まとめの限定公開に「リンク限定」が追加されました。URLを伝えてまとめを共有しよう!

渡邊芳之先生@ynabe39の「「知的財産権」の名のもとに「研究プロセスや研究結果の共有」という19世紀以来の科学の進歩を支えてきたシステムが壊れつつある。」

「学者に研究を金儲けだと思わせない」ことが研究を発展させ成果を社会に還元させるために合理的だと考えたから19世紀以降の社会は学者に「金儲けを考えなくてよい破格の待遇」を与えてきたわけです。by 渡邊芳之 続編:渡邊芳之先生@ynabe39の「「役に立たない」というのは「客観的評価」ではなくて「感情表現」である。」http://togetter.com/li/296716
コラム ynabe39 特許 秘匿 渡邊芳之 利潤 知的財産
5258view 0コメント
18
渡邊芳之 @ynabe39
「知的財産権」の名のもとに「研究プロセスや研究結果の共有」という19世紀以来の科学の進歩を支えてきたシステムが壊れつつある。
渡邊芳之 @ynabe39
いまやっている研究についてむやみに他人に話すと「研究を盗まれる」「特許を取れなくなる」というのはある分野では「現実」なのだが、現実だからそれが「正当」と疑わないのはどうかと思う。
渡邊芳之 @ynabe39
19世紀以前の科学研究は「研究者自身のためだけ」「研究のパトロンのためだけ」に行われてなかなか共有されなかった。それが研究結果を無償で公開するジャーナル共同体によって共有されるようになったことで20世紀にかけての自然科学の爆発的な進歩が生じた。
渡邊芳之 @ynabe39
このことにはもちろん研究費のうち「外部資金」が多くを占めるようになったことが影響している。私企業が研究に出資するのはその企業の利益となる知識を得るためであり,その知識がむやみに競合他社に共有されてしまったら出資する意味がない。だから企業が研究者に機密保持を求める。
渡邊芳之 @ynabe39
「なにかを世界で最初に発見してジャーナルに発表する」ことに最大の価値をおく研究者が自分の成果をダダ漏れさせるとそのテーマに世界中の研究者が怒濤のように流れ込んで研究が爆発的に進歩するという幸福なモデルは過去のものになった。
渡邊芳之 @ynabe39
ここのところの「研究データの偽造捏造」問題も,「世界の研究者はともに研究を進めるピアーである」「ピアーに嘘を教える研究者などいない」ことを前提に作られたジャーナル共同体が「現在の科学研究のあり方」と合致しなくなっていることから起きている面がある。
渡邊芳之 @ynabe39
「自分がやった研究成果なのだから自分のもの」「自分が研究費を出した成果なのだから自分のもの」というのが「当たり前」になると,科学は20世紀ほど急速には進歩しなくなるかもしれない。
渡邊芳之 @ynabe39
「ジャーナル共同体に支えられて進歩する科学」というのも「普遍的なシステム」ではなく「ある時代の時代精神」であったのだろう。
渡邊芳之 @ynabe39
皮肉なことだが「知的財産権」が強化されるとその分野の創造性が衰える結果になるのは学問でも文化でも同様であるように見える。
渡邊芳之 @ynabe39
というより「知的財産権」は「すでに成功して成果やお金を生んでいる領域」あるいは「高い確率で成果やお金を生むのがわかっている領域」でだけ強化されるわけだ。そしてその成果とお金が充分に吸い上げられたらその領域自体が終わる。
渡邊芳之 @ynabe39
「学術研究と違う」とご自分で書いておられる。まさに「違う」わけです。 RT @takopoon: 学術研究と違うが他社との意見交換なんかだとこちらの手の内を明かさずどうやって相手から情報を引き出すか。相手がどういう意図で情報を出してきているか何て事を考えてしまいます。…
渡邊芳之 @ynabe39
「学者は自分の研究を金儲けだと思わない」のは別に学者の人生観とか性格の問題ではなくて「研究を金儲けだと思わない人々の集まり」だからこそ研究成果が自由に共有されて学問が進歩してきたわけです。その枠組み自体が危うくなってきてるのではというお話。
渡邊芳之 @ynabe39
つけくわえれば「学者に研究を金儲けだと思わせない」ことが研究を発展させ成果を社会に還元させるために合理的だと考えたから19世紀以降の社会は学者に「金儲けを考えなくてよい破格の待遇」を与えてきたわけです。それも崩れていることはいうまでもないですね。
渡邊芳之 @ynabe39
成果主義によって「研究成果の大きさで学者の収入が決まる」ようになれば「研究は金儲け」になります。大事な金儲けのネタをそう簡単に人にはバラせないよね。
渡邊芳之 @ynabe39
その点で文系の学問は相変わらずのありがたい状態で私など2ch時代からすでに発表した成果だけでなく「自分がつぎの成果として発表する予定の内容」までネットでダダ漏れです。ダダ漏れにしても誰にも「盗まれない」のはなぜか。
渡邊芳之 @ynabe39
それは「私と同じ問題意識」を持っている人がほとんどいないからです。人文学では「独自の問題意識」そのものが「研究」で,私がいくら自分の研究的な思考や考察をダダ漏れにしたところでそれは「私の問題意識」においてしか意味を持たないわけです。
渡邊芳之 @ynabe39
この基本ラテンのリズムに祭囃子みたいのを組み合わせるセンスはすごいよ。絶対に日本にしかない音楽。
渡邊芳之 @ynabe39
研究の世界でも秘密主義の対極に「自分の論文はぜんぶpdfで無料公開」みたいなことがあります。 RT @mikamix: 「コンテンツ」がモノからデジタルデータになった今、「知的財産権」という概念そのものが現実にそぐわなくなってきていると思います。
渡邊芳之 @ynabe39
俺だって書いたものは本になどしないでどんどんネット公開しちゃえばいいようにも思える,ってツイッターでそれに近いことをやってるのかw。
渡邊芳之 @ynabe39
「学問の自由」というのは別に「そうあるべき」という理念から始まったわけでなく「学者には最低限の金を与えて放っておいたほうが成果が上がって社会のためになる」という経験から生まれてきたものだと思う。理念ではなく帰結。
渡邊芳之 @ynabe39
まあ「理念ではなく帰結」というのは「基本的人権」みたいなことについても同様に言えるのだろう。
渡邊芳之 @ynabe39
そうであれば特許制度がコントロールしようとしているのは「(利潤のために)出資した研究の成果を秘匿したがる私企業や個人」であって研究者ではないわなあ。もともと研究者は「利潤のために研究成果を秘匿する」文化を持たないのだから。
渡邊芳之 @ynabe39
「基本的人権」が生まれる前に「それを保証したほうがうまく回る社会」が西欧に生まれていたわけですね。ただ日本が「そのほうがうまく回る社会」なのかについては悲観的になりがちです。@6soeno
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする