渡邊芳之先生ynabe39の「博愛とは「相手かまわず押し付けること」です。」
千の風になって。
渡邊 芳之(わたなべ よしゆき、1962年4月22日 - )は日本の心理学者。帯広畜産大学人間科学研究部門(人文社会・体育学分野)教授。博士(心理学・東京国際大学)。 佐藤達哉、尾見康博との共同研究を中心に心理学論、心理学史、人格心理学や血液型性格分類の批判的検討などの分野に論文・著作を持つ。趣味はレコード蒐集。
http://ja.wikipedia.org/wiki/渡邊芳之
渡邊 芳之 -帯広畜産大学-
http://www.obihiro.ac.jp/ichiran/watanabe_yoshiyuki.html
「特定の宗教を信じて霊や死後の世界について明確な信念を持つ」ことをしていないせいでオカルトや霊感商法に騙される、ということはごくふつうにあると思う。
2012-04-27 06:38:04科学は「否定する」ことが苦手で「幽霊や死後の世界が存在する証拠はない」としか言えない。「そんなものは存在しない」と断言するためには「そういう宗教」が必要だ。
2012-04-27 06:42:33それはそういう宗派ですね。 RT @arexandre1223: おはようございます。幽霊も死後の世界もあり死が怖くない私はおかしいでしょうか?
2012-04-27 06:45:31「自分で哲学して出した結論」などを持てる人はいません。「自分で哲学して出した」と思っているだけで実際には「外から与えられたなにかを信じている」のです。 RT @katoyuka: 宗教じゃなくて自分で哲学して出した結論、信念でもいいと思いますよ。
2012-04-27 07:41:54「信仰」と「宗教」を区別したくてしょうがない人がこれほど多いのはとても興味深い。「自分は信仰を持っているが宗教は信じていない」ということが言えるのだろうか。
2012-04-27 07:44:06信仰もひとりでは成り立ちません。これは聖書には何度も出てくるテーマですね。RT @hite_shiro0613: 宗教が一人では成り立たないものだとしたら信仰と宗教は別と考えることが出来ますよね。
2012-04-27 07:46:47なにしろ「自分はなにか特定のグループに属している人間ではない」といいたくてしょうがないんです。少数者に対する偏見の裏返しかもしれないですね。 RT @wagonthe3rd: 自分の「信仰」は、そんな「宗教」という形式に収まるもんやないと言いたいんかなあ。
2012-04-27 07:49:58「幽霊を見た」と人がいうような現象が存在することは間違いないでしょう。科学も宗教もその現象についての説明をします。しかしそれと「心の在処」がどう関係するかがわからない。 @tsubu2an
2012-04-27 07:51:45「自ら選んだと信じることが信仰の重要な要素である」という意味であればそうかもしれないですね。 RT @SF_yomi: これは自分で選らんだってのが、信仰なんじゃ? 故に一人でしかなりたたないと思う。…
2012-04-27 07:53:04日本人が嫌っているのは「自分が信仰や信念を持つと必然的にそれと違う信仰や信念を持つ人を批判しないといけなくなったり,他人をその信念や信仰へと誘う義務を負わされたりする」ということなのかもしれない。
2012-04-27 07:55:00「自分なりに解釈する」というのは「そのように感じる感覚や感情」であって「実際に外部や他者と独立に考えた」ということではないと思います。 RT @katoyuka: では「あれこれかじったものを自分なりに解釈した」でも一緒ですが、「宗教」の定義の範疇?
2012-04-27 07:57:13その前に読んだ本や見たテレビの影響です。 RT @katoyuka: 例えば私は聖書を読んで天使=宇宙人だと直感したけど、それは聖書の正統な解釈とは違う。これは?
2012-04-27 08:24:09「信仰を持つこと」と「同じ信仰を持たない人と対立しない」ことを両立できるのかというのは大きな問題だ。私は「両立できない」と思うけれどそう思わない人も多いのだろう。
2012-04-27 10:46:17そうです。 RT @chaotic_7: それは「宗教的原理派」であることと「対立しないこと」は,同時にはなりたたないから,という理由でしょうか?
2012-04-27 10:52:25