界線・句読点・鍵括弧・長音符・濁点……の歴史

日本語を読みやすくするための様々な工夫。活字印刷以前・以後を問わず、興味の対象は尽きません。今後の研究課題となりうる問題を指摘した様々なツイートをまとめてみました。 「『書き文字から印刷文字へ』の構想」 (http://togetter.com/li/279799) の続編のつもりでしたが、むしろ内容的には「戦前の小書き仮名の表記・組版」(http://togetter.com/li/279797) の続きです。
人文 約物 印刷史 句読点 表記史
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小形克宏 @ogwata
[再掲] デジタル大辞泉って、書誌学用語としての「界線」の語釈がないのね…。 http://t.co/OipsknjF
小形克宏 @ogwata
「界線」を画像検索しても刊本や写本の界線が一つも出てこないということは、もしかして世間一般の人は「界線」がなんだか知らないということ…? 
祖父江 慎(そぶえ しん) @sobsin
最近の書籍や雑誌では、ゴシック体で組んだ文章に明朝用「、」(読点)を使うことって少なくなってきてしまったじょ〜。・・・だけど、新聞は今も明朝体用の「、」が主流なり! チェックしてみてね!(広告欄じゃダメダメよ〜) http://t.co/8prydCAT
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祖父江 慎(そぶえ しん) @sobsin
報道文章をゴシックで組むときは、読点「、」を明朝用のもので組むってのを流行らせちゃいまっしょい!!
Yumi Takata @Yumit_419
?!‘’なども明朝系だよ、きっと。RT @sobsin: 最近の書籍や雑誌では、ゴシック体で組んだ文章に明朝用「、」(読点)を使うことって少なくなってきてしまったじょ〜。…だけど、新聞は今も明朝体用の「、」が主流なり!チェックしてみてね! http://t.co/EZCnul3T
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UCHIDA Akira @uakira2
ゴシック登場時の慣習で? http://t.co/hBSYrBlx RT @Yumit_419 ?!‘’なども明朝系だよ、きっと。QT @sobsin 最近の書籍や雑誌では、ゴシック体で組んだ文章に明朝用「、」(読点)を使うことって少なく http://t.co/K9wbFTM2
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Yumi Takata @Yumit_419
.@uakira2 @sobsin かつて新聞社からの依頼で、ゴシック体の約物の一部を明朝系にしたコトがあります。句読点や「?」「!」以外にパーレン類もでしたよ。現場ならではの文字の慣習があるのは面白いです。でもデジタルになって、だんだんゴシックのままに変わって来る気もしますが…
貍人鳥(小池咊夫) @koikekaisho
@Yumit_419 @uakira2 @sobsin ゴシック活字に句読点類が出来たのは、ずっと後になってから。何年の見本帳から現れるか調べてないけど。
UCHIDA Akira @uakira2
そういえば、コロコロコミックなど吹き出しに句読点が出現するマンガ雑誌でもアンチゴチの吹き出しでは「、。?!」類がアンチですね。アンチゴチと言う時どの字種がアンチでどの字種がゴチなのか、雑誌毎に違うような気がしてますが、実際はどうでしょう。 @Yumit_419 @sobsin
UCHIDA Akira @uakira2
聚珍録付録の築地「三十六ポイント総数見本 全」(大八)や、手元にある姫路の中山印刷所「二号明朝活字総数目録」(大二)を見ても、そもそも記述記号が全く載ってないので、明朝体の記述記号自体、見本帳で調べるのは困難かと。 @koikekaisho @Yumit_419 @sobsin
小形克宏 @ogwata
濁点、句読点、鉤括弧を例にとり、それらが近世に淵源をもつも、明治期に活版印刷が展開していく中で、今日見られるような形に整えられたことを立証。/矢田勉『印刷時代における国語書記史の原理』(東京大学国語研究室創設百周年記念国語研究論集、汲古書院、1998年)
UCHIDA Akira @uakira2
矢田先生とは色々なところで関心領域が重なってるなぁと、しみじみ、思います。 @ogwata
小形克宏 @ogwata
そうですね、鈴木広光さんと合わせて、しばらく追っかけをしようと思います。RT @uakira2: 矢田先生とは色々なところで関心領域が重なってるなぁと、しみじみ、思います。 @ogwata
小形克宏 @ogwata
近世刊本から濁点も句読点もあるが、著者の稿本にはなく、朱や薄墨で書かれていることから、読者が読解のために後から付けるものだったことが明らか。作者が原稿に濁点を書いたのは樋口一葉『たけくらべ』(M28)が嚆矢。
小形克宏 @ogwata
句読点については、近世刊本の頃から傍訓(ふりがな)に添える形で表記された。M18『当世書生気質』でも同じ形。 http://t.co/UFld5MgV しかしこの方法では傍訓の途中で改行すると文の切れ目とずれてしまうので、やがて仮名や漢字と同様1マスを与えられるようになった。
小形克宏 @ogwata
強調・引用符としての鉤括弧は、18世紀整版本から今と近い形が見られる。同様に国学書において、開き括弧を庵点〽、閉じ括弧」を引用符として使っており、やがてこれが会話文にも使われるように。しかし活版印刷では〽の形は1マスにうまく収まらないので使いづらく、漸次「に変わっていった。
小形克宏 @ogwata
……しかし長音符「-」については研究が見当たらんなあw
小形克宏 @ogwata
どうやら、大熊智子「引用符を用いた会話文表記の成立」(東京女子大学日本文学、84、1995/9)を読まねばならないようだ。
2SC1815J @2SC1815J
吉澤義則「本邦音符考」や国語学会『国語学大辞典』では、中山忠親『山槐記』に長音符の使用例が見えると指摘している。「本邦音符考」 http://t.co/Uy6ad0Ri は同記治承二(1178)年正月十八日に「的懸 マートーカケ」とあるがこの一句のみで他の場所には見えないとする。
2SC1815J @2SC1815J
国語学会『国語学大辞典』「長音符」の項では、『山槐記』仁安二(1167)年条に「神祇権大副ー朝臣」とあるのが長音符だとしているが、もしこれが長音符だとしてどのように発音することを示しているのだろうか。同辞典でも「古写本を求めて確かめるべきであろう」としている。
2SC1815J @2SC1815J
『山槐記』におけるこれらが本当に長音符として使われているのか個人的には疑問であり、仮に長音符として使っていたとしても個人的工夫に留まっていた可能性が高いこと、また、自筆本もしくは書写年代が明らかな写本を見ない限り判断できないことから、昨年の調査では検討対象から除外した。
2SC1815J @2SC1815J
その中山忠親『山槐記』がNDL古典籍資料の4月9日追加分で公開されていた。書誌情報に「治承二正月之残欠 自筆」とある。治承二年正月十六日「舎人 二音トーネーリー」 http://t.co/7aiaJZ7A 同十八日「的懸 マートーカケ」 http://t.co/A8jQfeJR
2SC1815J @2SC1815J
やはり『山槐記』が長音符最古の使用例というのは疑問。河口良庵「寛文十庚戌歳阿蘭陀語」(1670年)の「ロサード 南蛮茨花」 http://t.co/gSx5UVzF あたりより遡る妥当な使用例は未見という認識で変わらず(図は古河歴史博物館『日本の解剖ことはじめ』p23より引用)。
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小形克宏 @ogwata
おかしいなぁ、国会図書館でも、CiNiiでも大熊智子「引用符を用いた会話文表記の成立」(東京女子大学日本文學、84、1995/9)が擦りもしないのは、矢田1998の記述が間違っているということでOK?
Kiyonori Nagasaki @knagasaki
国文学論文目録データベースだとヒットしますね。 http://t.co/Np6BCDmU @ogwata 大熊智子「引用符を用いた会話文表記の成立」(東京女子大学日本文學、84、1995/9)が擦りもしない
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コメント

狩野宏樹 @KAN0U 2012年4月20日
まとめを更新しました。
狩野宏樹 @KAN0U 2012年4月20日
まとめを更新しました。
狩野宏樹 @KAN0U 2012年4月23日
まとめを更新しました。主に、小形さんによる矢田論文の紹介と議論を追加。
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