f_zebraさんによる「高浜発電所1号機の原子炉容器中性子照射脆化について」

4/21朝日新聞「高浜原発1号機、劣化か 圧力容器もろくなっている恐れ」http://www.asahi.com/national/update/0421/OSK201204200203.html これについて、f_zebraさんが解説してくださいました。 いつもありがとうございます。
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Flying Zebra @f_zebra

高浜発電所1号機の原子炉容器中性子照射脆化について。朝日新聞の記事は的外れだけど、原子力プラントの光景年か対策、特にPWRについては専門分野そのものなのであまりいい加減な事は言いたくありません。少し整理してからツイートします。

2012-04-21 10:43:06
Flying Zebra @f_zebra

中性子照射について整理する前に、まず家の片付けと洗濯物の整理をせねば。あとトイレ掃除も。

2012-04-21 10:48:59

土曜日の朝、きちんと家事をこなしてからこの問題に向き合うzebraさん。エライ・・・。

Flying Zebra @f_zebra

さて、家事も一段落。リクエストのあった、原子炉容器(圧力容器)の中性子照射脆化について説明します。 RT: @Butayama3: 教えて@f_zebra さん!高浜一号機がおじいちゃんなの?大丈夫かな。

2012-04-21 15:27:06
Flying Zebra @f_zebra

中性子照射脆化というのは、原子炉の経年劣化事象、つまり古くなったプラントに特有の劣化事象の一つです。原子炉容器は炉心からの中性子線照射に晒されているため、金属の結晶構造に変化が起こって脆化、つまり脆くなる現象が生じます。

2012-04-21 15:28:03
Flying Zebra @f_zebra

金属は、原子が金属結合によって規則正しく並んでいますが、結晶構造(原子の並び方)が1通りではなく、複数のパターンがあります。結晶構造の変化は、普通は温度で起こります。日本刀を鍛えるのに熱く焼いてから水に浸けて急冷しますが、あれは結晶構造を変えて硬くしているのです。

2012-04-21 15:29:31
Flying Zebra @f_zebra

金属は硬ければその分脆く、柔らかければ強度が低くなります。そのため、用途に応じて最適な硬さとなるように炭素の含有率や加工時の温度などを調整しています。金属に核分裂反応に伴う高速中性子が照射されると、結晶中の原子が弾き飛ばされることで結晶構造に変化が生じます。

2012-04-21 15:30:03
Flying Zebra @f_zebra

金属は室温程度の低温では衝撃的な荷重に対して脆く、割れたりしやすいのですが、ある程度以上の高温では衝撃に対しても柔らかく変形するだけで、割れにくくなります。この、割れやすい状態(脆性)から割れにくい状態(延性)へ変化する温度を延性-脆性遷移温度と呼びます。

2012-04-21 15:30:47
Flying Zebra @f_zebra

金属が高速中性子の照射を受けると、この脆性遷移温度が高くなります。もう一つ、上部棚吸収エネルギーという指標は低下するのですが、ここでは触れません。脆性遷移温度が高くなると、低温度側での破壊靭性値が低下します。破壊に対する抵抗が低くなる、と考えればいいでしょう。

2012-04-21 15:31:38
Flying Zebra @f_zebra

原子炉で事故があり、非常用炉心冷却系が働いて容器の内側が急激に冷やされると、熱い外側と冷たい内側の温度差で、内側に引張り応力が発生します。このような事象をPTS(Pressurized Thermal Shock:加圧熱衝撃)事象と言います。

2012-04-21 15:32:48
Flying Zebra @f_zebra

低温度側での破壊靱性値が低下した原子炉容器でこのPTS事象が発生し、加えて、元々き裂のような欠陥があった場合、き裂が進展して容器が損傷する恐れがあります。そのため、30年を越える高経年化プラントに対しては中性子照射脆化を評価して健全性を確かめることが定められています。

2012-04-21 15:33:48
Flying Zebra @f_zebra

もちろん、き裂などの欠陥についても定期的に超音波探傷試験などで有意な欠陥のないことを確認しています。

2012-04-21 15:35:32
Flying Zebra @f_zebra

尚、脆性遷移温度は脆化の傾向を示す指標であり、この温度そのものが評価対象となっているわけではありません。遷移温度の上昇から破壊靱性値を評価し、破壊しようとする駆動力である応力拡大係数と比較することで破壊に対する健全性を評価しています。

2012-04-21 15:36:35
Flying Zebra @f_zebra

朝日新聞の記事は無料で読める最初の部分しか読んでいませんが、一部報道で脆性遷移温度を「その温度で原子炉容器が割れる温度」であると誤解しているものが散見され、朝日新聞も同じように誤解している感じがします。これは、明らかに誤りです。

2012-04-21 15:37:55
Flying Zebra @f_zebra

中性子照射脆化の評価は、原子炉が新品の時に容器内の炉心の近くに設置してある監視試験片を一定期間ごとに取り出し、専門の調査機関で機械試験等を実施して行っています。照射量が増えるほど脆化が進行するので、運転時間が長くなるほど脆性遷移温度は高くなります。

2012-04-21 15:38:44
Flying Zebra @f_zebra

原子炉容器の中性子照射脆化が注目されるようになったのは、昨年4月の九州電力玄海1号機で4回目に取り出した試験片の脆性遷移温度が、過去3回の値から予測した温度より高めであったことがきっかけです。九電、保安院はばらつきの範囲内であるという見解ですが、一部に異論もあります。

2012-04-21 15:39:18
Flying Zebra @f_zebra

この問題は、原子力安全・保安院の審議会である「高経年化技術評価に関する意見聴取会」(公開)で専門家による議論が行われています。配付資料、議事録等も以下のURLで公開されています。 http://t.co/jHIeBbKf

2012-04-21 15:42:27
Flying Zebra @f_zebra

複数の専門家(照射脆化については7名)の中で、特にこの問題を重く捉えているのは東京大学名誉教授の井野博満氏です。前回の聴取会(4/13)は欠席されていましたが、毎回九州電力と保安院に厳しい指摘をされています。一方、他の専門家の先生方はやや見解が異なるように思えます。

2012-04-21 15:49:27
Flying Zebra @f_zebra

議事録や配付資料を読んでも専門家以外が理解するのは難しいと思いますが、委員以外の専門家もその妥当性をチェックできるという意味で、公開することは有意義だと思います。

2012-04-21 15:54:09
Flying Zebra @f_zebra

なお、玄海1号機の4回目の環視試験片のデータを予想値ではなく実測値として評価した場合も、PTS事象に対する原子炉容器の健全性は十分に確保されています。ちなみに、試験片は容器内面より炉心に近いため、容器内面の位置に換算すると運転期間85年相当となります。

2012-04-21 16:08:20
Flying Zebra @f_zebra

何だか玄海1号の話ばっかりで高浜1号の話を全くしていませんが、家人からコーヒーのオーダーが入ったのでしばし休憩します。

2012-04-21 16:14:33
Flying Zebra @f_zebra

コーヒーブレイク終了。さて、朝日新聞の高浜1号機の脆性遷移温度に関する記事ですが、まずその温度が高いこと自体を問題視している時点で、照射脆化を正しく理解していないことは明らかです。運転年数が長く、出力が大きいほど照射量は増え、遷移温度は高くなります。

2012-04-21 17:42:07
Flying Zebra @f_zebra

前回の試験片取り出し時より高くなるのも当然のことで、玄海1号で問題となったのは98℃という温度そのものでも、前回からの上昇幅でもなく、あくまでも過去3回のデータによる予測値より高かったという点です。高浜1号については評価は終わっていますが、結果はまだ公開されていません。

2012-04-21 17:43:04
Flying Zebra @f_zebra

高経年化技術評価に関する意見聴取会で現在審議されているのは今年運開から40年を迎える美浜2号機の評価で、高浜1号機が審議されるのはまだ先になります。評価結果の詳細についても審議が始まれば公開されるでしょう。おそらく、大きな問題にはならないだろうと予想しています。

2012-04-21 17:43:38
Flying Zebra @f_zebra

高浜1号機の中性子照射脆化について言うべき事は以上です。前振りが長かった割にあっさり終わってしまった… ついでなので、原子力プラントの高経年化について少し語っておきましょうか。

2012-04-21 17:46:33