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津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか』紹介

 津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(岩波書店、2004年)は、疫学や公衆衛生という視点から水俣病問題をとりあげ、その対策の問題点を論じた好著です。311以後の放射能汚染問題にもつうじる議論に思えたので、その一部を抜書きして紹介のためにつぶやきました。  残念ながら、本書は現在入手が容易ではありません。私の近所の地方図書館には所蔵がありませんし、アマゾンのサイトには中古本はあるものの高価な値がついています。ですので、抜き書きをまとめることで多くの人の目にふれ、考えるきっかけにしてもらえればと思っています。  [追記2014.08.05]2014年5月、岩波現代文庫から文庫版が出版されました。関心をもたれた方はぜひお買い求めください。  『医学者は公害事件で何をしてきたのか』岩波現代文庫版、2014年、アマゾンのリンクはこちら:http://amzn.to/1lvHuZ1  続きを読む
環境
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dabitur @dabitur
ようやく通読しました。疫学の議論は平易ではないけれど、放射能汚染対策を考えるためにはつよく推薦したい。 / 津田敏秀(2004)『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(岩波書店) http://t.co/ylR2awWu
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dabitur @dabitur
『医学者は公害事件で何をしてきたのか』「はじめに」はこんな感じ:「科学者は「真理」を追究することに生涯を捧げ、科学研究費は「真理」の追究のために使われ、そのような追究に励む科学者に対して、行政や企業は科学研究費を支給しているはず、と読者の皆さんは考えておられるだろう」(p.ⅴ)
dabitur @dabitur
「しかし、科学研究費というお金や、研究者としての地位、学内・学外政治、学閥というものが現実的に存在している以上、一般社会と変わらぬ生々しい側面も持っているということを、支払い側である国民としては自覚しておくべきであろう」(ibid.)
dabitur @dabitur
「さらに、コスト競争を強いられるためにエネルギーが外に向かう一般企業とは異なり、学者社会では*公的研究費というパイが限られているために、生々しいエネルギーは一層内向きに、また強烈になる傾向があることも知っておくべきだろう。その生々しさは公開されていないがゆえに暴走してゆく」
dabitur @dabitur
「本書は、その*例を挙げ、科学研究というものに監視とシステムの改革が必要であるということを訴えることを目的としている。そして、そのような監視の役割をわが国の厚生行政が果たしておらず、逆に科学研究を誤った方向に導きかねない構造を持っていることを指摘することもまた本書の目的である」
dabitur @dabitur
「科学者の監視は、税金の無駄遣いを防ぐためのみならず、この国でひとたび薬害や公害・食中毒の被害者となった場合には、監視システムがないために誤った判断 が下され、とてつもない理不尽を被ることを覚悟しなければならないという現実を打破するためにも必要なのだ」(ibid., p.ⅴf)
dabitur @dabitur
ちなみに、さきほど水俣病の汚染対策の不備を指摘した発言を引用(https://t.co/vpDXUHNO)したけど、同じことは本書でも言われている。以下に引いておこう。
dabitur @dabitur
「常識的に考えれば誰にでも分かるが、食品が有毒化していて多発している病気の原因食品が何であるかということが確認されている時、その病気の発生を予防するには、その食品を食べなければよい。工場廃水がどうとか、海の汚染がどうとか、という問題とは全く別である」(ibid., p.18)
dabitur @dabitur
「この時点で原因食品を食べるのを止めさせなければ、たとえ工場排水を止めたとしても病気の発生は予防できない。原因食品が水俣湾産の魚介類であることは、綿密な調査結果の後に1956年2月にすでに判明している。この時に、食品衛生法に基づいた被害調査と対策が行われるべきであった」ibid.
dabitur @dabitur
「これが食品衛生行政の通常の処置である。それを阻止したのが厚生省公衆衛生局長が出した回答だったのだから、国の責任がないと国が主張すること自体が不思議である。このような異例な措置の後、同様の経過をたどって次の大規模食中毒事件、カネミ油症事件が起こることとなった」(ibid.)
dabitur @dabitur
「ただ、水俣病の場合は、病因物質が判明してからも、ずっと被害調査も対策も行われなかったのであるから、もともと何もしたくはなかったのだろうと思われても仕方がない部分はある」(ibid.)
dabitur @dabitur
「食べ物に毒がすでに混入してしまった場合の対策は単純である。その食べ物を食べないように対策を取ればよい。*簡単に説明してみよう。終戦前後の食糧難の頃に、静岡県浜名湖のアサリ貝がなぜか有毒化し(病因物質不明)、それを自分たちで採取して食べていた周辺住民から多数の死者が出た」p.50
dabitur @dabitur
「昭和24年(1949年)、静岡県は食品衛生法を適用し、住民がアサリ貝を食べないようにした。もちろんこの対策により新規の患者や死亡者は発生しなくなった。 対策といってもただそれだけの単純なものである」(ibid., p.50)
dabitur @dabitur
「ここで問題を整理しよう。つまり対策を念頭に置けば、水俣病の「原因」はメチル水銀と考えるべきではなく、『水俣湾産の魚介類の摂食』であると考えなければならないのだ。不思議なことに、このことが水俣病問題においてはほとんど論じられてこなかった」(ibid.,p.50f) 
dabitur @dabitur
「水俣病事件は、医薬品および医薬部外品を除く全ての飲食物を対象としている(食品衛生法第ニ条)食品衛生法によって迅速に処理されなければならなかった。保健所が通常の集団食中毒事件として同法第二七条に基づいた調査・報告を行っていれば、被害は最小限に抑えられた」(ibid.,p.51)
dabitur @dabitur
「これは、私だけの意見ではない。当時の公衆衛生関係者はすでに気づいていた(例えば、『四日市公害―その教訓と幻世紀への課題』吉田克己、柏書房).そして、水俣病事件で通常の食中毒事件としての処理を行わなかったことが、次の大事件を引き起こすこととなる」(ibid., p.51f)
dabitur @dabitur
「他の事例を考えても、病因物質が判明しないうちから人々はさまざまな対策を打っていることがわかる。*2003年春のSARS*の流行の際にも、病因物質がコロナウィルスであると判明する以前に、さまざまな対策(経済活動に大きな打撃も与えた対策)がとられていた」(ibid., p.53)
dabitur @dabitur
「ところが*この「病因物質の判明は対策をとる際の必要条件ではない」という事が、水俣病事件では実質的になぜか「病因物質の判明が対策をとる際の必要条件である」というように変えられてきた* 国や熊本県は後の裁判においてこのことを徹底的に利用して、国・熊本県には責任がないことを主張した」
dabitur @dabitur
「そしてそのことが責任逃れに有効と分かると今度は、国や熊本県は一般的には病因物質の判明は1959年であるにもかかわらず、どんどん有機水銀説、とりわけ塩化メチル水銀説に不明な点や暖昧な点、あるいは論点があったということにし*『病因物質』判明の時期を遅くへ遅くへと移動させていった」

コメント

ついたこ @twitaco 2012年4月2日
復刊ドットコムの投票もできます。 『医学者は公害事件で何をしてきたのか(津田 敏秀)』 復刊リクエスト投票 http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=50540 via @fukkan_com
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