あらら、安全地帯から発言する人たち
- HayakawaYukio
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問題は、「わたしたちは子どもを産めますか」という問いで、問われているものは、それだけなのか?ということなのでして。同時にまた、そのコンテクストにおいて、「心配ない」と答えることの意味は何なのか、ということだと思うわけです。
2012-03-08 12:28:43@flurry @A_laragi その場では「心配ない」と答えるのがベターかもしれないですが、それも「別の差別」を行っている(行わされている)ということを自覚する必要があるのではないかと…。
2012-03-08 12:53:33「X%の確率でこういうリスクがあるという知見もあり、他にも科学的にわかっていない部分も多く、今後の社会情勢なども考えると、『心配ない』と断言はできません、勉強してしっかり防護して、ちゃんと東電に賠償もさせて、後はあなた自身の判断です」とか言われたら、私は別の意味で不安になるよ。
2012-03-08 12:56:12そもそも「産めますか?」への「産めるさ!」が絶対の正当性を持つのは、この発問自体が持つ他人の判断を受け付けないような性質に由来するので、むしろ非実在福島女子にこう発問させて答えるロールプレイのグロテスクな利用主義だけがばくろされてる→ https://t.co/xwkf4r1q
2012-03-08 13:00:55「私はふつうの子供産めますか?」は、実際に福島の子供たちが書いた手紙にあった言葉だとおもうので、その意味では「非実在」ではないのだけど、どちら側に「利用」するのも違和感を覚えます。
2012-03-08 13:08:24@A_laragi 私はなんとなく http://t.co/BvIGro6x が人々の記憶に残ったのかと思ってたんですが、手紙もありました?
2012-03-08 13:10:39ご教示、ありがとうございます。 “@A_laragi: @skasuga それも印象に残ってますが、こういう記事もありました。 http://t.co/657uLpDx”
2012-03-08 13:13:26@m_shirabe 「客観的に"事実"をありのまま伝えればいい」「後はもう子供じゃないから自己決定」みたいな、一見中立的な言葉がもつ政治性の負荷を軽視しすぎだとおもうわけです。
2012-03-08 13:22:07その真意はともかく、「心配ない」と答える人が多いのだね。現実の場面では。 RT @A_laragi: (形式的な「問い」そのものについては「心配ない」以外、私もないと思うけどな。)
2012-03-08 13:28:17その意味で、その種の「問い」を真に受けて、それに乗っかった形で「こう答えるべき」という想定問答に落とし込むこと自体が、大変間違っているわけです。
2012-03-08 16:05:10もちろん、「私はふつうの子供産めますか?」は、現実に投げかけられうる問いですが、その答えは、ひと言で答え切れるわけないし、一定に決まるものでもないですよね。そして、一先ずはそれは会話の「形式」としては、「心配ない」的な応答が、配置されるしかないものなわけです。
2012-03-08 16:09:32「私はふつうの子供産めますか?」に対して「心配ない」的な応答以外のものが来るとしたら、その時点で、会話のキャッチボールは確実に破綻しますからね。
2012-03-08 16:11:48@tak_konn んーといいますか、問い自体が不適切という話です。「私はふつうの子供産めますか?」と聞かれて、それへの直接の応答が「君の考えは差別的だ。どんな子供でも受け入れるべきだ」というのは、現実的には無理があるでしょう。
2012-03-08 16:18:47それだけは口が裂けても言わない。QT @A_laragi 〜「私はふつうの子供産めますか?」〜その答えは、ひと言で答え切れるわけないし、一定に決まるものでもない〜そして、一先ずはそれは会話の「形式」としては、「心配ない」的な応答が、配置されるしかないものなわけです。
2012-03-08 16:22:43@tak_konn その辺は、それこそ、話者同士でどのくらい信頼関係があるかとか、お互いどういう立場で会話しているかとか、そういうことに依存するんじゃないでしょうか。
2012-03-08 16:24:52