、これ、どういう意味なんだろうか。悪いことをした方がいいってことなんだろうか。

2012-03-04 00:34:48
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑰ 実際に、親鸞のことばをそんな風にとって「悪いことをいくらやったっていいんだ、どうせ救われるんだから」といった弟子もいた。まさか、そんなバカなことをいうわけがないよね。親鸞の意図は、もっとずっと別のところにあったんだと思う。もっとずっと、深い意図が。

2012-03-04 00:36:47
高橋源一郎 @takagengen

「正しさ」⑱ 親鸞は別のところで、弟子に「おまえはおれの言うことならなんでも信じるか」といった。弟子は「はい」と答えた。すると親鸞は「それなら、おまえは人を1000人殺して見ろ」といった。弟子は「いや、いくらあなたの仰せでも、わたしには人を一人殺す器量もありません」と答えた。

2012-03-04 00:38:45
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コメント

いしかわひさし @cQ_Q 2012年3月4日
親鸞のことば。浄土でのことじゃなくて、きっと生き方の変化なんだろうなぁ。悪人が仏のこころを持つように説いて。飢饉やらで大変な時代に「見捨てへんで」ってな気概を感じたりするなり。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
アイヒマンのように生きるのを許せ、じゃなきゃ息苦しいってのは、ビックリだよ。酷いよ人間じゃないよ。人間ってのは弱いから寝惚けてるアイヒマンになっちゃうんだよ。だから、色々勉強してしでかさないようにするじゃん。これだから純文学は嫌いなんだよ、ゲスなんだよゲス。
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箸呂院マジチキ@note @kairidei 2012年3月4日
肯ける。間違いを犯さない人はいないし、間違いと分かっていてもやってしまうことはあるよね。事が大きくなれば騒ぐだけで、根本的な大差はない。
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くまこ @kumacot 2012年3月4日
僕も寝惚けてる人間ですけど、生きてていいですか。
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⚔🛡ええなさん🐷💴💉 @WATERMAN1996 2012年3月4日
アーレントは良く耳にするけど、この話から彼女の思想のあまりの小ささに驚いてしまった。
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⚔🛡ええなさん🐷💴💉 @WATERMAN1996 2012年3月4日
兵士は戦争となれば命令に従って敵国の兵士を殺さねばならない。アイヒマンと一般兵士に罪の違いはあるのか、と考える事ができるよね。
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Kontan_Bigcat @Kontan_Bigcat 2012年3月4日
言っていることはとても良くわかるけど、今回は「人間の弱さ」が原発事故を招いたんじゃないかという後悔から出発しないと…。アーレントもナチスを生んだ人間の弱さを後悔するところから出発した。
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金明秀 Ꮶɨʍ, ʍʏʊռɢֆօօ @han_org 2012年3月4日
自分の弱さを免責してほしいという動機から、結果としてアイヒマンを擁護する立場をとるのは卑劣だとしか言いようがない。それは、ある種の階級論でもあった悪人正機説の問題意識とも矛盾すると思うけどね。
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siriカエル:脱原発に一票 @cibo17 2012年3月4日
「弱い人間で空気に逆らえず人を殺してしまいました。でも人はそういう弱くて狡い存在です、許して下さい」許せるのは神様だけ。弱くて狡い人間だからこそ、自らの手で断罪しないといけない。許してばかりいたから日本は原発事故が起こっちゃったじゃないか。そしてほんとに罪を問うべき存在を見失って、方向違いの所ばっかり叩いてる。
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◀︎ フライパン(脱原発に一票) ▶︎ @easyplaypink 2012年3月4日
RT @takagengen: 「正しさ」⑩ しかし、正解は、ほんとうに、その二つのどちらかなんだろうか。そして、いやいや、そのどちらかの答を選ぶと、それに反対する人たちから、「この資料を知らないのか?」とか「こんなことも知らないのか?」と罵られなければならないのはなぜなんだろうか。
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さかな @osakanakaeru 2012年3月4日
過剰に「正しい」ことも過剰に「悪い」ことも同質で幼児的。内に「悪」や「弱さ」を認められない個人や組織は、それでも存在する「悪」や「弱さ」を外に転嫁する。かつてのカルト教団や衆愚政治が陥ってきた陥穽。
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◀︎ フライパン(脱原発に一票) ▶︎ @easyplaypink 2012年3月4日
RT @takagengen: 「正しさ」22・だから、親鸞は、人間というものはやむにやまれず「悪い」ことをしてしまうものだといった。でも、同時に、そのことを恥ずかしく、つらくも感じて、思わず、意味もわからず、「念仏」を唱えたりする。それでいいのだ、といった。人間というものはそれ以上でもそれ以下でもないのだと。
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◀︎ フライパン(脱原発に一票) ▶︎ @easyplaypink 2012年3月4日
RT @takagengen: 「正しさ」29・一度呟いたことがある。鶴見俊輔さんは、日本の歴史の中で教師たちが唯一光り輝いていた時期が、一度だけあると。それは、昭和20年、敗戦直後のことだった。教師たちは、自分たちが教えていたものがすべて「間違い」だと生徒の前で認めた。確かに、中身は国が決めたものだ。
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にゃむ @tokumeisenshi 2012年3月4日
免責してくれとか許してくれというお願いなのかこれ? 免責しなくてもいい、許さなくてもいいけど、そう言った弱いとされた人を排除するのが当然だとする世界が息苦しいってのは分かる話。
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坂東α @bando_alpha 2012年3月4日
弱さを免責されたいとは思わない。自らの意思で悪を為したい。深い喜びをもって、虐殺した死骸の金歯を叩き折って哄笑出来るように。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
コメ欄にも居るけどさ。「アイヒマンのように生きるのを許せ、じゃなきゃ息苦しい」って部分に反応して、そんなのオカシイって本気で言っちゃう奴程、「アイヒマンにようになってる」ってことに気付いてない所が凄いなぁといつも思うんだよね。それこそ、アーレントが指摘する「弱さ」だし、正しさなんて、常に相対的なモノで、そこに絶対性なんか存在しないんだし。すげぇ、ぶっとんでるかもしれないが、「なんくるないさー」の一言で生きて行ける沖縄の人は素敵だよ?と言いたいw
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
最近の風潮は、コンビニエンスに思想を語る奴がちょいちょい出てくるから言っておきたいんだけど、攻撃的批判的に語ることが格好良く思ってるのかもしれないけど、その中身が血の通ってない頭でっかちの知識合戦をしてる間は、自分が感じてるその「苦しさ」からは絶対に解放されない。誰を自分の文脈に巻き込んでも一緒ってことに気付くか、自分が破滅する立場になるまで続けるのかもしれないけど、それは決して幸せに近付くことじゃないと言っておきたいね。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
「攻撃的批判的になればなるほど、君はアイヒマンに近付いている。」そして、「アイヒマンとアーレントは同じ文脈の中にいる」そういう文脈から離れることが実際大事だったりね。そういう意味での親鸞の話ってところまで届かない人は、なかなかこの話は難しいんじゃないかな?
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
学生時代、ニーチェにすっごく傾倒した事のある人は、みんな思うだろうけど、不安から「ネトウヨ」的な振る舞いや思想に傾倒してしまう感じってのは、長渕や尾崎にハマる青年やパンクやロックを聞いてヘッドバッキングするような青年達と同じように、「自分」という軸を維持するのにとても都合の良い支えになる「思想っていうコンテンツ」なだけだからねぇ。そういう熱から解放されてから大人の世界は始まるといつも思う。
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限界サヨクのツイ栗鼠しらず @desPAiR0906 2012年3月4日
この話って『正しさを根拠に簡単に他人を分断・排除してしまう人間の弱さ』を語ってるのに、その話をさらに間違っているからと言って分断・排除しようとしている人がいて笑った
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
「邪気眼なんて現実には無い」と認識するのと「絶対的に正しい事なんてこの世には存在しない」と認識するのは似てるからねぇ…そしてニーチェとワーグナーは時代に利用されて行った。
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こりま @korimakorima 2012年3月4日
まとめありがとうございます☆
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⚔🛡ええなさん🐷💴💉 @WATERMAN1996 2012年3月4日
鳩摩羅什の伝説が思い出されるなあ。
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こりま @korimakorima 2012年3月4日
まとめありがとうございます。☆*+:*+:*+:*+::*+:*+:*+:*+:*+:*+:☆☆ togetterの運営者さまもありがとうございます、お陰でこうしてまとめて拝読することができます。 お疲れさまです☆
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こりま @korimakorima 2012年3月4日
これ、つぶやきがまとめられるのを嫌でない方にとっては、いい機能ですねえ。(このまとめのコメでこれを書いておいたほうがいい気がしました)
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
ちげーよバカ、人間は何時でもアイヒマンになるんだから、アイヒマンにならないようにし、他人がアイヒマンになったら止めるのが、アイヒマンの教訓だろって話。60年前にちゃんと教訓得てるんだって事。高橋と保安院と東電の馬鹿はそれが分ってねーって話し。
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siriカエル:脱原発に一票 @cibo17 2012年3月4日
高橋氏は他者を巻込んだ犯罪の罪と、個人の救いを混ぜこぜにしている様に思う。アイヒマンはもう一人の自分だ、だから徹底的に罪を問わねばならない。そしてアイヒマン個人の救済は親鸞に任せればいい。アイヒマンはキリスト教徒だろうから、己の行いを神に問えばいい。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
あえて絡むがアイヒマンがあれほどになる前に、お前らと同じような人間だったって事を忘れちゃいかんってことよ?それこそが60年前の教訓。あそこまでやらかしたら、もうそれは罪に問うしか無いだろうけど、「アイヒマンの始まりはアーレント」にアリってことをもう少し理解しないとな。例えば、自分が東電って組織に居たとしたら…?そして、自分の生活だけじゃなく存在価値そのものがそこにあったとしたら…?そんな簡単な話じゃないんじゃないかな?
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Louis @border1024 2012年3月4日
「“正しさ”を追求しすぎて反対者を“悪”として排除する世の中は窮屈」は「弱さを許してほしいという願望」だから「結果、悪行を擁護することになる」よって「卑劣」ということか。何でも批判できるものだ。窮屈な世の中だ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
簡単じゃねーけど、原発だぞ原発。だから爆発してるんだって糞やろう。やっちゃいました人って弱いよね、終る話しじゃねーだろがー。仕事しんどいから酒呑んで運転しました似てるちゃあー似てるけども、原発で同じ事やられた日にゃあーこういう事になるんだって事。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
んでさぁ、高橋の言論のどこに真摯な反省が有るんだよ、糞だろ、ぼけてるってレベルだろ。原発爆発しちまったんだからせめて、次の教訓にくらいすれば良いのに、高橋の言論だと、しゃーねよねー仏様が許してくれるで終ってるじゃねーか。善の話しじゃねーよ。不作為という悪の話しだ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
そんな微温くて良いのかよ?日本に50基原発あるんだぞ? これからも人って弱いよねで終れるから、まぁ良いっかって話しなんかよ?って事だよ。民間調査に東電も保安院も答えてねぇーんだぞ?その状況でこんな文章書ける人間性にびっくりだよ。だから純文学嫌いなんだよ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
言葉使い悪くてすいません。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
真摯に解決を模索する行為は、感情で相手のミスを糾弾する行為とは違うよ?もちろん、最終的には責任を取らせるべきだろうけど、それは、お前らの感情の回復とは別次元の話だと思うけどね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
だからさー。ミスなのか、アイヒマンなのか?って事だよね。で、アイヒマンだと認めた上で許せと言う高橋が許せんって話しだってばっさ。アイヒマンだと分った上でこんな事言ってるんだぞ?あーーーーーもう。
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ITO @momokurikuma 2012年3月4日
RT @takagengen: 「正しさ」⑱ 親鸞は別のところで、弟子に「おまえはおれの言うことならなんでも信じるか」といった。弟子は「はい」と答えた。すると親鸞は「それなら、おまえは人を1000人殺して見ろ」といった。弟子は「いや、いくらあなたの仰せでも、わたしには人を一人殺す器量もありません」と答えた。
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ITO @momokurikuma 2012年3月4日
RT @takagengen: 「正しさ」22・だから、親鸞は、人間というものはやむにやまれず「悪い」ことをしてしまうものだといった。でも、同時に、そのことを恥ずかしく、つらくも感じて、思わず、意味もわからず、「念仏」を唱えたりする。それでいいのだ、といった。人間というものはそれ以上でもそれ以下でもないのだと。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
原発なんて、色んな「人の業」の固まりだろ。東電や保安院の体質も問題だと思うけど、「そこだけがダメ」なわけじゃないのも解ってて、その辺を突き詰めて行けば、色んな世間の欺瞞が見えてくる訳だけど、「その上」で対策を考えて行かなきゃダメなんじゃないの?どっちにしろ、原発はそんなに長い間依存できるエネルギーじゃない事もわかってるし、更に危険ってことで、もう使うメリットは長期的に見たら無いのは確定的なんだから、じゃあ、どうする?を東電や保安院におまかせってのは都合の良い話だよね。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
アイヒマンはもっと深いレイヤーで「ミス」なんだよ。「ミス」は弱さなんだよ。弱さは「人の業」なんだよ。アイヒマンは組織に依存していた。自ら望んで自分の存在をそこに投影していた。だから、その組織が望む事は全部した。故に、罪に問われた。彼は彼らの正義に身を委ねた(命令に自ら決めて従った)から罪に問われた。その組織には圧力もあっただろうけど、一定のその組織の価値観の中の正義がそこにあったから従う。これは経験がなきゃ解らない話だと思うよ。
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いしかわひさし @cQ_Q 2012年3月4日
「アーレントの苛烈な追及は、積極的に抵抗することを選ばなかったユダヤ人同胞にまで及んだ」ことの他者性に対して親鸞の話。親鸞の話は、例えば水俣病元被害者代表であった緒方正人さんの『チッソは私であった』という言葉に沿うようなものではないかと思った。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月4日
「『最終的解決策』はあらゆる場所で起きた可能性があったのはその通りだ。だが実際には決してあらゆる場所で起ったわけではない。恐怖の体制の前に多くの人は従ってしまうが、あらゆる人が従うわけではない」。「それだけが、この惑星が人間の生存に適する場であり続ける唯一の条件なのだ」。つまり組織や体制のなかでどこまで個人の良心を貫けるかの、アーレントにとって肝である視点が、なぜか抜け落ちてる気がする。
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くまこ @kumacot 2012年3月4日
コミュニティとして非道徳な行いを既に選択している時に、コミュニティの決定に従う個人をどこまで断罪できるんですかね。我々がコミュニティを築いていることがそもそも非道徳かもしれないですけど。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
kumacotik だから、アーレントなんです。そしてそれが嫌というなら、アイヒマンがまた出てくるのです。それで良しとするんですか?コミュニティを作るのも見る(監視)のも個人です。本当に難しい問題ですが、それで良しとするならまた原発は爆発するし、アイヒマンがやってきます。
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めろ @tookoka 2012年3月4日
別にアイヒマンのことを擁護してる訳じゃないんだけどな…。二者択一的に世界をカタチ作ると己自身も含めて人間の生きる余地は残らなくなると言っているのだと思います。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月4日
だからだな、善悪二元論にしてるのが間違いでそれを否定してるのも間違いだって言ってるじゃん。不作為という悪しかない話し(原発事故)で善は登場してないんだってばさぁ。選択肢すら無かったから爆発したんだってばさぁ。もちろん事前に警告した人々(善)は存在してたけども爆発の話しには登場してない訳。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
受け入れない事は自由だけど、「悪しかない話」とかそうやって、話を二元化して解りやすくして、設定された「悪」を糾弾する姿勢が、既にアイヒマンと同じだと言ってるんだけどね。反発には反発しか返さないのが人の理ですよ。君らにはまだ難しいんだろうね。ゴールデンパラシュートみたいなことは絶対に理解できないんだろうねぇ。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
思想の奴隷になるのは簡単なことだよね。羨ましいよ。なんとかしなきゃならんのは、人が起こした行為ではなく、原発そのものなんだけどな。そうやって考え方をぶつけるのは自由だけど、本来重要なの「は安心安全な生活」だけで、立場がなくなった人間達を血祭りに上げる事なんて本質的には誰も望んでないんだよね。そこに対する儀式や通過儀礼なんてどうでもいい。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
だから、「素人はお経でもとなえときゃいい」って話なんだけどな。
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北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2012年3月4日
アイヒマンで思い出すのはかつて詩人の石原吉郎が引用したこの言葉:「百人の死は悲劇だが、百万人の死は統計である」。シベリア抑留の経験者である石原は、このアイヒマンの言葉を逆手にとってエセ・ヒューマニズムを痛撃するわけだが、まっ、この問題はフランクルの『夜と霧』をもう一度読んで自分の頭で考えたい。
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北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2012年3月4日
ko_zanさんへ。「思想の奴隷になるのは簡単だよ」には胸を衝かれました。「仏陀に遭わば仏陀を殺せ!」。思えばスターリンの煉獄もまた”思想の奴隷”によって維持・管理されていたわけですから・・。
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知花俊輔 @nightmarechild4 2012年3月4日
こういう議論見てると人の弱さによる愚行・悪行は認める、しかし、その理由を以って罪は免責されないし受けなければならないということ。それを判断して行う側にも共通する人の弱さによる愚行・悪行が巡ってくれば罪を受ける・・・しかならないのかなと思う。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
高橋氏の発言を読んで、河村発言「南京虐殺はなかった」如きものがなぜ繰り返されるのか分かった気がした。なるほど、アーレントの「正しさ」はキツい。しかし、そのキツさが向けられているのは、無実のひとびとの虐殺だ。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
高橋氏は「彼女の理想とする世界で生きられる住人は、いったいどのくらいいるのだろう」と言うが、その前に、理想でもなんでもないこの現実の世界で、選択肢もなく「生きられる」ことが許されなかったひとびとがいたことを、彼は憶えているのだろうか?
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
高橋氏は、アーレントの「正しさ」のキツさを非難する際、「その苛烈な追及は、積極的に抵抗することを選ばなかったユダヤ人同胞にまで及んだ」という。そう、彼女は、アイヒマン個人やドイツ民族をのみ責めることで終わらなかった。それってキツすぎ?違うだろう。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
ユダヤ人であるアーレントが「ユダヤ人同胞」まで責めたのは、実際に彼らが虐殺に加担していた部分があるからに他ならない。そして、身内にまで視界をまで広げなければ、虐殺の本質は分からないし、次の虐殺を止めることはできないんだ。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
高橋氏には、なすすべなく殺されたひとびとの死が見えていない。忘れている。ただ自分にとってのキツさだけから出発して「人間ってさあ、」と論じている。そうだよな。ナチが、東電が悪かったんだ。日本人がそんな虐殺する訳ないよ。こっちにまで「正しさ」を押し付けやがって…。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
親鸞の「いはんや悪人をや」には、人間のどうしようもない「悪」への透徹なまなざしがある。そのような「悪」から救うために仏は来たる。頼れ、他力こそ救いの本質だと。このことと、「悪」とグズグズに結託することとはまったく違うはずじゃないか。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月4日
@unspiritualized いやまったく、「彼女の理想とする世界で生きられる住人は、いったいどのくらいいるのだろう」って、すでにアーレント自身が「イェルサレムのアイヒマン」で非の打ち所のない結論出してるのに。「確かに最終的解決策はどこででも起こりえたが、決してどこででも起こったわけではなお」からこそ、「この惑星は人間の生存に適した場」であり続けることが出来るわけで。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
アーレントも自身もその「恐怖の体制」の思想と似たような振る舞いをしてしまったところに、注目しないといけないんだよね。それこそ、人間故に起こる行動矛盾。正直、高橋氏の言説にそこまで共感してるつもりはないんだけど、所業は無常であり、「常」なんてものは無いんだよ。悪者を捜している間はアイヒマンと何も変わらない。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月4日
ある一定の「善」を徹底的に軍隊や暴力を使って押し付けたら「悪」。その悪を暴力で駆逐したら「善」。じゃあ、善と善が争う事は悪?その争いを起こした奴は悪?そして、また誰かの善が、押し付けられて…ここのコメ欄がもう物語ってるよね。それは糾弾でなく争い。争いを優位に進める為にまた頭でっかちな知識戦争。ばかばかしいとおもわない?一般市民からしてみれば、ふざけ合いに巻き込まないで欲しいとおもうことばかりじゃないかな?
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美貝 @michel118 2012年3月4日
>「間違い」だと生徒の前で認めた:「間違い」だと(有意味に)言うことができるなら、その条件はなんなのか、考えてみたらどうだろか。原則的な問題と、どこかで程度の問題とその線引きにかかわらざるをえない制度的な問題のうち、とくに前者のための「思弁」と理解できなくはないけれど、その「呟き」全体としての効果は疑問(親鸞・アーレント「解釈」も同様)。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
ko_zanさん 一般論で机上でおしゃべりしたいのなら「キツいのウザいよね」でいいんじゃない?アーレントだって「恐怖の体制」と似てるよね、とか。「善と善が争う事は悪?」とか。アウシュビッツも、南京虐殺も、そしていまの日本も、そうじゃないと思う。それじゃ何もならない。
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nos @unspiritualized 2012年3月4日
toshi_fujiwaraさん 僕はアーレントのこの論に批判したいところも多いのですが、高橋氏やそのフォロワーが、むしろアーレントがここでマイノリティーでありバッシングを受けたということをまるっとスルーしていわば「悪」のレッテルを貼っていることに感慨深いものがあります。
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Louis @border1024 2012年3月4日
完全な「正しさ」や「間違い」、「善」と「悪」を追求するのは現実を受け入れたくない心の現われだろうか。現実の矛盾に向き合わなくて、今よりましな世の中なんて創れるのだろうか。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
unspiritualizedさん border1024さんも言及されていますが、現実の矛盾に向き合わなくて今よりもマシな世界なんてありえないんじゃないですかね?「誰かの正しさ」が先鋭化すればカルトになるし、肥大化すれば宗教になるし、国がそういうものに陥れば、それはナチスになるんですよ。囚人と看守の実験の話なんか良い例じゃないでしょうかね?
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siriカエル:脱原発に一票 @cibo17 2012年3月5日
完全な「善」や「悪」の話では無い。人の、人間の生活、行いから生じる罪業の話だ。生活や社会を打壊した者は、もう一人の己として断罪しなければならない。断罪された者が悔い改めたなら宗教に任せればいい。それだけだ。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
「キツいのウザいよね」な一般論にどれだけの含蓄があるか?って想像力が働かないと、この手の話題は、それこそ「机上」の話になるんじゃない?アウシュビッツもそういうキツさから発生してることを歴史から学ばないとね?と思う。一方的な立場から見過ぎなのは「そうじゃないと思う」って言葉から凄く明白だと思うけど?
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
cibo17さん それは勝者の論理だよね?相対的に打壊したと「される」者だってところでしょ?罪業ってのも善悪の話と同じでしょ。それを違うと言っちゃうあたりは欺瞞だよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan アーレントは別に悪者を捜しているのではなく、現代の世界において悪とは極めて凡庸なものであり、凡庸さに耽溺して考えることをやめてしまう人間になることの危険を指摘してるんですけどね。その意味で@cibo17さんの言ってる「断罪」って見当違いもいいところ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@unspiritualized 僕にとって不思議なのは、アーレントのあの本で最も重要な一節である「最終的解決策は確かにどこにでも起こりえたが、しかしあらゆる場所で起こったわけではない」という一節を、なぜか皆さんスルーしてしまってることなんですよね。最終的に「この惑星が人間の生存に適する唯一の条件」は、個々人の良心であることが抜け落ちてる限り、個人の良心を棄てた「凡庸さ」の「悪」に陥る危険は誰にでもある。
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(@moikai) @moikai 2012年3月5日
For Arendt Shinran and Eichmann, the fundamental falsity on human layer wasn't worth even a ridicule. "Predictable evil" is light pity
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(@moikai) @moikai 2012年3月5日
The problem is that even they whose rational attitude depended on the reality of pureland/greek tradition couldn't say that there're no relation if millions die.
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
あとこのまとめでもコメ欄でもいささか気味が悪いのは、ナチスによる「ユダヤ人問題の最終的解決策」の対象になることと、たかが「お前だって正義とは言えないだろう」と批判される程度の話がほぼ同列で扱われているところ。自らにとっての言い訳を求める「凡庸さ」もここまで倒錯すると「悪」じゃないかと思えて来る。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan 別にアウシュヴィッツや「ユダヤ人問題の最終的解決策」が、高橋氏の言っているような「アーレントのキツさ」的なものの結果産まれたということは、まったくないですけどね。ヨーロッパにおける反ユダヤ主義の歴史的な当然の帰結としてああなったわけであって、人種差別で「ユダヤ人がイエスを殺したんだ」とぬれぎぬを着せることと、ユダヤ評議会の問題を明らかにすることは、ぜんぜん話が違う。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
toshi_fujiwaraさん ”自らにとっての言い訳を求める「凡庸さ」もここまで倒錯すると「悪」じゃないかと思えて来る。”←そういうのを「選民思想」っていうんだよ?まさにニーチェが利用された発想。人種を思想に置き換え考えてみ?「反ユダヤ主義の歴史的な当然の帰結」って認識はまさにあたまでっかちな「知識」。貴方の「正しさ」のどこにナチスとの違いがある?
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
「現代の世界において悪とは極めて凡庸なものであり、凡庸さに耽溺して考えることをやめてしまう人間になること」←このあたりの定義も、何をもって言っているのか?どの世界…いや、どのクラスタの定義なのか?思想「業界」や歴史学「業界」の文脈かなんかなのかな?それか、どこかの本に書いてあった事をそのまま言っちゃってる感じなのかな?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan ちっとも選民思想でもなんでもありません。要は個々人が自分の良心にどれだけの責任を持って行動できるかどうかの問題ですから。なお「頭でっかちな知識」ってなんでしょう?ヨーロッパにおける反ユダヤ主義、人種差別の歴史なら僕もある程度肌身で知ってますが?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan あのぉ…知ったかぶりする前にこのまとめで話題になっている「イェルサレムのアイヒマン 悪の凡庸さの報告」をちゃんとお読みになってみてはいかがでしょうか?アーレントの言ってることは「恐怖の体制に屈しない個々人の良心」に帰結するわけで、あなたのいう「選民思想」 云々も「ナチスと同じ」的言いがかりも、まったく当てはまりませんが?個人がどう「恐怖の体制」に屈しないかの問題なのですから。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan これは高橋氏にも指摘できる大いなる誤解なんでしょうけど、アーレントが指摘しているのは体制や組織に盲従してしまって自分で考えることをしなくなったときに「凡庸の悪」に陥る危険があるってことですから、彼女にしても僕にしても言われた命令にそんなに素直に従うことなどさらさらない天の邪鬼ですから、「選民思想」も「ナチス」もさすがに正反対っていうものです。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@toshi_fujiwara 「恐怖の体制に屈しない個々人の良心」の話を強くご主張されるのは結構なんですが、「こうあるべき。こうあらざる人間は糾弾されて然るべく」と凄まれること(押し付け)が昨今の日本で多い気がしてます。そんなにみんな潔白にイノセントに生きてますか?その「糾弾する姿勢」こそ、ある種の恐怖に盲従してる事とあまり変わらないと言っているんですよ。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@toshi_fujiwara 命令なのか、同調圧力なのか、自分のやっている事に整合性をあわせようとする強迫観念かは、人それぞれあると想いますが、何かに流されて行動するなんてことは、素朴に「ある」ことで、それを凡庸の「悪」と断ずることに、別の圧力を感じるのです。自分の行動を自分で決定してる人間ってのは、そう多くない。どんなに天の邪鬼な奴でも、なんらかの影響を受けて行動するものでしょう?その動機が何かへの反発心かもしれないし、信念かもしれない。(続く)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan だからしのごの言う前に、まずアーレントが実際になにを書いているのか読んでみては如何でしょうか?「そんなにみんな潔白にイノセント」もくそも、さすがに露骨に人種差別に基づく虐殺なんてものには僕は加担できません。他人様を殺していいと思えるほど自分に自信があるわけもなし。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan その「圧力を感じる」って被害妄想でしょう。そういうありもしない「圧力」、その実自分が自分の良心に関する自由意志を売り払ってでも周囲に合わせた方が楽だ(これは確かに、そういう部分はある)と言うところで終わってしまえば、そりゃ第二第三のアイヒマンになる危険もあると思いますけどね。もちろんあなたの自由意志が殺人願望であるというのなら、そりゃまたアイヒマンとは別の意味での「悪」になるんじゃないかと思いますが。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
別に影響を受けること自体が「悪」だなんて誰も言ってませんし、「その動機が何かへの反発心かもしれない」云々なんて、それこそ「正義」云々を口にする前に自分の良心に照らし合わせて気をつけなきゃいけないところでは?RT @ko_zan なんらかの影響を受けて行動するものでしょう?その動機が何かへの反発心かもしれないし、信念かもしれない
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan だから高橋氏にしてもそうなんだけど、人間なんてしょせんどっかしら間違ってるものであってだからこそ自分の良心に照らし合わせて自らを律するべきもんであるのに、言葉で批判される程度のことを「ユダヤ人問題の最終解決策」的な被害、つまりぶっ殺されることと同レベルの「糾弾」だと言い出しているとするならば、さすがに「他人様があれだけ酷い殺され方をした事実をそこまでないがしろにするのは人間としてどうなんですか?」と言いたくはなりますよ。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@toshi_fujiwara 人種差別に基づく虐殺なんてものに私も加担はできません。私も他人様を殺していいと思えるほど自分に自信があるわけじゃない。暴力も嫌いです。しかも、その煽りはちょっと的外れですよ。まあ、おっしゃりたい事はよくわかりました。でも、「言葉で批判される程度のこと」とおっしゃりますが、それがエスカレートすれば他人様がぶっころされるような事件まで繋がってるのがインターネットだと思いますよ。コンビニエンスに悪意を醸造できる場所ですから。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@toshi_fujiwara ”人間なんてしょせんどっかしら間違ってるものであってだからこそ自分の良心に照らし合わせて自らを律するべきもん”ってのは同意なんで、そんなに怒らないで。良い映画撮ってください。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@takagengen 根本的な誤解があるような気がしますが、アーレントがユダヤ評議会問題に言及したのはユダヤ人の側(アイヒマンを裁くイスラエル)もまた全面的に正しいとは言い難い(むしろナチズムの凡庸と合わせ鏡的な面もあるとすら言える)からであり、まして凡庸て普通であるだけで周囲に合わせてるから「正しい」なんてことはない、という指摘につながるわけですが。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan 誰も怒ってなんていませんけど(笑)。あとそこで「殺意」まで覚えてしまうのは、批判され得る可能性なんて誰しもあることを自分について受け入れられず、「悪の凡庸さ」だの差別意識だのは指摘されてそれが図星なら改める努力をすりゃいいだけの話だと気づけず、逆恨みする人達に多い気がしますが。南京事件や慰安婦問題が言及されることへの一部の人達の反発なんかも、似たところがありますよね。「そんなに自分(達)が悪いなんて言われたくない」って、この耐性のなさがアイヒマン的な人間を生み出すんじゃないですかね。
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@takagengen 「指摘されてそれが図星なら改める努力をすりゃいいだけの話だと気づけず、逆恨みする人達」に人間らしさを感じます。人の感情はそんな単純じゃないでしょ。もちろん、祖言う人たちが抱く殺意とかに同意はしかねますが、同情は出来る部分は多いと思います。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan だからそれが感情問題として理解でき同情できるかどうかと、良心に基づく判断としてそれを肯定、同調、ないし命令に服従するかどうかは、全く別次元の問題でしょう。批判を受けることを「全否定(=虐殺される?)」と受け取ってしまう耐性のなさも、問題だと思うんですけどね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan ちなみにさすがに、南京事件や慰安婦問題が言及されることへの一部の人達の反発だとかはあまりに自己中心的でわがままで幼稚だろう、ってところにしか行き着かないわけで同情よりは呆れますけどね。なんちゅうか、殺人事件の加害者家族が被害者遺族に「うちの子はもう罪償ったんです。今でも恨んでるなんてヒドイわ」と叫んでるに近い呆れた幼稚さ。
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北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2012年3月5日
アウシュヴィッツを経験したユダヤ人がどうしてパレスチナ人に対してあれほど残酷になれるのか?ドレフュス事件を契機に起こったシオニズム運動は、確かにユダヤ人の側からする反ユダヤ主義に対するカウンター・メジャーであった。しかしそれが新たな民族的憎悪を生み出し、被害者が加害者になり果て、核武装することでかろうじて存続するイスラエル国家があるだけで、そこにはもはや理想も大義もない。そしてこれこそがアイヒマンが体現した虚無的世界だったのでは?
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藤堂考山 @ko_zan 2012年3月5日
@toshi_fujiwara ギブアップ。別次元じゃないところを説明できない。感覚的には別次元とは思えないですね。
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桜ここあ💙次の繁忙期は12月になりました @sakuracocoa 2012年3月5日
最後の方、なんかちょっと決定論っぽくね?と思って違和感感じてたら、監督が既に指摘してたもよう。
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カイセー🐳CQA👼 @Ksyzr 2012年3月5日
親鸞の「本願ぼこりと言へること」は好きな逸話の一つ。さすがインテリ源ちゃんいいこと言う。でもアレントは悪を特殊な人間の異常な状態ではなく無関心も含めた普遍的なものと規定するのが目的で、悪を締め出して絶対善の領域を定めるみたいなことは言ってなかったと思う。
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nos @unspiritualized 2012年3月5日
アーレントは”ナチスは悪”という単純な「正しさ」に異を唱えたのだけどね。そりゃあ「悪」はヤツらでありボクらとは関係ないよねー大体ひとは誰しもちょいと悪いもんでしょーくらいのヌルさは心地よいし、高橋氏の一連の発言もそうした心地よさに居ていいよってもの。だけど、そのヌルさこそが「悪」の育つ最大の肥だめだろう。
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K&U @khk_u 2012年3月5日
正直、自分が当時のドイツにいたら、その流れに逆らえたかと言えばたぶんNO。ドイツ人だったら、イヤだなと思いながらも声は上げず、収容所行きの列車を眺めていたに違いない。ユダヤ人だったら列車に乗っていたに違いない。流れが出来る前にどうにかしないと太刀打ちできないんじゃないかな。ただアイヒマンは、あの組織の中であの地位にまで行ったわけだから、自ら積極的にナチス的意志を貫こうとしたんだろう。それで「仕方ない」と言うのか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
そうなんです、言ってないです。我々はいつでも大勢に流され無自覚に「悪」になってしまう可能性は持っているのであって、だから自覚的に注意しましょうってことにならねばおかしいはずなんだけど、なんだかなぁ…。RT @Ksyzr アーレントは…悪を締め出して絶対善の領域を定めるみたいなことは言ってなかったと思う。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@ko_zan 感覚的にそう思ってしまうことは、高橋さんも含めて「理解」は出来ますよ、その真理は。でもあえて厳しいことを言ってしまえば、批判を受けたり誤りを指摘されることそれ自体を「ユダヤ人問題の最終的解決策」のように恐れ、ひたすら批判されないよう間違いを指摘されないように大勢に迎合したり八方美人に走ることって、既に「恐怖の体制」に抗えない人間になってる、いわばアイヒマン予備軍ってことになるんじゃないですか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@unspiritualized 厳しい言い方をしてしまえばそのヌルさのなかで「みんな一緒なんだから自分だってこの程度で構わないじゃん」的なところに落としどころというか自分の居場所を求めてしまうことって、すでにアイヒマン的な凡庸さ(優等生的な、批判や誤りの指摘を恐れ、迎合して「自分は正しい」と認められたい)に陥る危険性があるってことだと思うんですよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
この二つ上のコメ、「真理」じゃなかった「心理」です。@ko_zan
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@unspiritualized  あとおっしゃるとおり「いわば「悪」のレッテルを貼っていること」はかなり珍妙で、そもそもユダヤ人が虐殺されたことと、「自らの凡庸さが悪になる可能性」が指摘されることを、あたかも同列に扱って「そんな厳しい言い方をするのは」的な高橋さんの言ってることって、強烈な違和感はありますよね。「殺されてたまるか」と「ちょっとでも自分批判されるのはイヤです」が一緒になるってどういうことなんだ的な。この「批判対象になること自体への極度の恐れ」って、なんなんだろう?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@khk_u 4 出世と保身じゃないでしょうか?その手段として「自ら積極的にナチス的意志を貫く」ことは、優等生タイプにありがちな話。上の言ってることを素直に受け入れて繰り返せば、その組織や体制のなかでは出世出来るし叩かれずに済むはずですからね。その結果が「悪の凡庸さ」、気がつけばああいうことになってしまった(気がつくだけの自分の感性すら自分で殺していた)。
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K&U @khk_u 2012年3月5日
@toshi_fujiwara 組織や体制にいやいや従うわけじゃないんですよね。仮に反発があったとしても、そこから生じる葛藤は自ら捨て去り、組織・体制の理念なり価値観なりを「正義」として自ら同化していく。この「葛藤がない(あるいは自ら捨て去る)」というのがすごく恐ろしいと思います。まあ葛藤があっても組織の中にあってはどうにもならず、結果は同じだったかもしれませんがないかもしれませんが、それでも細部は違っていたかもしれない、流れの速度も少しは弱まったかもしれない、などと思ってしまいます。本当に凡庸な人間は、
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K&U @khk_u 2012年3月5日
@toshi_fujiwara(続き)結果は同じだったかもしれませんが、それでも細部は違っていたかもしれない、流れの速度も少しは弱まったかもしれない、などと思ってしまいます。本当に凡庸な人間は、常に葛藤を抱えている。自らの凡庸さに耐えられない人間は葛藤を手放し「正義」に酔う(アイヒマンはなんだかんだいっても、ユダヤ人を追放することを「正義」と信じていたはずでしょうから)。前者は流れを止められない、後者は流れを作り出す。どちらも保身がらみの「凡庸な悪」ですが、個人的には後者に陥らないようにより注意したいです
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
結構もなにもへったくれもなく、このまとめはハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン 悪の凡庸さについての報告』についてのものでありまして。自分の意思で考えることも出来ずにただ他人に自分の身勝手な言い訳を認めてもらうことだけを願望し、「押し付けられた」とか被害妄想に陥ってる時点でアイヒマン予備軍になるんじゃないですか?RT @ko_zan「恐怖の体制に屈しない個々人の良心」の話を強くご主張されるのは結構なんですが、「こうあるべき。こうあらざる人間は糾弾されて然るべく」と凄まれること(押し付け)が昨今の
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@khk_u 組織や体制の中でないと生存が困難であるのは、こと現代では確かですから、そこで「踏み越えてはならない一線」にどこで気づけるのか、気づいたときに何が出来るかの問題が結局のところ問われるわけで、そこを忘れてしまった瞬間に「悪の凡庸さ」に呑まれてしまう、加担してしまうのでしょう。「そこから生じる葛藤は自ら捨て去り」っていうところがいちばん怖いんですよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月5日
@khk_u (続き)つまり実は自分がその葛藤のなかに常にいるのだという自覚を持てるかどうかの問題に帰結するとも思えるんですよ。そこを忘れて「正義」に陶酔する方が絶対に楽だとしても。言い換えればkhkさんのように葛藤を自覚している人間は、そう簡単にそっちに流れてしまう危険は少ないのではないでしょうか?
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くまこ @kumacot 2012年3月5日
ひとつだけ返信。しかしその時のその態様で非道徳なコミュニティがある時に、個人がコミュニティを即時的秩序的に変更することなど絶対にできないのですよ。絶対にできない。>コミュニティを作るのも見る(監視)のも個人です。
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くまこ @kumacot 2012年3月5日
かくして「綺麗事」による断罪は現実的ではないと帰着します。
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K&U @khk_u 2012年3月5日
@toshi_fujiwara 簡単にそっちに流れないけれど、流れを変えることもできないんですよね。「日和見」的にもなりますし。なのでナチスや戦中日本を考える時「そういう流れになったらおしまい。自分には太刀打ちできない」という恐怖感がすごくあるんですが、戦後民主主義がまさにその恐怖を感じて、そうした国になる可能性を60年かけて潰してきた結果、現代のような日本になり、再びファシズムを待ち望む空気ができつつあるような気がして、なかなかうまい逃げ道はないものなのかな~なんて思ったり。
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箸呂院マジチキ@note @kairidei 2012年3月5日
罪を憎んで人を憎まず。「人を憎んではならない」という意味なら肯けない。人を憎むのは自然な感情だ。感情をなくすことは人間として恥ずべきことだ。憎しみは、悲しみから立ち直りよりよく生きるための原動力になる。ただし罪をより憎む。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月5日
純文学の卑劣漢がこうやって日本をナチスにしようとするのを見る度に、それは違うと声を上げるしかないんじゃないかな。kumacotik だから綺麗事の話しじゃねーって言ってるやん(笑)なんでそう綺麗事の話にして自分の中に有る卑劣愚劣を正当化しようとするかなー。純文学はそうだけど、だからちゃんと売れてない。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@khk_u 気持ちはよく分かります。この世紀になってから、戦中生まれの大先輩(黒木和雄とか)にも、靖国神社に集う特攻隊や硫黄島の生き残りのじい様にも、「今の日本は僕らが子供/若かったときとどんどんそっくりになってるから気をつけろよ」と言われて、最初はよく分からなかったけどここ数年はひしひしとそれ、感じます。そのなかで自分が出来るのは、徹底的に天の邪鬼であることくらいかも知れません…。
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nos @unspiritualized 2012年3月6日
この論のもうひとつのポイントは、「正しさ」を押し付けるヤツらって嫌だよね、という形で、あらかじめいっさいの批判を禁じていること。異を唱えるヤツらは息苦しい!肌感覚がないよね〜と。恐るべきことに、こうして高橋氏たちは絶対的な「正しさ」に立つのだ。
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nos @unspiritualized 2012年3月6日
@toshi_fujiwara >「殺されてたまるか」と「ちょっとでも自分批判されるのはイヤです」が一緒になるってどういうことなんだ そう、この圧倒的な非対称。ここでは、アウシュビッツも南京虐殺もフクシマも、高橋氏の感覚より下に置かれてしまう。
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未定 @B612_r30 2012年3月6日
@toshi_fujiwara さんと@ko_zan さんの論争を読んで考察が深まりました。高橋氏はいくつかのレイヤーをごっちゃにしていて、アーレントの発言を狭く捉えてしまっている、というかそういう理解しかしてないですね。私自身は、架空のAVよりNHKの「家族に乾杯」で鶴瓶を見てる方がよほど悪人正機を感じます。
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nos @unspiritualized 2012年3月6日
そうしていっさいの(決定的な)差異が、親鸞さんのイイ言葉でまるっとおさめられるという、まったき日本的なヌルさ。しかし、いま必要なのは、敗戦後の教師たちが自分たちの間違いに気付いたように、原発を生み出した僕ら無数のアイヒマンたる自覚だろう。「正しさ」に耐え向き合う勇気だろう。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@unspiritualized そう、そこで自分が無批判で居られる立場をなんとか確保したい動機が透けて見えるのも嫌らしいんだけど、それ以前に「ちょっと待てよ。アイヒマンは一つの例/象徴だけど、あまたのアイヒマン/凡庸な悪」がいた結果、600万人からのユダヤ人がなんら正当な理由もなく殺されたことはどうするんだ」ってことですよね。挙げ句に「100万人殺せば統計」とか言われたら、それはさすがにふざけんな、と思いますよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@unspiritualized そう、生み出したかどうかはともかく、原発が作られたのは「私たち」の電気という便宜のためであり、私たちがその電気を使って来た以上、それを止めるのだって「私たち」が積極的になにかやるべきことがあるわけで、ユダヤ人600万ではないにせよ、「東電が政府が勝手にやったんだ」って結局はアイヒマンの理屈なんですよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@alimaxo 高橋さんのリアクションは、たとえば欧米なら60年代70年代の若者の政治運動に決定的な影響を与えたアーレントのこの本が、なぜか日本の「全共闘」(僕から見ればなんちゃって左翼)には無視されたのかの理由を端的に示してしまってる面があると思います。全共闘も高橋さんも、自分達もまたその支配体制の一部であり恩恵も受けているという問題は徹底的にスルー使用としている。「自分が問われる」ことからは必死で逃げようとしている。そここそがアーレントによるアイヒマン裁判分析の肝要だというのに。
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未定 @B612_r30 2012年3月6日
@toshi_fujiwara なるほど、いろんなことがつながって理解できます。造反有理とか一点突破とか、まさに「スルー使用」なんですね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@alimaxo そう、まさに「自分のことはスルーして使用する便利な他人を責める道具」としてしか使用してない。高橋さんのこのまとめは、アーレントが「自分自身も含めて悪の凡庸さ」の一部になり得ることを徹底して無視してるから、ユダヤ評議会問題への言及もここまで壮大に誤読できるのではないかと思います。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
返信:なんでそれが「自分の中に有る卑劣愚劣を正当化しようとする」になるんだか僕には全くわからない。正当化という言葉の意味が、アナログ量的にはまったくわからない。デジタル量的には卑劣愚劣を完全排除せよということなら、それは無理だもの。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
卑劣愚劣を自己批判せよ、というのは一見正しいようでいて、そこに愚劣卑劣がありそれが行動化することにおいて、結果になにも違いはないのよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
まあたぶん勘違いと決めつけでなじられてるんだろう僕は。正当化とかアホかと。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
アイヒマンが私はアイヒマンだと言い出してる。その事は否定してないってば(笑)。それを正当化と言ったのは、君が理解を示さないから、何故君は理解できないのかと言えば、君はアイヒマンで有る自身を愛してしまってるから。だからアホと言って否定する事しかできない。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
後、コミュニティが暴走した時に個人では絶対に止められないと言うが、実はこの世の中、みんなが止めまくってる。だからヒットラーが特異な事例として歴史に名を刻んでいる。止められないと口にした瞬間止められなくなって行くもんだ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
なので、高橋のこの言動に強烈にむかつきを覚える。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
だから「自身を愛してしまってるから」とか気持ち悪い創作やめなさいってば。僕にはコメント欄の中であなたが一番思慮浅く見えているから、それでもいいですけどw
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
アイヒマンとアーレントに何も違いはないのだ。根本的には。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
アイヒマンになってしまうことを回避するのは極めて難しいけども、アーレントにならないように済ませるのは簡単なはず。しかしその上で、アーレントになりたくてアイヒマンを無理やり探すことほど愚かなことはないのではないかな。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
アイヒマンにならなければ、アーレントにならずにすむYO!アーレントは必要無かったんだYO!でも歴史はアーレントを必要としたんだぉ、だってアイヒマンがいたから。だから高橋は酷いんだよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
だめだこりゃ。「誰でもアイヒマンになりうることについてどう思うか」という議論を主にしてるのに。だからSF_yomiさんは弄ってもらえないんだよ。浅いんだよ。呆れた。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
いや、君が浅いんだよ。君の浅さにびっくりしてるんだよ。弄って貰いたい訳じゃない。君と高橋の愚かさを読む人が了解すればそれで良い。アイヒマンになりうる事についての対処は一番始めに書いてるもん。それでもまだそこに居続ける君はアイヒマンだね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
アイヒマンがアイヒマンをしでかしたら、それはもう許されない事なんだけど、アイヒマンの運命をなぞりたいのかなぁ? そういう人生って悲しくねぇ? 僕なんか、アイヒマンになるのは恐怖なんだけど、その恐怖って持ってない人なの?高橋は持ってないよね。純文学だから。それは分る。だから純文学は嫌いだと叫ぶんだ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
最初に書いたって、それに対するko_zanさんの指摘に答えられてないじゃん。「アイヒマンにならないようにし、他人がアイヒマンになったら止めるのが、アイヒマンの教訓だろって話。」でああこいつは浅いと僕は認定してますけど。社会経験浅いんじゃないの?
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
kumacotik 流される自分を許して欲しいとか、何度言われてもアイヒマンはやっちゃ駄目としか返せないって。アイヒマンだぞ? 東電の原発事故だぞ、テヘペロで済む話しじゃないんだってばさ。まだ許してくれって言うの?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
僕は「非道徳なコミュニティ」という言葉を使った。たとえば自民党政権が長く続いたことも非道徳かもしれないし、それをひっくり返して民主党で政権交代をしたことも非道徳かもしれない。それはまだまだ後々になってみなきゃわからない。非道徳であることはその時点でわからないことが往々にしてある。そこに加担することをどうやって回避できるのか。あなたは「コミュニティの暴走」なんて言葉にそれをすり替えたが、そんな判りやすいわけがない。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
「流される自分を許して欲しい」って、そんなことは言ってないしあんたが決めつけているだけだ。それにあとあとまで流されたことにはそうそう気がつけないんだよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
それに今あんたはアイヒマンになってるんだが? 自覚ないだろ?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
僕が相手すればあなたは食って掛かってくるだろう。それはあなたがアーレント気取りのアイヒマンだからだよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik さすがに一民族を「悪」と決めつけて皆殺しにするのが「最終的解決策」だなんてのは、「非道徳であることはその時点でわからないことが往々にしてある」とは言えない話でしょう?で、そうやってある民族に所属するというだけで皆殺しにされることの恐怖、苦しみ、悲しみと、自分たちが不道徳である可能性を指摘されることを同列に論じようとするのは、どっかで頭のタガが外れてるんじゃないかって話になりますよね、どうしたって。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
まさか、僕が最初に書いたコメントで、僕が何か実生活上でアイヒマン的な立場にあってそれに許しを請うていると思ってるの? それはちょっと読解力を疑うよ。「誰だって気づかずにアイヒマンになりうる」という思いからあれを書いただけだ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
これは大きな間違い。自分が愚劣卑劣であることに気づけば、人間ならそれを改めようとする、少なくとも愚劣卑劣な行動に走らないように自省するでしょう?RT @kumacotik そこに愚劣卑劣がありそれが行動化することにおいて、結果になにも違いはないのよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
もちろん、レベルが違いすぎるだろ一緒にするなというのもわかりますよ。徐々に時間を掛けて思想的に麻痺していった結果そのような異常を受け入れ得ることは、僕は僕自身に照らしてもありうるのではないかなと思います。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
このまとめとコメント欄でもうひとついささか気持ち悪いのは「罪を憎んで人を憎まず」と言えるのは罪を犯した側/犯す可能性がある側ではなく、その罪の結果被害を受けた側だけであるっていう基本がなぜか抜け落ちているところでは、ある。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
自分が愚劣卑劣であることに気づけば、ですよね。気づいてなお葛藤の中にいてどう行動するかというとこまで行って、なおおこなってしまったことと、気付きもせずおこなったことと、行われたことと結果責任はコミュニティ側から見れば変わらないということしか言ってません。行為者の内面的にはもちろん違いますよ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
「自分が愚劣卑劣であることに気づけば、ですよね。」だから気付く為に学ぶんじゃん。って最初に書いた。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
ということは、気づかなかったら負けじゃん。神の視点で事後的に全体俯瞰的に「こんなこと気付けるじゃん」って言ってるわけでしょ。「個人」がリアルタイムでその視点を獲得することは難しいですよ。気づかなかったら、負け。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik だから「気付け」って言ってるのがアーレントであって、それを「アイヒマンと同じだ」って理屈は流石に理解不能ですよ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
だから、勝てとは言わないけどもさ。負けを求める、積極的に負けようとする、負けても良い、負けを選らぶ俺を許せっていう高橋が卑劣が愚昧だと言う話。しかも高橋はアイヒマンを出してる、って事はアイヒマンの問題だと気付いていながらに、このマトメみたいな事を言ってる。純文学は本当に卑劣だなって。って事は何度も書いてる。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
気づけと言ってるのは事後的にですよね。 本編の「正しさ」④におけるアーレントは僕には既にアイヒマンと同じに思えます。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
そこはもう僕との議論の外だけど、「負けを求める、積極的に負けようとする、負けても良い、負けを選らぶ俺を許せっていう高橋」というのも誤読なんじゃないのかなー。僕には「負けてしまったもの」の話しかしてないように思えるんだけど。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
ちゃうねんって。自分の決断や行為がアイヒマンかどうか、一々確認してからやろうよって事よ。すげー頑だよね、こういう人がいるから、仕事で死ぬ人がでてきちゃうんやろうな。死ぬとは思わんかった、言ってくれればとか言えちゃうんやろうな。。。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
今たぶん、原発事故起こした東電とかおかしな会計やってたゼロックスとかの他にも、問題露見してないいろんな企業にいろんなアイヒマンは居るんですよ。そこに誰か、事前的に気づけと言いに行くアーレントは居るのか。事後的に責めて鬱憤晴らすだけじゃないのか。そんなことを考えます。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
またわけわかんない決めつけするねw そこまでやってなお「意識出来なかった非道徳さ」に負けるんだと思うんだけどね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
「訳を知りたくない」を、「訳が分らないで」言い換えても、成長できんよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
「アイヒマンにならないようにしよう」なんて、そりゃそうだよ。そんなのアホなほど自明なことだよ。ピュア過ぎるよ。その上でもやはり結果として不道徳なコミュニティに押し付けられる役割としてのアイヒマンになってしまうことを回避するのは極めて難しいという話しかしてないよ僕は。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
だから極めて難しいと言うから組織がナチス化して極めて難しくなるんだって、それを許せという高橋を許せないって話だって。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
決めつけるなと言うけども、何度も同じ事言わされる身にもなってよ、抗う事を難しくしてるのはアイヒマンが居るからなんだって。だから難しくなるんだってばさぁ。アイヒマンは結果じゃなくて原因なんだよ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月6日
無自覚なアイヒマンがいるから、アイヒマンが産まれる、その上自覚的にアイヒマンを保護しようとする高橋みたいな卑劣漢までいる。だからアイヒマンが産まれてしまう。アイヒマンを生んでおいてアイヒマンは生れるとか言われても、あんた馬鹿ぁ?としか言えんってね。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
あなたのいうことを別に僕は否定してないでしょ?浅いと言ってるだけで。あなたの言ってることを踏まえた上で、それでもアイヒマンは出るし、軽症のアイヒマンならそこら中にいるんだよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
「極めて難しいと言うから組織がナチス化して極めて難しくなるんだって」っていうのも、違うよ。組織が極めて軽症のナチス化することが先にあって、それが難しさを作るんだって、それが劇症化していって「極めて難しく」なるんだよ。コミュニティの非道徳化の方が先に始まるんだよ。順番が逆だよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
なんで非道徳が劇症化するかは、まともな人間から抜けて行ってしまうからというのもあるよ。アイヒマンしか残れないコミュニティになるんだよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik いいえ、事後的にではありません。すでにコメ欄でアーレントのこの本の重要な一節を引用していますが、「『最終的解決策』はあらゆる場所で起きた可能性があったのはその通りだ。だが実際には決してあらゆる場所で起ったわけではない。恐怖の体制の前に多くの人は従ってしまうが、あらゆる人が従うわけではない」。「そのことだけが、この惑星が人間の生存に適する場であり続けるための唯一の条件なのだ」。これ、明らかにそのリアルタイムの話です。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 僕からすればなんだかんだ言って生活と出世と人生がかかってたアイヒマンに対して、たかがネット上での議論のプライドしかかかってないところで必死の保身に走るあなたも、立派に軽症のアイヒマンどころか、より同情や理解に値しないように見えるのですけれど?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
それでいいんじゃないでしょうか、「同情や理解に値しない」で。そのようなものを求めてはいない。僕の言ったことを曲解すればそれは違うというけど、それが理解されるかどうかまで求めないですよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotikではつまりあなたこそ同情も弁解も余地なくアイヒマンそっくりか、もっと酷いってことでよろしいですか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
ちなみにこれは露骨な論点逸らしですね。「極めて難しいと言うから」が問題にされてるんですけど?別に難しくもないことなのにね。RT @kumacotik 「極めて難しいと言うから組織がナチス化して極めて難しくなるんだって」っていうのも、違うよ。組織が極めて軽症のナチス化することが先にあって、それが難しさを作るんだって、それが劇症化していって「極めて難しく」なるんだよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
よろしいですよ。僕はここまでのtoshi_fujiwaraさんのコメントにはほとんど全部首是しているんですけど、その上でもっと善悪曖昧なケースについて考えてます。それを元のナチスの話に当てはめるから誤読するんだろうけど。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 僕のコメントに「全部首是」といいながら出て来る結論が真逆ってなると、僕としてはえらく困ってしまうんですけれど…?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
だって真逆じゃないですもん。だから誤読なんですってば。どんな明快な善悪でも、ほとんど善悪の区別のつかないところから始まってそれが徐々に劇症化する結果最終的にそうなるのならば、劇症化するまでその中にいる人はアイヒマン候補であることに気がつけないでしょうと。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
私は絶対にアイヒマンにはならないという自負は大事だけども、それでもあるケースにおいてアイヒマンになってしまうのではないか、それを受け入れた時に自分は何を考えるのか、そういうレイヤーの話ですよ。それを、自分がそうなることを認めろとか許せとか言うわけ無いじゃないの。
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ほめぞう @homezou 2012年3月6日
これは真面目に議論している人たちに対して言ってはならないことだが…このまとめがもたらした結果としては、このコメント欄での長いやり取りからは何か手応えを感じることはない。これだけ難しい話をしているように見えても、復興をどうするか、とか震災をどう読みとくか、という話からはズレているように感じる(主旨が違うとしてもだ)。それを我が物顔で論争する人たちは自分が何を目指しているのか冷静になっているのだろうか。
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ほめぞう @homezou 2012年3月6日
昔からこういう流れはネットのあちこちで見てきた。だがその個人的な許容も限界だ。喧嘩がしたいやり取りをしているやつは議論とは言わん。その程度の人たちがここで難しい話なぞやって何ができる。言ってやる。他のまとめもこういう目で俺は見ているということをゆめゆめ忘れないでほしい。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あの…根本的に間違ってるのは、そもそも「ほとんど善悪の区別のつかないところから始まって」って、人種差別がよくないことであるのは極めて明快な話ですし、まして一民族を殲滅するなんて話に乗っかるのがよくないことは、さすがにこれほど明快な話もないってことなんですけど?それでもハマッてしまう人がいることは、さすがに倫理観の範疇では説明が出来ません。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あのぉ、「私は絶対にアイヒマンにはならないという自負」の話なんてしてないんですけど?まあ僕は天の邪鬼ですからそう簡単に大勢や体制に迎合することはしませんが、これは性格がひねくれてるからであって倫理観の問題ではないですよね?恐怖の体制に抗うことが出来るかどうかってのは、結局は自覚的な自己点検なしにはあり得ない話なんですが、どうも「自己批判」という観念が抜け落ちてる方に理解して頂くのはもの凄く難しいようですね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@homezou すみませんけど、アイヒマンが加担したいわゆる「ユダヤ人問題の最終的解決策」と「悪の凡庸さ」の問題が出て来てしまった時点で、「復興をどうするか、とか震災をどう読みとくか」だけで済む話には収まりません。人類が同じ人類に対して行った最悪の非人道行為のひとつが、なぜ起こりえたのかの問題なのですから。
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美貝 @michel118 2012年3月6日
>「民主主義」という新しい「正しさ」/「正しい」知識:二つの「正」の意味の違い。前者の「正しさ」は、ほぼ賭けでしょうね。後者は、「蓋然性」の相対的な優劣の判断にもとづく、ことになっている。「蓋然性」だから、やはり賭けの面は残るが、どのていどの曖昧さの場合、たとえば両論併記するか、みたいなことは、線引きの問題でしょう。
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美貝 @michel118 2012年3月6日
>ぼくたちの間を分断しようとするもの、それがどのようなものであれ、それが「正しい」とは思えないのだ:生死で分断する死刑制度はもちろん、刑務所の壁での分断も、「正しい」とは思えない、ということになるんだろか。
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美貝 @michel118 2012年3月6日
「傘がない」とぼやくだけでなく、デートにさえいけること。たとえばホロコースト加担の総体の質的・量的な差異を厳密に見極め、場合によっては、どこかで線を引くこと(を言動を通して支持すること)。これ両立しないことなんだろか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
これも根本的な勘違いですね。「劇症化」したらもはや自分が間違っているとは絶対に認められない以上、ついて行くしかなくなるんですけど?まさにアイヒマンがその典型なわけで、本人がその主旨証言してますよ。RT @kumacotik 劇症化するまでその中にいる人はアイヒマン候補であることに気がつけないでしょうと。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
そうですよ。それがなんで反論になるのかよくわからないけど、僕もそう考えているし、なんで僕が自己批判しない人間にされてるのかも全くわかりません。為にするディベートとかバカみたいだ。一点だけ反論しますけど、七十年とか百年とか前に「人種差別がよくないことであるのは極めて明快な話」はなりたたないでしょ。あんなに公然と人種差別がそこらじゅうで行われてた時代に。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あるいは、カーティス・ルメイ将軍は東京大空襲や原爆投下を「戦争犯罪だ」と認識してたそうです。「この戦争に負けたら、我々は戦争犯罪人として裁かれても文句は言えない」。つまりあなたのいう「劇症化」に達したら、それこそもはや分かっていたって抜けられない世界ですよね。これが我々の生きている世界の現実ですよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あのぉ…「七十年とか百年とか前に「人種差別がよくないことであるのは極めて明快な話」はなりたちますよ。70年前には人種差別撤廃条約もヴェルサイユ条約の枠内で議論されてますし、アメリカの南北戦争だって150年前だし、新約聖書ですでに悪いことだと明確に書かれているんですけど。遡れば幾らだって出て来ます。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik まして殺生自体が禁じられている仏教は極端としても、殺人が罪であることは人類が文明と称するものを構築したのとほぼ同じくらい長い歴史があることです。それも一民族を丸ごと殲滅するって、何人殺すことになるんでしょう?良心や倫理の問題で「悪いこと」であるのは自明ですよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik しかもこれは心理学の研究ですでに明らかになってることですけど、「同じ人間を殺すこと」に人間は本能的に躊躇するものです。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
その通りですね。でも戦争は行われてたし、戦闘行為という人殺しも行われてたし、人種差別も行われていたし、世界が軽症のアイヒマンにまみれている限り明快な話ではないと思われますけどね。為にするディベートとかほんとバカみたいだ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
ちなみに論より証拠で、http://youtu.be/Fv6xbeVozhU アイヒマン裁判の映像(第一回公判)。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik ちっとも為にするディベートでも何でもないんですが、さっきもこれ引用しましたよね?→「『最終的解決策』はあらゆる場所で起きた可能性があったのはその通りだ。だが実際には決してあらゆる場所で起ったわけではない。恐怖の体制の前に多くの人は従ってしまうが、あらゆる人が従うわけではない」。「そのことだけが、この惑星が人間の生存に適する場であり続けるための唯一の条件なのだ」。なぜスルーするんでしょうか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik もしかして軽症だろうが重症だろうが「悪の凡庸さ」という問題が指摘されていることを必死でスルーしたいんですか?問題はあなた自身も含めて一人一人の人間が果たして「恐怖の体制の前に多くの人は従ってしまう」その大勢の一人になってしまうのか、「この惑星が人間の生存に適する場であり続けるための唯一の条件」を守ろうとするものになるのかなんですが、やはり「自己批判」ということの意味が分からないのでしょうか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
結局、「みんながやってるんだから俺がやったって悪くないじゃん」というどうしようもないヌルさに耽溺して、他人をそこに巻き込みたいだけじゃん。「正しさ」の問題って、個々人が自分で自分自身の良心と直面することにしか行き着かないんだけど、それを「みんなが」に逃げてどうするんだ?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
だから気づかなかったとしたらあなたもまた「負ける」わけですよ。なに、「負けた」と言われたら「ユダヤ人は劣等民族だから皆殺し」と宣告されたかのように「ナチだナチだ」って騒ぐんですか?そりゃまたどういう神経だっていう。RT @kumacotik ということは、気づかなかったら負けじゃん。神の視点で事後的に全体俯瞰的に「こんなこと気付けるじゃん」って言ってるわけでしょ。「個人」がリアルタイムでその視点を獲得することは難しいですよ。気づかなかったら、負け。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
スルーしてないですよ。その通りだと思うところに反論はしない。軽症だから居ていいなんて話もしていない。僕はあなたの論となにも考えが変わらないので、あなたが拳の振り上げ方を間違っているだけ。その上で「現在の軽度な区別のつきにくい善悪」のなかにいる自分のことを考えている。高橋も現在状況の話をしていて、当時のアイヒマンを赦せなんて話はしてないと思いますけど。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
↑要するにこのまとめに含まれる欺瞞ってこういうことなんですよ↑。そこに気付かない無神経が既に凄まじ過ぎる…。自らの行動に自ら責任を持つということが常に必死でスルーされ、責任を自覚する気もないのに「僕悪くないもん」とだけは必死で言いたい。んでもって行き着く所は「○○ちゃんだってやってるじゃんか」と幼稚園児でも呆れる論理…。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
ナチの話なんか僕はしてなかったんですよ。そこは一旦自明として、現在の自分の周囲の話しかしてない。僕が一旦自明としていることの自明性について今議論をふっかけられている。そうですねとしか言いようがない。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あのお、スルーしてないとしたら「気づかなかったら負け」であなたは「負け」でおしまいになるってところで、お話終わってるんですけど、ではそれでいいですね。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
(部落解放同盟の糾弾会ってこんなんだったのかなあ…。)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
いいえ、全然違いますから、もう一回読み直してみて下さい。RT @kumacotik 僕はあなたの論となにも考えが変わらないので
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
ええ、負けたらおしまいになる、だから負けておしまいにならないようにどうするか、そうじゃないんですか。だから気づきにくいほどの軽度な善悪状況を想定した話をしてた。それはナチの話ではない。もちろん。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
ほら、結局は「自分が責められるかどうか」で、それを回避したいだけじゃないですか(苦笑)。RT @kumacotik (部落解放同盟の糾弾会ってこんなんだったのかなあ…。)
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
もう一回読みなおしてくださいはそのままお返しします。レイヤーの違う話をしてたんだから。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あのぉ、「でも戦争は行われてたし、戦闘行為という人殺しも行われてたし、人種差別も行われていたし、世界が軽症のアイヒマンにまみれている限り明快な話ではない」とかついさっき書いたのは、あなたなのですが。気がつかないのは「軽微」だからではないですよ、どう考えたって。むしろあなたのいう「劇症」になればなるほど、絶対に気がつきたくなくなるわけですよ(って何度言わせるんだろう?)。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
回避したいだけなら書くのをやめるだけだから。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik ちっともレイヤーの違う話じゃないよね→「でも戦争は行われてたし、戦闘行為という人殺しも行われてたし、人種差別も行われていたし、世界が軽症のアイヒマンにまみれている限り明快な話ではない」「「 七十年とか百年とか前に「人種差別がよくないことであるのは極めて明快な話」はなりたたない」、
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 単なる保身の意地でしょう。まさにアイヒマン的な現象。だからまず『イェルサレムのアイヒマン』とか読んでみては如何でしょうか?あなたの言う「レイヤーが違う」は、どっちかと言えば中途半端な知ったかぶりで論じた気分になってることの問題ではありませんか?あと裁判映像へのリンクも貼っておきましたんで、参考まで。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
書けばなにか返してくれるじゃないですか。それでコメント欄が埋まるのは私物化がすぎるなとは思うけど。どしてもナチの話に戻したいようだったので「七十年百年」はそこに合わせただけですよ。法的に明快にしてもコミュニティがそれをきちんと受け入れてないこともあることを明快とは考えにくいと言ったまでで。みんな黄色信号で交差点に侵入するし。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 「法的に明快にしても」って…あの…なんでそこで他者の決めた権威に頼るわけ?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
他者が権威的に決めた善悪ってあると思いますけど。人を殺してはいけないとかの絶対的な善悪からいちばん遠い所で。(なんで「権威に頼る」と思われるのかも全くわからないですけど。)
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
コメント欄NaGeeeeeeeeeYO! 一応ながら全部目を通しながら途中でWhile文による条件ループが二重入れ子になった上に無限ループを起こしてるのを見たような気分になったり、 藤原監督がちょくちょく出す過去事例に鑑みる悪におけるアイヒマンが現代世界の中の日本社会にいる自分、の中に居る可能性があるとしたら何か、等々を読みながら途中途中で考えながらきたのでもうすでに今日仕事できないぐらいグッタリですよ
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
「恐怖の体制の前に多くの人は従ってしまうが、あらゆる人が従うわけではない」と何度引用すればいいんでしょうか?はい堂々巡り→RT @kumacotik 他者が権威的に決めた善悪ってあると思いますけど。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
そうしてここに出てくるそれぞれの人の意見すべてに、その言葉が出てくるに至る考えの重ね方に想像を巡らし、翻ってはその批判するものに似たものが読み手である己自身の中にはないか、あるとすればどういう形で存在してるか。なんて事まで考え出しちゃって、まあ気づいた事→やばい適当に切り上げないと鬱で死ねる
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kon_beef お疲れさんです。「過去事例に鑑みる悪におけるアイヒマンが現代世界の中の日本社会にいる自分、の中に居る可能性がある」ことに気づいて、自分の良心に鑑みてちゃんと自分でチェックしましょう、ってところで話が終わってるんですが、どうも「自分の良心に鑑みてちゃんと自分でチェック」は絶対にしたくない、「ボク絶対に悪くないもん」な人がけっこういるみたいですね。そんな人に「賛成してるんですが」と言われても困るんだけどなぁ。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
この鬱で死にたくなるのは、自分は弱い人間だから悪に加担してしまう事もあるからそういう仕組みは人間誰しもあるよね人間そういうものだってわかってくれないとって話な訳でそういう意見を持ってる俺ちゃんを目くじら立てて攻めるやつこそアイヒマンだよね(←という予防線の張り方で結局は非難されるのを回避したい願望を振りかざしてるだけ)←っていうモノがあったからこそ途中で「親鸞は〜」っていう方向に流れたのだろうとは思う。しかしそれまでも批判して自己批判も繰り返して重ねて行くと、鬱ってしまう自分
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
たとえば身近な例なら、学校現場における「いじめ」を例にすれば分かり易いんだけどね。「○○ちゃんがいじめられてることに気がつきませんでした」と言っていればシカトしても許されるなら、恣意的に「気がつかないこと」にしてる方が楽だよね。見て見ぬフリってのも既に立派な、いじめへの加担行為になることは、さんざん言われてますよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
最近身近な原発事故問題についていえば、電気を使って来た人間が「いや安全神話に騙されてたんです知らなかった電気は選べない」と言い訳を連ね、なんとか電気を使って来た責任をチャラにするために「東電は巨悪だ」、挙げ句に反ユダヤ主義者の広瀬隆に同調なんてしちゃったら…って話もある。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
結局、鬱りすぎると何もできなくなってしまうという理由をつけて自分は切り上げてしまいましたが、だからといってこのコメント欄の遣り取りが無駄だとは私は思いません。多くの人にとっては考える事が大事、というのは月並な結論ですが、言葉に変えてみる時点でこそ考えが価値を増す事は大いにあると思うし、対立し叩かれるのも痛みはキツいですが他人を知り自分を知る機会と思えば、価値はあると思えます
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
だからその「ボク絶対に悪くないもん」認定がおかしいんだってばw むしろ「僕はある時きっと絶対に悪い」からスタートしてるのに。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
僕はもうこの議論は、ループが続く現象にこそ意味があると思って続けてるんですよ。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
でもこんなえらそーな事考えながらも今日も明日も途上国の労働力を搾取した輸入品や天然資源を枯渇に追いやり自然サイクルに不可逆的な影響を与えつつ生み出されるエネルギーを使って生きてウンコをしてはトイレットペーパーを贅沢に使ってケツを拭く暮らしを続ける私です。ああ、鬱こわい鬱こわい
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
こういう「悪」の話は常に考えてるフリして、本気で考えるのは時々にしときます。もっとも全然私はテーマに沿った事をこのコメント欄で発言していないのですが、またそれは思った時に書こう。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
そうです、自分の良心に鑑みてちゃんと自分でチェックしましょう、ってところで話が一旦終わってるんです。その先の話としてその上でのそれでも「僕はある時きっと絶対に悪い」を回避できないかもしれないことを考えている。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
kon_beefさんには僕の話をわかってもらえている気がします。勝手に認定してすみませんけれども。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik あなたがそう言ってるのは単に「傲慢だナチだ」と批判されるんじゃないかと思って謙虚ぶってるだけでしょうにwww。で、「回避できないかも知れない」のならあなたはアイヒマンと同様になっておしまいでしょう。なんとしても回避するために「自分の良心に鑑みてちゃんと自分でチェックしましょう」を徹底するしかないのにね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
そんなエゴにつき合わされるのは迷惑なんですけどね。まあループにしないとやってられない「恐怖の体制」の中にあなたがいることは分かりましたが。RT @kumacotik 僕はもうこの議論は、ループが続く現象にこそ意味があると思って続けてるんですよ。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
ループはどこでループしてるのか分析できるのなら分析しないと。と思ったので私ちょいとここ100件ぐらいのコメント読み直してこようかな。うまく表現できないもんかな、、語弊がある書き方しちゃうとまたループしそうだしなあ
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
なんでそこにwwwを付ける必要あるんだかわからん。自分の中の悪と刮目するうえで、そんな判りやすい悪を僕は設定していないというだけなのに。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
このループは、アキレスが亀に追いつく時間までを無限分割しているような話だと思いますけどね。方向一緒なんですよ。
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kon-beef @kon_beef 2012年3月6日
@kumacotik 私も少なくともネット上ではひねくれた考えするので、すぐに敵味方に分けようとする人には距離とりますよ。あなた風に言えば、私はこの議論においては誰の考えが一番正しいとも思わない事にこそ意味があると思います。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
同意します。そこに「あなた風」とつけてくださったことは、素直に嬉しい。
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美貝 @michel118 2012年3月6日
「正しさ」⑪に関して:無理矢理にでなく、事実上「迫られている」と個人的に気になっている問題は、たとえば、あの線量の地域から子どもたちを避難させないでおくのは「正しい」か、という問い。どの線量で区切るかも決めがたい等と、現状を事実上「追認」してきたのは事実。この「責任」はのちのち問われるかもしれないと思う。
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美貝 @michel118 2012年3月6日
今の線引きが「正しい」という理由で現状肯定・追認しているのとは違う。が、のちのち、結果が(相対的に)明らかになってきた時点で、あの時もっと知って・調べて、現状に対してはっきり否というべきだった、その方向に「行動」すべきだった、と批判されたら、まずは、ごめんなさい、としかいえないかな。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik ちっとも方向一緒じゃないですよ。あなたは必死で「悪」を避けたいと思いつつ「悪の見分けがつかない」と嘆いているだけ。僕は良心に従って行動するしかない、って話をしてるんですから。つまり例えばマキシミリアン・コルベのような行動が取れればいいなと思いつつも、そういう立派な人になるよう努力するしかないわけですから。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
良心に従って行動する上で、良心の絶対性を疑っちゃまずいんですか?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 「良心の絶対性」ってなんですか?人間がやってることである以上そんなことはあり得ないし、まして僕は残念ながらマキシミリアン・コルベのような行動はなかなかとれないと思いますけど?もう敬服する他ないけど、あんな勇気ある自己犠牲は、僕には無理でしょうね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik ちなみにマキシミリアン・コルベがなにをやったかはWikiでも調べてね。果たして彼の「正しい行い」が実際に意味があったかどうかは分かりませんが(でもないか、代わりに救われた人はけっこう長寿だったそうだし)、さすがにあの行いは誰も傷つけないと思いますけどね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik ちなみにナチスに反抗するからみの話で言えば、「正義が『悪』にも転化しうる」的な例としておなじみなのは、ナチスが人質を取って、要人とかが暗殺されると犯人が自首しない限り人質を惨殺してたことでしょう。確かにこれは、極めて困難な倫理的課題を突きつけられる話でしょう。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
事後報告、上で論争もどきになってた@ko_zan氏は、実は「悪の凡庸さ」の意味が分からず知ったかぶりをしていただけと判明…。なんちゅう時間の浪費なんだか、アホくさ…。アイヒマンがなぜ「悪の凡庸さ」となるかと言えば「私は優秀な官僚として忠実に命令を実行した歯車に過ぎず、責任は上司とシステムにあって私にはない」という弁論を展開したことなんですよね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
もしかしてそこ分かってないでこのコメ欄参加してる人、けっこう多いんじゃないか…。まさに平凡なお役人が、優秀な優等生だったが故に大量虐殺者になった、ってことなんですけどね…。で、「私が判断したことじゃないから私の責任ではなく、私は悪くない。優秀だっただけだ」っていう。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
…っていうところで、現代の日本社会に通じるところがあるのではないか、っていう問題が浮かび上がるんだけどね。
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
またwhileループか。そこの現代日本社会に通じるところのお話が聞きたいですけどね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik 自分の判断で「正しいかどうか」を考えずに、ただ周囲に合わせてたとえば「批判されないで済む私」の立場であるとかしか考えられない人が多いことに決まってるじゃん。あなたも「事後」とか言ってたからもしかして勘違いしてたのかも知れないけど、アイヒマンにしても当時の大多数のドイツ人にしても、ユダヤ人虐殺を「正しい」なんて思っちゃいなかったのよ。「事前」にも「リアルタイム」にも「悪」だとは分かってたのよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kumacotik …っていうか、鈍感過ぎてほとんど呆れるんだが…「平凡なお役人が、優秀な優等生だったが故に」って、まさに現代日本に共通する問題に決まってるじゃんかっていう。差別問題にしたって、在日とか外国人とかいわゆる部落民を差別するのは間違いだって分かってても、差別はなくならないよね?これは「正しさ」だの「事後」だのの問題ですか?
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くまこ @kumacot 2012年3月6日
いやもう仰りたいことをおっしゃって頂くだけなので、僕が鈍感だろうがなんだろうが関係無いでしょう。どうぞお続けください。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
乱暴に要約すると、「悪の凡庸さ」には社畜化する心理も含まれる ってことでいいのかな。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
(私、アーレントの本は読んでないんですが)「最終的解決」という言葉にも、欺瞞があるというのは大昔から指摘されてますね。「殺」という直接的な言葉を使わないことで事実から目を背けている。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
あと、有名な話では、射殺ではアインザッツグルッペンの士気が下がりっぱなしで困り果てたので、ガス室(犠牲者の目を見ずに殺せる)が開発されたと。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
厳しい事実を直視したくない弱さは、人間なら多かれ少なかれもっているものなので、よほど自覚的にならないと、流されてしまいますよねえ。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
フリッツ・ラングの「死刑執行人もまた死す」がそうでしたね。銃殺される人質の教授の遺言が非常に印象的だった。 RT @toshi_fujiwara ナチスが人質を取って、要人とかが暗殺されると犯人が自首しない限り人質を惨殺してたことでしょう。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
電気に関して言えば、東京で普通に暮らし原発立地に思いを致す機会もなく、今回の事故で「そうだったのか」と初めて気付いた人が、日々使う電気のこと、なぜ地方にだけ原発があるのか、当事者として振り返れるかって事じゃないかと思う。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月6日
当事者意識が欠落していれば、そりゃあ、人は無責任になりますからねえ。「決めたのは自分じゃない」確かにそうだよ。でも、それは免罪符なのかよ?ってことかな。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月6日
@kono_chiha …っていうか、アイヒマンってナチス政権の優秀な社畜だっただけですから。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
はい、ナチス政権の公的文書だけ見れば、「文書の証拠がないから南京事件も慰安婦問題もなかった」ネタと同じことが成立します(当然そうします)。RT @kono_chiha 「最終的解決」という言葉にも、欺瞞があるというのは大昔から指摘されてますね。「殺」という直接的な言葉を使わないことで事実から目を背けている。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
原発事故とアイヒマン裁判を比較するなら、それが結論ですよね。「知らなかった安全神話に騙された」が通用するか?しません。知ろうとすらしなかったから免罪符、ってのはない。RT @kono_chiha「決めたのは自分じゃない」確かにそうだよ。でも、それは免罪符なのかよ?ってことかな。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 答えられなくなるとそうやって自分の下らんプライドの維持に走るわけですね。では繰り返します。在日とか外国人とかいわゆる部落民を差別するのは間違いだって分かってても、差別はなくならないよね?これは「正しさ」だの「事後」だのの問題ですか?明らかに違いますよね。みんな「そういう差別は悪いことだ」とは分かっていますよね?でもやってますよね?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kono_chiha あれはブレヒトがずいぶん異化効果狙った脚本で写実的・表面的なリアリズムはぎ取ってますけど、実話ですから。そして同じことはナチス占領下の多くの場所で行われてましたから。「何が正義か」でその問題を出して来るならまだ分かるんだが…
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
…ってなわけで、恐ろしく平和ボケで見て見ぬフリが蔓延する中、ただ自分が間違ってるかも知れない、批判されるかも知れないってことだけを恐れて「ナチス並みの断罪だ」とか言ってみたり言い訳ばかり考えている、よく考えれば考えるほど…なんちゅーか身勝手な話ですよ。それもまた「悪の凡庸さ」かも知れないとくらいは言いたくなって来ます。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
…でもって自分の立場が倫理的に不利になりそうだったら「分断だ」とかって、その自己中心的な保身(それもただ「批判されたら息苦しいからヤダ」って)だけにすがる自分こそがまず分断を作り出してることに気づいて欲しいもんだなぁ、とマジで思うわ。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
「下らんプライドの維持に走る」というロールプレイに僕が徹すれば、これはエンドレスに続くわけでしょう? どうぞお続けください。読んでますから。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
(差別がなくならないのは、差別はいけないというばかりで、本質的に何が差別かわかってないからだよなあ。)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik はいまたおなじみの、なぜか個々人の良心と責任の問題がスルーされる無責任志向の欺瞞に陥って無限ループ。はっきり言えばアイヒマンの理論で「私が判断したわけじゃない、私には判断する能力/権限がないから、私の責任じゃない」。差別が悪いことだと本気で分かってれば、じゃあ何が差別の本質であるのかとか、自分で考えるはずだよね。君はその「自分」を常にスルーするから勝手に無限ループに陥るわけで、それは君自身の責任だよね、全面的に。なにせ君がやってることだからね。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
うん、だから僕が判ってることは論点では無いのでスルーしますよw
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik どう見ても分かってませんけど(笑)。だって個々人の良心と責任の問題から逃げた話で、なんでも「他人のせい」の甘ったれた話しかしてませんからね。つまりアイヒマン並みの社畜無責任思想ってことですよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik しかも「実は『悪の凡庸さ』って意味分かってなかったんじゃね?」と尋ねられてもスルーだし。普通に考えて「事後」だの「他者が権威的に決めた善悪」とか、勘違いしたこと言ってたわけだし。アイヒマンの問題は、自分の行為自体は悪だと分かっていても「私は優秀な官僚だから命令に従っただけ」ってところで、そもそも君が書いてることの大部分は無関係ですし。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
うん、だからレイヤーが違いますよねって。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik うんにゃ。君が「悪の凡庸さ」の問題においていちばん肝心なところを理解してなかただけでしょう。問題なのは、個人的良心の問題としては「悪」だと自覚していても「命令に忠実」を優先したことなんですけど?(って何度同じこと言わせるんだろうね。君が勝手に無駄なループしてるだけなんだが)。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
「悪」だと自覚していても「命令に忠実」を優先する状況には、そういう状況に陥る「前段階」はないんですかね?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik あると思うよ。今の君みたいな段階。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik だから「レイヤーが違う」じゃなくて、君がそもそも勘違いしてるだけってことでOKですね?さっきまで「事後」とかうだうだ言ってたのは間違いだって分かったよね?ほらここで誤摩化すからまた無限ループになる。ループになってるのはひたすら君自身の自己逃避の結果ですから、勝手に自滅してて下さい。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
「あると思う」とか「今の君みたい」だとちっとも具体的じゃないんで、もうちょっとわかりやすくお願いできませんか。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
「事後」と「悪の凡庸さ状態」の違いはないと思ってますけどね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月7日
君という個人が具体じゃないとか、どこの論理世界なんだよ(笑)。例え君が人口無能でも具体物だろ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@SF_yomi そりゃもう、この@kumacotik 君は典型的な「ボク絶対に悪くないもん」願望ですから、「自分という個人」の責任は絶対に考えたくないわけですよ。事実関係の認識自体が間違ってたことすら必死で拒絶。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 「「事後」と「悪の凡庸さ状態」の違い」ってもう完全に意味不明なんだが…?なんだ「違い」って?いずれにせよアーレントがアイヒマンの「悪の凡庸さ」に衝撃を受けたのは、個人レベルの判断ではアイヒマンはユダヤ人虐殺を悪いことだと気づいていて、上司をあしざまに批判さえしつつ、「私は歯車でしかない優秀な官僚、私の判断ではないから責任はない」と言い放ったことなんだけど?つまり君が言ってる「事後で知ったかどうか」云々は【関係がない】(「違い」ってなんだ?)となるわけなんだが?だから知らなかったんでし
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik だから確認。もしアイヒマンや大多数のドイツ国民が「ユダヤ人は劣等民族であり絶滅させるのは正義だ」と確信し、それを「正義」と思って実行していたのだったら、「悪の凡庸さ」という議論にはならんのだが?それは単に狂信という昔ながらの問題であって、アーレントが20世紀の問題として提示することにはならんのだが?分かった?その自分の認識の誤りをスルーするから君が自分で勝手にループ状態になってるだけじゃん。つまり君の誤読の責任に過ぎないよね?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik つまり上司や組織や国家、あるいは「みんな」などの権威が道徳的に誤っていると分かっていても「私の責任ではない」と言いつつ、「知らなかった」「命令に従っただけだ」から自分たちに責任はないという「その他大勢」の主張が「悪の凡庸さ」になるって、これは「社畜」でも「いじめ」でもなんでも、今の日本にも共通する問題でしょ?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik で、その「今の日本にも共通する問題」って自己判断による自己の倫理的な責任の放棄でもあり、自分が勝手に自分の誤りでループに陥ってるだけなのにその責任転嫁先を探している君みたいな状態って、「命令だから従う。僕の責任じゃない」の前段階になると思うよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
だいたいナチス・ドイツってヒトラー万歳ナチスは正義だから命令絶対服従の、アニメファンなヲタな皆さんとかが空想しているような「独裁」でも「狂信」でもないし。ヒトラー政権って人気取りバラ巻き政策と分かり易い「愛国心」とその増幅装置としての差別主義の絶妙なブレンドで「悪の凡庸さ」な大衆の支持を集めて成立したのよ?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
だから絶対正義がどうこうで、自分たちがちょっと間違ったことや無責任なこと言ったからって指摘されて批判されたくらいで「ナチス並みの正義の押しつけだ差別された」とか逆ギレって、ナチズムってそんなもんじゃないって。まさに君らみたいな「ボク悪くないもん」を大前提にしたい、けど身勝手でわがままな無責任な大衆の、人気取り多数派工作だってば。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
言い換えればナチスもヒトラーも、実はそんなに珍しいことやったわけじゃない。むしろどうしようもなく平凡で凡庸な最大公約数みたいなもの。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
みんなハリウッド映画かなにかに洗脳されてるんじゃない?ナチス時代のドイツ人が狂信的に「ユダヤ人を殺すことは正義だ」とか思ったとか、よくもまあ本気で信じられるもんだ(それってドイツ人への差別偏見だし)。せいぜいが「必要悪」くらいで、命令されたから、みんなと一緒にやっただけだよ?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
だから「知らなかった」というよりは「見て見ぬフリしてた」大多数の大衆だってイノセントとは言えないし、結果として自分達の虐殺に協力してしまったユダヤ評議会問題も出て来るし、アイヒマンを政治ショーとして裁判やってるイスラエル政府もまたイノセントとは言い難い、という指摘に「そんな完璧に倫理的じゃなければいけないって息苦しい」と愚痴を言うのって、そもそも問題の設定が誤ってるわがままの主張にしかならないじゃないか。それこそ「悪の凡庸さ」どっぷり、ってことになってしまう。
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Dharma @KurzweilMaster 2012年3月7日
ミルグラム実験や監獄実験が示すようにある種の本能のようなもので、権威者に従ってしまうのは仕方ない面はあるのだが、それが起こりにくいシステムを構築するのをサボった責任はまた別にあるのだった。
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Dharma @KurzweilMaster 2012年3月7日
しかし日本の原発ならもっと話は単純で、現行制度では国家は国民の、東電は電力消費者の代理人に過ぎないわけで、なにをやっているのか知ろうとすらしませんでしたが奴等の責任です、は通用しないですな。
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Dharma @KurzweilMaster 2012年3月7日
自分の代理人に無関心な人ほど失敗した代理人には苛烈である、というのも本能かもね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月7日
保安院辺りから、変だよ、それで原発大丈夫なん?って言ってたらこうなった。って時には苛烈でも良いよね。意図的に東電と保安院をナチ化する政策を進めた人と、それを黙ってたメディアが有るねんって、東電の社長がメディアなんちゃらやってたのは偶然じゃないと思うねん。
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Dharma @KurzweilMaster 2012年3月7日
偶然じゃないのでSF_yomiさんや私やその他国民の責任である、とかナチとの共通点は民主的に国民に選ばれた事だというなら同感ですな。メディアが何を黙っていたのか、具体的な内容を述べない理由は知りませんがね。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@SF_yomi @KurzweilMaster 保安院はどうだか知らないけど、原子力安全委員会は21世紀に入ってからはそれなりに原子炉がポテンシャルに危険であるという姿勢は一応とってたんですよね。あとメディアにしても今世紀始め辺りには耐用年数延長問題や、プルトニウム再処理で使用済み燃料をフランスに運ぶとか、六ヶ所村では10万年とか、報道はしてた。福一の津波想定が甘いことも耐用年数からみでマスコミで指摘してた。「なにを/なぜ黙ってたのか?」といえば、国民の関心の薄さも大きいと思います。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@SF_yomi @KurzweilMaster もちろん今世紀入ってからの「コンプライアンスですコンプライアンス!」傾向の強化で、メディアもなかなか取材許可取れないと取材しない、電力会社も面倒だから許可出さない、的な無自覚な馴れ合い状態はあったわけだけど。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
狂信との区別ぐらいついてますよ。だから現代現在状況における自分というレイヤーで僕は考えてるわけじゃないですか。「同調圧力」というのもまたそう違いはない、というのは同意頂けますか。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
せっかく糾弾会モードから議論モードに移行できたので、そちらをお続けください。(逃げませんから)
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月7日
原子力安全委員会の位置付けが変ったんよ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik だ か ら、またおなじみの、なぜか個々人の良心と責任の問題がスルーされる無責任志向の欺瞞に陥って無限ループだ。同調力に屈する人も多いが、それでも屈しない人もいる。わかった?屈する人は「悪の凡庸さ」ってことになっておしまい。よって君も立派なアイヒマン予備軍。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 「狂信」云々のレベルの話(君の言葉でいえば「レイヤー」か)と勘違いしてるから「事後」とか言ってたのが君だろうに。だから自分が誤ってたことくらい素直に認めりゃいいじゃん。まあ典型的な「ボク絶対に悪くないもん」願望に囚われてることがまた証明されたってだけだがね。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月7日
でも沸き方見てると、言動見てると、何故高橋の文章を賞賛したがる人間が居るのかよー分る感じやねー。アイヒマンをしでかした人間はそりゃ許してもらいたいやろねー。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
個々人の良心と責任の問題ばかりしか考えてませんけどねえ。どうぞお決めつけください。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
不幸な状態に置かれた人間ばかり犯罪を犯しやすくなったりする、個々人の良心などその程度の耐性のものではないんですかねえ。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
オマエが誤ってるんだにNoを言い続けないと、こちらの良心が屈するという構造ですよねこれ。
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セルフ執事 @SF_yomi 2012年3月7日
後さぁ、震災前も懸命には取材してなかったけども報道ちゃんとしてたとか言うけどさぁ、だったらあの報道の混乱ぶりはなんや?ちゅーねん。詳しい人材がいないから記者のレベルが低いのは勘弁してって報道機関の偉いさんが公言してる。報道・取材してこなかった証拠やと思うねん。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月7日
「不幸な状態に置かれた人間ばかり犯罪を犯しやすくなったりする」と「良心の耐性」が謎なんですけど、、まあ、いいか。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月7日
耐用年数や津波への備えの不備が記事になったことはありましたが、マスコミは「広報」的な仕事しかしてこなかったということじゃないでしょうか。国会やなんとか委員会の発表をそのまま報道しただけで。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月7日
原発は、核分裂の物理的なことだけでなく、巨大プラントでもあるのでエンジニアリングのことも分からないと、きちんとした報道はできないと思うのですが、そのあたり詳しい記者は確かに育っていなかったのでしょう。
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チハ@麒麟が去った @kono_chiha 2012年3月7日
なんで専門的な知識のある記者が育たなかったかといえば、マスコミの怠慢と同時に需要がなかったという側面も否めないのではないかと。つまり、視聴者・購読者の関心が低かった。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
(経済合理主義がもたらした「非道徳なコミュニティ」の話だな)
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K&U @khk_u 2012年3月7日
@KurzweilMasterさん、「起こりにくいシステム」ってどういうものなんでしょうかね?(決して問い詰めてるわけじゃないですよ!)ワイマール憲法の下、あれだけ民主国家だったドイツでナチスが生まれてしまうなら、もうどこで起こってもおかしくないと思ってしまうんですよね。たまたまドイツほど疲弊していなかったとか、広く「被差別対象」と認識される存在がたまたま少なかったとか、たまたま勝ち戦の最中だったとか、そういう条件が重なったかどうかじゃないか、という気がして。
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noobie@siberia @17noobies 2012年3月7日
kumacotik氏の論点が見えないなあ@コメ欄
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noobie@siberia @17noobies 2012年3月7日
本文に関していえば、問題の大小を均して「絶対正義の押し付け」と言ってしまうことに違和感がある。われわれは大なり小なりアイヒマンになりえてしまうわけだけれども、その善と悪の曖昧さを知りながらも、それでも自分の中にラインを設定して、大なるアイヒマンにならないように努めなくてはならないのではないか。それがたとえ如何に窮屈だとしても。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 屈するのは「良心」でなく単に君のプライドだろ(笑)。だ か ら 同調圧力に屈する人も多いが、それでも屈しない人もいる。わかった?あと貧乏人をバカにしないように。貧乏人でもそう簡単に屈しない人もいくらでもいる。むしろいちばん弱いのは君みたいな甘やかされた中産階級。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 決めつけもなにも「個々人の良心と責任の問題」の話を全部スルーして、それをチャラにする言い訳ばかりしてるのが実際の君の言動ですけど?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
…というか「許される」以前に、自分が批判の対象になったり誤りを指摘されるのに耐えられない「ボクちゃん間違ってないもん責任ないもん悪くないもん」で言い訳捏造に専念する人が多過ぎる。このヒト@kumacotik とかRT @SF_yomi アイヒマンをしでかした人間はそりゃ許してもらいたいやろねー。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
はいまたもや、「個々人の良心と責任の問題」の話を全部スルーして「社会が悪いからボクには責任ないもん」言動だね。RT @kumacotik (経済合理主義がもたらした「非道徳なコミュニティ」の話だな)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@17noobies むしろ「絶対正義」に人間が到達不能であることを前提にしたアーレントの議論を完全に曲解している感がありますね。それがコメ欄になると「「絶対正義により悪と決めつけられる」恐怖感からちょっと誤りを指摘されたり批判の対象となる程度のことを、「最終的解決策」の対象となることと同等に扱い出す困った人続出となり、まさに「問題の大小」がごちゃまぜ…
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
そりゃちょっとでも自分の勘違いや間違いを指摘されることすら拒絶するしかなくなるほど耐性がない、弱っちい人間 @kumacotikだったら同調圧力にもあっさり屈するし、「ボクの責任じゃない」と言えるアイヒマン的な言い訳を必死に求めるだろうな。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
「悪の凡庸さ」ってそういう問題でもあるんだけどね。その意味でも今の日本にはもの凄くあてはまっちゃう話で。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 反ユダヤ主義の例で言えば、たとえ周囲が「ユダヤ人がイエスを殺したんだ」と喚いていても、冷静な知性を担保出来てれば「磔刑なんだから、ローマへの反逆罪なんだから、殺したのはローマだろ?」と気づいて、周囲の反ユダヤ主義の主張の同調圧力になんて屈しないわけですがね。それが良心の問題であって、事実認識の間違いを指摘されて「屈する」のは君の下らんプライドだけ。そんなことすら恐れおののく人間が良心を担保できるわけないよな。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
僕の論点はすでに「ループ化を続けること」にありまっすw
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
プライドと良心の違いは何?
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
屈する者屈しないものを差別的に区別することと、優生主義の違いは何?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
ついにお話にならないほどの愚かさの発露か…→RT @kumacotik プライドと良心の違いは何?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
まさに君が理解できない「個々人の良心と責任」の問題。当然ながらまったく別次元の話であり、君が自分の愚かな行動の結果「愚か」とみなされるのはただの自業自得。RT @kumacotik 屈する者屈しないものを差別的に区別することと、優生主義の違いは何?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
違うだろ。ひたすら「ボク悪くないもんボク批判なんてされたくないもん」だけが論点ww 下らんプライドの身勝手の問題でしかない。RT @kumacotik 僕の論点はすでに「ループ化を続けること」にありまっすw
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
じゃあそれでいいから続けましょう。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
そうね。身勝手も含まれるのがプライド。それは同意。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik ついに自分が悪質な粘着の荒らしであることの宣言ですか(笑)。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
よりにもよって人類が人類に行った最悪の所行のひとつである「ユダヤ人問題の最終的解決策」のことが議論されている時に、ただのエゴの身勝手で下らんプライドに執着して荒らしにまで成り下がれるほど良心が欠如した人間がいることのノーテンキさ平和ボケに呆れるばかり。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
甘やかされた中産階級とか決めつけが続くから違うけどなーと言い続けるだけでしょうが。なんで僕が良心を発揮できないことになるのよ。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
荒らしはどっちだになりますけどね。こちらからすれば。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
あなたは「ユダヤ人問題の最終的解決策」から軸足をずらさないわけでしょう? 僕は最初っからそこから離れて現在の自分(達)に敷衍した話を考えてるんだから、これはレイヤーが違うとしか言いようないですもん。はいループ。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
悪質な荒らしであることを自分で言っちゃってる証拠→ RT @kumacotik 僕の論点はすでに「ループ化を続けること」にありまっすw
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik 敷衍するもなにも、元になる話をハナから理解してなかった君に敷衍できるわけがない。「悪の凡庸さ」とアーレントが指摘したのは「自身の良心からすれば悪と分かっていても命令に従ったこと」。君の「事後」云々は最初から勘違い。で、人間の良心の基礎ってフツーに考えて「嘘はいけない」はその1つなのが、下らんプライドの保身でそれねじ曲げて必死に話を誤摩化してるのが今の君。そもそもお話にならない。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
はい決めつけ決め付け。決めつけと違うよの繰り返しのループの中で、新たな説明なり視点なり出てくるかどうかどうかしかないじゃないの、もうこの展開になったら。ねこぱんちじゃん。
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
(そもそもお話にならないのならスルーすればいいのにねえ)
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くまこ @kumacot 2012年3月7日
その時良心が機能しないのは、完全に本人だけの問題なんですかね?(yesと答えるのかなと期待して尋ねていますが。)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
悪質な荒らしであることを自分で言っちゃってる証拠を再掲。この期に及んで必死に嘘をつくのは明らかに本人の良心と恥の意識の欠如→ RT @kumacotik 僕の論点はすでに「ループ化を続けること」にありまっすw
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@kumacotik しかし自分の言動の明らかな問題点を指摘されてもなんの根拠もなく「決めつけ」って、どこまで幼稚な自己中なんだろうか…?
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
ひたすら責任回避の理屈を探すことしか興味がない輩(つまりなにがあっても「僕の責任じゃない」と言いたいだけ。アイヒマンに共通する)の典型的な言辞を晒し。RT @kumacotik その時良心が機能しないのは、完全に本人だけの問題なんですかね?(yesと答えるのかなと期待して尋ねていますが。)
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
はい。このコメ欄読めばあまりに明白にすぐ嘘と分かる発言を晒し→RT @kumacotik あなたは「ユダヤ人問題の最終的解決策」から軸足をずらさないわけでしょう? 僕は最初っからそこから離れて現在の自分(達)に敷衍した話を考えてるんだから、
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
@KurzweilMaster @khk_u ハンナ・アーレント自身はこの本のなかで、「確かに最終的解決策はどこでも起こりえたことだが、決してあらゆる場所で起ったわけではない。多くの人は恐怖の体制に屈してしまうとしても、屈しない人もいる」と書いてます。つまりおっしゃる通りシステムは決して完璧ではなく、最後には「我々が人間であること」しか拠り所はないということでしょう。
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara 2012年3月7日
ちなみに僕はみすず書房の翻訳は持ってないので、引用はぜんぶ英語の原文から自分で訳してます。Banality of evilも「悪の陳腐さ」ではなく「悪の凡庸さ」としてるのは僕の訳ですので念のため。
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Dharma @KurzweilMaster 2012年3月7日
製品開発の現場なんかでも納期への圧力に屈して…なんてよくある話で、納期と品質の責任者を別々にしているのはシステムの一例です。しかしまあ、国家レベルで完全なシステムなんて誰も知らないし、知っていたら誰も苦労はしないわけです。