「呪い」というキーワードから発達障害の療育を考える

偶然でてきた「呪い」というキーワードが、療育に対するいくつかの考え方、また、いま話題の「親学」のもつ本質的な問題を考えるヒントになると感じ、少し議論したものをまとめました。
教育 療育 発達障害 自閉症 親学 心理
58
ushijima noriko @ushinori
かつて私は今以上に風変りな子どもだったのだけれど、親は「○○(私)はいい子!」「○○は宝物!」と絶対的な味方だった。すごい親バカww でも感謝してる。
ushijima noriko @ushinori
もし親が私を「いつ何時、何をしでかすかわからない子ども」として扱っていたら、さぞかしいたたまれなかったと思う。
ushijima noriko @ushinori
どーでもいいが、親に「○○(私)ちゃんはきれい!」と言われつつ育ったせいで、相当な年まで自分は美人なのだと思っていたww
ushijima noriko @ushinori
という訳で、私も自閉症の息子に「君は人に迷惑をかける存在なのだ。迷惑をかけてくれるなよ」などという呪いはかけずに、「君は唯一無二の素晴らしい存在だ」と日々伝えつつ暮らしていきたいと思うのです。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
まず呪いをかけて、その呪いを解く魔法を売りつける輩もいる。 RT @ushinori: という訳で、私も自閉症の息子に「君は人に迷惑をかける存在なのだ。迷惑をかけてくれるなよ」などという呪いはかけずに、「君は唯一無二の素晴らしい存在だ」と日々伝えつつ暮らしていきたいと思うのです。
myoga @myogatabesugi
その呪いなら私も毎日かけてるよ(*´∀`*)QT @ushinori: 「君は唯一無二の素晴らしい存在だ」と日々伝えつつ暮らしていきたいと思うのです。
myoga @myogatabesugi
ハリーポッターのママの最期の魔法、親は誰でも使えるんだよ。親でなくても使えるよ。ちょっと威力は下がるかもしれないけど。
myoga @myogatabesugi
無自覚なケースもある。QT @sora_papa: まず呪いをかけて、その呪いを解く魔法を売りつける輩もいる。 RT @ushinori: 「君は人に迷惑をかける存在なのだ。迷惑をかけてくれるなよ」などという呪い
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
.@myogatabesugi @ushinori 道に迷って最初に出会う人に呪いをかけられてしまったり、自ら子どもに呪いをかけてさしまうケースもあると思う。そうなると、療育とは、「呪いを解く魔法を探すこと」になってしまう。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
ここでいう呪いとは、障害は治すべき、排除すべき敵であり、排除できない限り子どもは本来の姿ではなく、そのまま放置すると迷惑をかける社会の厄介者になるだろうという預言である。この呪いをかけられた子どもは、障害を治し迷惑をかけない存在にならなければ愛されないというメッセージを受けとる。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
呪いをかけられることがなければ、「呪いを解く」必要そのものがない。呪いをかけられて、「呪いを解く魔法」を探して良し悪しを比較するというのは、そういう意味で二重にも三重にも回り道をしている。その回り道の間じゅう、当の子どもは「呪われて本来の姿じゃない(から愛されない)」状態が続く。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
「呪いを解く」療育と、呪いなき療育で、具体的な働きかけを比較すれば重複している部分はもちろんあるだろう。でもそれが、「呪いを解く」ためなのかそうでないのによって、それがもつ意味もまったく異なるし、「うまくいかない」ことの意味、「成功する」ことの意味もまったく変わってしまう。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
つまり、少し構造的にいえば、「呪いを解く」というフォーマットによる療育は、子どもを疎外する、ということだと思う。そんな脅しの構造に乗らなくたって、子どもを愛して、すべてを受け止めて、そうして自分で、社会のなかでできることを少しずつ増やして共に喜び合う療育なんていくらでもできる。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
というか、そうじゃなきゃいけないんじゃない?
ushijima noriko @ushinori
(でね、こういうことを言うと、子どもを野放しに育てていると思わがち。遵法教育?してますよ。いちいち書かないだけです。当たり前すぎて。)
村上由美 12/17新刊発売! @yumimrkm
@sora_papa 私が子どもの頃はそういう面が強かったですね。排除されれば普通の子になれるという考えは根深い問題だと思っています。社会適応できたって色々あるんですけどね。
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
親学の発達障害観の一番の問題は、実はそこにありますよね。 RT @coachmurakami: @sora_papa 私が子どもの頃はそういう面が強かったですね。排除されれば普通の子になれるという考えは根深い問題だと思っています。社会適応できたって色々あるんですけどね。
ほんま ゆたか @yakimentaiarare
おっしゃる通りですね。( ´ ▽ ` )ノ RT @sora_papa: というか、そうじゃなきゃいけないんじゃない?
SOLA @w_r_sola
ほんとにね。というか、当たり前すぎていちいち言わないことをなぜ「していない」と取るのかが疑問。
SOLA @w_r_sola
放任してるならいちいち子どものことで悩んだりしませんよ。
SOLA @w_r_sola
というか、そこ大前提だから。おべんきょうとかそんなのどうでもいいぐらいの大前提だから。
村上由美 12/17新刊発売! @yumimrkm
『アスペルガーの館』にも書きましたが、行動が変わったからといって障害が治ったことにされるのは納得行かなかったですね。感覚過敏の問題などは?と。 RT @sora_papa: 親学の発達障害観の一番の問題は、実はそこにありますよね。 RT 私が子どもの頃はそういう面が強かった
そらパパ/sora y.d. 聲の形応援 @sora_papa
.@coachmurakami そうですね。変わる、成長する、生きやすくなることがあったとしても、それを単に外部からの解釈で「治った」と表現するのは、違うと感じます。もちろん本人が「治った感」を感じるのはまったく別の議論です。
残りを読む(31)

コメント

ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2012年5月8日
のろい(規制)があるからまじない(希望)があり、いわい(喜び)がある。それぞれが相互に関係して存在している。一つだけ無くそうとするのは理想主義者の戯れ言で人間の本質から不可能。もしそんな世界が出来たら清水に魚住ずってやつだwww
Dorothy @dulcineal 2012年5月8日
「どうして『君は人に迷惑をかける存在なのだ』ってことをちゃんと教えてくれなかったのよ!」と怒る当事者もいるよね。「世間的には十人並みなのに、おだてられて『私は美人』って勘違いしてたせいで、『イタイ女』って影で笑われてたのよ!」みたいな感じで。「ありのままを受容」に反発する方はもしかするとそのタイプかも。
SOLA @w_r_sola 2012年5月9日
理想と言うのは、100%実現可能かどうかは別として、そこに向かっていこうと言う指針であり、そうあればいいなという希望。最初から必要ないものを切り捨てようと言う議論に理想もへったくれもないように思う。理想は追い求めるためにある。
はじめ @Consciousnessof 2012年5月26日
呪いなど無い方が良いに決まっている。でも、そのままでの成長を認めない圧力は現にあるし、今後もかなりの確率で根強く残るだろう。寛容の幅が狭くなりつつある社会の狭間で譲れない一線を探しつつより弱い呪いをかけてしまうことまで非難すると、親が更に追い詰められないか…
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする