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2012年3月4日

夫婦の「明暗」

ブログ書いたけど、気持ちが収まらなかった。収まらない分をつぶやいた。 http://d.hatena.ne.jp/hihi01/20120302/1330637840
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ひでき @hidekih

朝ブログのエントリーを書くようになった。目覚めもすっきりするし、限られた時間で書くため生産も高い、頭の体操にもなるで、いいことづくめだと思ってた。今朝はついつい情緒的な内容を書いてしまった。ちょっとひきづっている。

2012-03-02 10:06:18
ひでき @hidekih

「愛」とは誠に危険な言葉だ。自分の思いを「愛」という言葉に託した途端に、窮屈なものになる。自分と相手を束縛することになる。相手を大切に思うだけの心が、相手を支配しようともがくことになる。

2012-03-02 10:08:09
ひでき @hidekih

「愛」を自覚する前には、せいぜいが相手が自分に振り向いてくれればいいとあわく想いをつのらせるだけ。「愛」が約束になると、いかに相手から快楽を引き出すか、相手を自分の思い通りにするか、相手を他の相手から遠ざけるかの拘束具にすぎないものになってしまう。

2012-03-02 10:09:31
ひでき @hidekih

いっそ、相手を物理的に縄や、鞭で拘束してみせるほうが、素直な「愛」だとすら思える。相手のこころをしばるのではなく、相手への想いを純粋な欲望として燃やすことの方が「見える化」されている分、話が早い。想いの強さを相手と共有できる。

2012-03-02 10:11:23
ひでき @hidekih

「愛」が漏れていく先であれば、親族すら支配関係の道具となる。あるいは、障害物となる。いつくしみ育てる「愛」であったものが、男女の「愛」の前では、奪い尽くし、拘束しつくす暴力に変容してしまうことが恐ろしい。

2012-03-02 10:13:00
ひでき @hidekih

「愛」から離れることが仏道の基本なのだと。四苦八苦の分析を通した十二縁起に「愛」が含まれている。いかに清らかなからだ、清らかな目、耳、口、鼻、舌をつくるか。いかに欲望から離れた戒をさずかるか、守るか。破戒こそが人の罪であり、本質であり、生命の無明さなのだと。

2012-03-02 10:15:07
ひでき @hidekih

男と女の愛は二人の個性で固有のものだと、「愛」の度に信じたくなる。この「愛」こそが人生を賭けるべきものなのだと。自分自身を犠牲にしつくしても、この「愛」こそが燃え上がる。燃え尽くした「愛」は、灰にしかならない。

2012-03-02 10:17:08
ひでき @hidekih

燃える前は、紙であったかもしれない、薪であったかもしれない、古典といれる小説本であったかもしれない、建物の柱であったかもしれない。しかし、燃え尽きてしまえば、すべては灰だ。文字通り、灰色の苦みしか残らない。

2012-03-02 10:17:53
ひでき @hidekih

夏目漱石の「明暗」は恐ろしい物語だ。

2012-03-02 10:18:07
ひでき @hidekih

ああ、なんかすっきりした。

2012-03-02 10:18:37

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