‏ @gushouさんと @sunaoh さんのファシリテーターを巡るやりとり?

僕のツイートと関連しているようではあるが、展開が早くて、何が話されているのか、よく分からなかった。取得して、これから読んでみる。
人文
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愚慫 @gushou
「対話」とはなんでしょうか。ただメッセージを交わし合えば「対話」なのでしょうか RT @kentarotakahash: 相手に意見を変えさせることを目的にしている人は、果たして、「対話」を望んでいるのだろうか?
kentarotakahashi @kentarotakahash
難しい問いですね。私は何を対話と考えるか。まずは、同一性をめざすところには、対話は生まれないのではないか、と思います。異なる者の存在を認めようとすることが対話、あるいは対話への道ではないでしょうか。 QT @gushou 「対話」とはなんでしょうか
愚慫 @gushou
@kentarotakahash ありがとうございます。ということは、同一の見解に一致することを求めてコミュニケーションを行なうことは、「対話」ではないということでよろしいでしょうか。
kentarotakahashi @kentarotakahash
いえいえ、ある事象について、同一の見解が辿り着けることを確認するのはよろしいと思いますよ。 QT @gushou ということは、同一の見解に一致することを求めてコミュニケーションを行なうことは、「対話」ではないということでよろしいでしょうか。
愚慫 @gushou
もちろんです。ですが、辿り着けなければ「対話」は不成功というわけではありませんよね? QT @kentarotakahash: いえいえ、ある事象について、同一の見解が辿り着けることを確認するのはよろしいと思いますよ。
kentarotakahashi @kentarotakahash
@gushou ある事象について、同一の見解に辿り着けると確認できても、その他の事象については異なっているでしょう。異なっているからこそ、歩み寄れる点の確認も行われる訳で。そういう意味では、共存のための知恵、民主主義=多数決だけでは実現できないことに向かう知恵かもしれません。
愚慫 @gushou
@kentarotakahash こんなことをお聞きしたのは、「対話コスト」の意味することがよくわからないからなのです。同一性を求めるためのコストなのか、あるいは差異性をかくにんするためのものなのかで、コストと言っても基準がまったく異なるように思えます。
kentarotakahashi @kentarotakahash
はい、僕も分からなかったので、長時間かけて、 @sunaohに質問しました。 QT @gushou @kentarotakahash こんなことをお聞きしたのは、「対話コスト」の意味することがよくわからないからなのです。
kentarotakahashi @kentarotakahash
その通りです。そして、「対話コスト」とそもそも言い始めた人は、「説得」のコストとして、それを言っていたことが分かりました。 QT @gushou 同一性を求めるためのコストなのか、あるいは差異性をかくにんするためのものなのかで、コストと言っても基準がまったく異なるように思えます。
kentarotakahashi @kentarotakahash
コストを計算する人はその前に利得をイメージしている。なるほど。では、利得とは何だろう? @KutaroMichikusaさんの示唆を受けて、このツイートに当たってみたら、利得は"早川氏に間違いを認めさせること"だったのが分かった。http://t.co/WMjPiqBC
愚慫 @gushou
@kentarotakahash ありがとうございます。おかげさまで探していた答えが見つかりました。  → 「対話コスト」なる名辞は、差異性を求める対話を忌避するためのエクスキューズである。
愚慫 @gushou
@kentarotakahash 重ねてお礼申し上げます。なにかもやもやしていたので、問いかけをさせていただきました。おかげさまでスッキリしました。@sunaohさんに問いかけるという選択肢もあったのですが、それこそ「対話コスト」が高そうで...(^_^;
愚慫 @gushou
奇妙に思う。対話には同一性を求める【対話】と差異性を求める〈対話〉があることは@kentarotakahashさんと確認したとおりだが、どう考えても「対話コスト」は【対話】よりも〈対話〉の方が低いはずだ。にもかかわらず、わざわざ高いコストを払って【対話】を求める。
愚慫 @gushou
(承前)それが民主主義的な統治のために支払うべきコストというのなら理解できる。が、そうではない。「対話コスト」の名辞は、〈対話〉を忌避するために使われた。高コストを理由に低コストのものを避けるのは、合理的に説明がつかない。そこには何らかの脅迫観念が働いているとするのが妥当だろう
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou 僕についてそういうご感想を抱かれたことについてはそのままに受け取らせて頂く以外ないことですが、一方で、遠巻きに眺めただけでこういうリプライを投げかけてらっしゃる方にそう伝えられるのはなんだかなあ、、という感想です。
愚慫 @gushou
@sunaoh はい。その点については失礼したと思っています。もうしわけありません。とはいえ、何も知らせずにおくのも失礼という考えもありまして。また、こうしたことが「対話」のきっかけになるかもしれず。まあ、要するに出たとこ勝負です。
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou 違う表現を選ぶことは出来ると思いますし、そもそもまず普通に話しかけて下さればいいことではないでしょうか。感じ悪いこと言われたらそれだけでこちらから見たあなたの「対話コスト」があがるわけですし。そういう配慮についての問題は僕が取り沙汰したことの一角でもあります。
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou あと、紛らわしい言い方をしてしまったことについては、けんたろうさんにもお詫びさせて頂きましたが、僕が問題にしたのは「対話コスト」ではなく「発言コスト」についてです。「発言コスト」というのは発言することで(特に社会的な意味合いで)失うものがある(続きます
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou (それなりにシリアスな意味合いで)得られなくなるものがあるという状態をして、高まるものという意味合いで使いました。で、「場」の設定者は参加者各々の発言コストが低まるような心がけをすることが、特にその場が民主主義の意義に関わる意味合いを持つものである場合は、(続
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou 重要なのではないかというのが僕の趣旨です。「対話コスト」という言葉については意味合いの把握を不明瞭なままなんとなく使ってしまい、その辺で話を混乱させてしまったことについては申し訳ない限りです。
愚慫 @gushou
@sunaoh おっと、対話がはじまりましたね。(^o^) 「対話コスト」はともかく、「発言コスト」ですね。
ねこつかわれ @sunaoh
@gushou (けんたろうさんとのやり取りの中で、ファシリテータとかをキーワードにしてみたりもしたのですが、それはそういう意味合いでのことです。)
愚慫 @gushou
@sunaoh 私はその点については、安冨さんのおっしゃる「立場主義」を感じているのですが。結局、@sunaohさんも「主催者」という枠組みで見ておられて、ゆえに、主催者→ファシリテーターと思考されるわけですが、しかし、本来的な意味からすれば、ファシリテーターは第3者でなければ
愚慫 @gushou
ということは、むしろ@sunaohさんの方が、もともとの立ち位置としてはファシリテーターに相応しかったということもあるのではないでしょうか。
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コメント

kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年4月4日
こうやって、まとめてみても、in-replyの関係が分かりにくいね。ファシリテーターの必要性、終了したイベントとその後のツイッターの場の連続性/非連続性など、議論になりそうでなっていないか。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月4日
「対話コスト高そう」とかいきなり本当に全然知らない方からリプが来たことなどから、イライラしていた部分「も」あるのは振り返りつつ認めます。ただ、感情的だと指摘されたリプについてはやはり心外かな、と。で、どのへんに違和感があるのかという点についてはまあまあ申し上げているとおりかな、と。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月4日
そこに行く前で終わっていると思います。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月4日
あるいは、「終了したイベントとその後のツイッターの場の連続性/非連続性」については連続しているということで合意してるのかもです。ファシリテータの必要性の議論という意味では、僕から投げた問い「どうも、あなたのご意見は、例えばファシリテータを生業にする人を否定していることになるように思えるわけですが、そういうご主旨でしょうか?」にお答えいただいていないと思います。
ありす @alicewonder113 2012年4月4日
オーラル狐みゅんに何となく萌え
愚慫 @gushou 2012年4月5日
@kentarotakahashさん、まとめていただいたのですね。ありがとうございます。こうして振り返ってみると、やっぱり「対話コスト」の高いやり取りでした(^_^; もっとも、それは私の方に多いに責任があることなんですが。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
@sunaohさんへ 「ファシリテータを生業にする人を否定していることになるように思えるわけですが」にお答していないということなので、お答をしておきましょう。まず、あのときはあなたのフライングだと思ったこと。つづきの途中で割り込んできましたよね。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
そして、その後のリプライをみれば、ファシリテーターを否定などしていないのは明らかだろうこと。私はテキストコミュニケーションでのファシリテーションの不可能性には言及しましたが、そのことはファシリテーターの否定では全くない。ファシリテーター否定は、あなたの恣意的解釈でしかありません。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
もし私がこのまとめにタイトルするとしたら 「愚樵によるsunao t氏へのハラスメント」となるだろうか。後半のやり取りに「支配的」「空気」と出てくるが、sunao t氏は嫌がらせを受けていた感じていただろうと推察する。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
だが、私から見る風景は違う。私にはsunao t氏が自縄自縛に陥っていったように見える。これは私の主観であることを強調しておくが、氏は自信の感情を否定することで自身を抑圧していった。私は己が感情的であると認めて感情に従ってのツイートをしたが、氏は感情を否定したがためにそれが出来なかった。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
氏からみれば、私のツイートは「学習」を妨げるためのものとして受け止められただろうが、実は、学習を妨げていたのは氏自身である。学習には感情が不可欠な要素だが、その感情を抑圧したから学習が妨げられた。その結果として、氏は私からハラスメントを受けているように感じてしまった。くり返すが、これはあくまで私の主観である。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
しかし、この観察は、氏が主張している「発言コスト」や「配慮」といったものの正体へと通じていく。鍵は感情である。氏は自身が否定しているために気がつかなかったと思われるが、「感情的配慮」を求めていた。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
それはつまり、主催者側の「彼女」への攻撃が感情的に過ぎるために「発言コスト」が高くなってしまっているということ。主催者という“重み”も手伝って、「彼女」が感情に抵抗するのは難しかろうというものだ。その主張は理解できる。しかし。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
主催者側が「彼女」に感情的になったのは事実なのである。「彼女」の感情的発言がそれを引き起こした。その彼女に配慮せよというのは、主催者は感情を抑圧すべきだと言っているのに等しい。つまり、自身に嘘をつけ、と。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
自身の感情を抑圧し自身に嘘をつくと度のようなことになっていくのかは、sunao t氏が実例を示したとおりである。「魂の脱植民地化」を目指す方々はそうしたことを理解されている。ゆえに、感情的であることに躊躇はない。この態度は一般の常識とは異なっているかもしれないが、その一般常識を覆していくことが「魂の脱植民地化」なのだと私は理解している。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
やり取りの最中、”オーラルコミュニケーションの比率は7%~”というツイートに(リプライでなかったこともあり)気づけませんでした。で、他の意味合いからも噛み合わなかった部分は少なからずあると思います。僕の至らなさ故にそうなった部分もあるように思います。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
一方で、全く仰るとおりテキストでのコミュニケーションでなく対面した場面であればもうちょっと容易に乗り越え様がある部分で、テキストでのコミュニケーション(しかも完全に初対面)故にステップを多く踏まねばならないことや、相手を知らなすぎて何をどう配慮すればいいのかについての情報がお互いになさすぎることからくるジレンマとかもある様に思います。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
とはいえ、現時点で一般常識と「魂の脱植民地化」とのギャップが大きいことも事実だ。そこを踏まえれば、sunao t氏が主張した互いの感情を仲介するファシリテーターは意味を持つように思われる。ところが、ここに「ネットコミュニケーションの不可能性」が横たわることになる。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
という感じで、仰る部分については恣意的な解釈と言うよりも誤解かと思います。コミュニケーションは誤解が起きることがむしろ基本だと思うので、それを出来るだけ避けるべく慎重さは大切だとは思うものの、完全に自分の都合を顧みてくれない流れに巻き込まれるような側面もあるTwitterは(しがらみ無効化装置的便利さの裏返しでもあるのでしょうが)、いろんな方向に対して容易に暴力的にもなり得ることを
愚慫 @gushou 2012年4月5日
ファシリテーションは、人間の持つ感覚を100%活用しようとする技法である。そうであるから感情の仲介も可能になるのだが、ネットではそもそも感覚を100%活用することが不可能だ。ゆえに、私と氏とで交わされたツイート群のように、相手の言葉を信じるかどうかという問題になってしまう。信じられなければ通じないし、信じろというと圧迫になる。それはファシリテーターが間に入っても同じことにしかならない。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
改めて思わされた気もします。(これは僕も簡単に加害者になり得ることも勿論思いつつです。)なんというか、何か特定の「ハマった状態」がない限りは、Twitterで対話コストを下げにくくて寧ろ当然じゃないかな、という気もしました。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
私が氏に「私の言葉を信じてもらえれば共に考えることができる」といったのは、以上のようなこと、とくにファシリテーションの不可能性、すなわちネット上での感情伝播の在り方である。「配慮」を行なうにしても、そこを踏まえないと配慮がこれまたハラスメントになりかねない。そうなると何のための配慮かがわからなくなる。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
双方に勘違いと思い込みがあると思うし、よほど余裕が無い状態でない限りはTwitterで出会い頭にそれを乗り越えることは出来ないと思いますが。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
僕自身について勝手にどうだこうだという言い方をなさる部分はどの道、僕は感心しません。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
というわけで、この問題は誰かを攻撃してやっつければ解決するような単純な問題ではない。互いが互いの感情をどれだけ許容し合えるかというだからである。それにはまず、自身の感情を許容することだと思う。おっと「許容」は「絶対化」ではない。「彼女」がやったのはこの「絶対化」であり、私が「恋に恋する乙女」と評する所以である。「絶対化」され感情は絶対的に受け入れるか拒絶するかの「選択」を迫ることになる。そんな「選択」からは逃げるしかないが、逃げていては問題解決にならないというジレンマがある。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
誤解が平気で起きるということに対して慎重であることが大切な姿勢のひとつかと思います(自省を大いに込めつつ)。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
それにしても、誤字、誤変換が多いな。読みにくいものになってしまいましたが、どうかご容赦ください。なお、@sunaohさんにはもちろん、異論がおありだと思います。「対話コスト」を厭わず、時間が許す限り向き合う所存ですので、どうか忌憚のないところをお聞かせください。
愚慫 @gushou 2012年4月5日
追記。「対話コスト」なる言辞は差異性を求める対話を忌避するためのエクスキューズだと言ったが、「発言コスト」もまったく同じであると思われる。
ねこつかわれ @sunaoh 2012年4月5日
僕について、ああなのだろう、こうなのだろう、とかいう勝手な前提にたったお話をそう進められても、はあ、そうですか、という以外ないということで、そういう話の進め方をなさる限りは、以上をもってご勘弁願いたいと思います。
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年4月5日
気がついたら、コメント欄が膨れ上がっていた。午後は時間がないので、後で読もう。
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