- kagyu_phis
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トマにゃん
@kagyu_phis
読書感想文でも論文でも何でもいいが文章には必ず構造というものが存在。例えば、論文の場合なら、1.アブストラクト、2.はじめに、3.研究の理論、4.実験手法アンド結果、5.考察、6.まとめ、といった具合だ。
2012-03-04 11:54:28
トマにゃん
@kagyu_phis
これを読書感想文に援用すると、1はなくて、2がその本を読もうと思った動機、3.がその本の内容概観、4.がテーマの提示とその補強(○○さんがこのように動いたのは××だからです。等)5.がそれを踏まえた自分の体験などの提示、6.が総括とこれからの自分の生き方の提示となる
2012-03-04 11:59:30
トマにゃん
@kagyu_phis
ここで問題になるのが、1.アブストラクト の不在だ。論文などを読んだ経験がある人は分かると思うが、慣れた分野になると、大体、アブストラクトしか読まなくなる。そして俺が感じた違和感はここだったのだ。
2012-03-04 12:02:46
トマにゃん
@kagyu_phis
読書感想文に書かれるようなものと言うのは普段の生活で慣れに慣れている事柄しかあげられない。そこでつい、アブストラクトを探してしまうのだ。当然、そんなものは存在しないのだ。読書感想文というものが一種のアブストラクトなのだから。
2012-03-04 12:05:18
トマにゃん
@kagyu_phis
そして、子どもの頃感じた違和感もここだったのだ。自分なりのアブストラクト(4.、5.をまとめたもの)を書こうとするのだが、2.や3.が無いので文章量が圧倒的に足りない。それでも言葉を無理やりひねり出す。最終的に出来上がる作文は構成も何もない出来の悪いキメラのようなものになる。
2012-03-04 12:11:35
トマにゃん
@kagyu_phis
この無理やり言葉をひねり出す、というプロセスが嫌だったのだろうと今更ながら思い出す。周りの大人は、まぁ多分こういう構造を知っていたのだろう、「じゃあ、どうしてこの本を選んだの?」とか「体験を入れて膨らませようよ」とか示唆は示してくれたのだが、その背景に気づいたのはずっと後である。
2012-03-04 12:17:49