津田敏秀著『市民のための疫学入門』紹介
「これまで日本では、薬害などの被害が拡大してしまうのは行政の対応 の遅れが原因であるという指摘がしばしばあった。しかし、なぜ対応が 遅れてしまうのかという考察はあまりなされてこなかった」(津田敏秀(2003)『市民のための疫学入門』, p.83)
2012-04-07 08:38:40「行政の立場からこのような問題を眺めると、全く異なる風景が浮かんでくる。多くの薬害事件においては被害が拡大したために行政の対応の遅れが目立つだけである」(ibid.)
2012-04-07 08:40:46「逆に行政が適切な対応をした場合には、もしその対応を行政が採らなければその事件がどれくらい大きな事件になったのか、に関して考えてみる人は誰もいないのである」(ibid.)
2012-04-07 08:41:13「従って、もし適切な対応で被害が拡大せずに小さな事件で収まった場合にも、その判断を下した行政官が大した賛辞をもらうわけでないことになる」(ibid.)
2012-04-07 08:42:30「これは、予防的対策に成功したところで誰にも褒めてはもらえないことを意味する。予防活動に関して理解が薄く教訓が学習されていない組織の中では、対策など大々的な責任問題が生じるようなことをおこなう勇気をもつ人がそれほど多いとは思えない。*行政に限ったことではないだろう」(ibid.)
2012-04-07 08:44:40「褒めるシステムを作れといっているわけではない。さらに、製薬会社に対しては対策をすると薬を回収せねばならず経済的コストを背負わせることになる。従って、そんなことをすると製薬会社へと転職していった先輩行政官たちからの受けも悪くなる可能性は充分にある」(ibid., p.83f)
2012-04-07 08:46:10「長い引用になり申し訳ないが、以下の文章と表をご覧いただきたい。ただし単に読むだけでなく、自らが厚生労働省医薬局の担当課長になった気持ちで読んでいただきたい」(ibid., p.84)
2012-04-07 08:48:34「全てが分かった後で担当部署の責任を非難することは簡単である。しかし実際に回収決定の最前線、即ち回収の責任者として立たされた時に、果たして皆さんは決断することができるだろうか?」(ibid.)
2012-04-07 08:48:48「1961年6月5日、ドイツのハンブルク大学小児科講師W・レンツのところに奇形の1症例が知らされてきた。レンツはこの奇形に関して、このような症例は過去に記載されたものの中で正確に一致するものがないので、突然変異によるものと思う、と述べている」(ibid.)
2012-04-07 08:50:16「症例の母親は、妊娠中につわりの症状を緩和するためにコンテルガン(注1:日本ではサリドマイドとして有名な薬品*)という薬を服用していた。しかし当時そのことを知っていたとしても、この1例だけからでは、*薬剤の服用が原因とは疑ってみることすらしなかったろうと、後にレンツは語っている」
2012-04-07 08:51:18「ところがその数日後、奇形児を持つ1人の青年法律家がレンツのもとを訪れ、彼の姉も同じ年に同じ奇形を産んだと話した。彼の話によると、彼の住んでいるメンデンの町は人口3万くらいの小さな町だが、その頃に上肢の短い子供が12人も生まれていたのである」(ibid.)
2012-04-07 08:51:47「彼が何か地域的因子があるらしいと言ったので、レンツは調査をおこなおうと考えた。レンツは、奇形児の両親とその受け持ち医とに質問票を送り回答内容を検討していたが、*11月8日になって、奇形児を生んだ母親の約20%が妊娠中にコンテルガンを服用していることに気付いた」ibid.p84f
2012-04-07 08:53:06「表4-1はレンツが症例対照研究デザイン、即ち奇形児の母親にコンテルガンを服用したか否かの割合と、奇形ではない児を生んだ母親のコンテルガン服用の有無の割合とを比較したものである」(ibid.) http://t.co/wnPzlWqo
2012-04-07 08:55:14「私の講義では、表4-1のデータを読む方法を教えた上で、そのデータとバイケルが行った同様の結果のデータが手元にあるとして、聴講する学生にいくつかの質問を投げかける。そして「回収命令を出す」方と「回収命令を出さない」方とのどちらに判断を下すか手を挙げさせる」(ibid.)
2012-04-07 08:56:12「今まで「回収命令を出す」という方に手を挙げる学生が出席者の半数を上回ったことはほとんどない。では手を挙げなかった学生が「回収命令を出さない」〔方か〕*というとそうではなく、こちらに手を挙げる学生はほとんど皆無であると言って良い。残りの学生は手を挙げそびれたのである」ibid.
2012-04-07 08:58:00「薬害対策が遅れがちになるのは、このような誰しもが持つ「決断の難しさ」が潜んでいるからである。手を挙げそびれた学生は概ねこのように言う。「もう少し検討してから」」(ibid.)
2012-04-07 09:00:04「しかしこのような場面で「もう少し検討する」ということは、その時点で「回収しない」という選択肢を選んだのと同じことなのである」(ibid.)
2012-04-07 09:00:11「コンテルガンと奇形との因果関係については「因果関係がある」、「因果関係がわからない」、「因果関係がない」の大まかに言って3種類の回答があるが、対策即ち回収を行うか否かについては、その時点で「対策をとる」、「対策をとらない」の2種類しかない」(ibid.)
2012-04-07 09:00:49「このような明瞭なデータがあっても、人はしばしば「因果関係がわからない」としてその時点での「対策をとらない」方を選択しがちなのである。しかし「(誤って)回収する」場合の被害は主に経済的コストだけで済むが、「(誤って)回収しない」場合には*人的被害が重くのしかかる」(ibid.)
2012-04-07 09:02:07「過去の失敗から学ぼうと思えば、自分をその立場に置いて考えないと意味がない。問題解決のためには失敗の事例を正面から学ぶ必要がある。/歴史が物語っているように、この場合は即座に回収しなければならない。これ程までに明確なデータが示された例は稀である」(ibid.)
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