界線・句読点・鍵括弧・長音符・濁点……の歴史

日本語を読みやすくするための様々な工夫。活字印刷以前・以後を問わず、興味の対象は尽きません。今後の研究課題となりうる問題を指摘した様々なツイートをまとめてみました。 「『書き文字から印刷文字へ』の構想」 (http://togetter.com/li/279799) の続編のつもりでしたが、むしろ内容的には「戦前の小書き仮名の表記・組版」(http://togetter.com/li/279797) の続きです。
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小形克宏 @ogwata

@2SC1815J つぎに句読点。これはぼくのまとめが誤っています。濁点と一緒に説明するのは間違いで、これには時間の先後はありません。

2012-04-23 01:14:41
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 句読点については、 https://t.co/P1xF10S3 でまとめたものが、概ね正しいまとめです。ただ、本間さんはこれについて疑問を呈しておられますね。

2012-04-23 01:20:34
小形克宏 @ogwata

ここも簡単にまとめすぎたのですが、句読点について、「傍訓に添える形で表記された」とだけは言っていません。〈近世期における句読点は、印刷物を見ても稿本類を見ても本文の文字の列には書かれていないのであって、一般的には文字の右傍、傍訓と同列か少々内寄りに付されていることが現代と異なる〉

2012-04-23 01:38:56
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J あ、ごめんなさい。先に〈濁点と一緒に説明するのは間違いで、これには時間の先後はありません。〉と書いたけど、矢田は先後があると言ってますね。ただし傍訓のように書いたものについてですが。引用します。

2012-04-23 01:43:10
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 〈自筆稿本の観察によれば、その位置通り、記載の先後関係に関しても、本文の記載後、傍訓や濁音点と同様に書き入れたものであることが明らかであって、例外がない〉(p.579)。「その位置通り」とあることから、傍訓で付された句読点に限定した記述と見られます。

2012-04-23 01:46:42
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J で、句読点について、矢田さんは別に面白いことを指摘しています。〈句読点が章句の「最後」につくものである、という固定意識自体、印刷史の中で醸成されたものではないか(略)。近世初期の印刷物の中には、句読点が章句の前についたと考えられる例が見られるからである。〉

2012-04-23 01:50:21
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 「章句の前」とは、行頭に句読点がきて、そこから章句が始まっているものを指します。本間さんが挙げられた「伽婢子」で、そういう例であれば美しいのですが、残念ながらそこまでうまくいきませんねw

2012-04-23 01:53:09
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 「ゼ尓」の濁点の件、この先後はちょっと分からないです。矢田さんは濁点だけを朱で付す例があることを指摘していますが、これは全部が朱ですね。論文にも〈——実際には資料から区別しようがないし、また現実に二段階の変化を経たものかどうかも分からないが——〉とあります。

2012-04-23 02:00:42
2SC1815J @2SC1815J

@ogwata 漢文のレ点が付くのは左下か左上かという話はありますが、「句読点が章句の前についた」説とは! 八犬伝稿本PDF http://t.co/ivPLux4f を見ても行末句読点ばかり。行頭句読点始まりの実例を見てみたいですね(段落始めの約物的な○等ではないのですよね)。

2012-04-23 02:20:14
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 句読点についての本間さんの疑問、かなり鋭いと思います。句読点を後付けした例が傍訓でのものに限定されるとしても、ご指摘のように全ての句読点が傍訓で付されているわけではありませんよね。傍訓以外の句読点の位置づけが、矢田論文には欠けているように思います。

2012-04-23 02:45:27
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J ただ、この論文は1998年のもので、今年2月に出た単行本、「国語文字・表記史の研究」 http://t.co/c3pZxDKi にも収録されているはずなので、そこでどのように改訂されているか確かめるべきでしょう。まあ、しかし値段がww

2012-04-23 02:48:50
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2SC1815J @2SC1815J

@ogwata 濁点の話は「濁音を示す点が文字列が書かれてから付されるか、一文字を書いて次ぎの一文字を書くまでの間に書かれる」かなのですね。これなら分かります。少しズレますが喩えれば、英語の筆記体でletterと書いて最後にtの横棒を引っ張るか、一文字ずつ書いていくか、のような。

2012-04-23 02:55:48
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J ええと、ちょっと違うと思います。ポイントは、濁点が有ろうが無かろうが濁音として発音したということだと思います。例えば「月はあれとも」と書かれていても、「つきはあれども」と読んでいたわけです。「t」の横棒の例では、横棒がないと「t」と読めませんよね。

2012-04-23 03:03:07
2SC1815J @2SC1815J

@ogwata はい、tの喩えは厳密ではないのですが、「本文と濁音点とは紙に載せられる過程で時間的先後があり」というのが、「よひなさんと」と一続けに書いてから「ひ」に濁音点を付す(p.575)というタイムスパンでのことであれば、ありそうなことだと思いまして(朱書「ゼニ」も納得)。

2012-04-23 03:16:16
小形克宏 @ogwata

@2SC1815J 濁音が否かは文脈のみに依存して判別していたわけで、それをより明解にしたのが濁音の表記。ただ、現代のような形に落ち着く前に、読む際など事後に濁点をつける時代があったということですね。

2012-04-23 03:04:51
2SC1815J @2SC1815J

@ogwata はい、その点は同意です。ヲコト点なり声点なりから濁音符が成立した出自からして、初期には読むときに書き入れていたことが想像できますね。ただ、近世に至っても著者の稿本に濁点がないというのには疑問だったので。ところで、最近でも電報などは濁音符を使っていませんでしたね。

2012-04-23 03:50:46
2SC1815J @2SC1815J

@ogwata 電報は濁点を使っていなかったのではなく、料金節約のため省略することが一般的だったのだそうです(Wikipedia)。最近まで濁点を使っていなかったものは、詔書 http://t.co/EsgICw00 などでおなじみですね。

2012-04-23 04:23:03
小形克宏 @ogwata

日本語が清音だけだったのは、どの時代までだっけ……?

2012-04-23 03:08:05
@horuf

漢語が入って来るまで,清濁の違いで意味の変わる語がなかったということでは。なお,万葉仮名でも「久九口丘苦鳩来」と「具遇隅求愚虞」のような書き分けが合ったようです。 RT @ogwata: 日本語が清音だけだったのは、どの時代までだっけ……?

2012-04-23 07:29:48
@horuf

アラビア文字の識別点の話にそっくり RT @2SC1815J: @ogwata 「よひなさんと」と一続けに書いてから「ひ」に濁音点を付す(p.575)というタイムスパンでのことであれば、

2012-04-23 08:58:26
2SC1815J @2SC1815J

矢田勉「印刷時代における国語書記史の原理」にて「近世初期の印刷物の中には句読点が章句の前についたと考えられる例が見られる」としている例の一つ、万治二年版『かげきよ』が国立国会図書館のデジタル化資料で確認できた。

2012-04-23 22:50:15
2SC1815J @2SC1815J

万治二年版『かげきよ』 http://t.co/hEi5rojS を見ると、確かに矢田の指摘するとおり「改行箇所において、句読点が行頭にくる例」(p.580)がある。ただし、行頭に句読点が来ている箇所が他にもある一方で、行末に句読点が来ている箇所も存在している。

2012-04-23 22:52:20
2SC1815J @2SC1815J

万治二年版『かげきよ』上巻5コマ http://t.co/rae2ukFR 、10-11コマ、下巻9コマ http://t.co/F7xc3LW9 、14コマなどでは行末に句読点が見られる。面白いことに行末の場合(スペースがあると?)、行の中央に句読点が書かれることがあるようだ。

2012-04-23 22:54:07
2SC1815J @2SC1815J

『かげきよ』の印象としては、矢田の言う近世前期までにおける句読点は「あくまで「文と文の間」に付けようとするものだといいうるのみであって、文そのものには溶け込んでいない」(p.580)に同感。行頭禁則的意識はなく、文と文の間で記入スペースがあるところに区切り符号を書き入れた感じか。

2012-04-23 23:10:10
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