10周年のSPコンテンツ!

アニメ監督 佐藤竜雄氏によるアニメのプレスコについて

プレスコとは、絵より先にセリフを収録する手法。収録されたセリフにあわせて作画する。 アメリカのアニメはプレスコが主流で、日本のアニメはできあがった絵にあわせて収録するアフレコが主流。 「プレスコ - Wikipedia」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%B3 役者に「生身ぽい」芝居を要求するのなら、プレスコではなく、まず「絵」を提示すべき、というツイート。
アニメ 創作
17
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
iPadやらiPhoneやら、ストップウォッチのアプリがあるけど、ダメダメ。基本、カットの間、台詞の間、芝居の間…モロモロの計算をしないといけないのでアプリよりも980円のウォッチを一月で使い倒すくらいが丁度いい。だったらプレスコでいいじゃんと思う人もいるかもしれない。でもダメ
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
アニメのプレスコはプレスコじゃないよ。あくまで方便としてプレスコと言っているだけ。そもそも役者の芝居を信じてカットを積み重ねる、なんてことはありえないから。アニメは絵と音の相互作業ってことを考えると最終的には演出家のプランがあるわけで。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
えーと、そういう事を言ったら「声優の芝居をどう思っているんだ」とか「声を大事に思わない作品なんか」と思う方もいるでしょう。いや、でもね。日本のアニメってのは「週刊で連載しているマンガが動いてる、すげー」というところから始まっているわけで。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
アニメの本質はともあれ、日頃目にしたマンガのキャラが動いてしゃべる、これが商業アニメとして発展してきた日本のアニメなわけで。だからこそ、スポンサーもついてきたし、視聴者も沢山だったわけです。そこは否定しちゃいけない。俗物だから今がある、それが日本のアニメ。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
じゃあ、「そのアニメの声ってのはどういうんだよ?」という所に関しては、大昔は「子供の役は子供がやるべし」とか「演劇的な要求にのっとって」という感じで、むしろ音響優先な流れがあった。その根底には「アニメなんて所詮ニセモノ」「子供のものでしょ」という大人の思惑が。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
しかし、そんな思いだって所詮は子供の立場に立ってないじゃないか、という事で「子供の役は子役が」「勝手に吹き替えればOK」という流れから、若い女性が子供役を演じる、音響演出というものに重きをなす、という流れが出来ました。時期としてはブー・フー・ウーとかその辺あたりか。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
マンガの絵と、生身の役者のコラボ、それがアニメの「声」の魅力だったり。予想しなかった声がキャラの口から発せられる、そういうサプライズが原作アニメにおいても魅力だったり。発想の基本はまずは絵であって、そこに声がのるから面白い。まずはそこが基本。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
こういうキャスティングに敢えてこうしてみた、普段こういう役どころだから今回はこういうキャスティングだよ、そういうのはアリだ。それに反する形でプレスコしてフィルムを作るってのも面白い。しかし「ただ演じてもらったもの」に絵を載っければいいじゃん、とか考えちゃうのは逆に役者に失礼。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
うーん、そういう問題じゃないんですよ。絵が未完成であっても「絵作り」というものはあるわけで。 RT @y_oya: @seitennhyohyo なかなかアフレコ時点で絵を完成させるのは難しいのではないですか?最近はデジタル作業でしょうけど、ご苦労察します。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
「方便としてのプレスコ」ってのは、「声はここまでやるんだったら絵はここまでやらなきゃ」「あ、絵がこう来たんだったら芝居こうしよう」という絵と作画のセッション的なやり取りのために「あえて」プレスコするっていう。決して役者の芝居に寄っかかるという怠慢ではなくてね。
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
以前、関わった仕事でいえば、コンテ撮あるいは原画撮影で芝居を吹き込んでから、あらためて絵が出来たところでアフレコするってのがいいですねえ、なんて話を役者さんと話をしました。アニメにおいて「生身ぽい」芝居を要求するのなら、むしろそれはプレスコじゃない。「絵」を提示しないと
佐藤竜雄 @seitenhyohyo
うわー、これ以上書いても反映されなさそう。今宵はここまでに。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする