Togetter/min.tを安心してお使い頂くためのガイドラインを公開しました。
編集可能

@skasugaさんの「科学者の責任」についての一連のつぶやき

同意する部分がかなり多いのでとりあえずまとめました。いろいろ付け加えたい部分があれば、ご自由に編集して下さい。
59
KASUGA, Sho @skasuga

「科学者の責任」問題について、ちょっと連投します。

2012-03-28 11:33:34
KASUGA, Sho @skasuga

(1)科学者の社会的責任という観点からいえば、日本のアカデミズム全体がもう少し「自分たちが担う社会的役割」について議論を喚起すべきではなかった、ということが最も重要であるように思う。

2012-03-28 11:33:48
KASUGA, Sho @skasuga

(2)例えば、原発関連の審議会などのメンバーが電力各社や原発メーカーから寄付をもらっていたことが、リベートをもらっていたこととあたかも同一の罪であるように報道されるという側面があるが、これに関しては当該の研究者だけではなく、学界全体で(学術会議などが)応答責任があるんではないか。

2012-03-28 11:33:56
KASUGA, Sho @skasuga

(3)もちろん、こういった「実施と規制が切り離されてない」(利益相反がらみがグダグダ)というのは原子力に顕著な特徴で、原子力村(あるいは国策としての原子力)の特性であるとは言える(例えば製薬や航空機の安全性みたいな話でこういうことはもうあり得ないように思う)。

2012-03-28 11:34:07
KASUGA, Sho @skasuga

(4)その一方で「運営費交付金は年々減らしていくから、そのぶん他で稼いでこい」というのは90年代からの日本の大学に対して政府から突きつけられた要求であって、それに忠実に答えたら怒られた、感は否めないのではないか?

2012-03-28 11:34:14
KASUGA, Sho @skasuga

(5)(だいたい、誰がどこからいくらもらってるかなんて調べればわかる話なんだから、これは本来任命権側の問題でもある)

2012-03-28 11:34:21
KASUGA, Sho @skasuga

(6)一方で、90年代を想起すると、産学連携に批判的だった戦後の大学の風潮に、産官側はそれなりに配慮していて、例えば多様な資金を積極的に引き入れて国策研究や産業界に協力し、また世界で闘う役割を担う大学や研究者と、(続)

2012-03-28 11:34:29
KASUGA, Sho @skasuga

(7)(承前)そういったものから距離を置き批判的に研究する大学や研究者を切り分けようという提案であったはずで、例えば本来「重点化」というのはそういう文脈で提案されていたはずである。

2012-03-28 11:34:35
KASUGA, Sho @skasuga

(8)この「研究大学と教育大学」(みたいな用語が当時あった)の区分けが成功していれば、規制側の委員については「教育」(←便宜的呼称ですから)から選ぶといった使い分けが可能であったはずである。

2012-03-28 11:34:44
KASUGA, Sho @skasuga

(9)(まぁ、もちろん、その場合も原子力に関してはそうならなかったはずだ、という気はするところであるが、少なくともアカデミズム側から是正案は提示できたはずである)

2012-03-28 11:34:49
KASUGA, Sho @skasuga

(10)ところがふたを開けてみると、たぶん産官側からは意外なほど無批判に、大学側が我も我もと重点化や産学連携を引き受けていった、というところの反省が必要、というところに落ち着くのではないか。

2012-03-28 11:35:00
KASUGA, Sho @skasuga

(11)当時すでに高木や宇井といった批判的研究者の中枢が旧帝国大学を中心とした「主要な大学」から排除されていたということなのか、あるいは人間の批判的精神なんて金で折れるたぐいのものなのか…。

2012-03-28 11:35:12
KASUGA, Sho @skasuga

(12)いずれにしても、福島第一原発事故を受けて、科学者の責任を考えるならば、やはり第一に産学連携や競争的資金などでアカデミズムを「自律的な営み」から請け負い仕事にしてしまったことの反省をきちんと示すことであろうと思う。

2012-03-28 11:35:19
KASUGA, Sho @skasuga

(13)請負化は、資金がないと研究できない分野だけであれば、まぁ、多少はしょうがない部分もあるのであるが、そういった研究を批判すべき人文科学までも(21世紀ナントカやらなんやらで)すっかり競争的資金中毒になってしまっており、

2012-03-28 11:35:32
KASUGA, Sho @skasuga

(14)これは前にマキノさんなんかに指摘されたとおりSTSなんかも例外ではない(っていうか、ある意味典型である)。

2012-03-28 11:35:50
KASUGA, Sho @skasuga

(15)なので、90年代の歴史的経緯を当時の産官学アクターにちゃんと聞き取りして振り返ると共に、官僚が思いつきで投げるニンジンを追わなくても「研究」が続けられるアカデミズムの確立を考えるというのが、本来学術会議などが努力すべき「反省」なんではないかな。

2012-03-28 11:35:57
KASUGA, Sho @skasuga

【修正】「喚起すべきではなかった」→「なかったか」 https://t.co/lQkO51dH

2012-03-28 11:37:29
KASUGA, Sho @skasuga

書こうと思ってたんだけどさ、やっぱ90年代の流れについてはもう少し調査がいるよねぇ、という部分もあり…。 “@nmasaki: @私 @kentosho それをもとに原稿にまとめてもらえれば…♪”

2012-03-28 11:39:48

コメント

いちかわ けんと @kentosho 2012年3月28日
より簡潔にする方向でひとつツイートを消しました。
0
h.okada @hkokada 2012年3月28日
大学側が自主的に、分野ごとに必要性に応じてルールを決めていくという感じ?
0
しねはさん@がんばらない @r_shineha 2012年3月28日
一つの議論の大枠として重要だと思う。
0
NiKe @fnord_jp 2012年3月28日
軽々しく「金で折れる」とか言ってくれますねえ?
3
いちかわ けんと @kentosho 2012年3月28日
政治的抵抗にはタイミングってものがありますからね。「金で折れ」た訳ではないのだと思います。そろそろ巻き返しの時が近付いていると感じます。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年3月28日
官僚だって思い付きでやってるんじゃなくて、立法府やらもろもろの勢力の利害調整の結果として、そうならざるを得ない訳で、いろいろと難しい問題です。
0
バイクくん@超お嬢様のパグ @Micheletto_D 2012年3月28日
もっとちゃんと書いて下さいよ。賛成も反対もしようがない。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月28日
でさ、STSの責任は何処に行ったのよ?「科学(Science)・技術(Technology)・社会(Society)の略で、現代における科学技術の社会的諸問題をさまざまな角度からアプローチする」人達が、まさにそれを必要とする社会状況で何をしたのかを問われるべき。
12
知花俊輔 @nightmarechild4 2012年3月28日
お金を使うことが投票に類似した行為であるなら、産学以外で大学に出資するといったことの意義と重要性も問われて然るべきじゃないですかね(あとは学術会議などの政策提言機能の確保の問題)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 いや、まさにそういうことで、(わりと広い意味での)STS的なものがうまく機能しなかった、という敗戦の辞を述べていると言うことでもあります。そのあたりは13,14あたりから読み取っていただけるかと…
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
「STSの反省」という意味でもう少し続ければ、STSというジャンルが日本に導入されたのは比較的新しく、STS Network Japan が90年代初め、学会に至っては21世紀に入ってからな訳ですが、それまで海外のSTS的議論が紹介されてなかったわけではなく…(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
(承前)例えば科学史・科学哲学の人なんかが色々翻訳をされていたわけですね(例えばマイク・クーリーや『ラディカル・サイエンス』等を里深文彦さんが訳されているとか…)。で、ジャンルが確立すれば単に翻訳だけではなく、こういう部分のオリジナルな議論も進むと期待していたわけですが…(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
(承前)まぁ、実際はそういう部分の議論は専門化すると逆に難しいというか、わりと社会問題的なことを取り扱う若手は中々研究費などが獲得できない、という構造にはまり込んでしまったのではないか、という印象があります。(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
(承前)だから、原子力なんかを扱おうとしていた人が90年代初頭にSTSというジャンルの中でいなかったわけではないのですが、いつのまにか消えていったなぁ、ということも考えなければ行けないわけです。(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
(承前)で、ラトゥール読解なんかが「専門家的STS」として安全なテーマになってしまう。 @hirakawah さんが「社会的課題を科学的に扱うことで非政治化する」と言いますが、同様に「科学自体を所謂STS的に扱うことで科学を非政治化する」みたいな構造も批判されないといけない。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
という事は、春日さんも『原子力村』や『原子力村と利害関係のある』所から研究資金を貰っていたので、原発事故に関して批判できなかったし、他のSTS研究者の方も似たり寄ったりだったと言うことですね。
3
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月29日
うーん、科学の価値中立性を尊重する立場の視点では、STSが非政治化するのは「とても良いこと」ではないかと思うのですが……。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 STS関係で、原子力関連の資金をもらっている人というのは極めて少数(だいたい嫌われているし)かと思いますが、
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 「国策」としての科学技術基本法・計画の枠の中で資金をもらっていた「御用性」への反省は問われているかと思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
o0(…って言って、『イリウム』の存在を思い出したよ。あれに関わっていた人はもうちょっと積極的な反省が必要なんじゃないかなぁ)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@b_miyazaki この場合の「非政治化」とか「脱政治化」というのは、「本来政治的に検討すべき課題が一杯あるのに、その点を無視して科学とか論理だけで片がつくように装うこと」ですので…。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
本来のSTSというのは、科学技術と社会(政治)の橋渡し的な意味はあるので、「非政治化は駄目」というのは春日さんの仰る通りかと。社会(政治)には一切触れないのなら、科学哲学と何が違うの?となってしまいかねないし。
5
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
春日さんはまず、早野さんや野尻さんは東電から幾ら貰ったとか、勝川さんは中電からどんな便宜供与を受けたとか、菊池さんが関電から接待を受けているとか、そういう具体的指摘をまずしてください。
5
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
何時も何時も具体例を一切挙げないから、「春日の頭の中に作った科学者像を批判しているだけだ。わら人形論法だ」と批判されているわけで。
11
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 「科学技術と社会(政治)の橋渡し」を主張したとしたら「科学技術コミュニケーション」ですね。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 STSは本来そこも含めて批判しなければいけないのに、枠に載ってしまった、というのが私の批判点です。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 この部分は話が飛びすぎていて、なにを求められているのかさっぱり解らないんですが… →https://twitter.com/katot1970/status/185184787491852288
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 私が「早野さんや野尻さんは東電から幾ら貰ったとか、勝川さんは中電からどんな便宜供与を受けたとか、菊池さんが関電から接待を受けているとか」主張しているように読めるTweetがありました???
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
「STS研究」がイコール橋渡しだとは言ってませんが、STS研究から出た結果を実社会で活用する為の技術の一つが科学技術コミュニケーションですよね。そういう心算で書いたのですが、間違ってましたか?それともそう読み取れるように書けていませんでしたか?
3
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
科学者という集合に対しての命題を述べたものが、ここに纏められていますよね。僕はその集合から任意の元を取り出し、具体的に命題に当てはめてみるように言及しただけです。
6
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
集合から任意の元を取り出してその命題が成り立たないというのであれば、集合全体に言及した命題自体が誤りだという事です。
6
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
人類のほとんどでコンセンサスが得られる「科学者」という集合の定義だと、その集合の中に、僕が挙げた四名の方は確実に入ってます。春日さんが「科学者」を独自の定義で使ってらっしゃるのなら話は別ですが、その場合はきちんと「科学者」の定義を述べてください。
6
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
命題が間違っているのか、集合の定義が間違っているのかどちらなんでしょうか?
5
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
あと、命題が間違っていないというのなら、具体的に誰か挙げてください。一般化出来るだけの個別具体例があるからこそ、一般化を試みたのじゃないんですか?挙げられないという事は、藁人形論法をやってたという事ですよ。
6
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 大変微妙な問題ですが、科学技術コミュニケーションとSTSは歴史的には(相互に交流・批判はあったと思いますが)独立に発展してきたと言って差し支えないと思います。学会等も別ですし。>STS研究から出た結果を実社会で活用する為の技術の一つが科学技術コミュニケーション
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 この纏めにある私のTweetが「すべての科学者はいずれかの電力会社から金をもらっている」という主張に読める、ということですか? だとしたらそれは誤解だとしか申し上げようが…
0
いくた♥️なお featuring Tricity155 @ikutana 2012年3月29日
どんな審議会でもまともな(研究実績のある)研究者を委員に任命する。原子力研究などは大きな資金が無ければ実施は不可能である。故に対象範囲がかぶってしまう。単にそういうことだろう。後は国が金を出すか会社が金を出すかの違い。もちろんNGOが出したって構わない。なぜ反原発団体は金を出さなかった?
4
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
「STS研究」「科コミ研究」の研究自体はその通りだと思います。しかし、STSと科コミが全く別物だという事であれば、STSの研究結果を実社会に還元する時は、どの様な形態を取るのでしょうか?その一つが科学コミュニケーションだと思っていたのですが QT 科学技術コミュニケーションとSTSは歴史的には独立に発展してきた
3
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
読めるも何も、「科学者の責任」と書いたのは春日さんですが。では、「科学者の責任」とは、具体的に科学者の中の誰と誰なのでしょうか?個人名じゃなくても研究機関名でも、研究単位でもいいですが。
3
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
で、上記列挙以外の「科学者」は、今回書かれた「科学者の責任」の「科学者」の中から除かれます、と明記しないと。
3
arabiannightbreed @a_nightbreed 2012年3月29日
学者とは金が無くても成果を生み出せる魔法の杖を持っているらしい(円環の理に導かれつつ)
6
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 「科学者の責任」というのは別に誰かが誰かから金貰っているという個別の話ではなく、大学業界全体の構造の問題である、というのが本Tweet全体の趣旨です。以上w
0
ひな @Karerllen 2012年3月29日
「金≒穢れ」っていう中世の価値観がまだ残ってる・・・非難的意見が多いのが救いか。
5
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 STS的な検討の結果、手法として科学技術コミュニケーションの導入が好ましいと結論されるケースは当然あると思います。ただ、そのことは両者が同一であることを示しません。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
では、国から研究費用ももらってはいけない、企業からもらってもいけない。どうやって研究するんですか?
7
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
で、春日さんも大学としてその構造内に居るので、原子力を擁護するようなバイアスのかかった発言しか出来てないという事ですよね。その割には原子力に関して批判が可能に見えますが。その構造と言うのは、具体的に何処に見えるのでしょうか?
4
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
同一と見える様な書き方であれば、申し訳ないです。同一ではない事は最初から承知で(何回も春日さんや平川さんと議論させて頂いているので理解はしてます)、同一ではない前提で書いていたのですが。 QT そのことは両者が同一であることを示しません。
3
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 国や企業から研究費を貰ってはいけないと言うことではなくて、そういう現実を踏まえた上で「御用」性や説明責任、利益相反について考え直す必要があるということです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 どう研究するかですが、90年代の案としては世界的な研究をする「研究大学」と非研究大学を(あるいは個人を)区分けする、というものでした。これがベストの案とは申しませんが、たたき台にはなると思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
というところで、しばらく離脱します。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
「そういう現実」と書かれてますが、具体的にそれはどこの企業からのお金で、どういう同調圧力があったのでしょうか?文科省の予算であれば、誰がどの様に文科省から言われたのでしょうか?
4
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
構造自体というのなら、アカデミックに原子力のお金がちょろっとでも入っている現状は、アカデミック全体がそういう圧力を感じるはずですが。
3
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
その研究予算は誰が出すのですか?と問うているわけですが。 QT 90年代の案としては世界的な研究をする「研究大学」と非研究大学を(あるいは個人を)区分けする
3
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月29日
非政治化の意味は了解しました。 しかしこの一年、STSが影響力を持てなかったのは、STS自体の持つ政治性のせいで自縄自縛に陥ってしまったからではないかという気がするのですが。
1
sivad @sivad 2012年3月29日
牧野さんの研究は比較的産業と関連の深い方でしょうけど、すばらしい批判精神をお持ちですし、パーマネントで産業から遠くてもダメな方だっているでしょうから、確かに原子力系はあまりにひどくはあるのですが、産業にタッチしなければいいというものでもないかと。制度的には財源の多様化でバランスをとるという方向になると思います。ただそれ以前に、日本の大学の民主主義における役割だとか、権力に対する学者のカウンター機能だとか、そういう議論が大学改革の際にほとんどないことが問題かと。
4
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 そんな極端なことを主張しているわけではないです。>「アカデミックに原子力のお金がちょろっとでも入っている現状は、アカデミック全体がそういう圧力を感じるはず」
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
なんというか、例えば「小学生のお小遣い程度でも大学人が買収できる」という主張をする人はいないと思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 「その研究予算は誰が出すのですか?」ですが、従来型の(国益とは切り離されて支出される)科研費というのはひとつの回答になるかと思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月29日
@katot1970 あとは、NPOとか、ナショナル・ジオグラフィクスの売り上げとか、そういう欧米モデルを採用することは可能ですね。多元化すれば利益相反に引っかからない議論のあり方も追求しやすくなります。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月29日
単純に需要がない研究にはお金が集まらないというだけかと。お金が集まらない人が不公平だから(あるいは多様性を損なうから)いっそ全員もらうのやめようみたいな話では誰も幸せになれない気がします。
2
緑茶 @greentea13579 2012年3月29日
その科研費の配分の時点における政治性の排除というのはどのように担保されるのでしょうか?また欧米モデルにおいては一般の営利企業等が出資するインセンティブはあるのでしょうか?なんか従来の形態より美味しくなさそうに見えるのですが。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
そんな極端な一般化をしてはいけないという批判を僕があなたにしているのです。「構造」にしてしまったのは春日さんです。極端じゃない話をしてくださいというのが、そもそもの趣旨なんですが。 QT そんな極端なことを主張しているわけではないです。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
お金が貰えるからお金を払う人の都合のいい結果を出すようになったかの様な極端な事を書くから、そうじゃないと言っているんです。 QT そんな極端なことを主張しているわけではないです。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
あと、NPOだと利益相反に引っかからない理由は?例えば、グリーンピースが研究費用を出し捕鯨反対の為の研究をさせて、ハイ・ノ-ス・アライアンス http://www.kujira.no/ が研究費用を出して捕鯨は環境にいいという研究結果を出させて、そうなった時でも、「競争的資金中毒」みたいな汚染は無いと言い切るの?
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
ナショナルジオグラフィックだって、そこに誰が資金を出してるの?その資金を出す人の意向は?
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
例えば、小額の寄附しか駄目だという規則と、誰が出したか記録しないという規則で研究資金を集める形にしたとしても、結局、その研究をする機関は研究費用の為に世論に敏感になるだけ。世論迎合した様な研究って中立なのでしょうか?
2
kato takeaki @katot1970 2012年3月29日
渡邊さんは、 https://twitter.com/#!/ynabe39/status/185301085953589248 と仰ってますが、その通りだと思います。結局の所、自然科学においては、その科学性が担保となるわけで、ある研究者が自然法則を無視した、スポンサーに迎合した研究結果を出しても、他の研究者の追試で否定されるだけです。
2
{白,黒}のカピバラの左随伴右随伴 @ainsophyao 2012年3月30日
STS は注ぎ込まれた人月が少ないので蓄積があまりなく極めて大雑把な話しかできない。私はそれだけのことだと思いますね。katot1970 さんは具体的な状況を様々ご存知のようですから、人月の足しになってあげることは STS にとってとてもよいことだと思います。
1
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
資源動員論的に科学者を論じてみる。一部の科学者に怒ってます。 http://togetter.com/li/280569
0
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
ちなみに、これは「感情論」ですが、一般市民として、katot1970さんのような方の「ご研究」のために税金はビタ一文払いたくないな。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月30日
わわわ、ナショナルジオグラフィックは非営利団体なのですね(つまり欧米モデルは営利団体排除モデルであると)。不勉強(非常識?)でお恥ずかしい。。。とんちんかんな質問を投げて失礼しました。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月30日
恥さらしついでに欧米モデルでもkatot1970さんがおっしゃるような非営利団体自体についている「色」をどう排除するのか、研究資源の細分化零細化はどうするのか(がまんするのか)等、このモデルが実際どのように運用されているのか非常に興味があります。
0
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
科学研究に金をくれ、というのは科学でなく、政治ですよね。みなさん、わかってますか?
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月30日
もし利益相反について論じるのならば、むしろ科学の価値中立性を擁護する立場からの方が筋が良いように思えるのですが。
1
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月30日
この一年間に起こったことは、いっぽうで科学が「反体制の御用学問」になった場合の危険を示しているように思えます。それを考えると、あえて科学の価値中立性を復権させるべきではないかという気がします。
1
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
「いっぽうで科学が「反体制の御用学問」になった場合の危険」「あえて科学の価値中立性を復権させるべきではないかという気がします」――科学者(の一部、大部分?)っていうのは、本当にあきれるくらいナイーブなんですね。
0
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
仮に「客観性」とか「中立」とかがあり得るとしたら、それは異なる立場の人びとによる「交渉」の結果でしょう? 「科学の価値中立性」という主張の「政治性」が3.11後、誰の目にも明らかになったというのに、まだこんなことを言ってる。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
「自然科学」自体には価値中立性云々はそもそもナンセンスです。自然法則を人が理解出来る様にするだけですので、そこに価値性はありません。自然科学で得られた知見をどう使うか?という所に価値性が発生しますし、政治性も発生します。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
こんな前提さえ解ってない人は、そもそもこういう議論に参加しようとさえ思わないと思いますが。QT 科学研究に金をくれ、というのは科学でなく、政治ですよね。みなさん、わかってますか?
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
ニュートンが『発見』しなくても、それ以前から林檎は落ちていたし、キュリーが『発見』しなくても、ウランはそれ以前から放射線を出していたし、今後も出し続けます。
0
廣田鉄斎 @hirotatessai 2012年3月30日
了解です。ただし「自然法則の非歴史性」と「自然(宇宙)の斉一性」の仮定は、一種の形而上学的信仰だとおもいますが。
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月30日
もちろん、科学の価値中立性を尊重すること自体、きわめて政治的な立場です。考えようによっては、全方面に喧嘩を売ることを意味しますから。
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月30日
@katot1970さんが言われたように、科学の価値中立性というのは、科学者が価値中立かどうかとは関係ない話ですね。そもそも価値中立な科学者など存在するわけがありません。
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月30日
簡単に言えば、科学が価値中立であるというのは、科学のプロセスから価値判断を除外できるという考えな訳ですが、一方で、科学のプロセスにも価値観によるバイアスが入っているのではないかという意見もあるわけです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
@greentea13579 「非営利団体自体についている「色」をどう排除するのか」の件ですが、政府や産業界の資金についている色も、非営利団体の色も決して排除はできないので、(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
@greentea13579 なるべく多くの色がついた組織が独自の研究をやって、それぞれを公開の場でだれでも比較検討できるようにするのがいいだろう、というのが世界的な議論の流れかと思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
グリーンピースが資金を出している研究は「捕鯨反対」にバイアスがかかるし、日本政府の研究は推進にバイアスがかかるであろう、と。そこで、その二者が合意している点はとりあえず事実として扱い(続)
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
(承前)そうでない点は、議論したり、あるいは追加の研究を行ったり、第三者委員会をつくったり、といった手法で検証していく、ということですね。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
無色を目指すのではなく、様々な色を重ね合わせることで見えてくる合意事項と異論を明らかにすることが必要なわけです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月30日
まぁ、長くなりましたし、私としてはだいたいこのへんで…。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
科学は反証可能性があるわけで、科学というだけで自動的にこの条件は満たされていますね。 QT それぞれを公開の場でだれでも比較検討できるようにするのがいいだろう
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
ここは、ちょっと意味が解らないです QT 科学のプロセスにも価値観によるバイアスが入っている
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
これは全くその通りです。ただ、その様な科学者が、自分の出した研究結果について自分の価値と合わない結果が得られる事は普通にある事です。その時、自己の価値観に合わせて結果を捏造する様な科学者は存在しえますし、その時は個別具体的に批難するだけです。 QT そもそも価値中立な科学者など存在するわけがありません。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
そして、先ほど書いた様に、科学的結果は何時でも誰でも検証可能ですので、捏造した疑いがあるというのであれば、検証すればいいだけです。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
観念的に一般論っぽい事を書くので、次々とNPOとか第三者委員会とかの方向に行くのですが、結局、「じゃあ、その第三者委員会は誰がどうやって作りどうやって運営するの?その中立性は誰がどうやって担保するの?」と延々と終わらないのです。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月30日
結局の所、春日さんのここで纏められた様なものの言い方は、「科学・技術と市民」、「社会と市民」、「政府と市民」、「市民と市民」の断絶しか産まないのです。
4
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011 2012年3月31日
「科学者と金」の話に関して、一般論としては春日さんの言ってることはそれ程筋違いではないと思うんですが。どうしても個別の人に関しての話に矮小化しようとするから、話がかみ合わなくなるんだと思いますよ。
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年3月31日
「科学者と金」については、個々のケースで関与する要因が違いすぎるので、一般化するのはむしろ問題だと思います。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
最後といった後になんですが、もう一回だけ。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@katot1970 (1)「科学的結果は何時でも誰でも検証可能ですので、捏造した疑いがあるというのであれば、検証すればいいだけです」と思う方にとっては別に研究費が誰からどう回ろうが、どうでもいいわけです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@katot1970 (2)一方で、(政府がやろうがNPOがやろうが)研究費などによって研究の方向性にバイアスがかかるだろうと疑う方については、研究費の財源を多元化することは重要なわけです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@katot1970 (3)従って、この二つの考え方を採用する人たちにとって「研究費の多元化」が問題であるとはは本来争点にならないはずです(ベストな配分という議論は基準が異なるので合意できないかもしれない)。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@katot1970 (4)「NPOの研究は歪むが、政府の研究は歪まない」(あるは逆)という想定は論理的に奇妙なものに思われますが、そういう想定をした場合だけ、問題が微妙になりますが、この場合も…
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@katot1970 (5)「逆の考え方をする人もいるわけだから、とりあえずばらかしてみよう」というのは現実的な落としどころであるはずです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
というかですね、何故か解決法のほうに議論が集中していますが、たぶん @katot1970 さんが納得いっていないのは私の「現在の研究体制に問題がある」という主張のほうではないですかね?
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
私は日本のアカデミズムが風邪を引いていると思っているので処方箋を色々考えているわけですが、たぶん @katot1970 さんはそもそも風邪を引いていると思っていない、というだけの話のように思われますが…。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月31日
skasugaさん、有難うございます。うーん、無色なお金しかだめ、としないなら、国や企業からの資金が入ってもいいのではないですか?問題は反証が十分出来る環境(研究資金不足でインパクトのある反証を出せないことがないように等)の整備といった学会内のシステムとか、零細な研究(カウンター的なものも含む)にいかに光を当てて学問の多様性を確保するか、だと思うのですが。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月31日
前コメントしたこととかぶりますが、国や企業等の社会的権力からお金をもらったこと自体をもって事後的に科学者全体に連帯責任をとらせたり、いっそ国や企業からの資金は断つ、みたいな話は、学問を萎縮させるだけのような。そもそも国の政策や企業の社会的活動との距離の遠近だけで科学者の責任は問うことに無理がある気がします。だからエア御用みたいな倒錯した話が出てくるのではないかと思うんです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@greentea13579 解りにくい言い方で申しわけありません。国や企業からのお金をゼロにすることは非現実的ですし、そういうことを主張したいのではないんです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@greentea1357 要は(1)研究費の財源のバランスを取ること (2)研究財源などの情報は開示すること (3)政策論争の場ではそれらの情報を極力反映するようにすること 等が重要だということです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@greentea1357 あと、昨今の大学では研究費をどんどんとって、どんどん研究しないと出世できないどころか大学にも残れないという圧力が強すぎて、研究の社会的影響などについてじっくり考える暇もなくなっているので…
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
@greentea1357 そういうことができる時期やそういう種類のポストを一定数用意することも必要だと思っています。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
greentea13579さんの仰る通りだと思います。そして、(1)のバランスは誰が取るの?(2)春日さんは https://twitter.com/#!/skasuga/statuses/184830757808771075 と書いてらっしゃいましたが、一体開示されない、闇で研究資金をもらってる所なんてあるの?無いのなら藁人形だよね(3)それ、そもそも「科学者の責任」じゃなく、政治の責任だよね?
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
あと僕は「日本のアカデミズム」が風邪を引いてるとは思ってませんが、アカデミズムを支える体制は風邪を引いていると思ってます。独立法人化の話が出た時から駄目だと言ってます。研究分野の多様性を確保しなければいけないし、その為には「研究者が自分で金を稼いで来い」では、例えば小出さん(いや、彼の講演とかは科学的に間違ってますが)みたいな人は、今の体制ではもう出てこないでしょう。
2
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
だから、事業仕分けの様な、個別具体的な研究分野に関して無駄かどうかを国が判断するなんてとんでもない事だと思ってますし、そう言ってます。一括して研究用の予算を確保し、どの研究分野にどれだけ出すかはアカデミックの自治に任せられている方がいいと思います。
2
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
結局、この元のまとめでは春日さんは「科学者の責任」を問うてらっしゃいましたが、コメント欄では政治の問題を問うてらっしゃいます。そして、元々の発言群では分断しか産まないというのが、コメント欄で指摘しようとした動機です。
0
須田正晴(埼玉・鳩ヶ谷) @sudahato 2012年3月31日
「低線量被曝は無害or大したことない」という研究・統計・広報には資金が大量に投じられポストも用意され、その結果として吉川総長の云う「8対2」状況ができたわけで。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
(1)のバランスは誰が取るの? < 誰か超越的な立場の人(英雄的な政治家とか…)が取れるという話ではなく、みんなでゴチャゴチャと議論をしながら、徐々にバランスが取れていく、というのが民主制というものです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
(2)(3)については、「科学者が科学者として政治に参加し、発言するという責任を取ってこなかった結果」であるというお話しをずっとしておるわけです。
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
私の主張は、競争的資金(国家的な目標のために支出される)の枠を圧縮して、科研費(科学者の自主的な研究を支援する)枠を重視すべき、という議論になっているかと思います。@katot1970
0
KASUGA, Sho @skasuga 2012年3月31日
まぁ、今度こそ、こんなところで。
0
{白,黒}のカピバラの左随伴右随伴 @ainsophyao 2012年3月31日
katot1970 さんは一度、専門教育を受けていない方がどれくらい大雑把に物事を捉えているか、会ってみるといいと思います。 たとえば、科学と技術の区別が出来る人はそういないのです。科学といった時には技術が入るし、もちろん、それは産業も入るし、医学も入る。科研費の書類提出も科学でしょう。 ついでにいうと、外からは「科学的」という枕詞はハラールみたいなものなのです。ここには高い信仰の壁があって、驚くべきことに学者や官僚すらこれを超えられていない。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
低線量被曝は大した事が無いと考えている研究者も逆の事を考えている研究者も、研究結果自体は同じものが出ます。(出なけりゃ、それはどっちかが捏造している)そして、その結果の数値に対して、大した事が無いと思う市民や、危険だと思う市民がそれぞれ出るのも当然ですし個人の自由です。そして、それらを政策に反映される時にどう扱うか、それは政治の問題です。これらを峻別しないと何も言ってる事になりません。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
その「ゴチャコチャと議論」する人を、選挙で選び市民の代表を決め、それらの人(これを政治家と呼びます)が市民の代表として議論して決める事を、代表制民主主義といいます。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
「政治家が決めてはいけない」、「みんなでゴチャゴチャと議論」というのなら、代表制民主主義は駄目で、直接民主制じゃないと駄目だというのが春日さんの主張なのですね。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
コメント欄では「競争的資金(国家的な目標のために支出される)の枠を圧縮して、科研費(科学者の自主的な研究を支援する)枠を重視すべき」この様な方向に行ってます。で、元のこの纏めは「科学者の責任」でしたよね?元の発言が、科学者の自主的な研究が駄目かの様な印象操作になっている事を批判されているのですが。
1
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
ここね。これを言うのなら、結局どんな予算のつけ方をしようが、公正な研究なんて無いかのように印象操作されていると言ってます QT あるいは人間の批判的精神なんて金で折れるたぐいのものなのか…。
0
NiKe @fnord_jp 2012年3月31日
「資金が大量に投じられポストも用意され」たからAではなくBが主流の見解になるなんてことがあるとしたら、それはAとBのどちらも同じくらいに証拠があって本当らしく思われる時くらいでしょう。
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月31日
skasugaさん、国や企業からのお金をゼロにすべきという点は私の読み間違いでした。失礼しました。その上でですがやはりkatot1970さんがコメントされたのと同様の疑問があります。あと「みんなでがやがや」の「みんな」が出資者を指すのであれば、それは裏から「金も出すなら口も出す」を認めることになりませんか?
0
緑茶 @greentea13579 2012年3月31日
(以下はskasugaさんへの批判ではありません)あと私の頭の中で整理が出来ていないだけかもしれませんが、「御用的なもの」を批判する人が8:2みたいな話をすることにすごく違和感があるんです。2を大事にしたければこそ、その時々の多数決の結果でしかない「御用」との近さや社会的責任を負わせるべきではないと思うのです。もぐさんを潰して喜んでいる人達には理解できないかもしれませんが(おっと筆がすべった)。
0
kato takeaki @katot1970 2012年3月31日
だからこそ、安直な「科学者の責任」なんていう一般化は困ると言っているのですが。 QT たとえば、科学と技術の区別が出来る人はそういないのです。
0
評価シート @DSJ_Phuture 2012年3月31日
本当に「政治性」をアウトソーシングしたいんだねえ。
0
NiKe @fnord_jp 2012年3月31日
ああ、科学者や専門家に対して自分の政治性をアウトソーシングしているわけですね!
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
まとめ人がいまさら出てきてすみません。まずは 1) @ainsapiroさんがおっしゃるように一般の人の科学に対する認識はものすごく大雑把です。我々研究者がいくら金が入っても研究は曲げないと言っても、それが政治に十分な周知を得るのは難しいです。御用学者批判はネットでは絶滅危惧種かもしれませんが、世間一般では票として計算できるぐらいに残るでしょう。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
2) 実に悲しいことですが、エスタブリッシュされた理学系分野のように研究者の恣意性が除外される仕組みは科学全体にはまったく行き届いていません。だから、お金をもらった以上色付きという批判はある程度は当たっているのです。そういう分野とそうでない分野の差異を一般の方に分かってもらうのは大変困難でしょう。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
3)資金の多様性を求めるのならば、裏から「金は出すが口も出すという」状況は科学者が自衛しなければならないことです。対抗する手段は科学者自らが資金情報の透明化を進めることで信頼を担保することと政治への影響力を積極的に持つことだと思います。結果としては医師の世界のようにグレーで政治的な科学者の存在はどうしても必要になるかと思います。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
なんか、誤字脱字がひどい荒っぽいコメントですみません。skasugaさんと違って数分で思い付きで書いたものです。批判をお待ちしております。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月1日
科学者が政治への影響力を積極的に持つメリットがよく分かりません。むしろここでの議論は科学者の非政治性をいかに担保していくかが焦点だったと理解していますが。。。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
はい、ここでの議論の焦点は非政治性の担保なのですが、それを担保するのは政治しかない訳なので、その人員がいるという意味です。それは科学を知る科学者であった方がよいです。
0
バラライカ宮崎 @b_miyazaki 2012年4月1日
そもそも、科学の非政治性の担保がなぜ必要かというと、価値判断をアウトソーシングしないと実証性が保たれないからですね。そしてそれは、実証科学ならば必ずしも自然科学だけに限らない問題だと思います。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月1日
今だって例えば科学技術関係の国プロの評価をする人と国プロを受託される人は少なくとも建前上は分離されている訳です。しかし実態はその分離が曖昧でモラルによって守られている印象です。こういうところをしっかりとするんだったら、いっそのこと評価側に政治家としての肩書きを持たせる方がはっきりするのではないかと思います。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月2日
うーん非政治性の担保が政治にしか出来ないんでしょうか。というかむしろ政治には不向きだと思うのですが。その場の多数決である政治的決定をそのまま研究費に反映させることは、零細な研究に光を当てないことを正当化したり、科学に政治的責任を押し付けることを正当化するだけではないでしょうか。
0
kato takeaki @katot1970 2012年4月2日
そうですね。多数決で研究費配分を決めるなんて、そんな怖い話はありません。その具体的失敗例が事業仕分です。小出さん(彼の話は間違ってます)の様な人が研究できないという様な体制を作る事は、学問の自由的にみてもよろしくないです。ああいう、間違ってるものを、研究費を出さないという形で辞めさせる様な体制はよくない。他の人の研究で間違っている事を示す。そういう多様性と研究の自由性が重要。
1
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月2日
非政治性の担保をする者が何であるにしろ、それに権限を与えるのは政治の役目な訳で、今はそういうのを文科省の官僚達が肩代りしているのが現状であると考えます。官僚組織というのはノイジーマイノリティーに弱い存在なので多数決原理以上の悲惨な結果を産みかねません。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月2日
チャーチルの言うところの「民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」という言葉は科学政策にも当て嵌まると思うのです。事業仕分けという科学への暴力が起きた直後に、「はやぶさ」に代表される反動がすぐに来て民衆の支持を得たという点もまた心に留めておくべきだと思います。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月2日
今回の原発事故にしても、小出さんや早川さんといった「明かに間違った科学者」が反科学をカルトに導いて、結果的に科学への信頼回復を促進しているという面もまた見るべきでしょう。私が最大の成果だと思ったのは、その結果として児玉さんや武田さんのような一見正論を言ってそうで間違ったことをいう科学者の意見の影響力が相対的に低下した点です。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月2日
多数決原理の欠点を挙げるのは容易いことなのですが、ではその代わりによりよいシステムを築こうとすると、共産主義の失敗のように必ずやより破滅的な結果を招くのではないかというのが私の見解です。科学リテラシーの強者から見ると、とてももどかしいことかもしれませんが、科学リテラシーの弱者を信用してあげることが、かえって科学への信頼として返ってくるのではないかと考えます。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
自分の問題提起としては、早川さんや小出さんの存在がなかったとしたら、例えばきくまこさんのような、いい加減そうでいて実に科学的な科学者や、敢えて「大丈夫ですよ」と言う中川さんのような医師がちゃんと評価されるのはもっと遅れたのではないかということです。ifを言っても仕方がないのかもしれませんが。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月3日
官僚機構がノイジーマイノリティに弱いのであれば打たれ強くする方法を考えるべきかと。中立性を守るのが彼らの職責なわけですから。政治に委ねるということは益々ノイジーマイノリティの意見を取り入れることになるかと。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月3日
はやぶさに関しては私を含めた一般市民が親しみ易い研究だったというのが大きいと思います。それ以前にはやぶさを仕分けたのもまた政治的判断だったというのも忘れてはいけないと思います。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
今の日本政治がノイジーマイノリティーに弱いのは、事実上の官僚丸投げだからです。政治はそういうもののバランスを取るのが本来の役割。はやぶさについては、まさにそれによって政治的判断による事業仕分けは間違いということが一般の一部に知れ渡った訳です。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月3日
「日本政治がノイジーマイノリティに弱いのは、事実上の官僚丸投げだから」というのがちょっとよく分からないです。あと、政治的にははやぶさの仕分けは間違いではないんです。少なくとも仕分け時には政治的には合理性があったわけで(財政赤字を減らすという政策には合致)。そのように政治的意思は非常に相対的であり、その時々で変わりうるからこそ、その原理を科学に持ち込むことは妥当でないと思うんです。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
ならば、ノイジーマイノリティー以外の人が政治にも行政にも口を出さなすぎるという言い方で納得していただけますか?政治は選挙によってサイレントマイノリティーの発言権が担保されてますが、官僚機構はそうではありません。そして、合理的にものごとを進めて政治がうまくいくなら、官僚だけが必要で政治家はいりません。しかし実際にはそうではないのです。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
滅茶苦茶の行きあたりばったりに見える官僚による行政が、実は非常に優秀な人々の合理的なプロセスによる利益調整の結果であるということに同意していただけますか?いつまでも良心的官僚に頼ってばかりはいられません。太平洋戦争だって軍部の官僚達はまともだったと思いますよ。空気に押し流されてしまっただけで。それをNOと言える政治家がいなかった、いても2.26や5.15などのように護られなかったことが問題だったと思います。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
失礼。サイレントマイノリティー→サイレントマジョリティー
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
今流行の言葉を使うのならば、集合知は専門知と同じぐらいに賢いんです。いままで日本が犯してきた失敗のほとんどは集合知による専門知のチェックが機能していなかったことによると、自分は考えています。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月3日
すみません。やはりよく分からないのですが、つまりは行政裁量の範囲で行われている資金配分上の配慮(もしかしてこれが「御用」といわれるもの?)はゼロにして、100%の民主的コントロール下に置くべきということでしょうか。となると、民主的意思に沿わないカウンター的な研究にはお金が回らなくなりませんか?
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月3日
あと私は歴史は疎いので間違えて理解しているかもしれませんが、2.26や5.15の時に支配していた空気とは民衆の支持に裏打ちされたものだったのではないでしょうか。アカデミズムとの関係で言えば、その前の天皇機関説事件の大敗北が2.26や5.15への流れを決定づけたともいえるのではないでしょうか。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
いいえ、自分の研究資金についての考え方はむしろ、科研費のような競争的資金よりも運営交付金のような自由なお金を増やす方向が望ましいと思っております。しかし、その仕組みを維持する為の権力基盤が一部の人の良心によって支えられているからこそ、そこが不透明になり、いわゆる「御用学者」の幻影を産みだしてしまう訳です。以前に「官から民へ」のスローガンで郵政解散が行なわれたように、科学政策における「官からアカデミクスへ」の動きを作るとするならば、それは政治主導でしか実現しない。というのが論旨です。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
歴史については私もそんなに詳しい訳ではないのですが、太平洋戦争という大きな失敗はむしろ権力を持つ人間が本音と建前を使い分けすぎていて、「戦争をやったら負ける」と分かっていてもそれを民衆に対していえなかったことでしょう。それは「負ける」といったら日清日露で民衆の痛みの末に勝った割に旨味を得られない民衆が恐しい勢いでギリギリで成立していた当時の日本の安全保障システムを破壊するのではないかという、恐れから来たものではないでしょうか?
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
今の我々科学者だって、「科学は間違う、人も沢山殺し得る、それでも科学を信用してくれ」とはなかなか言えない雰囲気があります。多くの人の生死に関わることは科学を用いる政治のせいにしておけばよいという考え方を、科学者は捨てなければならない。そうである限り科学による悲劇はより大きくなってしまう。というのが私の考え方です。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
アインシュタインはトルーマンに書簡を送るだけでよいと思って書簡を送ったらマンハッタン計画がはじまって、結果として広島と長崎に原爆が落とされ、アインシュタインは激しく後悔しました。書簡を送るかわりにアインシュタインが抜群の知名度を利用して政治家になって原爆という危険な兵器を作ろうと民衆に直接訴えたならば、原爆は作られないか、作られてもそれを少しは止める努力ができたでしょう。自分が言いたいのはそういうことです。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
アインシュタインの間違いは、抑止力という考え方は政治家にしか分からなくて民衆に訴えても拒否されるだけだと思ったことではないかと思います。今の日本の市井に自然に発生した軍事オタク達は政治家よりもよりよく抑止力や自衛隊の存在意義を理解しているように思えます。何故、彼らを含む国民に信を問うことをしようとしないのでしょうか?国民も非専門家も数が集まれば馬鹿に見えて馬鹿じゃない。自分はそう信じています。信仰のようなものかもしれませんが。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
今だって、「原子力の平和利用を進めた科学者の中にあったのは間違いのなく科学者の良心である」と何故我々科学者は言えないのでしょうか?原子力の平和利用の難しさや危うさとエネルギー安全保障が欠落することの恐しさの対比を民衆は理解してくれる訳がない、だから安全と言い切ってしまおう。というのが、今回の原発事故の原因なのではないのでしょうか?
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
ならば何故、自分が傀より初めないのかと問われてしまいそうですが、今の自分は出勤時間すらろくに守れない科学の世界の中でしか生きられない人間で、政治家としての適正を著しく欠いているのです。だから、こういうことを言葉にすることでしか動けません。無念です。
0
kato takeaki @katot1970 2012年4月3日
支離滅裂で緑茶さんの問に何も答えてない。
0
kato takeaki @katot1970 2012年4月3日
五・十五事件は、特に民衆の支持があったわけじゃないです。海軍軍縮条約反対派が行ったものです。嘆願等が事件後に無かったわけではないですが。その結果の罪が緩かったってのが、二・二六事件の遠因とは言われてますが。二・二六事件も別に民衆の支持があったわけではないです。
0
kato takeaki @katot1970 2012年4月3日
民衆の痛みって何でしょうかね?講和に対して、何でもっと賠償金を取らないんだ。出さないって言うのならもっと戦争をやれって民衆は言ってたわけですが。特に日露戦争後は日比谷焼き討ち事件も起きてるし。 QT 日清日露で民衆の痛みの末に勝った
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月3日
2.26や5.15自体には民衆の支持はなかったようですね。ただ、戦争へ向かう暗黙の空気のようなものがあったはずです。今の国家破綻への道を歩む日本の空気と同様のものと自分は理解しています。青年将校達の思想は今のネット右翼のそれと類似しています。それと、明治維新後の日本は徴兵制です。兵士として優秀そうな人は義務として兵隊にされていたのです。そして少なからぬ人々が戦場で死んでいきました。莫大な戦費は勿論国民の税金です。これは痛みといっていいのではないですか?
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月4日
それを民衆全体の意見と解釈するのは飛躍でないですか?戦後に我々はそうだったと教育されてきた訳ですが。大体それを煽っていたのは朝日新聞などのマスコミであった訳ですし、その記事が残っている訳です。戦前の記憶のある一般の人に話を聞いても戦争を望んでいたようなことは聞きません。 言わないだけかもしれませんが、本気でそう思ってなかったように聞こえます。 QT 戦争をやれって民衆は言ってた
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月4日
すみません。2.26と5.15について民意の後押しがあったという点は間違いですので撤回します。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月4日
というかほぼ官僚がフリーハンドの戦前と一応の民主的統制下にある今とは政治体制が違い過ぎて単純比較は出来ない気もします。現在の民主的統制が不十分だとしたらそれは政治体制の問題であり、科学者が政治に入って解決するもんでもないかと。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月4日
競争的資金というのはざっくり言うと国の政策に沿う研究に対して交付されるものですよね。でしたら民主的統制強化を志向するなら、むしろこれは強化されこそすれやめるべきではない気もしますが。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月4日
そうですね。基本的には政治の問題であり、それはすなわち国民の政治意識の問題です。もし大部分の国民がアカデミズムの世界に過剰な、特に経済的な、競争原理を持ち込むことが不適当でアカデミズムの自由に対するある程度の適切なチェック機構を伴う信任を与えてくれるのならば、科学者が政治に入る必要は大分なくなると思います。しかし、そうでないのならば科学者が政治に入る方法しか、なかなかよい案が考えつきません。greenteaさんのような方がマジョリティーならばよいのですが。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月4日
ほとんどの一般市民はアカデミズムを信頼し信任していると思いますよ。少なくとも私はアカデミズムに対する不信という話はSTSの話で初めて聞きました。一般市民にとっての関心事は科学が真理探究という本来の職責を全うしてくれるかどうかであって、科学に責任をとってほしいとすれば真理でないことを語ったことに対してだけなんで。制度上真理探究に障害があれば改善すべきだとは思いますが、科学が政治的にどっちを向いているとか政治的に責任取るとか全然興味ないんですよ。
0
緑茶 @greentea13579 2012年4月4日
改めて「競争的資金制度について」を読んできました。 http://www8.cao.go.jp/cstp/compefund/index.html 民主的統制と研究の多様性確保の両者のバランスを取ろうとしているように読めましたが、どのような弊害があるのでしょうか。
0
いちかわ けんと @kentosho 2012年4月4日
はい、今のまま続くのならば、科学者側から注文するとするならば悲惨な環境に置かれている若手の保護、という視点ぐらいです。http://j.mp/HSLDBb ここを参照してください。科研費制度は成果の質より量を見る制度ですから長期的研究を阻害する要素がありますが、ここは若手問題さえクリアできれば科学者側の努力でどうにかなります。科学のことを心配していただいてありがとうございます。
0