「書けメロス」

ノリで書いてしまいました。「走れメロス」のパロディです……。
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Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

メロスには〆切に遅れる感覚が分からぬ。メロスは村の物書きである。紙と鉛筆と戯れ、始終ものを書いて過ごしてきた。 RT @ulbak: メロスは人一倍締め切りに敏感であった。 RT @dancom: 邪智暴虐な原稿を倒さねばならぬ。

2012-03-05 21:39:50
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)今日未明メロスは山を越え、シラクサの街にやってきた。メロスはぼっちであった。ただ一人妹がいた。村のある律儀な絵師を、近々花婿として迎えることになっていた。妹を嫁に出すのに、人一倍ものを書き、原稿料を稼がねばならぬ。そう思い定めてどんな依頼でも引き受けるつもりであった。

2012-03-05 21:44:55
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今はこのシラクサで、編集者をしている。友ならば原稿料も弾んでくれると思い、勇んでやってきたのである。ところが、歩いて行くうちに、メロスはまちの様子を怪しく思った。夜ならば暗いのは当然だが、あまりにひっそりとしている。

2012-03-05 21:48:42
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)メロスは道行く老爺を捕まえ、訳を尋ねた。「王様は、書物がお好きです」「結構なことではないか」「ところが、速読家で、どんな書物も一刻で読み終わります。このごろは城下の編集者にお命じになって、一晩かかる書物を用意せよ、と。それができぬ者は悉く捉えられてございます」

2012-03-05 21:54:55
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「呆れた王だ。読書の楽しみもしらんとは」メロスは、書物に拘りがあった。最新の自作をひっさげ、のそのそと王宮へ向かった。案の定、すぐに捉えられた。「この書物で何をするつもりであった」暴君ディオニスは問うた。「この本で愚かな王を改心させるのだ」

2012-03-05 21:57:43
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)ディオニスはメロスをあざ笑った。「世の書物など皆同じよ。読むのに一刻もかからぬ。わしは書物が好きじゃが、どれもこれも短すぎる。かといって長いものは内容が充たされておらん。わしの目に叶う書物など、この世にはない。これも同じじゃ」

2012-03-05 22:02:06
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

@Tech_Sam わかりました! (続き)「ああ、王は利口だ。うぬぼれているとよい。ならば私が、一晩かけても読み切れない書物を書いてやろう」ディオニスは狡猾に笑った。「いいじゃろう。だがわしは気が短い。三日で書き上げれば無礼は許そう。じゃが三日を過ぎればきっと殺すぞ」

2012-03-05 22:24:05
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「いいだろう。私は物書きだ。書物のことで命乞いなど決してしない。ただ――」メロスは足元に視線を落とし一瞬ためらい「私に情けをかけるつもりなら、どうか私の故郷の村で執筆させてください。これから花嫁に行く妹と最後の時間を過ごしたいのです」「ばかな」暴君は低く笑った。

2012-03-05 22:28:18
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「逃した小鳥が帰ってくるものか。知っているぞ、お前は妹を嫁に出すためにシラクサに来たな。友である編集者の依頼を受け、原稿料を稼ぐために」メロスは驚く「なぜそれを知っている」「手紙を書いたはずだ、無能な編集者のセリヌンティウスに」

2012-03-05 22:30:01
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「王よ、まさかセリヌンティウスまで」「無能なやつだ。駄作しか揃えられん奴だった」メロスは跪く。「王よ、かのセリヌンティウス、人質としてください。その代わり、私が期日までに原稿を持ってきたら、きっと釈放すると」そう聞いたディオニスは、残虐な気持でそっとほくそ笑んだ。

2012-03-05 22:34:33
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続く)「欲張りな愚か者め、ひとつの原稿で二人の身柄をあながおうとは。だが、願いを聞いた。三日目には日没までに原稿を書いて持ってこい。遅れたら、セリヌンティウスを、きっと殺すぞ。ちょっと遅れて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」「なに、何を仰る」

2012-03-05 22:37:42
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「はは、ちょっと〆切に遅れて原稿を持ってこい。お前の心は、分かっているぞ」メロスは悔しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。

2012-03-05 22:38:32
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)メロスは、竹馬の友の編集者、セリヌンティウスと、深夜、王城の牢で面会した。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言でうなずき、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

2012-03-05 22:48:13
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)翌朝、メロスの十六の妹は、兄の代りに羊の番をしていたが、よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。 「なんでも無い」メロスは無理に笑おうと努めた。「急ぎの依頼だ。三日で書き上げねばならぬ。だがそれまでは一緒に過ごそう」

2012-03-05 22:50:35
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)メロスは二日二晩、一気に原稿を書き連ねたが、最終章の展開で詰まってしまった。これまでにない傑作になる予感、あの王をも納得させる予感があったが、流石に疲労し、凄まじい眠気にメロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三字書いてから、

2012-03-05 22:53:38
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)がっくりと机に突っ伏した。執筆の疲労が徐々に勇者の精神を蝕んだ。神々も照覧、これだけがんばって書いてきたのだ。〆切に遅れる気は微塵もなかった。セリヌンティウスよ、許してくれ。ただ最終章のプロットがどうしても思いつかないのだ。

2012-03-05 22:56:53
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)メロスが書いていた傑作の最終章、別れた男と女が再び巡り会う筋書きだ。それまでは波瀾万丈なのに、ただ別れた男女が再開する。あまりにもぱっとしない。ありきたりだ。王は納得しないだろう。そのときメロスは、囁き声を聞いた。よろよろと振り向くと、メロスの一六になる妹が、

2012-03-05 23:00:53
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)微笑みながら、一杯の清水を差し出しているではないか。そのとき、メロスに天啓が下った。ああ。私はなんと愚かなのだ。別れた男女がただ出会う。そんな筋書きで誰が納得するものか。人は何の為に生きるのか。私は何の為に戻ってきたのか。大切な友人、セリヌンティウスを人質にしてまで――。

2012-03-05 23:02:47
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)妹だ――。男は女と再会しないのだ。妹と生きるのだ。メロスは天から降りてきた最終章のプロットを、そのまま原稿にぶつけたのである。

2012-03-05 23:03:54
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)王は目を疑った。夕刻、山のような原稿を抱えて、メロスが走り来るではないか。王はセリヌンティウスの処刑をただちにやめさせ、メロスから原稿をひったくった。王は読むのが早かった。メロスの渾身の原稿を、ほとんど目にも止まらぬ早さで読み進め、そして涙した。

2012-03-05 23:06:23
Yu Yamaguchi@新シリーズ3巻10/18発売 @Yu_Yamaguchi_

(続き)「このような筋書きがあろうとは。メロスよ、褒美を取らす。この原稿の代価に、羊千匹を与えよう。妹御に豪勢な結婚式をしてやるとよい」王は言った。「お前の妹御のすばらしさこそが、この世にも新しい筋書きをお前に書かせたのだろうからな」

2012-03-05 23:13:17