岩上安身氏、KGB将校を泣かす
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reservologic
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お風呂に浸かりながら、ふと考えた。ぬるいお湯でも、冷え切った身体だと、最初、「痛い」とさえ、感じる。身構えていた身体が、温まって力が抜けるまで、しばらくかかる。同じように、心身が痛めつけられていると、人の優しさや情に身構えてしまうこともあるのではないか。
2012-04-07 00:20:12
続き。これまで数多くの人にインタビューしてきたが、思いがけない変化を示した人が幾人かいた。その一人、あるKGBの将校。がっちりと鍛え上げた大男で、強制収容所や刑務所の管理の任務ばかりついてきた、という人物。彼の父親も秘密警察で、同じように監獄の獄卒だった、という。
2012-04-07 00:28:41
続き。生まれ育った環境も、成人した自分が勤めている環境も、犯罪者を閉じ込めておくという仕事が中心。ソ連の話だから、犯罪者ばかりではない、無実の者も、政治犯も、閉じ込められている。
2012-04-07 00:34:36
続き。初めは、ロシアの闇社会、組織犯罪の世界について聞いていたのだが、次第に囚人を閉じ込めている看守の側の話に。看守という人生について、耳を傾けているうちに、彼らもまた囚われの身なのだと気がついた。彼は愚痴めいた話し方は一切しないのだが、心の奥にカチカチに固まった塊を抱えていた。
2012-04-07 00:41:41
続き。私のホテルの部屋で、長い身の上話が終わって、椅子から立ち上がり、握手をしながら礼を述べていた時、2m近いそのKGBの将校(彼は制服を着用していた)は、急に身体を震わせ、泣き崩れた。
2012-04-07 00:47:47
続き。文字通り、彼は崩れ落ちそうになり、その場に同席していた私の友人のロシア人ジャーナリストが、とっさに彼を抱きとめた。しばらく、その友人が泣き崩れる将校を抱きしめ続けた。思いがけない場面展開に、僕は驚いたが、すぐに悟った。彼は「話す」ことで、「崩れた」のだと。
2012-04-07 00:52:40
続き。僕は彼に対して、特別、優しい言葉や、温かい言葉をかけたわけではない。ただ、普通に彼の話を聞いていただけだった。それでも、きっと「こたえた」のだろう。国家権力を背景に、人を暗い牢獄に閉じ込め、時に痛めつけるのを仕事とする人生は、彼自身を痛めつけてきたのだった。
2012-04-07 00:58:25
続き。大きな、逞しい体の中に、彼は涙をいっぱいに蓄えていた。それがあふれ出てしまったのだろう。感心したのは、友人のミーシャの素早い反応だった。間髪入れず、泣き崩れる男を抱きとめ、その後も泣き止むまで、ぎゅーっと無言で抱きしめ続けた。その痛みなら、わかっているよ、という様子で。
2012-04-07 01:05:35
続き。ロシアは傷ついている、と思った。横暴なまでに力を振るい、他者を支配しようとし、社会の様々なレベルで権力闘争を繰り広げてきたロシアは、魂の深いレベルまで、傷ついていると。
2012-04-07 01:11:36
続き。ベラルーシ大使のスピーチを聞いて、ロシア語の響きを思い出し、風呂に浸かり、さらにこのツィートを書く直前に、公務員に対して、あなた方は国民に命令するのだ、と訓示したという日本の市長のエピソードを読み、昔の記憶が引っ張り出された。ロシアだけではない、日本も、傷つき、病んでいる。
2012-04-07 01:18:49
続き。他者に命令を下し、従わせる権力の究極の形は、監獄の獄卒である。それは、国家権力の凝縮した姿でもある。「国民に命令する公務員」の、煮詰めた姿とは、そのようなものだ。そういう者が、歌までを人に強制する。国家権力への従属だけではなく、歌うことさえ。無粋きわまりないことに。
2012-04-07 01:34:34
続き。人と人が利己心をむき出しにして、互いに争う自然状態を克服する為に、調停者としての国家=リヴァイアサンが要請される、というのは、渋々ながら認めよう。だが、近代国民国家は、国家の怪物的な権力を仮構はしたけれど、それは国民の抵抗権とセットだったことを忘れるわけにはいかない。
2012-04-07 01:43:59
続き。力を乱用して、服従を強制するものは、憎まれ、恨まれこそすれ、決して愛されない。尊敬も、感謝もされない。横暴な力を振るいながら、自ら、その身と心を頑なにし、強張らせる。散々、人を泣かせ、その挙句、自らもいつか泣く。必ずや泣く。
2012-04-07 01:51:55