ニセ科学いろいろ

・まとめて読めるようにしました。 ・誰でも編集出来ます。 ・既に別のリストがあるので、大体その続きになるような感じにしました。 ・私のタイムラインから見えやすい所を抽出しました。偏っています。 ・本題には関係ないだろうと思ったものは入れてません。偏っています。 続きを読む
菊池誠 非科学 トンデモ科学 科学 ニセ科学 疑似科学
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kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
定義はできないと思います。反証可能性も「科学の定義」ではないのでは。まあ、僕は「定義しない派」なんで、バイアスかかってますけど @_heartyfluid
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
.@_pseudoctor ええ、「反証可能性のないものは科学ではない」という基準ですね。まあ、これ自体は便利な基準だと思いますけど、反証可能な非科学だってあるはずということで
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
血液型性格判断はむしろ「とっくに反証されている問題」と言うべきでしょう。 @_pseudoctor
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
@_heartyfluid 自分や科学界の多くが「科学」とみなしているものは、科学に含まれなくてはならないわけです。実例なしに定義しようとするとたいてい間違うので、可能な限りの分野や実例を思い浮かべて、それらをきちんと含む定義が作れるかを考えてみる、ということになろうかと。
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
僕が定義しないのは、昔「SFとはなにか」とか「ロックとはなにか」とかいう定義論争をさんざんやったからで、結論は「実例の集合を見る以外にない」ということ。本にも書いたけど、SFの定義なら「スターウォーズ」もディックもクラークも円城塔も含む定義になってなければ、その定義は間違い
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
定義は科学哲学の人にまかせて、僕はその定義に納得できるかどうかだけを考えればいいかなと。そして、納得できる定義がなくても特に困らない。
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
科学とはだいたいどういうものか、は説明できるんですよ。そして、明らかに科学であるもの、明らかに科学でないものについては、多くの研究者の意見は一致するはず。それがなんらかの「定義」で語れるものかどうかというと、僕は語れないと考えています @ublftbo
早川由紀夫 @HayakawaYukio
「ニセ科学」というレッテルは、科学の土俵に乗らないもの、科学の方法でその真偽を確かめることができないものにのみ貼るのがよい。誤っていることを科学の方法で証明できるものをわざわざ「ニセ科学」と呼ぶと、弊害が生じる。科学で検証できないことかと誤解されてしまう。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
「ニセ科学」や「誤った言説」を信じるか信じないかは、個人の自由だ。自分に害毒が及ばない限り、他人がとやかくいうことがらではない。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
というわけで、御池山に隕石孔があると主張する人がいて、それを信じる人がいて、大勢の人が集まって町おこしができるなら、それはそれでけっこうなことです。
@ublftbo
整理。「科学(あるいは科学的)」←これは「プロセス」と「命題(言明、主張、仮説、等々)」のそれぞれにかかる場合があるので。血液型性格判断は反証可能だから科学だ、というのはおかしい。その場合、「科学」であるのは方法、文脈から考えれば「(社会/パーソナリティ)心理学(的方法)」です。
@ublftbo
我々が、「血液型性格判断はニセ科学である」と言う場合、「血液型性格判断」には、「血液型と性格に強い関連がある」「高い確率で予測出来る」という意味内容が含まれています。当たり前ですが、「それが成り立っている」という含意がある訳です。
@ublftbo
「ゲーム脳」が「ゲームをすることで脳に深刻なダメージを与える」って意味であるのは分かりますよね。その場合、その言明自体は実証(検証/反証)可能です。しかし、だからと言って、「ゲーム脳は科学」とはならないでしょう? その場合に科学が「かかる」のは心理学や神経科学の「方法」なのです。
PseuDoctor @_pseudoctor
引用された http://ht.ly/1VSwh の作成に関わった者です。正直言って、あの文章から「間違った科学もニセ科学」と読み取られたのには強い衝撃を受けました。 http://togetter.com/li/28001
PseuDoctor @_pseudoctor
何故なら、そうした誤読を受けない様に注意して文章を組み立てたつもりだからです。「これはどういう意味でしょうか」と書かれたので御自分の読解が間違っている可能性も考慮されたかと一瞬思いました。 http://togetter.com/li/28001
PseuDoctor @_pseudoctor
しかしどうやらそうでは無く、その後も「間違った科学は全てニセ科学」という御自分の誤読に基づいた批判を展開されていますね。これは「藁人形論法」の一種と言えます。 http://togetter.com/li/28001
PseuDoctor @_pseudoctor
「血液型性格判断」が問題なのは、とっくに反証されたのにそれを頑として認めない人達が居る点、既に人口に膾炙し差別を生み出している点などです。私の知る限り古川の業績をニセ科学と呼ぶ人は皆無ですが、能見はニセ.. http://togetter.com/li/28001
PseuDoctor @_pseudoctor
科学かどうかは重要。だって、能見さんとかABO FAN君とかは一生懸命に血(ryを科学的に見せかけようとしている訳で。だからこっちは「そんなの科学じゃない」って指摘し続けている。 http://togetter.com/li/27826
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
科学的間違いをニセ科学と呼んではいけませんよ。ニセ科学問題を真剣に考えている人の中に、そんな人はいないでしょ。血液型性格判断は1920年からの歴史をきちんと踏まえたうえで「ニセ科学」とされているので、「科学的間違いだから」ではないです。 @HayakawaYukio
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
H16に書いた古い文書ですが http://bit.ly/aadJ4y を参照してもらえるとありがたいです。科学的間違いはニセ科学と呼ぶべきではないことや血液型の位置づけなど、今の論点はだいたいこの時点で書いています。加筆すべき部分も多いですが @HayakawaYukio
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
普通に科学的な手順を踏んで論文として発表されたものは、結果として間違っていたとしても科学ですよ。そういうものは膨大にあるし、今日も新たなものがいくつも発表されていることでしょう @sb_bs
kikumaco(5/9para-dice) @kikumaco
「科学的間違い」と書いちゃうと、学説とは限らないさまざまな説が科学的に見て正しくないこと、の意味と誤解されますね。すみませんでした。そういう意味ではないです @sb_bs @HayakawaYukio
早川由紀夫 @HayakawaYukio
使われ方や主張する態度をニセ科学かどうかの判定に使うのはおかしい。主張された内容だけをみてニセ科学かどうか判定すべきだ。使われ方に問題があるとか、提唱者の態度が悪いとかは、ニセ科学判定とは別の次元で(したければ)糾弾するのがよろしい。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
血液型の違いがひとの性格に反映するかもしれないとする視点は科学的だ(どうやら結論は否定的らしいが)。その視点による研究成果の使われ方に問題があると思うなら、それは使った特定個人の使い方に問題があるということだ。血液型で性格を研究しようとする科学分野にその責任を負わせるべきでない。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
ニセ科学を「科学を装うが科学でないもの」と定義すると、私には、マイナスイオンと波動測定器くらいしか例示することができない。ここでは、科学でないものを反証不能なものとした。反証可能だが科学でないものを認めることができるかどうかは未定。
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コメント

as @as1_jp 2010年6月11日
オーケー、まずは「ニセ科学」という言葉の定義について明確なコンセンサスを得てから全員出直してこい。
ワス @wsplus 2010年6月11日
「推論」の域を出ていなければ「科学」と呼ばないでオケ
菊池誠(多言) @kikumaco_x 2010年6月11日
定義についてのコンセンサスじゃなくて、実例についてのコンセンサスのほうが重要。要するに、どういうものを共通の問題と捉えているか。先に定義しようとすると失敗する。「科学とはなにか」だって定義はないわけです
しびん @ginyushibin 2010年6月11日
昔はともかく、今は血液型性格診断を科学的な観点から支持してる例は見たことないな。どちらかと言うと「12星座同様、占いの定番だから」とか「AB型の奴はどうも苦手や」と言ったオカルト趣味や個人の価値観に寄るものが多いと感じる。この占いがエンタメとして人気を得てるせいで弊害も生み出してるが、既に科学は装ってないというかとっくにオカルト世界に堕ちたものだと思う。
pon @__pon_ 2010年6月11日
科学があって、宗教があって、いずれでもないものがたくさんあって、そのうちの一つが疑似科学
pon @__pon_ 2010年6月11日
疑似科学批判ってものすごい範囲の狭い話ですよね。 まず対象が「科学を標榜している」ことが必要だし、 それに対しても「科学を標榜している」と言うこと以上の批判はできない。
福岡孝成 @Elric2636 2010年6月11日
血液型による性格判断は科学ではないと思う。 ABO方式の血液型は厳密には6通りでA型にAA型とAO型が含まれる。 B型も同様に二つが混在してる。O型とAB型のみ一種類だ。
福岡孝成 @Elric2636 2010年6月11日
なのに4種類にして閉まっている時点で科学的ではないと思う。 6通りか3通りにしかならないと思うのだが、その視点も抜けていると常々思う。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2010年6月11日
http://twitter.com/HayakawaYukio/status/15893469409 は、菊池さんのニコニコ動画発言を私が転記した一連ツイートの最初です。ここからは削除したほうが閲覧者の誤解を生まないと思います。
@ublftbo 2010年6月11日
↑ ご指摘のつぶやき、削除しました。
@ublftbo 2010年6月11日
>Elric2636さん 既知の生化学的構造には関係なく、ABO式血液型の4カテゴリと性格傾向との関連を統計的方法などを用いて調べることそれ自体は、科学的な営みです。
福岡孝成 @Elric2636 2010年6月11日
科学的手法で調べられたらその結果は全て科学になるんですか? 前提が間違っていて結果も間違っていると反証されていても。 僕の認識間違いかもしれないが、この似非科学?的なものの話しはここに行きつくのかな?
pon @__pon_ 2010年6月11日
手続き的に正当な経過をへた主張が科学でしょう。 血液型の話でいえば、厳密な科学的な手法でもって血液型とその人の性格の相関関係を調べ、結果がどのようなものであってもそれは科学ですよね。
pon @__pon_ 2010年6月11日
例えば「血液型とその人の性格に相関関係はない」と言う主張は、正当な手続きをへた上で言ってるものでしょうか?誰か厳密な検証したんですか?してないのなら、血液型占い批判はそれこそ疑似科学ですよね。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2010年6月11日
> ご指摘のつぶやき、削除しました。 ありがとうございます。ごくろうさまでした。
pon @__pon_ 2010年6月11日
で、ホメオパシーなんかはそもそも現代医学へのアンチテーゼとして広まっているものですから、これに対して「科学的ではない」と言う批判はそもそも有効じゃないですよね。
えすえすマフラー作戰 @ssmufler 2010年6月11日
「科学」か否かの現実的な判断基準は「ピアレビューを受けているかどうか」な気がします。もちろん,その結論が「真実」であるかどうかは別の話です。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2010年6月11日
それを科学の判断基準に用いると、「科学を装う」が「ピアレビューを受けたふりをする」になってしまうので、これまで上がった事例のほとんど(全部?)が当てはまりません。
@ublftbo 2010年6月11日
このリストには私のつぶやきも入っているので、お読み下さい。それから、「kikulog 血液型性格判断」などで検索して下さい。その他、ニセ科学に関するWEBサイトや文献を参照するのが望ましいです。
名取宏(なとろむ) @NATROM 2010年6月11日
血液型性格診断もホメオパシーも、科学を自称しなければ、「ニセ科学だ」という批判はされないでしょうけどね。
えすえすマフラー作戰 @ssmufler 2010年6月11日
なるほど。ブログなんかで査読のことなんてとっくに議論されてました。そういうレベルの話じゃないんですね。失礼しました。
type-100 @FAtype100R 2010年6月11日
科学を提示された論だけで捉えるのがそもそも無理があると思うのですよ。科学は人類が行う営みであり、人間と切り離せないものなんですから、科学を行う態度というのも当然問題になる。
菊池誠(多言) @kikumaco_x 2010年6月12日
「批判は有効ではない」については、その批判を誰に知ってほしいかによりますね。説の提唱者にはどのみち有効ではないと思います。
@tylryu_yo 2010年6月12日
ホメオパシーに限っては、ワクチン否定・予防接種否定など明らかな有害さを含む事を主張する面もありますよね。 また、妥当性を検証できない子どもがホメオパスの親によって健康被害を被る事例も散見されてます。 死亡事故の例もある。 信者を説得する事の有効性は疑問視されるとしても、判断に迷う人に論理的妥当性を提示する事は無意味ではないでしょう
みさつた @m_ichishita 2010年6月14日
自分でそれが科学的に証明できるかどうか判断できないものを扱うリスクは、その証明をした専門家が信用できるかどうかの判断によって十分ヘッジできるはず
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