- iolite_night
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サツキの住む町には変わった居候がいる。町民全員に受け入れられ、しかし居候だと自ら言って憚らない。その名前はバズ。名前の響だけなら外国人かと思われそうだが、それは間違いだ。正しく書くならば『馬頭』。名が体を表すとはよくいったもので、彼は馬の頭を持つ人間だった。
2011-11-19 00:15:13人間と言っていい存在なのかも怪しい。バズを見るのは限られた人々のみだからだ。限られたと言っても、見える人は選ばれたわけではなく昔から決まっている。何十年、何百年も昔から、バスがこの町に現れてからずっと、彼を見ることが出来るのは子供達と一部の大人達だった。
2011-11-19 00:19:53子供のうちは誰でも彼を見ることが出来るのだが、成長してしまうと町祭の氏子かその近親の男性などしか見ることが出来なくなる。女性達は子供の時しかバズを見られず、見えなくなったら「ああ、大人になったんだな」と実感した。だが彼と遊んだ記憶はあり、公園で騒ぐ子供達を見ると懐かしくはなった。
2011-11-19 08:28:48そろそろ町祭に近付く5月。町の中心部にある公園では、子供達が馬頭の男と鬼ごっこをしていた。町外から来た人が彼を見ることが出来る人であり、この光景を見たら確実に通報されるだろう。通りすがっていくの男性が時々手を振っていく、バズもそれに応えて手を振った。
2011-11-19 13:10:43「お帰りー」その中で彼から手を振られた人物がいた。自転車を引いた帰宅途中の女子高生、それがサツキだ。歳は16。もう子供とは言えず、女子ならバズが見えなくなっているはずだが――彼女はひらりと片手を挙げた。「ただいま」「部活は?」「お休み」子供達に群がられながらバズは話し掛ける。
2011-11-19 13:26:15「よーし、ちびっ子もそろそろ帰るか」バズの一言に子供達は口々に反対する。嫌だだの、遊びたいだの騒ぐのを宥めるべく彼は視線を合わせた。「いいかい?君達を帰さないとおじさんが怒られるんだぞー?」「バズなんか怒られちゃえ!」「なんだとー!」
2011-11-19 13:36:52両手を振り上げてわざとらしく腹を立てたバズにまた楽しそうに騒ぎながら、子供達は鬼ごっこをするかたちで手を振りながら家路についていった。一人になってブランコに座るバズと同じようにもうひとつのブランコにサツキも腰掛けた。「遊んどって、寂しくならんの?」
2011-11-19 13:43:25「なんで」「だって……ほら、結局見えなくなるのもいるんだよ?将来考えたら寂しくならん?」「俺そんなこと初めて言われたわ」驚きながらサツキは優しいなと、検討違いなことを言う相手に、彼女は眉を潜めた。反応は予想していたものだったらしく、改めてバズが口を開いた。
2011-11-19 13:58:08「ま、ずっと繰り返しとるから気にしたこともないのが正解やろな」「ずっと……ねぇ」この町にバズが現れたのは何世紀も昔の話だ。サツキが中学生の時、地元密着の授業で見た絵のひとつにすでに彼はいた。江戸時代辺りのものらしい絵には、今でも行われている歴史ある祭の当時の様子が描かれていた。
2011-11-19 14:06:31その沸き立つ群集の中に、あの馬頭がいたのだ。当時授業を受けていた生徒全員がざわついたのもいい思い出だった。「こうやって遊んで、自分を覚えてもらう。そしたらずっと俺を知ってくれるだろう?」いつか見えなくなる存在でも、記憶に残ってくれるなら遊ぶ甲斐がある。
2011-11-19 14:24:22「俺の存在ってのはそんなもんだよ。知らなければ透明、神さんとこの居候だしな」バズはこの町の居候というより、人々の信仰心と地元の思いから生み出された精霊のようなものだ。地元の人達の思いが無くなれば存在をなくしてしまうかもしれない。
2011-11-19 18:41:04祭や神事を盛り上げ、地元に大きな神社があるからこそ彼が生まれた。だがこの町の住人ではなく、神の化身でもない。「だから居候って話なのか」「いい言い方すりゃあ、俺は大人への通過点って話な」自由にやらせてもらってるよ、バズは小さくヒヒンと笑った。そういう所は馬だと思う。
2011-11-19 19:41:15では、同年代が彼をまったく見なくなった中で見続けるサツキは一体なんなのか。通過点のない特異な存在なのだろうか。「たまにお前みたいなのはいるよな、でも特別とかじゃないぞ」「なら……神さんの気まぐれ?」「大体正解」大体というのは神の気まぐれなどではなく、バズの孤独な心が正しいからだ。
2011-11-19 20:32:14通過点として生きていく中で、時間に取り残される自分自身が切なくなることが彼にはあった。寂しさに耐え切れなくなるギリギリの瞬間に、彼を一生見続けることの出来る女性が現れていた。彼女達に共通点はなく、輪廻を繰り返した存在でもない。彼女達はただ突然現れ、彼に関わっていく。
2011-11-19 20:54:13神の気まぐれは、表現として正しいかもしれない。気まぐれでなければ出会えなかった二人。感慨深く微笑むバズを、何も知らされない少女が不思議そうに見ていた。「だから……ああ、サツキはあれだ」「アレ?」「定期的に現れる、俺の恋人っていう」「馬鹿じゃないの?」「馬頭だけにか」
2011-11-19 21:05:08