エミール・シオランのアフォリズム-langueの訳は国語?言語?-
- Leethoo_Tat
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シオランなる人の言葉として「祖国とは国語」というのが引かれているのを目にして、原文を調べてみると "On n'habite pas un pays, on habite une langue. Une patrie, c'est cela et rien d'autre." と。
2012-05-02 13:54:35ここから。 http://t.co/vBh1IXaG 何が言いたいかというと、ひょっとして「国語」ってミスリーディングな訳では?ということ。前後を読んでないからなんとも言えないのだけれども。
2012-05-02 13:56:19「私たちは、国に住んでいるのではない、私たちは言語(国語)に住んでいる。故郷(或いは祖国)には、それと他にはなにもない。」って感じになる?他のシオランの言葉の中に、確か自国語を徹底しろみたいな記述があった気がする。だとしたら国語でも問題ないのかも。
2012-05-02 14:09:12@KenSenda ありました。こんな感じでした。「人はただひとつの国語を墨守すべきだ。そして機会あるごとにその国語の知識を深めるべきだ。作家ならば、門番のおかみとお喋りをするほうが、外国語で学者先生と話し込むよりずっと有益である。」(『生誕の災厄』)
2012-05-02 14:16:31@Leethoo_Tat ありがとうございますー。http://t.co/kAy2zpQf タイトルからするとこの中にある様子ですが、facebook アカウントを持っていないのでローカルに保存できず、検索もなぜか効かないので、当該個所を探してます……
2012-05-02 14:25:12@KenSenda シオランについては全然詳しくないんでなんとも言えないところがありますが、彼のアフォリズムって文脈関係なくいきなりボソッて入ってることがあるんでw フェイスブックのアカウントなら持ってますが、見れるかな…?
2012-05-02 14:29:34@Leethoo_Tat アカウントなくても閲覧は出来るのですが、なんか検索がちゃんと機能しないのです。アカウントがあると保存できるみたいなので、そうするとうまく行くかも、関係ないかも、と。
2012-05-02 14:30:43@Leethoo_Tat ちなみに的外れかも知れないのですが先に僕の疑念を申し上げて置きますと、例えばイタリアのスロヴェニア語圏に生まれた人、イタリアの「国語」はイタリア語なわけですが、ではこの人にとっての「祖国」はイタリア語なのか?そういう話をしてるんだろうか?ということです。
2012-05-02 14:37:13@KenSenda おお、なるほど。ええと、その考え方ですと、あくまでも推測ですが、「祖国」にも疑念がわいてきました。それだと「故郷」の方がいいのではないかということにもなりますでしょうか?
2012-05-02 14:41:58@Leethoo_Tat そちらに関しても難しいなと思いましたが、patrie という語は国を指して使われることが多いですし、うーん。なにせ僕は文脈を全く欠いているので、「祖国とは言語だ(各人の帰属する言語こそがその人の「祖国」なのだよ)」でも取り敢えず筋は通るな、と思います。
2012-05-02 14:53:23@KenSenda 詳しくないのですが、シオランの本のアフォリズムって、文脈がないんですよww(他の本で二冊しかないですがw)『告白と呪詛』もアフォリズム集のようですね。
2012-05-02 15:00:05@Leethoo_Tat うむむ……なにしろ「国語」っていう日本語は一体なにを指すんだ、というのが問題です。先ほどイタリアの「国語」はイタリア語、と端折った言い方をしましたが、正式の地位は "lingua ufficiale" で、通例「公用語」と訳されます。
2012-05-02 15:01:39@Leethoo_Tat 印象論じみて来ますが、「国語」というのは、国家が先立って、国家的アイデンティティーと結びついた地位を与えた言語ではと思うのです。もしシオランの言が「言語的アイデンティティーが先にあり、それこそが『祖国』」という意味ならば、「国語」はふさわしくない様に。
2012-05-02 15:07:53@KenSenda 一応、日本語での「国語」は「その国の公用語・共通語」でもまかり通ってますね…。しかしそうなると、「公の場での使用が定められている言語」ということになり、地域で流通してても公用語として認められていないとそれは当てはまらないということになりますね…。
2012-05-02 15:11:41@KenSenda そう考えると、彼が考えていること次第によっては確かに「国語」ではミスリーディングで、これはうなずけるかもしれません。>「祖国とは言語だ(各人の帰属する言語こそがその人の「祖国」なのだよ)」 例えばフランスにおけるオック語とか?
2012-05-02 15:17:01@KenSenda ケンさんと話しててこれ思い出してしまいました…w 「詩よりもむしろアフォリスムにおいてこそ言葉は神である。(『四つ裂きの刑』) ほんとに文脈がないことが多いのでw
2012-05-02 15:23:45@Leethoo_Tat うーん、考えが纏まらない……「或るステートに属する様々な人々をして、そのステートを一個の祖国として共有せしめているのは、領土ではなく言語の共有なのだ」という意味だとしたら「国語」でも良いかもしれません。それでも突っ込み過ぎの訳なんじゃないかと思いますが。
2012-05-02 15:24:53@Leethoo_Tat 一方『或るステートに属し、同じ土地に暮らしていても、人々が本当に「住んでいる」のは土地ではなく言語なのであり、それぞれの言語こそが各人の帰属する「祖国」なのだ』という意味だとしたら、「祖国」はステートを跨がり得るでしょうし、「国語」はマズいんでないかと。
2012-05-02 15:29:09@Leethoo_Tat という疑問もそもそもは、ルーマニアに生まれ、第二言語のフランス語を使って(パリで)著作活動をしていたシオラン自身は、自分の「祖国」を「何語」だと思っていたんだろう?というところが発端でした。
2012-05-02 15:30:51