古記録にみる若狭湾の地震と津波

4月13日に再稼働が認められた大飯原発はじめ、多くの原発が立地する若狭湾。あまり知られていないが、このあたりは古来から地殻変動の激しいところで、幾度も大きな地震・津波に襲われてきた。まだ途中ですが公開します。
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太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

東海・東南海・南海の陰に隠れてあまり知られていないが、実は琵琶湖から若狭湾にかけては過去幾度も巨大地震・津波の被害に遭っている。次の巨大地震は明日かもしれない! :琵琶湖底で異変! 京都、福井の原発銀座を大地震が襲う? スポットライト http://t.co/pF2a87sn

2012-04-11 15:15:58
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

「1662年の寛文地震では、現在14基の原子力発電所が並ぶ福井県南西部も大きな被害を受けた。美浜町の海岸が7kmにわたって約3mも隆起したことがわかっている」これに対してまだ350年しか経っていないから大丈夫、というのが関電の見解!http://t.co/pF2a87sn

2012-04-11 15:20:18
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大飯原発のある若狭では、寛文地震の前にも、1586年にすさまじい規模の津波を伴う天正大地震があった。同時代の公卿の日記の記述「廿九日地震ニ壬生之堂壊之、所々在家ユリ壊数多死云々、丹後・若州・越州浦辺波ヲ打上在家悉押流、人死事数不知云々、江州・勢州以外人死云々」

2012-04-11 15:27:25
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

さらに時代を遡ること1300年、701年大宝元年にも若狭を襲った地震があった。史書の記述は「若狭国地震三日」のわずか7文字ではあるが、その意味するところは大きい。天正、寛文の地震と異なり、この時の地震は若狭の局地的な地震と考えられ、これまで重視されてこなかった。しかし、(続く)

2012-04-11 15:31:30
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝元年の若狭地震を記した正史『続日本紀』では、地震記事は京畿のそれはしばしば記載されるが、地方における地震が記されることは稀である。よほどの被害が出た場合でないと、記載されなかったと考えられる。また、地震三日という表現は他に見られず、大宝若狭地震の特異性を示すと思われる。(続く

2012-04-11 15:37:15
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

古代、若狭湾海中には大きな島があり、凡海郷といわれていた。しかし大宝元年の大地震により、島は海中に没してしまった。今は二つの頂が大嶋小嶋となって残るのみである、と。しかし、この話を記した「丹後風土記残欠」は江戸時代の偽書であり、凡海郷の話も信憑性がないとされている。(続く)

2012-04-11 15:50:45
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

今更ながら大宝若狭地震続き。若狭湾は沈降しつつあり、隆起している越前海岸との間には活断層群がある。この活断層群は最近では数百年前に大きく動き、越前海岸が数mにわたって隆起した。『沈降する若狭湾と隆起する越前海岸』(福井大学山本博文氏)http://t.co/08emsTjU

2012-04-11 23:04:48
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝若狭地震続き。若狭湾はそのリアス式の地形からもわかるとおり、今も沈降を続けている。その若狭湾には多くの活断層が知られており、2010年に原子力安全・保安院が「連動を考慮すべき活断層」と評価したものだけで3か所の活断層群が存在する。(続くhttp://t.co/eQsWmDz2

2012-04-11 23:20:14
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝若狭地震続き。防災科学研究所の日本全国 広域 ・ 最新30日間 の震央分布図を見ると、震源が200キロより深い「深発地震」が特定のライン上に並んでいることがわかる。若狭湾沖から琵琶湖を経由して伊勢湾沖に至るラインである。(続く)http://t.co/mHVgbVuV

2012-04-11 23:32:56
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝若狭地震続き。この深発地震の震源分布は、「被害地域の記録が日本海の若狭湾から太平洋の三河湾に及ぶ歴史上例のない超巨大地震」といわれる天正大地震を想起させる。(続く)http://t.co/4lFbwmtL

2012-04-11 23:45:42
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝若狭地震続き。今、ユーラシアプレート東側の深部で起こっている地殻変動が、ただちに危険なものであるか否かは、専門家でない自分にはわからない。しかし、そうした大きな変動でなくとも、局地的な大地震・大津波は起こりうる。明和8年1771、石垣島を襲った地震・巨大津波である。(続く)

2012-04-11 23:58:21
太安萬侶(おおの やすまろ) @onoyasumaro

大宝若狭地震続き。明和8年に石垣島を襲った地震は大きくはなく、損害も軽微であった。が、その後島を襲った津波は高さ85.4m、日本最悪・最大の超巨大津波で、死者行方不明者は11,861人、石垣島では人口の半数が死亡・行方不明となった。http://t.co/B7JtIRcu (続く

2012-04-12 00:06:14